04 侵攻作戦
「方法はあるぜ。俺たちが全員生き残り、被害も最小限でしかも実現可能なはずだ」
先ほど起きたヴァルキュリーの被弾が何を意味するかは自分たちはよく知っているから余計にでも絶望感がある。
敵側の射撃システムはマニュアルに変わったのではなく、射撃修正の傾向などから察するに学習型のAIか何かに変わったためだろう。もう一度基地上空まで近づこうものなら確実に撃ち落されるしこのままでは囮にも使えない。
そんな中での打開策だ。みんな息をのんで俺の発言の続きを伺おうとする。
「ヴァルキュリーの後部、スクラムジェットエンジンのパルス放出部にレールガンを炸裂させる方法だ。そうすれば瞬間的に奴の対応速度を超えられるはずだぜ。そしてそのまま自爆特効だ」
『!?操縦は…!?どうする!?』
『パイロットは航空機用の耐Gスーツ。所謂簡素なエクソスーツを着用している。光学式通信が行える現状ならマスタースレーブ下に置くことが可能…たとえパイロットが・・・死んでても』
クスタの当然の疑問にケインが素早くこたえる。
「そうだ。俺はこいつの操縦経験があるし、第3フラップがもげていようと手中に収めることは容易だ。サイドステップの強力な電子頭脳があれば問題はない。おいタクマ。さっきの資料からパルス放出用のベクターノズルとRCSのジンバル角度の限界値、そして限界強度を計算してくれ。終わったらケインのサポート!」
『っ!了解だ』
タクマには部品部品の専門の知識がある。今はそれを生かしてもらおう。
「ケインにはヴァルキュリーのスーツと俺のスーツを関連づけしてさっき言ったようにマスタースレーブ下におけるようにしてくれ」
『もうやってる。光学通信と変換処理で入力誤差はプラス0.03秒の予定』
「なら俺にちょうどぴったりだな。…いやなんでもないさ」
日ごろはガサツなクスタも俺の心情を察してか少し低めの姿勢で質問してくる。
『じゃあ、あんたが操縦している間に射撃を行えばいいん・・・だね・・・?』
「ああ、その通りだ。しっかりと質量の中心点に頼むぜ。だが、着弾による姿勢の計算結果によるが、俺の機体からも射撃を頼む可能性もある。ケインどうだ?」
『ピッチ方向はRCSでカバーできそう。強度もタクマの計算の結果問題なさそうだし。ただ、ヨー方向はクスタ機からだけでは相殺できそうにない』
そういうと、射撃準備地点の座標がデータとして届いたので速やかに移動する。
「指定位置まで移動した。このまま操縦システムの転換を頼む!タクマは動けない俺の機体の護衛をよろしく頼むぜ!」
『了解した!』
精一杯の元気な返事は根拠のない安心感を与えてくれた。
「ケイン!準備はいいか!?」
『いいよ。外観パノラマカメラとHUD湾曲精査もタクマの補助があって終わった。ジェイク機の操縦権の移譲を開始・・・同時にジェイク機のサイドステップ側照準システムを管理開始』
そういうと操縦システムの異常を検知する表示。この場合無理やり改変したのが理由だが、完了したときに見えたのは懐かしい景色だった。いや、旋回のGを思い出して胸が苦しくなる光景か。
第三者視点からの合成映像で機体の現状がよくわかる。さっきの衝撃で映像化できてない箇所もあるようだが飛行には問題ない。燃焼温度も放出パルス波数も正常だ。機内ネットワークも問題なし。吹き飛んだフラップの油圧システムもバイパス処理で正・副・予備とも圧力の問題なし。
「行ける」
根拠はないが、自身はあったので思わずつぶやいた。感覚も順調に戻ってきた。
操縦席内部ではサイドステップの操縦用スティックではなく、はたから見れば空虚で手を動かしているかわいそうな人。実際にはおそらく死んでしまっているブライアンの死体に、まとわりついているエクソスーツに俺の動きをトレースさせてる。スイッチやトリガー、操縦システムの操作感覚もきちんと重さとしてこちらのスーツにフィードバックされておりしっかりとした実感がある。
コクピット内の計器類はサイドステップ操縦席内に装備されている曲面ディスプレイに表示させることでできる限り状況を似させる努力をしている。計器類さえ見えれば外など見えずとも離陸から着陸まで容易にできるが基地に突っ込むのであれば話は別だ。
3次元的な位置情報の移動測度を常に把握しつつも飛行姿勢を崩さずにRCSによる進行方向制御とKRWSによる強制姿勢安定を右手で行い、ベクターノズルの角度と吸入空気とチャンバー室内の圧力、温度、燃焼ガス排出量、機体表面のEEAHの放出量を左手で調整する。
「まかせな・・・この作戦絶対成功させてやるさ」
誰に言うでもなくつぶやく。精一杯自信をもって、震えを表に出さないように、後悔なく安心して逝けるようにしてやるのが限界だ。
ヴァルキュリーのコクピット内カメラは想定以上のGで破損したか固定が外れたかで様子は確認できない。IFFで共有されていなかったお互いのバイタルサインもマスタースレーブ下に入れる際に紐づけされてHUDへ表示される。情報が正しければ心肺機能が停止し死亡している様だった。予想道理だった。
『お前はいつも修正入力が早いぞ。そこのところ気をつけな。いや今回はそれでちょうどいいのか…ははっ』
「ああ・・・」
思考が限界だったのか?これから行うことへの緊張だったのか?幻聴が聞こえた気がした。
めったにない、抑制を超えた限界の精神はNATSS側でメンタルブレイクと診断されかねない。その警告が出ないことが安心できたしショックだった。
だが、そんなことを考えられるほど、ある程度精神は落ち着いていた。
タクマの計算では、扇形状のパルス放出部でレールガンの弾が炸裂すれば互いのエネルギー干渉による爆発的エネルギーの発生により瞬間的に最高スピードのプラス320km程の加速ができそうだ。
俺の簡易な想像では400km以上は追加できそうだと思ったが、しょうがないか。
「各自報告!」
『クスタ機、準備OKだ』
『04ケイン、問題なしいつでもどうぞ』
『05タクマ、準備OK!任せたぞ!』
各員とも、極限のストレス環境からなのか、薬物とスーツの調整の反動で少しテンションが高い。当然俺もアドレナリンやらなんやらがドバドバ出ている。所詮機械の薬物調整だ上下の波が激しい。
「じゃあ始めるぜ!タクマ、CPへ状況の報告を頼むぜ。じゃあ作戦”four arrow”開始!」
作戦の内容を15分で詰めた結果、ひどい作戦名になってしまったが、タクマはわりと気に入っているらしい。
これから行う行動は簡単だ.限界最高スピードのマッハ22で3基あるイオン砲台のうち当初の目標と違う02番基をめがけて特効をする。このイオン砲台が一番の不安要素であり、ヴァルキュリーが回収した基地の画像からタクマが解析した結果、マイナーチェンジモデルだということが判明したためだ。
もちろん他にも理由はある。2機のセットアップしたサイドステップの位置関係と敵基地側の対空防衛網に向かって斜めに侵入できる点と、残り2基のイオン砲台の相関関係が直線距離的に近いため、攻撃を受けた際に砲撃をかわす移動距離を少なくできるためだ。
砲台に向けスピードを上げる。
ヤツのエクソスーツを通じて拾ってくる音やスティックへの振動などのフィードバック。とにかく軽く作られたこの航空機からは速度の上昇につれてパキパキという音や後方へ放出されるパルス波の振動などから不安をあおる環境音がする。
断熱圧縮や強度の面からコックピットはガラスではなくサイドステップと同じ4CTAで覆われ肉眼では外部を見ることはできないような構造なのが当時は余計に不安をあおっていた。
もともと人間が乗る設計じゃない。そういわれてきた。だが、ハニカムリンク理論が実証された今、高度な知能を持った無人機はハッキングの危険性がある。遠隔操作もこうして前線から通信しつつバックアップコンピューターがなければできない。おそらく、サイドステップの処理能力と汎用性の高さのたまものだ。
エイの尻尾のような後部ブレードは機体先端がこじ開けた空気の層を整流し有機的なクネクネした動きで進行方向へ機体を動かしてくれる。
近づいて一瞬の一発勝負。いよいよエクソスーツの筋力補助の限界を試すときが来た。タクマ達の計算によれば肘が固定されている操縦席タイプは入力側にも補助機能があるので耐えてくれそうだ。いつだって人間がボトルネックだった。今はこうして遠隔操作している。まったく苦しさもない不思議な感じだ。
外部の映像に仮想現実のような表示でターゲットへの距離とアプローチラインが表示される。
(時間だ・・・)
航空機パイロット向けのNATSSの処理不可を超えた時間の引き延ばしを4機のサイドステップで補助演算を行う。残り少なかった機体の処理可能リソースも限界ギリギリそうだ。
もはや俺とブライアンのどちらのNATSSがブルーブラッド循環ポンプの悲鳴を上げているのかわからない。
そんな中かまわず飛んでくる敵の対空攻撃。もちろんイオン砲台からも射撃される、が幸い予定通りのコースを狙ってくれた。ブライアンがさっき射抜かれた際はやはり近づきすぎていたのだろうか?それは今は分からない。
引き延ばされた時間の中でも懐に入るまでは一瞬だった。
そして予定通りのレールガンによるパルス放出部へのレールガンによる強制加速。自分の体には衝撃はないがフィードバックされてくるコクピット内の環境や計器類のワーニングランプ一斉点灯で、故意に作り出した異常な状態であることは十分わかった。
しかし、そんななか不安視していた学習式を搭載していると思われるイオン砲台からの砲撃はすさまじい精度で砲撃を行ってくる。
加速が少しでも間に合わなかったら確実に撃破されていたという恐怖も感じる暇もなく予定していた02番のイオン砲台へ特攻する。
『やったか!?』
ヴァルキュリーとのリンクが切れた直後にクスタの声。
他二人は何も言わずただ状況を確認している。
成果があればのぞき見しているデータに異変があるはず。
永遠にも感じられた沈黙の後、直接データリンクシステムに直結しているタクマから報告があった。
『破壊・・・成功・・・!破壊成功だ!!』
『良かった・・・』
『よくやったよジェイク・・・あと2基・・・ふふふ・・・最低に最高だ・・・何とかやってやろうじゃない!』
「ああ・・・やったぜ・・・!じゃあ、あとは電撃作戦の残りを行っていこうぜ!」
皆と撃破成功の喜びを分かち合いタイムスケジュールを確認。作戦開始から3時間45分経過しており、当初のスケジュールを大分圧縮できていた分がすべてパーになったし、2機も減ってしまった関係で、残りの時間で完遂できるのか。
次に棚上げしていた問題を解決するために段取りを考えていると朗報がタクマから伝えられた。
『脱出していたハガーとルーカスは後方の友軍と合流したそうだ。二人とも五体満足だそうだぞ』
『心配するだけ損だったなぁ。でもまぁ良かったよ』
『安心』
「一足先に離脱しやがってあいつらめ・・・帰ったらバツゲームさせようぜ」
皆でひとしきり笑った後気持ちを切り替えながら上空を見上げる。
もうじき航空機が飛行できる濃度になってしまう。少し散布剤ミサイルの発射場破壊を早まってしまったか。このままでは航空機によってこちらが圧倒的に不利になる。
もともと、一基しかないイオン砲台を補助するためこの地域は散布剤がほぼ常に撒かれており、航空機が多数迫ってくればそれなりの脅威となりえたからだ。この敵基地には航空機戦力はほぼないが、散布剤濃度の低下に合わせて敵航空機の友軍か増援が来てもおかしくない。
『みんな分かってるだろうけども時間がないよ!さぁ仕上げだ!』
クスタの元気な声が皆を元気づける。
そう、まだ終わっていない。
「一基増えたくらいで調子乗りやがって!これからが俺たちの本領発揮だぜ!」