11 情報の在り方
経緯の説明の為にはまず、RRIと言うシミュレーションシステムについて説明します。
これは、人間の脳内信号をシナプスからコピーするところから始まります。
人間の脳から信号を取り出すと、その人物は死んでしまうことは理解いただけると思いますが、これはただ単にコピーするわけではありません。
コンピューターのシミュレーション内にMRIから取り入れた対象者の脳みそをマッピングデータとして作成し、NATで対象者のシナプスの信号をトレースしていきます。
大体1週間ほどトレースデータを取り終えると、マッピングデータにトレースした脳内の信号回路と合わせることができます。これでほぼ完ぺきなコピーが可能となりました。
そして、コピーを行った後に動作テストを行います。人間の感情は実は脳科学的には2系統からできており、一つは興奮方向、いわゆる欲求ですね。そしてその対をなす抑制方向、理性です。
お互いがお互いを打ち消しあう波のようなもので、波の強さは周囲の環境やその人物の個性からも強弱が細かく変わります。
これをもとに、とある信号を対象者とシミュレーション内の脳みそに与えながら、様々な項目の波がどちらも盛り上がるところは盛り上がり、制御されるところは制御されるという波形の変化が同じになるかチェックします。
これが動作テストです。もし、波形の変化にズレが生じるようならもう一度、NATを装着し細かく修正、調整していきます。
人によりますが、1週間で完了する人もいます、が、知る限りの過去35名の平均は1か月でした。
では次に実際にRRIに対象者を接続していきます。
NATと対象者を接続し、シナプスの流れをシミュレーター内の脳みそ、ややこしいので我々はこの脳みそをリンク脳と呼んでましたが、そのリンク脳に徐々に同期させていきます。
この際、接続中の人物はレム睡眠と似た状態となります。
これで問題があったときにどちらかに意識が残るので、最悪の場合、強制覚醒などの対処が可能となっています。
少し、シミュレーター内について説明しましょう。VR空間のようなもので、我々の場合、研究所でした。RRIは設計基礎の段階で”人間の想像力をシミュレーターに反映する”という面白い試みが取り組まれていました。
シミュレーター内に人間が接続していないとなんの実験も計算もできない役立たずと最初は言われていました。しかし、机上を超え、実際に動かすと予想だにしない結果を伴いました。
まず、接続された人間のNATとリンク脳の想像、わかりやすく言うと脳内での処理ですかね、これがずれてくるのです。例で言いますと、本来関係ないはずの使用領域がリンク脳側のみ活発に活動を始め、しかし、動作テストでも行った波形は完全に同調しているのです。
人間の脳内処理をトレースしていると、時々関係ない領域が活動をするときがあることは知っていました。これは誰の脳みそでもそうです。理由は不明でしたが。
そこで、私は気づいたのです。もしかすると、現実のこの世界はRRIというシミュレーターと同じで、生物の想像力が関係しているのではないかと。
SFみたいな話ですが、強い想像力で望んだ事象を起こせるということです。正確な理由はわかりませんが、このことを隠していたせいで、私は殺されたようですが。
脱線しましたね。
並列で現実の脳とリンク脳が処理を行うので、シミュレーター内での経過時間を早くすることができ、研究という時間のかかる作業を行う上では、成果をより早く出すことができたということです。
もちろん、シミュレーターとして計算はほぼ完ぺきでした。上記にも申し上げました”想像が結果に関係してくる”という点を除けばですが。
私が知っているのは、このNATとリンク脳で簡単に現実の人間の基礎的な処理能力を向上させることができるので、廉価版として世に公表しようというところです。
そして、それが今あなた達が使用しているNATSSのことであることは容易に想像できます。
では、なぜ私、鈴野が今回このような形で覚醒したのかというところの本題の説明に入ります。
単一処理特化基盤と呼ばれているこのシステム内にリンク脳がデータとしてインプットされているからです。本来は覚醒しないように、意識が芽生えないようにリンク脳の意識部分のスピンが止められていたようですから、強力な電磁波攻撃によって、止めていたスピンが回転を開始したのだと考えています。
正直、超常的な確率ですが、私の意識がなくても、リンク脳は覚醒を望んでいた、ということですかね。ここについては憶測の域を出ませんが。
おそらく、皆さんのすべてのサイドステップに搭載されている単一処理特化基盤に私が搭載されている。ということです。
補足ですが、エクソスーツなどのNATSSはリンク脳のデータを100%使用するのではなく、AIで機械学習させて余分な部分を切り取ったものだと思いますのでそっちに意識が宿ることはありえないでしょう。
あくまで単一処理特化基盤を積んでいるからこそ私がいるということです。
あとは、皆さんと仲良くなるために少し身の上話をしましょうか。
本当は私、タイムマシンが作りたかったんです。そのためのRRIでそのための研究でした。
現状の理論では、加速させた光を意図的に作成したミニブラックホールに特定の角度で照射することで、ブラックホール上で衛星軌道のように循環させることが条件の一つでした。
結局、光を加速させることはできず、ミニブラックホールも作れませんでしたが。
それでも、次にいつか実現するかもしれないと思って意識を圧縮する手段を考えました。
物理にはプランク定数という最小の物質的サイズがありますが、情報の最小サイズとは何なのでしょうか?0ですか?結局、本当のところはわかりませんでした。
しかし、正しい情報の在り方、保管の仕方を知れば、さらに研究が進むとも思っていました。
伝わりづらいですか?そうですね、例えば電子機器のSSDには0と1が1bitでフラッシュメモリーセルに電子が書き込まれ、情報を読み出すときにはコントロールゲートからヴァーチカルにビットレーンに向かっていき読み出されます。
まずは、これをヴァーチカル方向だけではなく、様々な方向へ組み立てるなど思考錯誤をしていたわけです。結局、この方法から電子を使った保存から離れることはできず、結果は残せませんでした。
代わりに、量子コンピューターを導入したほうがよかったわけですね。電力問題を解決できればの話ですが。
あと、死んでいて一つ気づいたことがあります。この世、といえばよいでしょうか。変化があれば情報としてこの世に書き込まれていきます、何かの情報が、想像もできない方法で、です。
例えば惑星の位置の変化。地球で言えば生物の進化などです。
怖いことですが、この世の終わりとは宇宙の収縮やブラックホールの拡大ではなく、書き込める情報の上限値なのかもしれませんね。
ビッグバンは収縮した宇宙がまた弾けるビックバウンスであって、それ自体が終わりなのではなく、情報の書き込みの区切りなだけなのかもしれません。
鈴野 優子(DNA鑑定ができず確定できる情報がないため仮名としておく)の調書