10 過去からの覚醒
解決すべき問題が重大で難解であるほどケインは盛り上がるタイプである。
今担当している問題はNATSSシステムなど電子装備の冷却問題で、先の戦闘で万能性を見せたがオーバーヒート問題はあと一歩の安定を図るに重要視されている。
サイドステップのガスタービンエンジンは積層グラファイトにより外気が90℃を超えない限り問題はなかった。燃焼済みのガスをリサーキュレーションし、さらにその熱をエネルギーとして回収するシステムもある。
また、最悪外気が90℃を超えた場合でもインテークを閉じ、少数ではあるが積んである酸化剤と合わせて多少の発電を行うこともできる。
さらに言えば電力についてはキネクティクエネルギーリサーキュレーションシステムとキネクティクリアクションホイールから吸い出すこともできるのでバックアップについては万全だ。もちろんバッテリ側にも発生した水素からバイパスしマイクロガスタービンを回す所謂APUも装備している。
少し話がそれたが、やはり問題となるのはブルーブラッドの冷却だろう。
機内の冷却システムは電子頭脳やパイロット、バッテリー、FFM、人工関節等ほぼすべての構成部品に関連している。
正確にはパイロットのブルーブラッドは別流路なので無関係ではあるがパイロット環境の冷暖房には密接しており重要だ。
ラヂエータの素材変更はもう行っているが外気に頼っている限り万全とは言えない。
ポンプの強制圧送システムも脈動パイプの熱伝導率の変更とDLCコーティングのコーティング手順を少し改良した。これはジェイクの機体ですでに試用済みだが根本的解決とはなっていない。効率は上がったので無駄ではなかったが。
(残るは燃料による冷却システム・・・)
すでに燃料を使った、正確に言えば燃料タンクの周りを覆う形で防殻としても干渉用としても役に立つ形で使われている。
しかし、自身がすでに体験したように燃料が少なくなると当然タンクそのものが冷えるわけでもなく、さらに言えば高負荷状態を続けると最悪沸騰しキャビテーションを起こしてしまう可能性がある。
先の戦闘時では緊急冷却システムが作動し、燃料タンクへ冷却材が投入されていた。これは名前の通り緊急時用でありこの状態は15分と持たない。
グリコール系より高い沸点を持つブルーブラットだが、熱による劣化もある。30℃から220℃まで温度が変化する状態に耐えながら関節の潤滑とFFMへの電力供給と電気信号の伝達を行っている温度の違いはあれどまさに人間でいう血液と神経に近い。
温度をもう少し下げれば劣化率の低下や継戦能力の延長、エラー率の改善と各伝達効率の向上が期待できるゆえに最初にいったように重要で解決しがいのある問題でもある。
「やぁケイン。おはよう。こんな朝から例の件?」
一人で研究所兼実験場兼整備場にこもり爪を噛んでいたところにタクマがやってくる。
「おはよ。なかなか解決案が出てこないね。これ以上部品を詰め込む余裕もない。そっちの機外のヒンジはどう?」
「まぁだいたい取り付け予定位置は決まったよ。バッテリー正面と左右、下、コクピットのハッチと左右。計7か所だね」
クスタの言っていた「外にも掴める場所が必要だ!」という意見をもとに真面目に開発された新装備である。
これは通常は折りたたまれており、任意に拡張して掴まれる。そんな簡潔な要求の部品である。
「メインブロック内部はかなりの気密性だから簡単に装甲に穴開けれないからね」
「そうだね」
(ん?)
瞬間的に思いついてしまった。
「それだ・・・」
「え、どうしたのケイン。鳩が豆鉄砲くらったみたいなその顔」
(内部の排水ポンプを使えば疑似的に可能・・・?)
「熱問題の解決が少し進んだかも」
「?それはよかった。僕はいつも助けてもらってるから何かわかんないけどうれしいよ」
「タクマの今日の予定は?ちょっと予定が合えば手伝ってほしい!んだけど」
「えーと午前中は僕の機体に例の部品をつけてこの間選定が終わった観測ユニットと射撃ユニットの同調かな。それ以降はニール隊の人達と出来なかった哨戒任務の続きだね。この間の電磁波攻撃の影響も見ておきたいし」
「じゃあちょっと試したいことがあるから先に機体に行ってる」
「?わかったよ、もう少しこっちで準備していくから先に行ってて」
きょとんとしたタクマを捨て置き、早速思いついたことを試しにタクマの機体へ、ハンガーへと歩いていく。
(気密リップは強化した。あとはOリングの問題)
1時間ほどの作業を終えタクマに協力してもらう。
既に起動済みのサイドステップにタクマは搭乗しており無線で指示を出す。
「じゃあタクマ、手はず通り進めてみて」
「了解。メインブロック内の排水ポンプ作動。内圧低下中」
ヴィーンという少し耳障りな遠心式ポンプの作動音が響く。というのもブロック部の気密チェックのために主機に火を入れておらず、ほかに作業員もまばらにしかいないので大げさに聞こえているためだ。
「このポンプでも真空に近いところまで減圧を確認」
コクピット内で見ているセンサーからの情報をタクマが読み上げる。それと同時に排水ポンプの動作を止める。静かな工場内でサイドステップからはエアコンの室外機のようなハムノイズが聞こえてくる。
「外観で目立つ問題はない。30分ほど様子を見て問題なければ今日はこのまま実働させてみて」
「わかった。じゃあこのまま・・・ん?なぁケイン、この数値おかしくないか?」
下意識での接続の影響で口調が粗雑になったタクマから不穏さを感じさせる言葉が届く。
「こっちのデータでは問題はなさそうだけど」
「いや今回の減圧案のほうじゃなくて、学習値のほう、演算処理の負荷順に並べて!んだこれ!?」
(え?)
「メ、メイン演算システムの学習値が99%・・・?」
ありえない数値を前に、思わず声を上げる。
学習値の値は、その時々で上下するもので、周囲の空間や、自身・・・正確には自機の状態などをもとに状況を学習している際に、どの程度演算システムに情報が流れているかということだ。
(通常・・・いや、物理的に考えて、25テラフロップス以上の処理能力を持っているはずのメイン演算システムをもってして、何を感じ取って何を処理してるの・・・?)
「いや何かを感じ取って・・・?あっ…」
(何かわからないけどまずい)
「作業中の隊員に告げる!サイドステップの緊急停止を実行して!」
「りょ、了解!」
外部電源やコンピューターとの接続を管理している作業員へ指示を出す。手順通りデッドマンロックを握ったままエマージェンシーアボートレバーを下げたようだ。警報が鳴り、緊急医療班、救護班がすぐに駆けつけてくるはずだ。
「だ、だめです!信号を受け付けていますが、単一処理特化基盤の電力供給が止まりません!詳細のモニターできません!システム一式、コクピットごとロックされました!」
「な!」
(そんな馬鹿な!)
「幸い、簡易ジャケットの情報ではタクマは無事なようです!」
続けて作業員が伝えてくる。
(しかし最悪の場合は外部からコクピット射出信号を送るしかない。あれはアナログなシステムだから動作の心配はない。が、こんな狭い場所で射出させるとどうなる!?)
作業員に後方以外の10メートル以上タクマ機から離れるように指示を出しながらいろいろと考えを巡らせる。
「おいおい!何があった!?」
コクピットの緊急射出用メンテナンスハッチを開けているとアランがいの一番に駆けつけてくる。他にもハガーやルーカス、ジェイクやクスタの姿も見える。
「危ないから下がって!」
「まてまて!中にはタクマがいるんだろ?こんなところでそんなもん射出したら簡易ジャケットしか来てない人間は最悪死んじまう!」
「しかし!」
アランはケインの注意を無視し近寄ってモニタリングされている記録を確認しこう告げた。
「原因は何であれ、減圧は関係ないだろうから気にはやむなよ!」
緊急停止システムを解除し、外部からサイドステップを起動させる。正確にはコクピットユニットはすでに動作しているため起動時に整合性エラー等が出ているようだ。
「っち、ブラックボックスに直接アクセスしてアクティベーションも…だめか・・・そうか!ケイン!お前もサイドステップに乗ってタクマの機体とデータリンクしてみてくれ」
アランの指示に応答し、装備を装着後、ケインは自分の機体に乗り込み緊急起動を行った。
『万が一に備えて整備ハンガーの扉をすべて開放する!そして、タクマ機の固定具を開放し、コンベアを使って外に出すぞ!整備レーン上の障害物をどけろ!』
工場の管理者が管理室から指令を飛ばす。おそらくアランからの報告でそれが最善だと思ったのだろう。
外であれば、最悪コクピットを射出しても骨折くらいで済む。
しかし、外に出すのは余りよい選択ではなかった。
また同時にタクマ機の再起動を行ったのもよくなかった。
(なんだこれは…何が起きているの?)
機体同士を近づけてデータリンクを確立しようとしていたが、目の前でサイドステップが痙攣し始めた。
(自分の機体にトラブルはない、動作も正常に受け付けている)
何となく、その動きには見覚えがあった。初めてサイドステップと接続したときのことだ。動かす脳内のイメージと自分の体のコントロールとごちゃごちゃになっているときの動作だ。
ふいに、タクマ機が後ろの二本足で立ち上がろうとした。当然できるわけもなく、後ろ向きにひっくり返ってしまい、ひっくり返った亀のように足をバタバタさせている。状況が状況でなければ非常にコミカルな状況だった。
タクマの簡易ジャケットの情報を信じれば中身は無事らしい。
(通信は…まだ通じない。テキストは?)
タクマ機へ〈状況の説明を求む〉と送信する。
《これはどういう状況ですか?》
(はぁ?)
気づけば目の前のサイドステップはジタジタをやめてぐったりした犬のようにみえる。
安全のため周囲に人影はないが、基地内が騒然としているのは雰囲気で伝わってくる。
〈体は問題ない?機体をシャットダウンして自力で脱出できる?〉
《機体とは?RRI内ではないのですか?ここは湯浅電装の研究施設ではないのですか?》
(いったいどういうこと?何かのショックで意識か記憶が昏倒したから?)
〈自身の階級、所属部隊、姓名を記載しなさい〉
《階級?所属部隊?姓は鈴野で名が優子です。教えてください。ここはシミュレーションシステムのRRI内ではないのですか?》
思わず、コクピット内で頭を抱えそうになる。意味が分からなかった。
《あなたは誰ですか?湯浅所長はおられますか?NATのシステム接続が解除できずシミュレーターから覚醒できません。管理者でしたらやむをえませんが強制覚醒操作をお願いします》
〈タクマ?ふざけてるの?あなたは今VLTMw、サイドステップのパイロットとして新要素の運用評価試験を実施中です。そして、いまタクマの機体は動作異常中なの。わかる?〉
《理解できません。いや、まさか。今は西暦2035年の6月4日ですか?》
〈ふざけるのもいい加減にしなさい。今は2040年。会話記録にこんな情けなくて意味の分からない文章を残すつもり?〉
この会話を最後にテキストは返事が来なくなったと同時にタクマ機が基地のプライベート用インターネット回線に割り込み始めたのがデータとして上がってくる。
〈ちょっと?軍備品からプライベートでのインターネットの接続はご法度よ!軍法会議だってあり得るよ!?〉
5分ほど経ったあと、驚愕の返事が情報とともに帰ってきた。
《状況がある程度整理できました。どうやら、私はこの機体のシステムの一部に組み込まれ、処理装置として搭載されていたようです。記事として私がとあるシミュレーターと接続中に死亡したとあります》
(馬鹿な!?)
確かにその記事にはシミュレーターと接続中に鈴野優子という人物が心臓麻痺で死亡したとある。
《私がこのように覚醒したのは不明ですが、今こうしてこの機体の操縦権を握っているのは私です》
というと、多少違和感があったが寝転がっていたサイドステップが起き上がった。
(研究者だから、状況認識が早いのか?いや、だがこれが本人で、しかも事実と確認できない。が確認してみるか)
〈わかりました。あなたが優子さんかどうかの事実はいったん差し置いて、お願いがあります。その機体内には私の同僚が乗っており、今も連絡が通じません。彼を開放してくれますか?〉
《承知しました。》
しばらくすると、搭乗者ハッチが解放さる。準備させていた救護班に回収をさせる。
《言いづらいのですが、搭乗者ハッチの開放はスカートを捲り上げる感覚で恥ずかしいので、できれば早く彼を救出していただいてよいでしょうか?》
返事はしなかったが、何となく気持ちがわかった。だが、急かしはしなかった。
「タクマの容態はどう?」
無線で救護班長と通信する。
『なんとも言えませんが、一番近いのは睡眠ですかね。脳波や体に問題は無いのでしばらくすれば起きると思います』
「了解。ありがとう」
(さて、それでこいつをどうしようか?)
《所謂おなかが空いた状態なので、何とかして頂けますか?》
目の前で、伸びのような動作をしているタクマ機を見て、ケインは頭をふるしかなかった。