09.5 間
記憶・・・
過去を思い出し心を痛める記憶はできれば忘れたい人も多いかもしれない。
だが、自分が経験して来た”記録”は決してなくしたくない。
今ある自身の存在、思考、地位、目的をブレさせないため。
夢は、そんな記憶を整理するために断片的な映像を見せてくる。
「今日から、あなたは私一人で立派に育ててみせる」
母子手帳を片手に、私の幼くキメの細かい頬を優しくなでる。
そうか、母親は離婚したのか。
とその情景から理解していた。
「あなたがやりたいことをやりなさい。そのために私はがんばるわ」
私はランドセルから、成績の記録を母親に自慢げに見せる。
だいぶ月日もたったみたいだ。
「今晩もおいしいものを食べにいきましょ」
母親は、毎日のように様々な男性を家に連れてきていた。
ある日は病院の院長。またある日は家電メーカーの部長さん。そしてまたある日は投資家。
誰と会ってもおいしいものが食べれた。有名人ともよく会えたし、そこで私の舌はすごく肥えていったっけ。
また、当然欲しいものを買ってくれたし、何にも困っていなかったのかもしれない。
「私。結婚しようと思うの。あなたは誰がいい?」
私は、特に考えずに答えたっけ。少なくともこの時点で、関係ある人の人生が、私の人生が大きく変わったのは間違いない。たったその一言で。
ただ、この時点までに、矯正の取れた美しい顔立ちと適度なクビレや小柄な体つきの母親が、その日その日で男性に体をゆだねて悶える姿を何度も見ていた。
うっすらと気付いていたハズなんだ。これは、私が贅沢する結果の代償なんだって。
「就職のお祝いに、山奥に別荘をたてたわよ」
そうか、もうこんな時期か。周囲の建物がレトロな別荘地に一家だけ黒をベースにした、落ち着く色のモダンな別荘に思わずニヤけたっけ。
でも、もうこのころには気付いてたんだ。大人になって歌詞の意味がわかるようになるのと同じで。
母親だって人間だ。自分だって楽しみたかっただろう。悲劇のヒロインを気取る自分にも酔っていたのだろう。私は、そんな母親に尽くされた結果だ。
だから、それまでの醜い部分もすべて。胸に秘めて良い反面教師にして何度も思い返す。
母親だけで結局育てることはできなかったけど、私は十分育ったし独り立ちもできた。
それまでには当然周囲の人間。一生かけてそこまで上り詰められるかすら不明な人からも何度も助力をもらった。
ここにいたるまで何度も衝突した。殺意だって何度も芽生えた。でも、肉親だからとか、道徳的な意味だとかで踏みとどまったわけじゃない。
感謝の気持ちから。私をここまで立派に育ててくれた母に対して心からの感謝をそのたびに胸に刻んで抑えていたからだ。
助けたかった。楽にしてあげたかった。
しかし人生そう上手くいかなかった。
だから自殺しようとした。
母親の枷になりたくなかった。邪魔したくなかった。自分が無能でしょうがなかった。
気づけば自意識があった。だが感覚は遠くにある。
死ぬとは、こういうことなのだろうか?その時間は永遠に感じられた。
しかし、永遠はないのだと、無限はないのだと知っている。
仮にありえたとしたら、自分と全く同じ人生を歩む人間もいるはずだ。
そ れ は つ ま り 私 っ て こ と じ ゃ な い か ?
そこからは意識が連続していった。
並行世界は存在しない。表は裏であり、裏は表である。
ただ、世界が仮に永遠で終わりのない無限なのなら、ありえなくもない。正確に言えば未来でも過去でもない。その道筋が輪のようにつながっているわけでもない。
それは泡のようだった。たくさんの泡が隣り合ってつながっていき一つの大きな泡となる。
そう、ずっとそうしてきたんだ。
タイムマシンなんて作れない。それがわかったとき。私は確かに絶望した。過去を変えたかった。母親を助けたかった。ただそれだけの為に共変的量子場の研究を行っていた。
世界が無限でないなら、想像力とは何なのか。
AIのシンギュラリティの想像力とは未来を考えるだけなのか?
無限にある未来を読み取ることができるなら、量子力学から無限にある自身の未来を探し出し予見することができれば?
確立を操れるのか?過去を変えられるのか?未来を希望する形にできるのか?
しかし、現時点では未来がわかっても変える手立てはない。わかってしまった未来は未来ではないからだ。
すなわち、過去を変える手段も経験が違えば破綻してしまう。
すべては想像力だった。
生命が危機感を感じるとき。喜びを感じるとき。
その生命の意思。生命体には決定権があり、未来を考える力がある。
これは大きな力であると気づいた。
仮に創造主がいたとすれば創造主とはおろかなものだ。永遠を無限を理解したから。
我々はどうだ?理解できないからこそ未来があるのではないか?
宇宙は終わりを望んでいるのかもしれない。だからビッグバンは起きたのか?
結局は再度大きなブラックホールになり再びビッグバンする。まるでバウンドするように。何者かが終わりを求めている。
そこで私は決め台詞としてこう言うことにした。
「再度、光あれ」
次の世代の人類、もしくはAI、それかそれ以外の何か。
いつか出現するだろうそんな未来を想像して。