09 そらからの脅威
出撃前、自身が搭乗する機体についてはそのパイロットが最終チェックを行う。
各脚部それぞれとボデイ部の計7か所にあるメインテナンスハッチから覗き込みフレキシブル電線管や予備バッテリーの具合、パージバルブやブローシステム、キャニスターへの漏出具合をチェックし、何となくBB液循環路を撫でる。
循環路を撫でるのには何の意味もないがいつもの癖だ。ペットの背中に手をのせるようなそんな愛情表現の一種といってよい。
そんないつもの動作を行い見た目のわりに重たいハッチを手で押し込み電磁誘導ボルトとベータピンで開かないように固定する。
今日はあれから約一週間。まだ部隊全員分の機体は揃っていない。
そのため、今回はジェイクと自分の2機だけだ。
隊長のハガーが「よく気を付けるように」と異様に念を押してきたが、おそらく自分が出撃できないから心配しているだけだろう。
しかし、動かせる機体で可能な限りテストを行うため、動作確認や新規装備、改善、改良点の確認を行うため制圧した基地周辺を警備するルーチンワークの一部を担当部隊の変わりに請け負う予定だ。
部隊集合場所まで搭乗した状態で集合しブリィーフィング通りに警戒地域まで歩を進める。
もちろん引継ぎや問題発生時に備え幾人かのエクソスケルトン装着者を随伴しての作戦で訓練ではそれなりに連携を行ってきたがこちらが慣れていても歩兵側が不慣れな雰囲気が漂っていた。
予定箇所までは片道で約400kmあり普通であればこのような無駄な移動は控えるべきであるが認知度の上がっているエクソスーツならともかく秘匿性の高いサイドステップをそういった地域に置いておきたくない、整備も行いたくないとそういった事情で前回と同じ進軍ルートをなぞる形で向かうこととなった。
だが、往復800kmで夜だけパトロールを行い次の日の昼以降に帰還というのは何となく勿体ないというかなんというか、とタクマは考えを潜ませる。
燃料は増槽も積んでいるが発電システムがガスタービン式のため、ジェットフューエルで問題ないので制圧した基地でも補給が受けられる。補給品で共通性がないのはレールガンの弾ぐらいだろうか。
『随伴中のエクソスーツ部隊のニールから05タクマ機へ、貨物室の乗り心地は今のとこ悪くないぞ、一応定時連絡だ』
「タクマ了解。引き続きデータ収集をお願いします」
秘匿性重視の作戦を除き、兵器開発のスケジュールはすべてのミッション時にくまなく行われるようになっている。
そのため、今回は自身の機体には人員と物資の運搬用カーゴがレールガンとボディ部の間にサンドイッチされて固定されており荷物の重量はそれほどでもないが、6名の人員を載せているという実感は命を狙われる可能性のある現状において少なからずプレッシャーである。
この貨物システム自体は本国アメリカでも実施テストを行っていたものであるが気象や気候、実際の使用感というのはやはり本番でしかわからない。
ちなみにジェイク機は固定武装のレールガンのみではなく対空砲火用のファランクス(に似たサイドステップ用に改良された装備)を同じくサンドイッチのように装備し正面のバッテリー部に反応装甲を貼り、改良型観測ユニットの複数同時テストを行っている。
さながら動く要塞のようだ。
観測ユニットを複数積んでいるのは前回の戦闘であまりにも光学カメラや赤外線センサー、複数のセンサーをユニット化した複合センサー群の耐久性の低さが露見したためだ。
先日の戦闘で、クスタ自身はあとから知ったようだが観測ユニットの機能不全でレールガンの照準システムがモニター表示の代わりになるという機能は本来ないらしく、ケインが土壇場であの戦闘のなかプログラムの実行を行ったらしい。照準システムのサプライヤーも話を聞いたときは驚いたようだ。
そんなこんなでいくつかのパターンで改良された部品を他にもいくつかつけている。とくに量産化されていない部品は人命を除けばこの高価な装備だ。そのため、壊さないように壊れないか試験しろという非常に難しい要求が我らを統括しているレイドールからの指令だった。
コストとは難しいもので、現代は特殊コマンドの装備でも一人約四千万円、エクゾスーツ部隊で一人一億円、無限軌道の戦車であれば一両十八億円ほど。そしてサイドステップは量産化すれば目標額は一機あたり六十八億円を目標にしており、これは一世代前の戦闘ヘリと同じくらいの金額だそうだ。
実はこれは破格の値段で、ヴァルキュリーを例にすれば一機八百億円もする。安く作れる理由の一つにアメリカの兵器なのに日本円で記載されているところがミソである。
例に挙げれば日本は先進性も国力も中国より劣っており、日本国民はその事実を受け止め切れて、いや認めていなかった。日本は少子高齢化による生産性の異常な低下により、一億総貧乏国家といってもよい貧困ぶりだったからだ。
大きな分岐点があったのかもしれない。負けた原因が何かあったのかもしれない。少なくとも一般人は気づかぬまま少しづつ衰退していっていたのだった。少なくとも、2040年代の先進国、途上国の平均的生活基準から言えばまさに平均的なのだが。
『そろそろ敵の地雷原だぜ。サウンドボムでさっさと片付けるか?』
ジェイクからの通信だ。
「あまり近くで炸裂させると...いやむしろ観測ユニットの性能試験にちょうど良いか。試してみよう」
サウンドボムとは名前通り音を出す爆弾である。正確に言えば人間の可聴域以外の音や電磁波も少し出る代物で、手っ取り早く地雷を破壊するための手段の一つだ。当然隠密には向いていない。だが、自軍の制圧地域なので遠慮せず使っていく。
地雷の種類に合わせ、サウンドボムの周波数データシートから適切な炸裂高度と分布を計算し、周囲の友軍の配置を確認後即座に発射する。
映画でよく聞くような腹に来る重低音が周囲に響くとポップコーンのように地面がポコポコと盛り上がり地雷を無力化していく。もちろんはじけ具合や音はポップコーンの比ではないが。
『ヒュー。壮観だねぇ』
貨物として懸架されているニールが外部カメラから見た映像からなのか、響いてきた音からなのか歓声をあげる。
『敵の基地もこれぐらい簡単に吹き飛ばしたいぐらいだぜ』
「だな」
何となく軽口を交わしながら路上の脅威度を判定し進行ルートをマーキングする。
『それにしても、VLTMって兵器も随分進化したな。出た当初は音はデカいは足は遅いは固定武装は打撃力不足だわで歩兵側がいろいろな部分を分担して助けてやってたのにな』
「え?もしかして初代の荷物運搬に使われていたころから知ってるんですか?」
何となく興味をそそる会話内容だったのでニールに少し話を広げさせてみる。
『あーもうそりゃ山奥の敵拠点をこっそり破壊しに行くのに艦船用のレールガンを積み荷に積んで、それを護衛するのに付き添った実績があるんが俺らの部隊だからな』
(なるほど、その過去の経験からの視点も合わせて評価付けするという意味で彼らの部隊だったのか)
ニールたちの部隊は結構な精鋭部隊だ。エクソスーツを用いての訓練でもたびたび教導する側として呼び出しもあるほどだ。
『6本足のほうはどうなんだ?かなり重装備になってるらしいじゃないか?』
おそらくニールの言っているのはもう一種のV.L.T.M.w.であるヘキサドライブのことだろう。
「あれは重量物を大量に運べるので移動要塞と化してますよ」
『そうか、俺のイメージとしてはあっちのほうがV.L.T.M.w.って感じなんだよな』
どちらも機体の構成は確かに似ている。ただ、重量が大きく違い、約60tもの差がある。それは単に足が2本多いからというわけではない。装甲厚の違いから始まり、主機、バッテリー、固定装備、すべてが過剰といってもいいほど搭載されている。もちろん、移動速度や瞬発力は比較にならないほど遅いが、基地の防衛や移動指揮所などとして現在もテストしている。
ちなみに、舗装された道路や砂利道程度であれば、どちらのV.L.T.M.w.も足先端や底部にホイールを持っており乗用車程度に移動は可能であるため、ヘキサドライブのほうはアメリカ本国ではすでに配備されていたりする。もともとの設計思想が6本足だったから開発が速かったという理由もあるが。
『おっと、おしゃべりは一旦中止だ』
ジェイクが会話に入ってくる。
『今HQからの連絡でここから25km先にある地点から救難信号が発信されていると伝えられた。データリンクに上がってない上にHQから直の指令だ。これは面倒そうだぜ・・・』
考えられる可能性は極秘任務を行っている部隊からか、敵からの偽情報か。少なくとも現状況下で後者はなさそうだ。
『今の任務を破棄しニール達の部隊とともに早急に現場へ向かってくれだとさ』
「了解。至急向かおう。データをこっちに共有してくれ」
言うが早いかデータが飛んでくる。どうやらヘリコプターの墜落らしい。
『おいおい、ステルスヘリかよ…サイドステップより高え機体だぞこいつ』
データを見るや否やニールが声を漏らす。
『これはデルタフォースか何かだな。しかも暗殺任務をしていた可能性が高い。3機いて3機とも落ちている。誰か生き残りがいればヘリと装備の処分を行っているだろうがこれは現場につかないと判断できんな』
『墜落の原因は不明。少なくとも故障ではなさそうだ。何の任務を遂行していたかは知らないが、帰還中のところだったらしい。そしてSOSだけで今は音声はつながっていないらしい。つまりニールが言うように現場につかなければ判断がつかんぜ』
(つまり応用力が試されるってわけか。まだ俺実戦数は片手で数えられる程度だぞ・・・)
『墜落地点は見通しがいい平原と計画植林された伐採場といった感じだ。どこに落ちたのか詳しくわからんが平原に落ちているとしたら最悪のキルゾーンになる可能性が高い。生き残りがいたとしてもうかつに突っ込むなんじゃないぜ』
(教本などで見たり聞いたりした。あえて敵をおびき出してクロスファイア等を行い効率よく始末するための場所。まさか…本当に?)
『では作戦と手順を説明するぜ』
ジェイクの言葉とともに少し戸惑いつつもNATSSによる補正のおかげか心配の心は少しづつ薄れていく。なお、現時点でニール隊は我が部隊、正確にはジェイク分隊の指揮下なのでジェイクがこの場では一番の責任者だ。
『まず墜落現場の約4km手前で状況分析。これはサイドステップの性能の見せ所だ。情報の分析については俺が行うぜ。その間にタクマは計画植林されている場所、正確に言えば隠れるのに都合の良さそうな場所にニール達を下ろしてくれ』
『状況確認後、直接救援に向かうのは俺たちってことだな』
ニールが確認を行う。
『そうだ。サイドステップには器用な動作を行うためのマニュピレーターは装備されていない。さらに言えばヘリからの救助となると現状ではそちらに任せるほかない。その間俺とタクマは対角上に周囲の守りを固めていく。緊急での離脱が必要な場合は階級、トリアージの順番で選別を行いタクマの機体に積み全速で撤退することになるぜ』
『了解』
ニールの返答は静かだった。
「敵勢力次第での友軍からの増援はどうなんだ?例えば周囲の支配が容易であれば輸送ヘリで救助を行うとか」
人命もコストで測られるとはいえ捨てていい命などいない。そんな考えから質問を投げる。
『もちろん可能だぜ。すでに後方の基地内では対地攻撃装備でヘリ部隊に即応待機命令がかかっているぜ』
「つまり、現場次第で守りを固め救援を待つパターンと、劣勢な場合、正確には罠だった場合は最低限の生命の回収と早急な撤退。そういうことだな?」
『そうだぜ』
「了解」
『しかし、最新のステルスヘリを撃墜してるんだ・・・うかつに呼べんな』
『そう。そこが問題なんだぜ。HQの話では3機はほぼ同時に墜落しているようだ。攻撃を受けたのかすらわからないという状況からもわかるように全く不明だぜ』
『俺が知っている限りではこのヘリコプターは機内はともかく機外はフェラーリより静かだ。当然レーダーにも映らないし赤外線もほぼ出てない。目視で高射砲などで狙い撃つというのもできない』
『たしかプロジェクション迷彩だったか?だが、人間に見えなくとも今のカメラなら、より言えばサイドステップから視れば意味もない程度のものだったはずだぜ?』
『それは、実は一般向け資料上なんだ。俺が知っているのはそれとグラスLEDのハイブリッド迷彩技術、レイヤード虹彩迷彩って呼んでたか。それが装備されているはずだ。デルタ部隊の装備だと考えるとそれ以外むしろない』
『つまり、”偶然”敵勢力に見つかりさらに”偶然”高射砲やSAMが命中し落ちる可能性は無い。ということか?』
『あぁ。確かに装甲性能は低いがそういうことだ。・・・考えられる可能性としては最悪だな』
いろいろとお互いに会話と思案を巡らせていたがいよいよ現場が見えてくる。煙が上がっている場所を見るにどうやら大体まとまった位置に墜落しているようだ。まばらだった場合効率が落ちるので不安だったがこれは幸いだった。
そしていよいよ植林地帯に入っていく。
『ここから1kmの地点で散開していく。少し早いがここらのほうが降ろしたことを悟られにくいだろうから降着処理を頼む』
「了解。よろしく頼む」
『ああ、そっちもな』
懸架していたゲストルームからニール達を降ろす。
サイドステップなどパイロット用に開発されているエクソスーツと根本的部分は似通っているが戦闘員用は装甲、内部装備、ハードポイントへの武装装備で自分たちのものより一回り大きく見える。
戦闘時ようのヘッドシェルターを降ろし、肩回りと頭を固定している体制から臨戦態勢をとっていることは明白だった。
カメラにサムズアップして持ち場に戻っていく。少しの時間とはいえ親近感がお互いに芽生えている証拠だった。
「ニール隊を降ろした。いまからそっちへ向かう」
『了解。現状では敵影は確認できない。またヘリの周囲に生存者は確認できない。また通信での応答もない』
植林地帯を抜け平原へ少し顔を出す。
墜落地点まで約3km手前でジェイク機が高射砲とレールガンを左右別々に動かしている姿が映る。警戒状態をオートにしている証拠だ。
資料にヘリの形状は乗っていなかったので初めて実物をみる。
子供のころ見たおもちゃのヘリコプターのような角ばった安っぽい見た目でメインローター部分を覆う形の輪っかがより一層おもちゃ感を醸し出している。機体は思ったより大きく、
最初見たときは半分以上埋まっているのかと思ったが違った。装甲が地面と一体化していたのでそう見えただけだった。
(これが虹彩迷彩か)
20m間隔で3機が墜落している。いずれも損傷がひどくそのうち2機は激しく爆発し燃えており、中での生存は絶望的だった。
『くそ、IRキャンセリングか何かわからんが妨害が激しくて内部のスキャンができねぇぜ。そっちの試験用観測ユニットで何か走査できないか?全員ほぼ生身だからレスポンスがないぜ』
「今試している・・・かろうじて磁器スキャンとIFFタグから内部の人員は読み取れるが少し時間がかかりそうだ」
一機当たり操縦者合わせて6人。おそらく12人の戦闘員とパイロット6人。HQからの資料と一致する。
『ニールだ。こっちでも周囲の偵察を行ってみたが周囲の植林地帯で敵影は確認できない。そっちへ合流する』
少なくとも奇襲からのクロスファイアはなさそうだ。
「わかった、現状解析できている内容をそっちのHUDへリアルタイム表示しておくので到着次第救助を開始してくれ」
さすがはエクソスーツ。全速力で走ればV.L.T.M.w.の最高速に迫るスピードが出せるのですぐに合流し、戦車と歩兵の進行戦術をもとに一緒にヘリへ近づいていく。
燃焼のひどくなかった残りの1機もいつ爆発するかわからない程度には火がついて温度が上昇していっている。
システムで確認できる範囲ではヘリコプター内の消火システムは作動していなかった。
内部に生存者がいるのであればそれは貨物室内ではなく操縦室であろう。しかし、コクピットはガラスではなくサイドステップと同じ4CTAで覆われておりエクソスーツを着ている限り後ろの貨物扉からしか出入りできそうにない。
『さっきのサウンドボムを使って消火できないか?』
ニール隊の一人が質問する。
『いや、だめだ。燃えているのが木程度なら消せるがこの勢いの燃焼は残念ながら消せない』
ジェイクが答える。
『まずは外観の損傷が最も低い機体から救助を開始していく。引き続き周囲の警戒を頼む』
いくらエクソスーツを着ているとはいえこれは無謀だ。ミイラ取りがミイラになってしまう。
(っち…さすがに消火器は積んでいないし、燃えているのがジェットフューエルならば少し水をかける程度ではすぐには消化できないし…発泡タイプ・・・そうか!)
「サイドステップの緊急消火用発泡分子を直接かければ消火できないか?」
『・・・確かに実現できそうだぜ。ニール隊に説明してやってみてくれ』
簡易的な指示を行い、消火剤タンクをメンテナンスハッチから外せる分だけ外させるとそれを機体内へ投げ込む。
CFRP製のタンクの為、少し亀裂を入れた状態で投げ込めば勢いよく割れてくれるはずだったが、思ったより強度があったため結局は銃で撃つことになったが内部の燃焼は一時的に収まる。とはいえ、それでも貨物室内部温度は120℃以上はある。
『時間との勝負だ!奥側からどんどん運び出せ!』
ニールが強く支持すると同時に3人づつで突入していく。
タクマはニールのヘッドカメラを、ジェイクはもう片方の突入救助隊員のヘッドカメラを監視する。
内部の状態は凄惨だった。人間のような形をした真っ黒な物体を引っ張り上げる。すると真っ黒に張り付いた衣服と一緒に皮膚が剥け、生焼けの肉や白い骨が見える。まるで焼きすぎたフライドチキンのように肉と骨がグジュっと分離していくとパイ生地から具がこぼれ出るように内臓がどろどろと流れ出た。これは明らかに死んでいる。
エクソスーツのパワーが幸いしたのかそういう判断でいえば生きている死んでいるの判断は容易だった。幸い、副パイロットはまだ息がある。脂肪層まで達していそうなやけどが30%程度で基地に早急に運送できれば生還できる可能性はある。腕で顔をかばったのか左手の損傷が特にひどくしみだした黄色っぽい体組織と真っ赤にただれた表面が痛々しい。
『もうじき救助者運送用のヘリが来るぜ。周囲の警戒を怠るな!』
結果として生きていたのは3名だ。正確には虫の息ではあるが。周囲はBBQのような香ばしい香りと鉄の焼ける生理的に嫌悪感を感じさせるにおいが漂っている。
ミッションレコーダーとフライトレコーダーを回収したので技術漏洩を防ぐ目的でHQから支持の通り爆薬をセットし隠滅を図る。
ヘリに乗っていた者の装備はCQBがメインのものにタクマは思えた。
(やはり、ニールの言うように暗殺任務?しかし、この中国で誰をどうして?)
何となく、思い当たる節はある。アメリカは最近テロリストを大量にばら撒いてしまう致命的ミスを犯している。
これはわざわざテロ組織の対策で重点的に警戒していた米軍が現地警察やCIA、から手柄を横取りしようとした結果、計画していた作戦が露呈し、担当していた指令が責任を取るのに時間がかかり、対応が遅れいろいろなテロ組織を野放しにしてしまった。
(自分の尻を自分で拭いた?)
ヘリコプターの爆破完了と同時に救助ヘリ2機が到着した。状況解析用のデータは取集したので救助ヘリと一緒に来た監査員に資料を引き渡す。自分たちが現場に到着してから約2時間30分程度たっていた。
一体何の任務に就いていたのか不明ではあるが最低限の仕事は行えた。そう安堵していた。
唐突に飛び立った救助ヘリ1機が墜落した。まるで木の葉のようにひらひらと落ちていく。SOSのみ瞬間的に発信されてメーデーの通信はない。
付き添いで乗っていたニールは開いていた横ハッチから外へ吹き飛ばされる。
「え?」
『なんだ!?』
あっという間の出来事だった。墜落したヘリは景気よく爆発炎上する。少し離れた場所に落下したニールはピクリとも動かない。通信もない。
しかし、驚く間も一瞬でタクマは観測ユニットから得た情報に寒気を感じる。
「電磁波攻撃だ!」
気づくや否や声を大にして周囲に呼びかける。周囲の粒子の振動量が観測グラフから大きくはみ出ていた。
(だがどこから?)
出力を見るにとんでもない出力だった。
しかし、波形を見るとどこかで見覚えがあることに気付いた。
(まさか宇宙から!?)
すぐに計算する。低軌道衛星に観測されている一部のデブリ低密集域、そして特徴的な出力特性を持った高軌道のとある国の回収エネルギー射出衛星の相関位置。ちょうどその延長線上だった。
(そんな!制御不能だったんじゃないのか!?)
「ロシア製の電磁式回収エネルギー射出衛星からの照射攻撃だ!みんな集まらずに散開するんだ!」
言うが早いか自機周辺で観測できる範囲の粒子の振動が増える。
(やばい!)
とっさにその場を離れる。が明確にシステムからエラーが出る。露出している電子装備は一部焼き切れてしまったようだ。
(外部スピーカーは生きている!)
「軌道上のデブリの関係で照射ができなくなるまで3分程度だ!散れ!」
『っちい!了解だぜ!』
まるで蜘蛛の子を散らしたようにエクソスーツやら現場の監査に来ていた軍人が散っていく。
(エクソスーツならともかく、生身の人間でもくらってしまえばアッとゆう間に破裂してしまう。しかし照射時間次第ではサイドステップ内でも安心できない)
ひどく長い3分間だった。さすがに高軌道衛星からの照射は正確性が低くかすめる程度であればサイドステップにほとんど影響はない。セラミックで覆われてなかった試験用の高価な観測ユニットはほとんど壊れてしまった。
生身の人間で電磁波照射を食らってしまったかわいそうな者は体中の水分が沸騰しブヨブヨで赤黒い水餃子のようになっていた。
「恐ろしいことになってしまった…早急に引き上げよう」
『ああ、100%同意するぜ』
幸い、吹き飛ばされたニールは、数か所骨折はあったが命に別状はなく、サイドステップに懸架された輸送コンテナ内で、回路が焼き壊れてフィードバックがない状態で歩けないらしく、部下のエクソスーツに抱えられていた。「病人の輸送には向かんな」と愚痴をこぼす程度には元気だった。
もう一機の救助ヘリについても無事基地へ帰還した。
結果としてニール隊は全員生還し、例の救助者は一人が助かった。
だが、救出に来た救護隊は赤十字を掲げていたにもかかわらず容赦なく半数が死んでしまった。
立派な戦時国際法違反だ。だが、観測衛星もなく、観測データはユニットごと壊れてしまい、試験部品だったのでデータがうまく残っていなかった。
証拠はともかく、帰り終わるころには基地で電磁波攻撃対策のシールドシステムを早くも敷設し始めていた。上空からみると星芒形の基地のちょうど端っこの対角上にトラス形状の塔が建てられている。どうやらこれで今後直接攻撃があった場合打ち消す予定らしい。
「にしてもよく気づいたな。俺は全然気づかなかったぜ」
ベットの上でジェイクが質問を投げてくる。
「昔、射出されてきたエネルギーの受信施設付近で義手、義足にノイズが入る問題があって、その解決用にひたすら見つめていた波形だったから…そのすぐわかったというか・・・」
タクマが答える。同じベットの上で半裸の状態で。ほんのり肌が上気しており二人は行為の後であることは明白だった。
「さすが、今日はなかなか優秀だったぜ。さぁご褒美だ」
タクマはもう逃れられなかった。いや、それはジェイクも同じだ。お互い依存しあう歪な関係はお互い愛を確かめ合うという内容に進化していた。
しかし、悲惨な現実や凄惨な場面を見た一日をほんの一瞬でも忘れられる甘美な時間であったことも確かだった。
そして、電磁波攻撃を受けたサイドステップもまた、超常的な確率で到底あり得ない歪んだ進化を少しづつしていくのだった。