第ニ章 その者、治世の能臣そして乱世の奸雄。(3)
「曹操様、郭嘉殿が会わせたいお方がおられるらしく見た事のないお人を連れて来られております。」
「よし、聞いている。通せ。」
曹操軍駐屯地にして徐州での戦いの前線基地となる、彭城。
軍議を終えた後で、曹操は正直なところ疲れを感じていた。
「奉公め、軍議にも出ずに会わせたい人がいるとは自由気儘だな…」
本来であれば曹操軍に限らず軍隊の中枢、諸将参謀らは軍議となれば全員集結が当たり前なのだが、
今回に限っては郭嘉は欠席を主張して聞かなかった。
結果、曹操は許可を出し郭嘉は軍議には仮病を使い欠席したが、
新参者でありながら郭嘉の才を曹操は高く評価していたことを妬む諸将らから、
郭嘉は素行が悪いとの印象を買った。
"曹操殿には私の考えを普段より聞いていただいております。
今回の徐州侵攻に関しても私は考えられること全てをお話ししているつもりでございます。
しかし荀彧殿と夏侯惇殿が後方を担われるという事でしたので、
少しばかり不安な点があるのです。
兵家の真髄とは事前の準備こそ硬く慎重に、恐れを抱き物事を見つめる事であります。
そこで、私の知人に歳こそ若いですが才気煥発の男がおります。
彼なら違った切り口で捉える事もできるやもと思い是非紹介したいのです。"
曹操は郭嘉が穎川に発つ前、言っていた事を思い出していた。
あの郭嘉がそこまで言う人物とはどのような人間だろうか。
「曹操殿、郭嘉奉公ただいま戻りました。」
「おお、戻ったか。入るが良い」
幕を兵士が持ち上げると、郭嘉と見知らぬ2人の男が帷幄の中へ入ってくる。
一人は夜更けに顔だけ見ると女に見えるような綺麗な容姿をしている長身の男。
もう一人は曹操と同程度のわりと小さめの背丈で顔は絵に描いた山賊のような野性味があるが、着物の袖から覗かせる腕は鍛えられており、戦いで付くような薄い傷跡が無数に点在していた。
真逆の二人に思わず曹操はおかしくなったが、笑いを噛み殺すと咳払いをして喉を鳴らした。
「曹操殿、軍議に参加しなかった事をお許し下さい。」
「俺はお前から話を聞いているが故、許すも何もあるまい。
だが他の者共は良く思わぬぞ、気をつけよ。」
「はい、ありがとうございます。
…以前言っていた知人の兪瑛を連れて参りました。
もう一人の方はこの兪瑛の供回りをしているとかで、名前は韓浩と言うそうで。」
「お目通り叶い光栄です、私は兪瑛、字を聯衣と申します。
この度は郭嘉先生より曹操殿に紹介して頂けると聞き、馳せ参じました。」
「お主が奉公に才気煥発と呼ばせる程の士人であるか。
曹操孟徳だ。後にお主の見解を聞きたい。」
「それがしは韓浩と申します。
今は兪瑛殿の護衛の傍ら兵略を学ばせてもらっております。」
「韓浩殿、貴方はもしやだが、董卓との一戦で活躍を見せられた名高い騎都尉の韓浩殿ではないか?」
「昔の話でございます…。
その上、あの徐栄率いる騎馬隊を引き受けた曹操殿には及びませぬ。
今は放蕩の末、自分より若い兪瑛殿を師に立てながら、兪瑛殿と共に略奪を目当てとした山賊と戦い報酬を得て暮らす傭兵団の身です。」
徐栄は最強と謳われる騎馬隊を率いる名将だ。
赤黒い甲冑の騎馬武者達が槍を振り回しながら異次元の速さと突破力を奮い、
全速力で駆ける曹操が率いた騎馬隊の背後に追いつかれた事を思い出した曹操は、苦笑いした。
「引き受けたはいいが、徐栄には散々煮え湯を飲まされたがな。
あなたは…噂の通り清廉にして潔白と表せる人だ。
だが、あの付近の黄巾残党が消えたのはお主らの活躍だったとは知らなかったぞ。」
「そんな事を…」
郭嘉は韓浩の意外な経歴と、陰で族退治を行っていた兪瑛と韓浩に唖然とした。