第一章 その者、不世出の大器。(5)
ー峰々が橙色に染まり、夜明けを迎える。
兪瑛と馬超の活躍により、小さな村は暴漢より救われ、村人達はそんな2人をもてなすべく宴を開いていた。
村に伝わるどこか懐かしい歌を聞きながら馬超は思惑の世界に佇んでいた。
兪瑛の指揮、戦術は単純明快でありつつ、人心というものを掌握した確実なもの。
馬超の知る者の中で、兪瑛のように知識を持った人間は関中軍閥の中に存在していたが
自信過剰で、戦において個を蔑ろにする机上の空論と呼べるような弁のみの輩だった。
兪瑛が見せつけた残酷な一面が頭をよぎるが、必要な処置だったのかも知れない。
この自分より少しまだ若い少年は、傑出した能力を持っている。
陣中に引き込み軍師として立てれば相当な戦果が期待できる。
隣に姿勢良く座る兪瑛を見る。
ーなんと言えば、よいものか。
馬超が口を開こうとした時、兪瑛が馬超に対し話しかける。
「馬超どの、私の身の上が気になりませんか?」
どうやら兪瑛は馬超が自分の素性について考えていると受け取ったらしい。
馬超は首を横に振る。
「否、そこではない。」
兪瑛は少し驚いたように目を丸くする。
「俺はお前を仲間に迎えたい。俺はもう知っての通り関中軍閥の馬騰が息子、馬超だ。
何れは親父から軍を受け継ぎ戦う事になる。
俺は勇敢で腕は立つやも知れんが、向こう見ずであるとよく叱られる。
策を巡らし、俺を諌めてくれる友が必要なのだ。」
思った事を馬超は素直に伝える。
いつか自分は天下に立つ一人となる、だが自分は完璧ではない。
兪瑛には、自分に足りぬ何かを感じていた。
それを聞く兪瑛は一度目を瞑ると、間を空けて口を開いた。
「馬超殿、私には貴方の師や友として側に立つ事は出来ぬのです。」
「なぜだ。」
「今の馬超殿は武勇に身をまかせる余りに猪突猛進で先を考えていないかも知れません、
ですが貴方はいずれ高祖と名を連ねた戦の天才、斉王・韓信のように評されるでしょう。
道理に適った用兵、覇気の漲る指揮、藁を編んで作る綱の様な強靭な統率力、まさしく貴方は百万の大将の器です。」
「ですが私はあなたと共に行けない。理由は三つ。
一つ、謀なくして勝利をつかむ事のできる馬超殿に私は必要ないのです。
貴方を諌める者でしたら私でなくても他にもいるでしょう。
二つ、私の求める物は戦い続ける人生には非らず。
馬超殿の未来は戦いなくしては語れぬ運命にあります、私が貴方を君主として望めない大きな理由です。
………そして」
「三つ、私も兵を率いて陣を築き、貴方と対峙してみたいのです。」
兪瑛の言を聞き、馬超は溜息をついた。
確かにどういう戦いにも勝てる自信があった。
運命について考えた事はない、が戦いの日々は事実として待っている。
そしてこの少年も、漢であり大将なのだ。
戦場において鮮烈な活躍を見せる馬超の姿に、兪瑛は刺激されていた。
洛陽を脱し今は流浪の身であるが、いつかは兵を率いて馬超と闘ってみたい。
それは一見、戦い続ける人生に求める物はないと言った兪瑛の矛盾のようだったが、それでも生まれてしまった望みだった。
「なるほど、な…。
そうか、だがお前ほどの好敵手が俺におれば、
更に研鑽され大きくなれそうだな…。」
馬超は腰掛け、夜明けの空を見る。
共に来る事を拒まれたのにも関わらず、清々しい気分だった。