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第一章 その者、不世出の大器。(4)

ー民家付近。


「へへへ、あの家の娘、美人なんだってよ」

「おいそれ本当かよ?」

「もう辛抱ならねえな!」

「ははーっ、ごめんくださーいっと」


夜更けの村の中に、今まさに略奪を働こうとしている兵士達が数十名いた。


神聖さすら感じさせる存在感のある三日月の下に、不埒な輩が欲のまま這い寄る。


「しかし今日は不自然なくらい静かだよなぁ」

「今日は食料の献上もあったし、いよいよ奴らも諦めてんじゃねえのか?」

「どうであれ俺らには関係ねえよ、お邪魔するぜー!」


キイーッ…

木造の扉を開ける時の、独特の音が鳴る。

屋内は暗く、既に寝静まったのであろう、微かに人間の息遣いが聞こえてくる。

その瞬間、グシャと何かが柔らかいものに減り込む音がする。


「え…」


扉を開けた男が、膝から崩れ落ちる。


我も続かんとしていた男が後ずさり、小さく悲鳴をあげた。

膝から崩れ落ちた男の、その顔には農耕用の鍬が縦に、深々と突き刺さっていた。


「う、うわあぁああ!!!」

「ひいいいいぃ!!」

「や、やめろッ!! グァアアァア!!」


村中の民家の至る所から、男達の絶叫が鳴り響く。


民家の戸にはすべて、兪瑛が設計した簡易式の罠が仕掛けられていた。

戸を開けると仕掛けられていた重りが外れ、戸の横に括り付けられた鍬が、開けた者目掛け勢いよく飛んでいくという仕掛けである。


屋内の暗闇から積もりに積もった暴虐への恨みを抱いた、次々に農夫たちが鉈を手にぬるりと出てくる。



さながら、子供達を怖がらせる童話に出てくる一節のような光景である。


パニックになった李訓の兵たちは逃げ惑ったり腰を抜かしたり様々になり散り散りとなったが、鈴の鳴るような高潔な兪瑛の声が美しき月夜に響く。


「騎兵、前へ!!」


林の奥に潜んでいた馬超率いる侠のもの達が、一斉に出撃した。


「ゆくぞっ!!!」


馬超の号令に、10人の騎兵が二手に別れる。


西方出身である彼らは闇夜での強襲も慣れたもので五人の騎兵が弓による騎乗射撃を、五人の騎兵が槍を持って突撃する。


「う、うわぁあぁああああああ!!!!」


矢が命中し倒れこんだ敵に槍を加え、確実に討ち取っていく。


馬超も自ら弓を取りこの暗闇の中正確な射撃を見せつけ、確実に一人一人撃ち落とす。


李訓が率いた西涼の歴戦の兵達もこの兪瑛の策略に気勢を削がれ、もはや阿鼻叫喚の状況である。

左右から武器を携えた農民、前方からは弓矢、騎馬にらよる突撃。


もはや後方に位置する田畑以外逃げ場はなく、田畑の中へ全力で走って逃げる。


一人の兵が一瞬振り向いた。…そしてその光景を見て恐怖のあまり足を止める。

暗闇のなかでもはっきり分かるような、血飛沫があちこちで上がっているのである。

彼らが散々弄んだ農民たちが鉈を振りかざし、逃げ遅れた兵達を斬り殺しているのだ。


狩る方と狩られる方は簡単に逆転し得る。

虎狩りをする人間が馬と弓を失えば、そこからは一気に虎が優勢となるのだ。

兪瑛は狩りの達人でもあり、ここをよく理解していた。


松明を誰にも持たせていないのは不気味さを際立たせ、敵を慄かせる為。


馬超は兪瑛の心理眼に恐れと敬意すらを抱いていた。


兪瑛の策は普通ではない。銀貨の表裏を返すように戦局を簡単に変えることができる。

それは彼が人の心と言うものに、深く、深く通じているからこその采配であった。


「お前の方こそ、すさまじい策を思いつくものよ」


馬超は逃げようとする兵に槍を投げ串刺しにすると、屋根の上に顔を向けた。


兪瑛はそこにいた。鋭く輝く三日月と紺色の夜空、煌めく星々。

それら全てを背に、兪瑛は深く息を吸う。


「みんな!姿を現せ!!」


兪瑛が声を響かせると、槍を持った農夫たちが田畑の中から姿を現し、あっという間に逃げ延びた数人の兵達を取り囲む。


「参った!!!!参った!降参だ!!!」

「命だけは助けてくれ…」


ついに観念した李訓の兵達は手を挙げてその場に座り込んだ。

涙を目尻に溜めながら必死で命乞いをしていた。


「なに都合いい事言ってんだ!」

「こういう時になったら今度は自分達が命乞いか!!」


兪瑛はその状況を冷めた目で見ていた。


なぜか、兪瑛は失望していた。


白けた終わり方だった。自分が思い描いた通りにしか事が運ばなかった。

次策も用意していたがあまりにもあっけなく制圧してしまった。


この作戦で兪瑛にとって一番の予想外は、馬超とその配下の兵らの奮闘である。

一人一人が精強で馬術に優れ、暗闇の中の騎射も正確に命中させ、槍の扱いも素晴らしい。


何より馬超の強さは尋常ではない。李訓は決して弱いわけではなく、むしろ強い部類だ。

その偉丈夫を馬超は一撃で討ち取った。


兪瑛は内心苛立っていたが、そこを表に出す事はしなかった。


そして田畑にて兵達を取り囲む農夫たち、兪瑛は当然の如くこう叫んだ。


「殺しましょう。東の山に斥候で出ている兵が4人、今生きている兵は12人。

もし後に彼らが徒党を組まれたらついにこの村の人々に殺戮を働くことは間違いありません。

あなた方が略奪に耐えられなくなり今こうして、報復しているように、

彼等もまた報復して来るでしょうね。」



一度言葉を止めると、桃の枝で李訓の兵らを指し、艶やかに笑い言い放つ。


「殺しなさい。悲しみの連鎖を終えるのです。」


美少年の口から出るに、似合わない言葉。


「なっ、なにを!?

もう戦意はないのだから降伏を受け入れるべきだ!」



馬超は兪瑛の口からそんな言葉が出ると思わず、驚きを隠せない。



「そうだよな…このままこいつらを生かしてたら俺らが次なにをされるかわからねえ」

「殺そう!!」

「こんな奴ら死んで当然だろ!殺してしまおうぜ!!」




「やめろ!!!!」



馬超が引き止めようとするが、人々は命乞いを聞かなかった。



無慈悲にも槍にて李訓の兵士たちは滅多刺しにされ、ついに兪瑛たちは暴漢たちを殲滅させる。


兪瑛は既に息のない死体が滅多刺しにされている間も、笑みを絶やさなかった。

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