第一章 その者、不世出の大器。
初平二年(191年)。
洛陽では皇帝を擁し専横を極めた董卓と、
それに反発する各地の豪族・名士を集めた連合軍との熾烈な争いが繰り広げられる中、
そんな戦場とは離れた小さな村に、天下に立とうとせん大きな野望を抱えた少年が居た。
名を兪瑛、字は聯衣。
大きな黒目と扇のような睫毛、筋が通った鼻、綺麗な眉に薄い唇。
兪瑛はとても美しく女の様な容姿をしていた。
「この通りだ、私に力を貸してくれないでしょうか?」
頭を下げる。
とても整った腰まで伸びた髪を揺らしながら、数人の村人達に何やら頼み事をしていた。
「どこぞの坊や、俺たちも暇じゃあねえんだよな。」
「承知しておりまく。ですが私は本気。第一この状況、許せなくはないのですか?」
司州の一角にあるこの村は、農民達が貧しいながらに協力し合い田畑を耕し穀物の生産を主とする、
戦争をする上でも極めて重要な村だ。
しかし孫堅や曹操が汜水関の戦いなどで獅子奮迅の活躍をし董卓軍を破った際に、
董卓軍の敗残兵たちは董卓による叱責を恐れ西進。
たどり着いた緑豊かなこの村で、強姦や略奪、殺人など何でもあれの暴虐を敷いていた。
「だけどあいつらに楯突くとおれの家族は皆殺しにされちまう!」
「殺しの訓練を受けた軍人だぞ…勝てるわけがない」
「坊やがどこの貴人のご子息か知らねえが、子供の考えでしかないな…」
目を伏して言葉を静かに聞いていた兪瑛は、ふっと笑い、目を開け金色の双眸を見せた。
「確かに下手に挑んでは危険な目に遭いますね。ですが、恐れ慄くままではなにも変わりません。
何かを得るというのは同時に何かを賭けなければならない、そういう意味では危険は伴います。」
「この村は戦場ではありません。故に正面から相手と殺し合ったり、陣形を組む必要はありません。
戦でないと言う事は勝敗を決する事と違いが生じますが
彼らを一掃する事はできます、皆さんのご協力あればですが。」
兪瑛は落ちていた桃の枝を拾い上げ、董卓軍残党兵が寝ぐらとする商人の屋敷を指す。
村人達はその姿を見て、あるいは兪瑛が指す屋敷に住まう暴漢どもを想像し生唾を飲み込んだ。