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「それでは、最後の追い込みです。食べてくれた人が幸せになれるように、美味しく、丁寧に作りましょう。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
途端にざわめき出す調理室を軽く見回し、隣に控えていた主任さんとともに殿下方専用の冷蔵庫、保存庫へ向かいました。
「鍵の確認をお願いします」
「……はい。確かに施錠されております。解錠して下さい」
「はい」
昨日、別に分けておいた冷蔵庫と保存庫の前で、調理の再開に必要なプロセスを行います。
油断なく、こういった取り決めをきちんと守ることが、日頃からの食の安全性、信頼に繋がっていくのです。
かぼちゃきんとんは冷凍していたものを自然解凍するだけで食べられますので、これは先に取っておきます。見た目にこだわり、身の黄色い部分と、皮の緑の部分を分けてつぶし、身を丸くまとめた上に、少し皮を乗せます。そのまま布で丸めて絞れば上の部分だけが緑になり、2色の彩り鮮やかなかぼちゃきんとんの完成です。
それではいも餅のタレを作ります。出来れば醤油と砂糖で甘辛タレを作りたいところですが、残念ながら、非常に残念ながら醤油がないので断念します。
代わりに塩のみのものと、バジル・キャロットソースを用意しました。ソースの作り方はポタージュを作る要領で、より濃厚に煮詰めただけです。いも餅が淡白なので、濃いめの味付けの方が合います。ちょっと味見、うん、バジルの爽やかさと、人参の甘味がうまく引き立てあっています。隠し味に蜂蜜を入れても美味しいかもしれませんねぇ。今度試してみましょう。ちなみにこのソースはプファンクーヘンと併用です。あちらはバターだけでもいけますけどね。
次に、昨日焼き上げておいたライ麦パンをスライスし、フライパンで縁に軽く焦げ目がつくぐらいに焼きます。オーブントースターがないこともありますが、ハンバーガー屋さんのバンズの焦げ目を目指しました。あれはなんであんなに美味しいんでしょうね。
さっくりと焼きあがれば、冷蔵庫に入れておいたマリネを乗せるだけなのですが、残念!これは並べる直前に乗せるものなので、殿下方はこのメニューは食べられません。すみませんね。文句は学園に言ってください。
あとはカルトッフェル・プファンクーヘンとブリトーを焼いて焼いて焼きまくるのみ!
「部長、お時間です」
「ありがとうございます。主任さん、確認をお願いします」
「はい……確かに、既定の量が納められています。施錠も確認いたしました」
「ありがとうございます。それでは皆さん、私は先に会場へ向かいますが、後はよろしくお願いします」
「はい!」
というところで時間が来てしまいました。時計を見れば8時50分を回ったところです。作り上げたものを施錠ができるワゴン型の保管庫にしまい、最後の施錠をしてから準備室へ移動します。
エプロンや三角巾を外し、手を洗って身だしなみを整えてから鏡に向き合いました。
自分は今、マルクライン・ディル・コングレンスです。
それは、ただの似た世界へ意識を持って生まれ変わってしまっただけなのか、ガーデン~君が繋ぐもの~の攻略対象として生まれた存在なのか、この後わかります。
自分に変化がなければよし。あればその時。対策は昨日手紙に書いて、今朝送りましたから、最悪の事態を招くことだけは回避できたと期待しましょう。
また、考えておかなければならないことがあります。
この世界がゲームの世界だとして、ヒロインたる主人公は、純粋に主人公という人間なのか?それとも、私のように転生した、主人公に成り代わった別の存在なのか?
ずっと考えていますが、答えは結局会ってみなければわからないとしかなりません。
似て非なる世界だとしても、ゲームの世界でヒロインが純粋にこの世界生まれの存在でも成り代わりでも、一長一短。
自分というイレギュラーが存在することで、何がどう転ぶかもわかりません。
似て非なる世界となれば、少しは持っている戦争回避フラグの情報が何にも役に立たなくなることがあるでしょう。しかし、全く別の方向からの戦争回避の可能性、むしろ戦争が起こるということすらあやふやになります。
この世界生まれのヒロインであれば、それとなく手助けすることでうまく戦争回避できる可能性が高まります。ですが、一人の人間の言動を全て管理することなどできません。ゲーム画面では行動が制限され、口から出す言葉は選択肢が用意されていました。しかし現実となった今、この時では、そうはいきません。更にバッドエンドの確率の高い攻略対象や、全く関係のない人間を好きになる可能性すらあります。戦争の件について全く関わることなく、何も知らずに留学を終えることもありえます。
もしヒロインが転生だった場合、その存在にはゲーム知識があることが期待され、なければ先ほどのヒロインと同じこと。ゲーム知識が有れば、戦争回避それ自体は恐らく積極的に行うでしょう。ですが、ゲームでは無理だった逆ハーレムルートや、それこそ押しキャラだからと難しい相手に、可能性として自分にもアタックを仕掛ける可能性があります。今を現実だと認識していなければ、その行動は際限なく混乱を招くことが簡単に予想できます。気付かぬうちに私が変えていた諸々の出来事に対し不満を持ち、何も協力が取れなくなれば、最悪の方向へ事態は進むでしょう。
本当に、どうしてこうなった\(^o^)/
自分はただ食生活を充実させたかっただけなのに。死ぬ前に何かしたかなぁ。
ですが今考えても埒が明きません。
一度大きくため息を吐き、改めて深呼吸しました。顔を軽く叩いて気合いを入れます。
目標はあくまで食生活の充実。
戦争なんてしていたら叶う夢も野望も叶わなくなってしまう。
阻止するために、目標へ到達するために。
よし、行きますか!