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 目を覚ませば外はまだ暗い夜明け前。しかし始まりの日です。

 いつもより早い目覚めは普段通りにすっきりしていて、昨夜は少し緊張しながら眠ったのですが、その影響も見られません。

 寝間着から着替えて洗顔、歯磨きなど身支度を整えてから、ゆっくりと念入りにストレッチをします。某国営テレビが早朝に放送している体操と、屈伸から始まる準備運動も欠かしません。何事も体が資本ですから手を抜くことはできません。

 部屋で準備運動を終わらせると、寮母さんに挨拶をしてからランニングです。今日はいつものルートを変更して、手紙を配達できる場所に寄らなくてはなりません。昨夜のトレーニングが少なくなってしまったのもありますし、長いルートで行きましょう。


 運動着にしている衣服は前世の経験から、吸湿性・通気性の高いものをデザイン込みで材料から作らせました。貴族っていいですね。ちょうど見込みのある技術者がいたので支援しました。新素材の試作品ですが、結構いいです、これ。

 そういえば夏物衣料の代表格の麻は、この国でも栽培していますが隣国からの輸入が主ですね。寒さに耐性のある植物が夏物衣料向けというのも不思議な話です。国産の麻があるので市場価格は落ち着いていますが、今後の隣国との関係次第では値上がりすることも予想しておいた方がいいですね。


 というわけでやってきました。郵便局です。

 いえ、正確には、王都にあるコングランス邸です。ここにはコングランス領の実家と手紙のやり取りができる魔道具が置かれているのです。

 コングランス邸は主人となる一族の者がいなくとも、管理をする者と護衛を常に雇っています。

 これでも一応寮生活を選んでいることを申し訳なく思っていまして、ちょくちょく顔は出しています。使用人である彼らは、仕える主人一族が同じ王都にいながら別の場所で生活することが耐え難いのです。理由が理由だけに説得は大変でした。寮なら思う存分料理ができるから、ですもんねぇ。料理人には本当に申し訳なかったのですけど、うん。あ、もちろんこちらの料理人ともよく研究していますよ。

 二人一組で門番をしている護衛が、少しずつ近づく私の姿に気がつきました。

「マルクライン様!お帰りなさいませ」

「ただいま。急で悪いけど、手紙を出しに来たんだ。あと、今日は学園の入学式ですぐに戻らないといけないから朝食などは用意しなくていいよ。楽にしててくれ」

「かしこまりました。通信用魔道具の確認をして参りますので、中でお待ちください」

「うん。よろしく」

 そのまま待機する一人を残し、邸内へ入りました。


「お待たせ致しました」

「いや、構わないよ。ご苦労様」

 身内用の応接間で待つこと数分、準備が出来たようです。邸に入ってすぐに姿を見せた家令と話をしていたのですが、やはり各家使用人の横のつながりでも、食糧備蓄について話題はでているようです。

 通信用魔道具の仕組みは、二つセットになっている本体の中に、最大50cm×50cm×50cmほどの大きさ、1kgまでの重さまでの物を入れて転移させるというものです。ちなみに生きているものは送れません。送る際にかかる時間は魔道具同士の距離によって変わりまして、王都からうちの実家までで馬車で10日ほどの距離があるのですが、なんと5時間で届けてくれます。電子メールには敵いませんが、手紙と比べたら破格です。

 とはいえこれはあくまで上級貴族向けのいいモノだからであって、グレードによる差異はありますし、魔道具自体を買えるようなお金がない人は、もっと大規模なものがある郵便局に出します。

 郵便局は大きな都市ごとに集積地を作り、また近くの郵便局や集積地ごとにネットワークを作ることで、どの方面のどこ経由でそこへ着くという具合に各地への配達を可能としています。その分、中継地点をいくつ挿むかで料金が変わってきます。この辺りは郵便局よりも運送会社のシステムに近いですね。平たく言えば距離が遠いほど高くなると。

 ちなみにコングレンス領は王国東部の最大集積地でもあります。なんと王都直通便もあるのですが、速達扱いなので料金が割り増しになります。

 ぶっちゃけ魔力と想像力でどれだけできるか、という世界の話ですから、もっと大規模な転移も出来そうなものですが、必要となる魔力が桁外れになるそうです。そうそううまい話は転がっていないということですね。

 それに、あまり大きな声では言えないのですが、大規模転移は実は上層部には歓迎されていないのです。

 技術の開発に伴う危険性なんていう自己責任レベルの危険ではなく、重量、質、その他もろもろを無制限に転移させることが出来るようになれば、テロ、クーデターの危険性が格段に跳ね上がります。

 生きているものを送れないという制限の解除は、先の軍事行動における移動手段として、最悪の革命を起こします。たとえ開戦を望んでいる国でもその扱いは慎重になるほどの劇薬です。

 集積地や郵便局からの配達は人が行っていますし、その護衛なども含めて、雇用面での意味でもかなり大きな比重を占めています。それ以外にも、安全性、確実性に劣りますが、郵便局に依頼するよりも安く済むということで、目的地近くまで行く普通の荷馬車や商人などに届けてもらうことも可能です。

 また、今ある大きな都市というのは、大きな街道沿いにある宿場町としての面も大きいのです。それが転移によって目的地へ直接行けるようになれば、そう言った街々が寂れるのは火を見るよりも明らかですので、上層部には歓迎されていないということです。


 さて、魔道具の起動は済んでいますので、持ってきた手紙を所定の位置にセットします。

 品の良い細工がなされた箱型の魔道具の蓋をしっかりと閉め、発動するのに必要な魔力を蓄えた魔石(蓄電池のような性質を持つ宝石の一種で、郵便料金のほとんどがこの魔石の購入、維持費です)のロックを解除し、魔力を循環させます。

 魔法の発動に伴う魔力は光の乱舞として現れ、とても美しいものです。使用する人や、使用される魔法の種類によって光のパターンが変わります。この光のパターンは魔力の波長を表しているものだと考えられていて、この光を何よりも重要視する人もいます。

 波長の研究もそうですが、血液型占いのように、黄色い光が多い人と青い光が少ない人は相性がいいとか悪いとか、どの世界に行っても女性の好むものは変わらないという一面を見せてくれました。

 この波長の解読、複製ができるようになると、現在の防犯対策の主流である鍵が使えなくなるために結構な大事でもあるんですが、まあ対策面での研究もされてますしね。

 ほんの数秒ほどで転移完了を告げる音が鳴り、魔道具から漏れる光が消えていきます。

 魔道具が完全に沈黙したのを確認した後、見送りをする使用人たちに声をかけてからランニングに戻りました。

 寮でシャワーを浴びたりすることを考えると、もういい時間ですし、そろそろ帰りましょう。

 忙しい日々の始まりです。

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