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教務員室、日本でいう職員室へ向かう途中。どんなに気分はドナドナでも、表には出しません。一度はいい年をした大人を経験しているわけです。そんな不満なんて表に出せるわけありませんよね。
世界に誇る日本人の筋金入りの薄ら笑いを浮かべながら今日も廊下を歩き……。
「あ」
崩れた。
あれ、ちょっと待って。
ここがガーデンの世界なら……戦争フラグ、立ってる?
ちょ、ま、ええええええ\(^o^)/
いや、確かに隣国との交換留学自体、ちょっと大丈夫なの?と思わなくもないぐらいキナ臭かったけど、でも留学話が持ち上がって実行されるぐらいにはもう何年も平穏だったわけですし……。
ダメだ。思い出せ。
主人公が関わる戦争フラグ、それ以外のバックボーンとなる要素をきっちり思い出さないとまずい。主人公任せ?できるわけがない。そんな不確定要素に戦争なんて重大なことを委ねるなんて恐ろしくてたまらない。何よりこの世界はゲームに酷似していても別世界の可能性もある。その証拠が自分。
これならガーデンをやり込んでおくんでした。ごめんよ友人。
しかし生まれ変わって15年、ゲームをプレイしたのも前世で死ぬ2年前ぐらい。はっきり言って思い出せただけ奇跡なんです。
どうして自分が生まれ変わった\(^o^)/
「マーク?どうかしたのか?」
声をかけられて思い出した。そうだった、ここは廊下でした。通行の邪魔でしたよねすみませんって、殿下!
「失礼しました!通行のお邪魔をしてしまいました」
「構わん。お前がいつもの笑い顔じゃないどころか廊下にくず折れていたからな。何かあったのか」
「い、いえ。そのようにご心配されるようなことではございません。申し訳ございません」
目の前にいるこのお方こそ、ガーデンのメインヒロインならぬヒーローにして、現王のご嫡孫にあらせられる、アナトール・フィオ・イル・ゲイルラッド殿下でございます。長いわ。
背中の中頃まで届く王族の証である赤い髪をなびかせ、その美貌はこの世一と謳われる母君譲りの美しい顔立ち。意志の強さを感じさせる真紅の瞳は見る人を魅了します。健康で学園の教授陣にもよく学び、人柄も横柄なところはなく、故にこの国の将来は安泰だと言われています。
ちなみに殿下の胃袋はゲット済みです。野望の第一歩は成功しています。
その斜め後ろには、当然お付きの少年、シクスタス殿がいます。侍従である彼らは正式に誰かのお付きとなった時点で以前の地位を返上するため、彼に家名、ミドルネームはない。
明るい茶色の短い髪がすっきりとした輪郭を際立たせ、一重の涼しげな目元を印象付けます。怜悧な表情はいかなる時も変わることがなく、殿下に関したことは基本的に彼を通さなければなりません。身長は殿下と同じぐらいでも、実はウェイトがまったく違うというのはあまり知られていません。自分が知ったのもたまたまでしたしね。
少し天然の入った尊大系キャラの王子と、王子至上主義の無表情キャラである従者。確かファンの中でもそっちのファンが付いていたはずです。本来のマルクラインにも付いていたらしいですが……余計な事を思い出した。
「ふん、まあよい。明日のお前の料理には期待しているのだ。調子を落として味も落とすなぞ許さぬ」
「お心、しかと刻みます」
明日の歓迎セレモニーでは、実は我が調理部が多様な軽食を提供することになっています。その準備もあったのですが、交換留学生の案内を求められたことで他の部員にほとんど任せることになってしまったのでした。一応レシピさえわかっていれば誰が作っても変わらないような簡単なものばかりですし、量が量なので食堂と連携してあちらの料理人にも手伝ってもらえることにはなっているのですが。それでもやりたかったです……。
「あ、そうでした。そのことでお伝えしなければならないことがあったのです」
「なんだ」
「実は、明日の歓迎セレモニーの軽食を、一部担当できなくなりまして」
「何?」
眉が寄った。美人の怒り顔は迫力が違います怖いです。
防犯の観点で、殿下とシクスタス殿、国賓とまではいかずとも大事な留学生の分は、身元の確かな人間が専用に作ります。もちろんそんな怪しい人間がごろごろしているわけではありませんし学園側も人を雇う際には十分注意しますが、重要なセレモニーともなれば万が一ということがあります。普段の食堂利用においてはまた別なんですけどね。
そのため、食堂を差し置いて調理部が軽食を提供するという異例の切欠であり、これ以上なく身元確かな自分が殿下方の分を直接ご用意するという大役を仰せつかっていたのです。使用する食材も厳選されてますよ。……あ!っといけない。
「もちろん殿下とシクスタス殿、それと留学生皆様の分は私がご用意させていただきます。ですが、その留学生の方々のご案内が入ってしまったため、厨房にいられる時間が減ってしまったのです。これからその打ち合わせでして」
元々は新入生・留学生の歓迎代表みたいな役割でホールの壇上での挨拶だけだったのですが、なぜか玄関でのお出迎えから直接ご案内という役が回ってきてしまったのです。普通こういうのって最高学年が担当しないか?と思わなくもないけどそういうものらしいです。
そのおかげでというかなんというか色々と思い出せたのはよかったのやらなんですけどね。
「そうか」
自分の担当は変わらないと聞いて機嫌が戻った様子。よかった。しかし現金だな、とは言わないですけどね。防犯上のあれやこれやもあって面倒が多いですし。対応するのはシクスタス殿ですけど。
「時間の都合上、テーブルの上にご用意する分は今日作っておいて保存できるもの以外は手が届かなくなってしまいましたので、明日お部屋のほうへお持ちできる品が減ってしまったのです」
「そうか……。ならば仕方ない。許す」
「恐れ入ります」
そう、明日は専用に作られる分しか彼らは食べられません。おかわりや別の品が欲しくともできないのです。育ち盛りの殿下にはおやつとして別にご用意する予定でした。もちろん昼食、夕食の分を考えたメニューで、です。
「シクスタス殿、急な変更で申し訳ありませんが、よろしくお願いします。メニューについては学園側から知らせに参りますので」
「かしこまりました」
殿下の食事メニューについて変更があったというのに、美しい一礼をしてただ了解、明日には完璧な仕事をするシクスタス殿マジ従者の鑑。
「これから打ち合わせだったな。期待しているぞ」
「ありがとうございます。ご期待に添えられるよう、力を尽くします」
「うむ。ではな」
そう言って立ち去る殿下方を頭を下げて見送る。
緊張したあぁぁぁぁ!
メニューの変更については学園側から絶対に連絡がいくはずのこととはいえ、自分の口で伝えることに意味があるよねってことで伝えたけど、やっぱり殿下と話すのは緊張するわあ。
それに殿下と話している間に思い出しました。隣国は今、国土に対し狭い穀倉地帯の天候不順で食糧難に陥っている。けれど打つ手がなく、広く平野が続くこの国を前々から手に入れようとしていたのを本格化させるんだ。
切欠はなんでもいい。この交換留学自体、隣国の勧めで半ば強引に決まったはずだ。些細な事案から積み重ね、最後の方はマッチポンプすら行って開戦の理由を作ろうとしていた。それを最初から狙っていたのか。
食糧難なのは間違いない。ずっと噂されていたし、王宮からうちの領地へ備蓄を増やすよう通達が来ていたはず。恐らく他領地へも。それが開戦準備なのか、支援のためかはわかりません。
とにかく何か手を打たないと。
ただし今は打ち合わせに急ごう。そうしよう。