かまくらの雪だるま
夜からしんしん降り続いた雪で、あたりはすっかり雪景色。昨日まで緑も見えていたナナの家の庭にも、今朝は真っ白な雪がこんもりと積もっていた。
「雪でいっぱいだあ。お父さん、お庭で遊ぼうよ!」
ナナは五歳の小さな体を躍らせながら、パジャマからあっという間にふさふさの赤いジャンパーに着がえると、ポニーテールの髪を左右に揺らして、庭の小さな銀世界へと飛び出して行った。
「しかたないなあ」
お父さんは寝ぼけまなこを指でしきりにこすり、ナナを追いかけるように、庭へと出て行った。お母さんは台所で朝ごはんの準備をしながら、そんな二人の様子をふかふかの笑顔で窓からながめていた。
お父さんが庭に出たときには、もう、ナナは白い息をはずませながら、自分の顔くらいの大きさの雪玉を丸めていた。一気に、やる気スイッチが入ったお父さんは、スコップで雪をかき集め、雪山を作りだした。みるみる大きくなっていく、雪の山。
それを見ていたナナは、ピン、と何かを思いついた様子。
「雪だるまさんのおうちを作ってあげようよ!」
もうひとつ雪玉をこしらえて、小さな雪だるまを作る、ナナ。お父さんは雪山を横から手で穴をほってかまくらを作り、そっとナナの雪だるまをかまくらの中に入れてあげた。
と、そのときあたりに響いたのは、お母さんのやさしい声だった。
「朝ごはんできたよ。戻っておいで」
それに答えるように、ナナのおなかが“ぐう”と鳴る。お父さんに手をひかれるようにして、ナナは家の中へと戻って行った。
それから、何日かたった日のこと。日の光を浴び、少し融けかかったかまくらの中をナナがのぞきこむと、そこにいるはずの雪だるまが見つからなかった。
そればかりか、雪だるまのかわりにそこにいたのは、一匹の黒い子猫。二つの小さな眼を黄色く光らせて、少し寒そうにちぢこまりながら、こちらをじっと見つめていた。
「た、たいへん! 雪だるまが猫になっちゃった!」
息をはあはあ弾ませ、部屋に戻って来たナナ。それから、お父さんの手をぎゅっとつかむと、ひきずるようにお父さんを庭へ連れて行った。
二人して、そおっとかまくらを覗いてみる。寒さのせいか小刻みに震えている一匹の子猫が、二人の目に映った。
「この子、元気ないね……。おうちで飼ってあげようよ」
首をふる、お父さん。
「黒い猫なんて、おうちでは飼えないよ。そのうちどこかへ行ってしまうさ」
「黒いからダメなの? 同じ猫なのに?」
結局、お父さんは「うん」と云わなかった。あきらめきれない、ナナ。心の中で子猫に“クロベエ”という名前をつけると、家にあるビスケットをこっそりもち出し、子猫に食べさせてあげた。
次の日の朝。ナナは、もち出したビスケットをポケットにかくしながら、また、かまくらの前までやってきた。けれど、クロベエはかまくらの中に見あたらない。あっちもこっちも、庭じゅうをさがしたけれど、やっぱり見つからない。
「お父さんのせいだよ、クロベエがいなくなっちゃたのは!」
ナナは、あふれんばかりの涙を目にためながら部屋に戻ってきて、お父さんに向かってそう叫んだ。
「クロベエって……、昨日の黒猫のこと?」
お父さんの質問には答えず、すぐさまふり返り、ナナは外へと飛び出して行った。
それはまるで、この季節に吹き荒れる風のようだった。あちこちをさがし回ったナナだったが、クロベエは見つけることはできなかった。
「クロベエ、どこに行っちゃたの?」
近所の公園で、とうとうすわりこんでしまった、ナナ。涙があとからあとからあふれ出てきて、あたりがよく見えなくなった。
と、そのとき聞こえたのは、お母さんの声。
「ほら、何してるの。かぜひくよ」
お母さんの温かい腕が、やさしくナナを包みこんだ。ふり返って、お母さんにしがみつく、ナナ。お母さんのすぐうしろには、安心した顔の、お父さんもいた。
お父さんがナナに近づき、こつん、とナナの頭をたたく。それから、涙の止まらないナナをふわりと背中でもち上げ、おんぶした。
歩き出したお父さんの背中があんまり温かいので眠くなり、うとうとしだした、ナナ。
しばらくして、お父さんがぽつりと云った。
「ほら、今日からうちの家族になるクロベエだよ。お母さんが見つけてくれたんだ」
お父さんが指で示した先に、クロベエがいた。家の玄関前で、皿の上のミルクをおいしそうになめている。
すっかり目が覚めたナナは、お父さんの背中から、ぴょんと飛びおりた。
「本当に飼っていいの、本当?」
「うん、本当さ。だって、クロベエはナナが作った雪だるまなんでしょう?」
お父さんとお母さんは、そろって深く、笑顔でうなずいた。