第六話
撃退士が光纏することによって身に纏うオーラは、それを扱う者の身体能力を飛躍的に向上させるといった効果だけでなく、訓練次第で様々な応用が利く。
特にフロリーヌは恵まれた才能と弛まぬ鍛練によって、オーラの形状を自由自在に変質させることが出来た。
【サーバント】という巨大な化け物を前に、フロリーヌは自らのオーラを変形させて、背中に昆虫の羽根のような形状の噴射口を形成していく。
ランスにも【アウル】の力を込め、尖った穂先を少し離れた場所にいる敵へと向けた。
左半身を前にして刺突の構えを取り、相手を鋭い視線で睨み据える。
そうして大きく息を吐いて地面を蹴った瞬間、その場からフロリーヌの姿が掻き消えた。
いや、周囲の者には消えたように見えた。
背中の羽根からオーラを噴出させて推進力にしたフロリーヌは、標的へと猛烈な勢いで接近する。
羽根から発生している虫の羽ばたきのような音を後に残し、相手に反応すら許さない速度でもって胴体をランスで貫いた。
遅れて、音の壁を破ったことによる衝撃波と轟音が周囲にまき散らされる。
速度と【アウル】によって強化されたその攻撃は、相手に穴を空けるだけでなく全身を粉々に千切り飛ばし、さらには背後にいた【サーバント】達をも吹き飛ばした。
一匹は確実に仕留めたものの、敵の数はまだまだ多いため、すぐにランスを構え直して次の標的を探す。
通常ならば数人で相対する敵を単独で圧倒して屠ったにも関わらず、その顔には慢心どころか焦りさえ浮かんでいた。
今フロリーヌが使用した技は消耗が激しく、そう何度も使い続けられるものではないのだ。
敵の数が多いからといって連続使用していると、どこかで必ず限界がくる。
だからその前に、何とか退却できるだけの突破口を開こうと企み――
直後、思わず耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、地面が激しく揺らいだ。
大きな地震と錯覚しそうな揺れのせいで足元が不安定になり、攻撃に踏み出そうとしていたフロリーヌの動きが止まってしまう。
「な、なんですの!?」
突然のことに困惑した声を上げながら、音が響いてきた方角へと目を向ける。
すると少しばかり離れた場所で、クレーター状に陥没している地面の中央に刺さった巨大な金槌を、引き抜いて大きく振り上げる栞の姿が視界に入った。
彼女が手にしている武器が纏うオーラの大きさに、フロリーヌは驚愕に目を見開く。
「なんて【アウル】をしてますの!?」
自分のものとは比べものにならない、膨大な量の【アウル】。その明らかに異常な力を込められた金槌は、【サーバント】ではなく地面に振り下ろされた。
無機質な金属の塊が地面と接触した瞬間、栞を中心として凄まじい衝撃波がオーラと共に荒れ狂い、近場にいた【サーバント】らが一斉に体を天高く宙に躍らせる。
相手に致命傷こそ与えられていないものの、満身創痍で地面を転がされて隙を晒した【サーバント】ならば、もう屠るのは容易い。
栞によって吹き飛ばされた敵は、他の撃退士が速やかに処理しているようだった。
武器の形状を見る限りに小回りが利かなそうなのが難点ではあるが、それを補って余る信じがたい威力である。
もしあれを直撃させることが出来たなら、力の強い天使や悪魔すら屠れるかもしれない。
しかも彼女は【バハムートテイマー】であり、本来は後衛向きなのだ。
「なんてデタラメな……」
思わず戦いの手を止めて、そう呟く。
久遠ヶ原学園に編入した時から、栞が自分よりもずっと大きな【アウル】を秘めている事は知っていた。
だがそれでも、これ程にまでに大きな【アウル】を持っているとは想定もしていなかったのだ。
特に意味はないので、わざわざ試験でやるような生徒はいないが、専用の器具によって測る【アウル】量の値は本人の任意で調整することも可能である。
理由は不明だが、どうやら栞は試験で本来よりも低い数値として測定されるよう【アウル】を誤魔化していたのだろう。
此処で見せたような【アウル】を持っているなら、わざと弱く見せない限り前期までDクラス以下だったのはありえないのだ。
さらに言えば、あれでも栞は召喚獣を使役するのに【アウル】を消費しているはずであり――
とそこで、フロリーヌは栞が使役していた召喚獣のことを思い出して首を傾げた。
普通ならば召喚獣は常に主の近くにいるはずなのに、栞の傍にカンヘルの姿が見当たらないのである。
フロリーヌは彼の姿を探して視線を彷徨わせ……そしてさらに信じられないものを遠目に発見して、今度は口を半開きにして呆けてしまった。
比較的、大型なものが多いとされる召喚獣。
撃退士からは【セフィラ・ビースト】と呼ばれるそれらは、その大きな体から繰り出される絶大な膂力を活かした攻撃が長所である。
だがカンヘルの体は、どう見ても人間サイズでしかなく……しかし彼が振るう膂力は、フロリーヌの知るどの召喚獣よりも凄まじかった。
カンヘルが拳の甲から生えた赤い爪を振るうと、まるで紙屑のように【サーバント】達の破片がまき散らされる。
一振りで数匹以上を分解していく壮絶な攻撃が、両の腕によって凄まじい速度で繰り出され、彼が突き進む先は竜巻のように血飛沫が舞い上がっていた。
そうして群れの間を縫うようにして縦横無尽に暴れ回り、カンヘルは全身を血に染めながら実に愉快そうな哄笑をあげる。
【サーバント】らも時折反撃を試みているようだが、その攻撃をカンヘルは避けようともしない。
彼の体に鋭い爪や牙が突き立てられるが、その滑らかな褐色の肌には僅かにも刺さることはなかった。
相手が繰り出すような弱い攻撃では、カンヘルの身に傷一つ付けられないのである。
脅威にならない攻撃なぞ避ける必要もなく、ただ邪魔な障害物を薙ぎ倒すように【サーバント】らを排除していく。
もはや【サーバント】では、カンヘルにとって敵にさえ成り得ていなかった。
フロリーヌも学園で学んだ知識として召喚獣のことを知っているが、あんな芸当が可能な存在など聞いたこともない。
使役する召喚獣は規格外。
さらには術者本人も、芸も工夫もなく力任せに武器を振り上げて地面に叩き付ける行為にて、目覚ましい戦果を上げる。
そんな栞の戦いぶりを見て、どこか諦念のようなものが胸に湧き上がるのをフロリーヌは感じた。
(栞さん、やはり貴方は――)
天才。
フロリーヌもよく他人からそう称されることがあるが、自分では欠片もそうだとは思っていない。
本物の天才とは、もっと途轍もなく理不尽なものだと、編入時に出会った少女によって思い知らされたからだ。
撃退士は【アウル】に様々な力を依存するため、特に才能の違いによる差が生まれやすいと言える。
そのせいか、努力では絶対に越えられない壁というものが、はっきりと目に見えてしまうのだ。
今も彼女の才能を垣間見るだけで、やりきれない気分になってしまう。
そして、それはフロリーヌだけが胸に燻らせている感情ではない。
やがて栞達の活躍により、襲ってきた【サーバント】の群れを無事に掃討し終えると、助かったというのに一部の撃退士達は微妙な面持ちを浮かべていた。
称賛や憧れの眼差しに入り交じる、嫉妬。
凡人の努力を嘲笑うかのような破格の才能を知り、嫌でも存在の格の違いを思い知らされるのは、向上心の高い者ほど堪えるだろう。
それに加えて栞の人となりを知っているフロリーヌとしては、非常に歯痒くも思ってしまうのだ。
自分がない才能を持っているのだから、相応の努力をして欲しい。口にしてしまえば押しつけでしかないが、持たざる者としてはそう願わずにはいられない。
自分では絶対に辿り着けない境地に至る可能性が、彼女にはあるのだから。
またいつものような態度で絡みに行ってしまいそうになるのをグッと堪え、フロリーヌは栞とカンヘルの元へと歩み寄った。
「どうだ栞ぃ! 俺様の凄さを思い知ったか!」
「はい。戦ってる貴方は危なくて近くに寄れないことは理解しました。主が傍に寄れないようでは、召喚獣としては失格ですね」
「うっ……って危ないのは、お前もだろうがよ! なんだよあの武器は!」
戦闘が終わったことで他愛もない会話を始めていた二人の間に、フロリーヌが割って入る。
「痴話喧嘩はそれぐらいにして、すぐに撤退しますわよ」
「痴話じゃねーよ!?」
「……撤退?」
フロリーヌの言葉に、栞が不思議そうに首を傾げる。
脅威は全て片付けることに成功したのだから、まだ任務を続けても問題ないと思っていたのだ。
「ええ、こんな場所にまで大量の敵が雪崩れ込んで来たということは……連絡はありませんけど、前線にいるはずの撃退士達が壊滅している可能性が高いですの。もしかしたら、天使や使徒のような大物が降臨しているかもしれないですわ」
「あぁ? そんなのは俺様が――」
「貴方は良くても、他の皆は危険ですのよ。今の戦力で遭遇すれば、死者が大量に出ますわ」
天使や使徒といった存在は単独でも強力な力を持っているが、かの存在の近くには必ず無数の【サーバント】が付き従っているはずである。
もしも本当にカンヘルが、単独で天使や使徒と戦える力を持っていたとしても、周りを固める【サーバント】の大群に呑まれれば、他の撃退士達はあっという間に全滅してしまうだろう。
栞が死んでしまえばカンヘルも現世に留まることは出来ないので、結局は天使を倒せないままで終わる可能性が高い。
「とにかく、急いでこの場から離れますわよ」
「……うん」
栞にも彼女が言っていることは正しいと理解できたので、素直に頷く。
現にフロリーヌが言葉を掛けずとも、実戦を何度か経験している撃退士は既に撤退準備に入っているようだった。
だから自分も、出来うる限り性急に久遠ヶ原学園へと帰還するべく動き出したのだが……遥か遠くに昇った赤い信号煙を見て、栞は半眼だった瞳を大きく見開いた。
【ゲート】の近くでは、人間の扱うあらゆる通信機器が通じない。
近場ならば撃退士の能力によって連絡を取り合うことも可能だが、少し距離が離れてしまうと原始的な方法でしか情報を伝えられなかった。
信号煙はその方法の一つであり……赤い煙が指す意味は全滅、もしくはあまりにも危険な戦力が迫っている場合にも使われる色である。
そして、その煙が上ったのは栞にとってもっとも大切な友人がいる部隊が向かった方角であった。
「栞さん!?」
「栞!?」
突然走り出した栞に、フロリーヌとカンヘルが驚いた声を上げる。
しかし、もう彼女の耳には二人の声など聞こえてはいなかった。