第三話
「でも、私もそう思うよ」
その日の久遠ヶ原学園での授業が終わり、Cクラスに昇格できたお祝いとして入った【久遠ヶ原亭】というレストラン。
そこでふと真面目な面持ちを浮かべた比奈から出た言葉に、栞は首を傾げた。
「なんの話ですか?」
「今朝、フロリーヌさんが言ってたことだよ」
「……」
比奈が何を言いたいのかを察して、栞は思わず沈黙してしまう。
四人がけのテーブルに二人で向かい合って座り、店員に注文した品が来るまでの間に他愛のない会話を続けていたのだが……そこで今朝のフロリーヌのことについての話になったのだ。
「栞ちゃんなら、ちゃんと頑張ればもっと上にいけるはずだよ」
「……そうかもしれませんね」
比奈の評価に、栞は素直に頷いた。
たしかに【アウル】の量が誰よりも多いというのは、撃退士として一番分かり易い才能だろう。
内包する【アウル】が大きければ大きいほど、撃退士が扱う【V兵器】と呼ばれる装備の中でも強力なものを扱えるのだ。
さらには天魔に対抗する様々な技や術も、例外なく【アウル】の力に依存している。
ある程度は鍛練により、少ない【アウル】で強い力を引き出せるようになるものの、それにはやはり限界があった。
フロリーヌのような、一定のラインを越えた強さを身に着けるには、やはり大きな【アウル】が必須なのである。
だから、撃退士ならば誰もが羨む才能を持っているのに未だCクラスにいる栞を、比奈はとても歯痒く思っていた。
「だったら!」
「でも私は、比奈みたいに頑張ることはできません。私は――」
戦うことが好きではありませんから……という言葉は、口には出さずに呑み込む。
代わりに、栞は違う言葉を紡いだ。
「そこそこの撃退士になれれば、それで満足です」
「栞ちゃん……」
どこか悲しそうに眉尻を下げる比奈から視線を外しつつ、栞は何かを誤魔化すように言葉を続ける。
「努力が出来るというのも、一つの才能らしいですよ。きっと比奈にはその才能があって、私にはなかったということです」
「……う~ん、そういうものかなぁ?」
納得できずに唸る比奈に、栞は苦笑した。
「だって比奈が目指している国家お抱えの撃退士は、卒業さえしてしまえば誰でもなれるんですよ? それなのに、気を緩ませずに努力を絶やさないで続けられるのは、やっぱり才能だと思います」
撃退士は、卒業時の成績によって就職先が大きく左右される。
上位の成績を残して卒業した者は、大企業のお抱え撃退士になったり、フリーランスとして活躍している者が多い。
中ぐらいの成績であった卒業生でも、中企業に所属するかフリーランスになる者が多く、薄給のわりに危険度が高い国家所属の撃退士になる者は、成績が悪すぎて就職先が無いような者がほとんどであった。
つまり比奈が将来の就職先へと希望している場所は、久遠ヶ原学園を卒業さえすれば誰にでもなれるのである。
そういった要素があっても、より上を目指して努力を続けられることを栞は称賛したのだが……比奈は首を横に振って、彼女の言葉を訂正した。
「それは違うよ。だって私が国家所属の撃退士になりたいのは、貧しい民間の人でも守れる撃退士になりたいからだよ?」
「……そうでしたね」
とても比奈らしい言葉に、栞はなんとなく昔を思い出して口元を弛ませた。
久遠ヶ原学園にいる生徒の中でも稀に、使命感に燃えて最初から国家所属の撃退士を目指している者はいる。
比奈は、そんな少数派の生徒の一人なのだ。
優れた撃退士は相応の給金によって動くことを是とし、比奈のような者を指差して偽善者だと断じる者は少なからずいる。
彼らにもそれなりの言い分があるし理解もできるのだが、幼い頃に比奈の正義感によって救われた栞にとっては、彼女の志を好ましく思っていた。
「だから沢山の人を助けられるように、もっともっと強くならないと」
「そうですか。応援はしますので、頑張って下さい」
「む~……応援だけじゃなくて、栞ちゃんも頑張ってよ」
「それとこれは話が別です」
唇を尖らせた比奈の言葉を、栞はあっさりと切り落とす。
どこか栞に頑ななものを感じ取ったのか、比奈は渋々諦めて話題を変えた。
「それにしても、Cランクに上がってすぐに実戦があるとは思わなかったね」
「まあ部隊として戦う訓練なら前々からやっていましたし……撃退士はまだ圧倒的に数が足りませんから、少しでも多くの手駒が欲しいのでしょう」
「明日が楽しみだな~」
「……初めての実戦を楽しみにするのは比奈ぐらいだと思いますよ」
「え~? そんなことないと思うけどなぁ」
そう言って首を傾げる比奈だが、実際に初の実戦となると恐がる生徒のほうがはっきりと多い。
撃退士として天魔と戦う以上、少なからず命が懸かっているのだ。
担当する仕事がどれだけ難度の低いものであったとしても、命の危険がある体験というのは慣れるまで恐いのが普通だろう。
比奈は別に、戦うことが好きで好きで堪らないといった戦闘狂の類の人間ではないのだが……どうやら強すぎる向上心が、彼女にそういった恐怖を忘れさせているようだった。
「行くのは東北方面でしたっけ?」
「青森県あたりって言ってたね。天使の勢力圏だけど、人が少ない地域だから大した戦いにはならないんじゃないかな?」
二人して、明日に赴くことになっている戦場について話す。
一般的な学生としては妙に物騒な話題で盛り上がるが、久遠ヶ原学園の関係者のみが住まうこの島では、これが普通であった。
そうして時間を潰している内に、やがて二人が頼んでいた注文を店員が運んできたのだが……
あらかじめ注文内容を聞いていたとはいえ、実際にテーブルの上へ所狭しと並べられていく料理を眺めると、栞は思わず頬を引き攣らせた。
レストラン【久遠ヶ原亭】とは、通常の店よりもメニューの項目が多彩であることで評判なのだが、比奈はそれを全部一品ずつ頼んでいたのだ。
いつかテレビ番組やっていたような大食い大会でしか見たことのない料理の数に、栞は心配になってしまった。
「あの……比奈、本当に大丈夫なのですか?」
「え? ああ、ちょっと少ないけど、また後で追加注文するつもりだから大丈夫だよ」
「……」
事も無げにそう言い放った比奈に、栞は絶句してしまう。
栞としては「全部食べられるのか?」という意味での質問だったのだが、比奈は「それで足りるのか?」と解釈したようだった。
久遠ヶ原学園に入ってからというもの、日を追うごとに比奈の食事量が増えているのは知っていたのだが……。
「いくらなんでも、食べ過ぎです。太りますよ?」
「その分動くから、大丈夫! というか、栞ちゃんが少食すぎるんだよ」
夕飯だというのに小さなチョコレートパフェしか頼まなかった栞に、比奈は呆れた視線を向ける。
学園に来てから食べる量が増えた比奈と違い、栞は昔から少食だったが、最近ではとある事情からますます食べなくなっていた。
というのも――
「ドラポムクエストオンラインの課金に使って、余分な食費に回せるお金がないのです」
「あれって、そんなにお金のかかるゲームなの?」
「一回ごとの課金で、ランダムにアイテムが当たるといったクジがあるのですが……それで全ての種類のアイテムを揃えると、強力なアイテムが手に入るのです。先週に、第三十二弾目となるクジがあったので随分とお金を消費してしまいました」
「そ、そう」
消費したであろう金額を想像して起こりそうになる頭痛を、比奈は皺の寄った眉間を指で押さえることで堪える。
だが栞の言葉はそこで終わりではなかった。
「それに経験値が増えるアイテムやら、ゲーム中で死んだ時のペナルティを抑えるアイテムも買いたいですし、さらにはアバターのパーツを増やしたりスロットを増やすのにもお金が掛かりますし、仲間と一緒に旅をしていく為に最低限必要になるアイテムも――」
「……栞ちゃん、そのゲーム辞めたほうがいいよ」
「だが断る」
少し話を聞くだけで怪しいと思えるゲームにハマっている友人に、比奈は凄まじい不安を覚えたのだった。