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Dear Friend  作者: スライム
二人の初任務
2/22

第二話

 栞や比奈が通っている久遠ヶ原学園とは、日本では唯一の撃退士養成学校である。


 小島を埋め立てて造った人工島の上にあるその学校では、数多くの【アウル】に目覚めた人間達が集まっており、此処で撃退士に必要な様々なことを学んでいるのだ。


 今でこそ普通の学校よりも自由奔放な校風になっているが、かつては軍隊のような厳しい訓練が行われる施設であったらしい。

 だが【アウル】に目覚める者は各々で大きく特性が違い、生徒全てを同一の規律で縛るやり方は逆に成果が上がらなかったのだ。

 そういった事情もあってか、学園側は近年になって方針を転換し、今の個人の創造性を存分に育める校風になったのである。


 結局その改革は正しかったようで、近年の撃退士は全体的にレベルが上がってきていた。


 しかしそのせいか、久遠ヶ原学園は非常に個性的な生徒で溢れかえるようになり……学生の居住区から久遠ヶ原学園までの通学路は、毎朝混沌とした様相になってしまうのだ。


 頭上では黒装束を着込んだ集団が、建築物の屋上から屋上へと飛び交い、たまに背中に翼を生やした者が雲一つ無い青空を突っ切って校舎へと向かう。

 地上でも巫女装束や修道服などといった奇抜な格好をした者がちらほら見受けられ、特にぶっ飛んだ者になると時代錯誤な全身鎧や、筒状の箱の中から手足を出してプラカードで会話している生徒までいた。


 比較的まともな格好である生徒も私服や独自の改造制服を着込んだ者が多く、統一性は全くない。

 燦々と輝く太陽から照りつけられる光によって、辺りは地面の上に陽炎ができるほどに暑いというのに、汗を掻きながらも妙に厚着をしている者がちらほら見受けられた。


 もはや久遠ヶ原学園が指定している、白いブラウスに黒のチェックスカートといった普通の制服を着ている者がごく少数しかいない。

 その少数派に含まれる栞と比奈は、異常だがもうすっかり見慣れてしまった光景の只中を、少し急ぎながら進んでいた。


 少しといっても、恐らくは常人の全力疾走並の速さである。

 【アウル】の力を持つ者は普通の人間を超越した身体能力を持っており、これぐらいならば小走り程度の労力であるのだが……


「比奈、新学期の初日ぐらいゆっくり行きませんか?」

「いや、それだと遅刻しちゃうからね!」


 足を止めずに動かし続けながら、抗議の声を比奈が上げる。

 あれから栞が学校へ行く準備に手間取っていたせいで、予定していた時間よりも大幅に遅れて寮を出たのだ。


「こう急かされては、朝から疲れてしまいそうです」

「……実際に疲れるのは俺だけどな」


 栞の溜息混じりの言葉に、カンヘルが不機嫌な声で応じる。

 彼女は嫌がるカンヘルの背におぶさることで、自分の代わりに彼を走らせていた。


 撃退士の中でも、主に召喚獣を呼び出して戦う術を習得している者達が、使役している召喚獣の背に乗ることはよくあることである。

 だがそれは、召喚した個体が大型の竜だった場合だ。

 小型の竜やカンヘルのような人型の背中に、普通は乗ろうと思わないだろう。

 だが寮を出た時、栞は当然のようにカンヘルの背中にしがみ付いたのである。

 彼にとっては栞の体重程度など重さの内に入らないのだが、それでも強制的に背負わされるのは妙に屈辱であった。


 だから当然、カンヘルは寮を出てからずっと仏頂面を浮かべていたのだが……内心では、早朝からずっと自らを召喚し続けて平然としている栞に驚いてもいた。

 本来ならば、カンヘルほどの存在を現世に留めておくには、短い時間でも大きな力を要するはずなのだ。


 カンヘルが知る限り、どうして撃退士を志したのか理解出来ないほど鍛練を怠っている栞だったが、その身に秘めた【アウル】の多寡だけは規格外のようである。


「それに今日は前期の成績でクラス分けがあるし、少し早めに行っておかないとね」

「……そうでしたね」


 言いながら僅かに緊張した面持ちを見せた比奈に、栞が複雑そうに頷く。


「比奈なら、きっとCクラスに上がってますよ」

「そうだといいんだけどな~」


 どこか自信なさげに苦笑しながら、比奈は指で頬を掻いた。


 久遠ヶ原学園は小学校から大学院まで幅広い年齢層の校舎が設置されており、それぞれの学年では生徒の実力に応じてAクラスからEクラスまでの振り分けを行っている。


 それは、生徒達の競争意識を高めるため……といった意図で分けられているのではなく、単純に実力が近い者同士でクラスを分けた方が訓練がやりやすいからだ。

 力に差がある者同士を同じ環境で訓練させるわけにもいかず、それならば最初からクラス分けしていたほうが学園側もやりやすいのである。


 こうした所属クラスは生徒の実力の指標となり、まだ未熟者が多い中等部ではCクラス以上でないと実戦に出ることは許されない。


 また実力者揃いのAクラスやBクラスと違って、まだ少し力の足りない所のあるCクラスの生徒は訓練の一環としての参加となり、教師側の采配で熟練者達のチームに組み込まれることになっていた。 

 故に依頼を受けて自由には戦えないものの、それでもCクラスに上がるということは、一応は天魔の勢力と戦える力があると認められたということである。

 だから撃退士の卵である生徒達の最初の目標は、実戦が経験できるCクラスに上がることだった。


 栞と同じく前学期までDクラスだった比奈は、念願のCクラスに入るべくずっと努力を重ねてきたのだが……平均よりも少しばかり低い【アウル】の量が足枷となり、中々目標を達成できずにいたのだ。


 撃退士の力の源となる【アウル】だけは鍛練では増やせず、比奈はそういった才には恵まれなかったのである。


「――っ、ごめん栞ちゃん、ちょっと待って!」


 通学路を進んで学園校舎が見えてくると、比奈は唐突に栞達を制止した。

 いきなり立ち止ったことで、怪訝そうな表情を浮かべる二人の視線も気にせず、比奈はきつく目を閉じて手を合わせる。


「何してんだ?」

「願掛け! どうかCクラスに上がってますようにって……」


 カンヘルの言葉に応じつつ、比奈は学園校舎に向かって拝んだ。

 そんなことをしても、既に出ている結果には何の影響もないことは彼女も理解している。

 しかしこれは比奈にとって、学園が下した結果を見る勇気を得るための、儀式のようなものだった。


 積み重ねてきた努力が大きければ大きいほど、それが報われたかどうかを知る瞬間というものは恐いものである。

 見れば、比奈の手は微かに震えてさえいた。


 彼女が今までどれだけ頑張ってきたのかを、傍で見てきた栞はよく知っている。

 だからもしもCクラスに上がれていなかった時に、彼女がどれだけショックを受けるかを想像してしまい、だんだんと栞まで緊張してきた。


 それに栞としても、比奈がCクラスに上がれないのは困るのだ。


 しばらくして、比奈が願掛けを終えて歩みを再開させた頃には、栞はカンヘルの存在に感謝していた。

 比奈ほど勇気が持てない栞は、下手をすると此処で足を止めていたかもしれない。


 胸中では比奈本人よりも大きく不安を募らせ、それは学園に近づくにつれて更に膨らんでいく。


 二人を苛む、押し潰されそうなほどの緊張感は……やがて目にすることになったクラス分けの名簿を見て、一気に解消されることとなった。


 学園校舎の入り口に設置された巨大な掲示板。

 それに群がる多くの生徒達の中に混じって佇んでいた比奈が、大きく目を見開く。


 掲示板に張り出された紙によって示されていた結果に、彼女の目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……栞ちゃん、ちょっと頬をつねってみて」

「そんなことをしなくても、現実ですよ」


 そう言いつつ、栞はカンヘルの背中から降りて、比奈の柔らかい頬を摘んだ。

 指に力を込めながら捻りを加えて、容赦なく引っ張る。


「あはははは、い、いたひ……夢じゃない」


 かなり痛いはずなのだが、比奈の口端は自然と上を向いた。

 Cクラスの欄にあった黒塚比奈の名前を見ながら、思わず栞を抱きしめて盛大な歓声を上げる。


 比奈に抱え上げられて為すがままになりながらも、Cクラスに九条栞という名前もあったことに、彼女はこっそりと安堵の息をついた。


「おめでとうございます、比奈」

「うん、栞ちゃんもおめでとう! また一緒のクラスだね!」


 祝福の言葉を返してくれる比奈に、どうしてか栞はチクリと胸が痛む。


 微かに湧き上がった正体の掴めない感情に首を傾げ……しかし栞が深く考え込む前に、聞き覚えのある声が二人の背後から響いた。


「Cクラスに上がった程度でその喜びよう……貴方達は恥ずかしくないのかしら?」


 昂揚する気分に冷や水を掛けるような言葉に、栞は思わず半眼になって、背後にいる人物を視界に収める。


 久遠ヶ原学園が指定している儀礼服を着込んだ、比較的背の高い少女。

 そのよく見知った姿を見て、栞はわざとらしく溜息をついた。


 だが相手の少女は特に気にした様子もなく、言葉を続ける。


「所詮は中等部のCクラス、それは撃退士として最低限の力しか持たない弱者のクラスですわ。決して他人に誇れるような成績ではありませんのよ。貴方達はDクラス以下のおちこぼれから、辛うじて脱しただけの話ですの」


 そう言って呆れたように碧眼の双眸を細め、縦巻きにした長い金髪をかきあげた少女……フロリーヌ・ドラクロワという名の同級生に、栞は咎めるような声を上げた。


「フロリン、いくらAクラスだからって人を見下すような言動は感心しませんよ?」

「私はただ本当のことを言っただけ……ってフロリンって私のことですの!?」

「フロリンは友達が少ないようですから、親しみやすい呼び名を考えてみました」

「友達ぐらい――……っ、余計なお世話ですわ!?」


 少し考えて友達が思い浮かばなかったフロリーヌが、目尻にうっすらと涙を溜めて声を荒らげる。

 そんな彼女に内心で少しばかり同情しながらも、栞は肩を竦めた。


「ちゃんと相応の努力が伴った結果です。何も恥ずかしくなんてありません」

「……比奈さんはともかく、貴方にそういった努力があったとは思えませんけど?」


 女性としてはかなりの高身長であるせいで、逆に普通よりも随分と小柄な栞をフロリーヌが見下ろす形になる。

 どこか高圧的な態度を取るフロリーヌに、しかし栞は慣れているせいか、そこまで強い憤りは覚えていなかった。


 入学時に合同で測った栞の【アウル】の数値が、同学年では二番目に大きい【アウル】を持つフロリーヌを越えていたせいか、何か事あるごとに必ず絡んでくるのだ。

 新学期のこういったやり取りも、既に恒例のようになってしまっている。


 そんなすっかり栞の顔馴染みとなっているフロリーヌは、彼女の目の下にあるクマを見つけて眉を顰めた。


「そのクマ……どうしましたの?」

「単なる寝不足です。ちょっと訓練に忙しくて……」

「訓練ですって?」


 懐疑的な声を上げるフロリーヌに、栞ははっきりと頷いた。


「はい。昨日は仲間と共に、朝まで鍛練に励んでいたのです。経験値が二倍になる日でしたので」

「そう、それは感心……経験値?」


 頭に疑問符を浮かべたフロリーヌに、比奈が苦笑しながら補足した。


「そういえば、朝までドラポムクエストしてたって言ってたね」

「ゲームの話ですの!? 少しはやる気が出たのかと思いましたのに!」

「私が撃退士の訓練なんかするわけないじゃないですか」

「貴方は、なんでこの学園に来ましたの……」


 どこか誇らしげに胸を張って断言する栞に、フロリーヌが頭痛を堪えるように頭を抱える。

 と、丁度そこで学園の予鈴が鳴り、比奈が焦った声を上げた。


「あぁ! 急がないと遅刻になるよ!」


 そう言って、比奈が栞の手を掴んで走り出そうとする。

 遅刻しそうなのはフロリーヌも同じはずなのだが、彼女は二人の後には続かず、その場で佇んだままポツリと呟いた。


「貴方が人並みの努力をしていれば、今頃Aクラスでも随一の実力者になっていたでしょうに……」


 両者の距離が離れていく中で、その声だけは栞達の耳に届く。

 彼女の言葉に、栞はまた胸の中で微かな痛みを感じた。





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