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Dear Friend  作者: スライム
堕天使の恋煩い
13/22

第十三話




 栞達がノエルと出会った翌日の放課後。

 久遠ヶ原学園の敷地内にある中庭にて、栞とフロリーヌ、ノエルの三人は一人の生徒を注視していた。

 少し癖のある黒髪に紫色の瞳をした、どこか気弱そうな印象を受ける少年を、三人揃って遠くの木の陰から窺う。


「日下部聡人、一五歳。久遠ヶ原学園の生徒で、クラスはB。趣味は読書やゲームなど。性格は温柔で、やや流されやすい所がある……ですか」


 視線の先にいる人物について集めた情報を思い返し、栞は呟いた。


 秋風が立つ時期に差し掛かっているものの、空から降り注ぐ陽射しは未だ強くて蒸し暑い。雲が疎らで遮られることのない光を辺りの芝生が照り返し、目に痛いほどの鮮やかな緑色を披露している。

 そんな、まだまだ生気溢れる様相を見せている中庭とは裏腹に、件の生徒は一人ベンチに腰掛けて、暗い雰囲気を漂わせていた。顔を俯かせながら、時折思い出したように溜息をつくことをずっと繰り返している。

 そのいかにも恋煩いをしているかような彼の様子を見て、栞は潜ませた声を上げた。


「やっぱり、今朝に聞いた話は本当かもしれませんね」

「……けふっ」


 栞の言葉を聞いたノエルが、ショックのあまり気を失って地に伏した。

 実は今日の朝、栞とフロリーヌが日下部聡人について情報を集めた所、どうやら彼は好きな相手がいると友人に公言していることが発覚したのだ。


 しかしノエルは、彼と再会してから未だまとな会話が出来ていないらしいので、聡人の思い人が彼女である可能性は限りなく低いだろう。

 残酷な事実を突き付けられたことで、白目を剥いて倒れてしまったノエルを、フロリーヌは頬を軽く叩くことで起こした。


「まだ諦めるのは早いですわ。幸い、あの殿方と誰かが付き合っているという話はありませんの。それならまだ、貴方が間に割って入る余地は十分にあるはずですわ」


 励ましの言葉を口にしながらも、何故かフロリーヌは鼻息を荒くしながら目を輝かせる。

 彼女の熱烈な説得によってノエルがどうにか気力を取り戻すのを待ってから、フロリーヌは話を続けた。


「まず相手がどんな女性なのかを知らないといけませんわ。彼を知り己を知れば百戦して殆うからず、ですの」

「……いくら知っても、敗色濃厚のような気がしますけどね」


 何気なく呟かれた栞の言葉に、またしても倒れそうになるノエルを支えながら、フロリーヌは責めるような視線を彼女に向ける。

 珍しく素直に非を認めた栞は、先程の失言を誤魔化すように咳払いをしてから、言い直した。


「まあライバルになる相手の情報を集めないと、話にならないのは事実です」

「……でも、いくら聞き込みをしても誰も知らないみたい」

「ならば、彼に直接聞くしかありませんわね」


 次の行動を決めてフロリーヌが立ち上がろうとする素振りを見せるも、彼女の制服の裾をノエルが握って止めてしまう。


「む、無理っ」

「……別に貴方まで付いて来なくとも、私達で聞いてきますわよ?」

「……うん」


 ノエルは頷いてこの場から離れようとしたものの、何か思うところがあったのか、栞は彼女の手を掴んで引き留めた。


「待って下さい。私はノエルさんも、付いてくるべきだと思います」


 尻込みして小さく震えてしまっている手を握りながら、栞は真摯な視線を向ける。


 ノエルから話を聞いた限りでは、日下部聡人と彼女は幼馴染みの間柄だ。

 相手に抱いている感情の種類は違うものの、つい先日に大切な幼馴染みを失ったせいか、栞はノエルに深く共感していた。

 そのせいか、栞の声に自然と力が入る。


「恥ずかしくても、彼と会って言葉を交わすべきです。じゃないと、きっと後で後悔することになりますよ。何もしないまま、彼を見知らぬ女性に取られてもいいんですか?」


 もっとちゃんと自分のことを話していれば、比奈があんな誤解を抱くこともなかったのではないか?


 栞のそんな後悔の念を感じ取ったのか、ノエルは未だ気後れしながらも首を横に振ってみせた。


「それは嫌」

「でしたら、一緒に頑張りましょう。恥ずかしくても、私達が傍に付いてますから」


 栞の直向きな説得に、ノエルが僅かに微笑んで無表情を崩した。

 どこか柔らかく温かい空気が、二人の間で流れる。


「……栞、今回の件が無事に終わったら、私と友達になって欲しい」

「私はもう友達のつもりでいたんですが」


 そう言って互いに笑い合う二人を横から眺めて……ふとフロリーヌが、なにやら物欲しそうな表情を浮かべた。

 巻き髪になっている部分を片手で忙しなく弄りながら、チラチラと期待の視線を送ってくる。


 栞は、彼女の心の機微を正確に把握して――


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「うん」


 あえて流すことにした。


「あ、あの~、……栞? 私も――」


 フロリーヌが慌てて何かを言いかけるも、栞はさっさと聡人なる人物の元へと行こうとする。

 同じく空気を読んだノエルが栞の背中に続こうとすると、フロリーヌは目尻にうっすらと涙を浮かべて声を荒らげた。


「ひ、酷いですわ!」

「何も酷くありませんよ。私はただ、フロリンの個性を尊重して守っただけです」


 心外だとばかりに肩を竦めた栞に、フロリーヌは困惑して頭に疑問符を浮かべる。


「ど、どいうことですの?」

「友達がいるフロリンなんて、フロリンじゃありません」

「やっぱり酷いですわ! それとフロリンはやめて下さいまし!」


 抗議の声を上げる彼女と一頻り言い争った後、満足した栞は改めて聡人という学生が座るベンチに歩み寄った。


「こんにちは」

「……え? あ、君はたしか――」


 どうやらノエルの顔を覚えていたようで、聡人が彼女に視線をやる。


 目が合ってしまった瞬間、肝心のノエルは顔を赤くして栞達の後ろ隠れてしまった。

 勇気を振り絞って彼の前に出てきたものの、此処までが限界だったらしい。二人の背中に隠れながら、時折チラチラと聡人に視線を送っている。


 彼女のそんな行動を見届けて、聡人が苦笑した。


「あ~、やっぱり嫌われてるのかな?」

「……別にそういうわけじゃないですよ」


 彼の誤解に目を潤ませるノエルに代わって、栞が弁明する。


 予めノエルから聞いていた話によると、彼女が聡人と万全を期して再会をした時、相手が自分のことを覚えていなかったのがショックで、思わず逃げ出してしまったらしい。

 その後は彼と学園で遭遇しては逃げることをずっと繰り返していたようで、そのせいか聡人はノエルに嫌われていると勘違いしてしまっているようだった。


「それで、僕に何か用?」

「何やら悩んでいる様子でしたので、気になって声を掛けたのです」

「……まぁ、ちょっと色々あってね」


 言葉の途中で顔を伏せてしまった聡人に、栞はなるべく優しく聞こえるような声を掛ける。


「私でよければ、相談に乗りますよ?」

「え?」


 彼女の提案に、聡人は顔を上げて戸惑った表情を浮かべた。

 ノエルはともかく、栞やフロリーヌとは今知り合ったばかりなのだ。 

 初対面の相手に悩みを相談するのは、普通なら誰でも躊躇ってしまうだろう。


 しかしよほど長い時間を悩んで疲れていたらしく、聡人はしばらく迷ってから、おずおずと話を切り出した。


「君は、オンラインゲームというものを知ってる?」

「……ええ。よく知ってます」


 色恋沙汰とは離れた話の気配に、栞は内心で疑問符を浮かべる。

 聡人は彼女の反応には気が付いた様子もなく、話を続けた。


「そのゲームでよく遊んでいた人が、数日前ぐらいから唐突にログインしなくなってしまったんだ。それまで毎日のようにゲームに入り浸っているような人だったから、何かあったのか心配になってね……」

「ああ」


 彼の打ち明けた話に、栞は納得した声を上げた。


 久遠ヶ原学園のある島は、インターネットでさえも外部から切り離されて独立している状態であった。

 故にネットワーク上で遭遇している者は、ほとんど学園関係者である。

 そして数日前というと、多くの撃退士が亡くなった凄惨な事件が起こった日だった。

 丁度その境目から全くログインしなくなったとなると、彼が心配になってしまう気持ちも理解できる。


「連絡先か何か知らないのですか?」

「その人とは、ゲーム上でしか会ったことがなくてね。でも数年前に僕がこのゲームを始めてから、よく一緒に遊んでいた人だったから……無事なら、もう一度会いたいと思っている」


 此処にはいない誰かに思いを馳せて遠い目をしている聡人に、何かを敏感に察知したノエルが栞達にだけ聞こえる声で囁いた。


「も、もしかして聡人の好きな人って……」

「ええ? いくら何でも、顔も見えない相手になんて、ありえますの?」

「まあ、実はネットならよくある話です。大抵は若い人の黒歴史で終わりますが」


 ヒソヒソと話し合う彼女達に、聡人は不思議そうな面持ちで首を傾げる。

 やがて、あまり根拠もなくそれが聡人の思い人だと結論を出した三人は、その相手の情報を探ってみることにした。


「何か、その人の手掛かりになりそうな情報はないのですか?」

「う~ん、カレリンってハンドルネームで、僕が作ったギルドの副団長ということぐらいしか……」


 彼が口にした名前と役職を聞いて、栞は大きく目を見開いた。


「――まさか、アーキッドですか!?」

「……え? どうして僕のハンドルネームを?」

「私です。私がカレリンですよ!」

「え……ええええええええ!?」


 栞が自らに指を指して告げると、聡人も驚いた声を上げる。


 カレリンとは、つい数日前まで栞が夢中になって遊んでいたドラポムクエストオンラインというゲームにて使用していた名前だった。

 アーキッドとカレリンはゲーム中で何度もパーティを組んで遊んでいた間柄だったが、現実では一度も顔を合わせたことはない。


 いくらインターネットが外部から独立して狭くなっているといっても、学園のある島内には膨大な数の関係者がいるのだ。

 その中で、知らずに話し掛けた相手がネット上の知り合いだったというのは、中々に珍しい偶然であった。


「まさか、現実で会ってしまうとは思っていませんでした……」

「僕もびっくりしたよ」


 思わぬ遭遇に両者共に目を丸くして視線を交わす。

 ふと二人とも次に掛ける言葉に迷って……互いに相手の機微を悟ったのか、どちらからともなく苦笑しあった。


「そっか。ということは無事だったんだね」

「はい、心配をお掛けしました。……ちょっと事情があって、ゲームには繋げてなかったのです」


 安堵の息を吐く聡人に栞が謝ると、彼は慌てて手を横に振る。


「いや、君が無事だったなら、それでいいんだ。結局は、こうして会えたしね」


 そう言って、聡人が嬉しそうに微笑んだ。

 栞も思わず釣られて笑顔を浮かべていると……


 ふと彼女の背後で、誰かのむせび泣く声が響いた。


「ひっ…ぐぅ…」


 何か嫌な予感を覚えて振り返ると、普段の無表情からは考えられないほど表情を歪めたノエルの姿が栞の目に映る。

 彼女は唇を強く噛んで声を押し殺しつつ、目から滝のような涙を流して栞と聡人の二人を見つめていた。


「――あっ」


 此処に来てようやく、栞は自らの失策を悟る。

 見れば、ノエルの隣にいるフロリーヌは頭痛を堪えるようにして頭を抱えていた。


 ノエルの目には二人が実に親しそうに見えており……今までの話の流れからして、聡人の思い人が栞であるようにしか考えられなかったのだ。


 恋敵がよりにもよって、つい先程まで友達になろうと言い合っていた栞であったことに、ノエルの心が絶望に染まる。


「ノエル、これは誤――」

「何も、言わなくて、いい。ま、聡人が、しし、幸せそうだから……しゅ、祝福する」


 泣きすぎて声をしゃくり上げながらも、ノエルはそう言い切る。

 彼女は一度大きく鼻をすすると、此まで自分自身に掛けていた術を解いた。

 黒く染まっていた髪や鳶色の瞳が見る見る内に本来の色へと変化していき、服の背中の部分が破れて二対の白い翼が姿を現す。


 空から降り注ぐ光を反射して煌めく銀髪に、蒼玉を連想させる碧眼の双眸といった容姿に戻ったノエルに、聡人が口を半開きにして言葉を失った。


「お、お幸せに!」

「あ、ちょっと待っ――」


 どうしてか制止の声を上げた聡人を無視して、ノエルは翼を羽ばたかせて空へと飛翔していく。


「ノエルちゃん……?」


 彼女の背中を呆然と見送りながらポツリと呟かれた彼の言葉に、フロリーヌは直感的に大体の事情を察した。


「――栞っ、追い掛けますわよ!」

「分かってます」


 既に光纏を済ませていた栞は、撃退士の並外れた身体能力にて駆け出し、逃げ去ったノエルを追い掛け始める。

 しかし障害物の多い地上から空を飛んで逃げる彼女を追跡していくのは、どう考えても至難であり……


「こんなことになるなら、カンヘルを連れて来ればよかったですっ!」


 彼ならば空を飛ぶことも可能であるし、堕天使であるノエルを捕らえることも容易であっただろう。

 だがそのカンヘルを召喚しようにも、彼は既に現世に呼び出している状態であった。

 朝になって急に「今日の夕飯は凝ったものが作りたい」と主夫に目覚めたようなことを言いだして、寮の部屋に残ったのである。


(帰ったら、腹いせにメイド服でも着せましょうか)


 こんな時に限って傍にいない召喚獣に対して、栞は心の中で理不尽な悪態をついた。







「へっくし!」


 外から中が見えないよう、カーテンが閉められて薄暗くなっている寮の部屋にて、カンヘルはくしゃみを響かせた。


「誰か噂でもしてんのか? ……もしかしたら今頃、栞が俺様の存在の偉大さに気が付いて悔やんでたりしてな」


 独り言を呟きながら、自分に都合の良い妄想を展開させてニヤニヤとする。

 栞が帰ってきたら少しは自分に殊勝な態度を取るようになっていることを期待しつつ、彼は黒塚比奈の私物を漁っていた。


 律儀に宣言した通りの凝った料理を作りつつ、その合間にフロリーヌに頼まれたものを探し回る。


(……よく考えたらあいつも、俺様を男だとは思ってねーのな)


 女性の私物を平気で物色させるあたり、フロリーヌもカンヘルを異性だとは見ていないのだろう。

 どこか釈然としないものを感じたものの、これが栞の為になるかもしれないと言われて、カンヘルは渋々ながら彼女の頼みを受けたのである。


 だがパソコンや携帯端末が普及した今の時代において、彼女の言うようなものが本当にあるのだろうか?


 と、少々懐疑的になりながら比奈の机を探していたのだが……


「……あったな」


 さりげなく鍵付きの引き出しを壊してしまいつつも、カンヘルはあっさりとソレを見つけてしまったのだった。



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