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Dear Friend  作者: スライム
二人の初任務
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第一話

 竜族のカンヘルといえば、あらゆる並行世界で名を轟かせるほどの力を持つ存在である。

 それは人間達が住む世界も例外ではなく、遥か昔に人間の術者によって召喚された時は、異世界から人間を「収穫」しにやってくる天使や悪魔を相手に戦い、その姿は神話になって永らく語り継がれることになった。


 力の弱い天使や悪魔ならば容易く屠ってしまう程の、人間の世界において伝説クラスの召喚獣。

 最後に召喚されてから長い年月を経過しているせいで、現代でこそ人々の記憶から消えてしまっているものの、その強大な力は未だ健在であった。


 そんな存在であるカンヘルは今、特定の条件下においてなら多くの人間を虜にしてしまう代物と、真剣な眼差しで向き合っている。

 学生が住み込む寮の一室としては広すぎる部屋の一角にて、伝説の召喚獣は悠然と佇んでいた。


 竜族といえど、カンヘルの種族は人型に近いのが特徴である。

 悠久の時を越え現代日本に召喚された彼は、その身に秘める力の大きさとは裏腹に、平均的な成人男性と同じぐらいの上背をしていた。

 褐色の肌や燃えさかる炎を連想させる赤い髪も、色以外は人間と変わらない姿形をしている。

 人と明確に違うと言えるのは、左右の側頭部から生える白い骨のような角ぐらいだろう。


 そのあらゆる人間を惹き付けて止まない神秘的な紫の双眼を鋭くし、カンヘルは油断なく目の前の存在と対峙する。


 やがて右手に持った銀色に光る器具によって、その濁りきった液体を慎重に掬い取った。

 そして警戒しながら軽く匂いを確認した後、ゆっくりとそれを口に運ぶ。


 口内に流れ込んだ液体が舌にまで到達すると、カンヘルは目を大きく見開いて鋭い声を上げた。


「ん、完璧だ」


 舌の上に広がった味に、カンヘルは拳を握り締めた。

 鰹と昆布の合わせ出汁の中で、白味噌とちょっとした隠し味の調和が絶妙に取れている。

 我ながら惚れ惚れする出来映えだとほくそ笑み――


「……ってそーじゃねーだろぉぉぉおおおお!?」


 寮の部屋に備え付けられている台所にて、カンヘルは頭を抱えて絶叫した。


 そんな彼の叫びに、離れた所で机上のノートパソコンと向き合っていた人物が、眉を顰めてカンヘルへと視線を向ける。


「カンヘル、朝からいきなり大きな声を出さないで下さい。頭に響きます」


 目の下に大きなクマを作った長い亜麻色の髪の少女が、不機嫌な声で彼を咎めた。

 十五歳という年齢を鑑みても小柄で起伏の乏しすぎる体をしたその少女に、カンヘルが手に持ったお玉を振りながら怒りの声を上げる。


「いいか、よく聞け栞! 俺様は誇り高き竜の一族だぞ? お前ら人間どもの子孫は、かつて俺様を神と呼んで崇めてまでいたんだ!」

「へぇ、それは凄いですね」


 栞と呼ばれた少女は、どうでもよさそうな生返事をしてノートパソコンの画面へと視線を戻す。

 そんな彼女の態度に、カンヘルは更に強い怒りを募らせた。


「そんな俺様が! 至高なる存在として有象無象から崇められるべき俺様が! なんでお前なんかに料理を作らなきゃならないんだ!?」

「私が召喚したからです」


 端的に事実を言われ、カンヘルは一瞬言葉に詰まった。

 栞は【バハムートテイマー】と呼ばれる、召喚獣を呼び出して使役する術を習得した者である。

 彼女によって召喚されたなら、使役される存在は彼女の命令に逆らえないのだ。


 しかしだからといって、召喚獣に家事をさせるのは栞ぐらいだろう。


「召喚獣をこんなことに使うなよ!?」

「どう使役しようが、私の勝手じゃないですか」


 尚も抗議の声を上げるカンヘルに、栞は実に面倒臭そうな表情を浮かべて、もう一度チラリとだけ双眸を彼に向ける。

 カンヘルが身に着けている犬の絵が刺繍されたエプロンを見て、彼女なりの慰めの言葉を口にした。


「……似合ってますよ、そのエプロン」

「うがああああああ」


 カンヘルがまた頭を抱えて奇声を上げると、丁度そこで玄関の扉が勢いよく開いた。


「たっだいま~!」


 栗色の髪を頭の両側にて高い位置に束ねた少女……黒塚比奈が、八重歯の先が覗く口から快活な声を上げて、部屋の中へと入ってくる。

 今日も早朝から走り込みに行っていたらしく、そのせいで顔に大量の汗を張り付かせていた。


「おかえり」


 帰ってきたらしいルームメイトに、栞は小さく言葉を返す。

 比奈は部屋に帰ってくるなり、久遠ヶ原学園の中等部三年であることを示す水色のラインカラーの入った体操着を道程に脱ぎ散らかしながら、部屋に備え付けられている浴室へと入って行った。


 相変わらず恥じらいの欠片もない幼馴染を見送り、栞は眠気から半分ほど閉じてしまっている双眸を、壁に掛けてある時計へと向ける。


 二つの針は、それぞれ予想通りの数字を指し示していた。

 比奈が走り込みを止めて帰ってくるのは、だいたい学校へと登校する一時間半前なのだ。


「もう、こんな時間ですか……」


 栞は憂鬱そうに呟きながら、ノートパソコンで起動していたものを終了させ、電源を落とした。


「カンヘル、比奈がシャワーを浴び終える前に朝食を用意して下さい」

「ぬ、ぬぐぅ……な、なんで俺がこんなことを……」


 幾らカンヘルが嫌がっても、召喚した主の命令には逆らえないのが召喚獣の運命である。

 何度もやらされている内に上達してしまったスキルを存分に活かして、カンヘルは目尻に涙を浮かべながらも手早く料理を仕上げていく。

 その間に栞は、比奈が脱ぎ散らかした服を床から回収して、洗濯用の籠へと放り込んでおいた。


 とある事実を除けば、概ねいつも通りの朝。

 たった一つだけ違う点があるとすれば、栞の目の下にある大きなクマだろう。


 その分かりやすい変化には、シャワーを浴びてから髪を乾かし終えた比奈にも、すぐに気が付かれた。


「どうしたの? すっごい眠そうだけど」

「昨日から、寝ないでドラポムクエストオンラインをやっていたので……」

「ああ、いつも栞ちゃんがやってるネットゲームね」


 比奈は苦笑を浮かべながら、朝食の用意された席につく。

 栞も眠そうに瞼を擦りながら食卓の前に座ると、目の前に並べられたメニューを見てうんざりとしたような声を上げた。


「朝から量が多すぎです……」


 茶碗の上に大きく盛り上がった白米に、焼き海苔とお味噌汁。さらには納豆やアジの干物に卵焼き等と、どこぞの旅館の朝食のようなメニューである。


 徹夜明けの朝としては胸焼けしてしまいそうな朝食に、しかし比奈は逆に目を輝かせた。

 そして待ちきれないとばかりに、箸を手に持ってから手を合わせる。


「いただきます!」

「いただきます……」


 二人の正反対の感情が籠もった声が響き、比奈はもりもりと勢いよく、そして栞はチビチビと食事を始めた。


「ん~、相変わらずカンヘルくんが作る料理は美味しいね~」

「は、俺様が作ったんだから当然だ」


 比奈の称賛に、カンヘルはドヤ顔で胸を張って――


「ってそうじゃねえぇぇぇええだろ!?」


 またもや頭を抱えて叫び出した。

 そんな彼を無視して、栞は自分の分であるおかずの皿を比奈の近くに寄せる。


「よかった食べませんか? 私はご飯とお味噌汁だけで十分です」

「いいの? 朝はちゃんと食べておかないと、訓練の時に体が動かないよ?」


 口では遠慮しつつも、視線はしっかりと栞のおかずに釘付けになっていた。

 そんな彼女に苦笑しつつ、栞は頷く。


「私は動かないので大丈夫です」

「いや、動こうよ。動かなかったら訓練じゃないよ」


 どこか呆れた目を向けてくる比奈に、栞は誤解だと首を横に振った。


「今日は、動かない訓練をするという意味です。肉体面ではなく精神面を鍛えようかと」

「精神を? 座禅でも組んで瞑想するとか?」

「いえ、横になって布団を被るだけです」

「それ寝たいだけだよね!?」

「とにかく食べて下さい。私は比奈と違って大食いではないのです」

「いや、撃退士ならこれぐらいが普通だと思うよ」


 大食いという称号に、比奈は不服そうに頬を膨らませる。

 彼女が言う撃退士とは、人間の扱う通常兵器が通用しない天使や悪魔といった存在に、【アウル】と呼ばれる特殊な力によって対抗する人間のことだ。


 「収穫」と称し、異世界から人間の魂を搾取しにやってくる天使や悪魔……まとめて天魔と呼称されるその存在達は、例外なく【透過能力】という無制限に物をすり抜けられる能力を持っており、【アウル】にはその【透過能力】を行使した敵にダメージを与えることができる力があった。


 故に【アウル】に目覚めて撃退士となった者は皆、その力を使って天魔やその眷属といった存在らと戦うのである。


 ならば当然、撃退士は戦いを生業としない者よりも多くの栄養を摂取していくのが望ましい。

 だが栞はむしろ、一般的な人間よりもさらに少食であった。


「それに、徹夜していたせいで食欲がないのです。だから比奈が食べないなら残してしまうのですが……」

「う~ん、なら貰うね」


 比奈としては栞に食べさせるべきだとは思うのだが、長年の経験によってこういった時の親友は意外と頑固であることを知っていた。


 彼女が残すと言うなら、本当に食べないで残してしまうだろう。

 元より、もっと朝食を食べておきたかった比奈は素直に受け取ることにする。


 やがて比奈が、茶碗にご飯を三回おかわりした上で食事を終えると、丁度同じタイミングで栞も少ない朝食を食べ終えた。

 お腹が膨れたせいでさらに眠くなったのか、栞が大きく口を開けて欠伸をする。


「……では、そろそろ私は一眠りしてきますね」

「今から学校だからね!?」

「しかし、寝る時に寝ておかないと……撃退士は体が資本なのですから」

「今は起きる時だよ! それに寝ないで徹夜して、そのせいでご飯が食べられない人が言う台詞じゃないよね!?」

「頭がふらふらして体が重いのです。一日ぐらいなら休んでも……」

「自業自得だから駄目。ほら、待ってるから早く支度して」


 まだ寝巻き姿であった栞とは違って、比奈は既に学園の制服を着ており、あと少しの身支度で登校できる状態だった。

 それでも比奈が栞を待つのは、自分が一緒に登校するつもりで待ってさえいれば、彼女は渋々ながらも学校に行くことを知っていたからである。

 逆に言えば、先に行ってしまうと不貞腐れて本当にサボってしまう時があるのだ。


「……分かりました。すぐに着替えますので、待ってて下さい」

「うん」


 比奈が頷くと、栞はふらふらと椅子から立ち上がって、カンヘルを手招きした。


「カンヘル、着替えを手伝って下さい」

「くそ、何で俺様が……つうか、お前ら抵抗はねーのかよ?」

「? 何がですか?」

「……いや、やっぱりいい」

「?」


 先程、体操着を廊下で脱ぎ散らかした比奈といい、平然と着替えを手伝わせようとしている栞といい、カンヘルが異種族で召喚獣であるせいか、二人は彼に対して全く恥じらう様子を見せない。


 相手が人間とはいえ、男として見られていないのは少しばかり癪ではあるが……どうせなら今は、黙って眼福に与ることにしたのだった。





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