バンド、辞めるか?
「ーバンド、辞めるか?」
ボーカルの藤木が低い声で言い出した。
場所は控え室で、メンバーしかいなかった。
皆、年齢は30近く。
まだ若いのだが、空気が足らずにもがくような、そんな仕草を藤木がした。
「俺、もう限界。消えたい」
祈るように手を合わせ、そこに額を乗せる。
もう何度も考えてきたことだった。
しかし言葉にするのは、初めてだった。
「どうしたの、藤木くん?」
ギターの増田が雰囲気を明るくしようとするかのように、優しく声をかける。
しかし藤木は何も言わず、じっと動かない。
時刻は深夜であり、ようやく冬の寒さが溶けた頃だった。
エアコンが効いているので、寒くはないのだが、藤木だけは全身に冷水を浴びたような感じだった。
「冗談だよね?」
「いいや、本気」
短い言葉に鋭さがあり、他のメンバーも近寄ってくる。
「どうしたの、藤木くん?」
「そうだよ。いきなり何を言い出すの?」
ベースの直山とドラムの升川が口々に言う。
しかし藤木は振り返らず、背中で語る。
ー30だったら、まだ間に合う。違う職につかせることができる。
そんなことを考えての決断だった。
売れていないわけではないのだが、藤木の心の限界だった。
4人でいると楽しいのだが、どうしても孤独を感じてしまう。
自分はいていいのか、人様の前で歌うなんて偉そうなことをしていいのか、迷いが出てきたのだった。
ー俺、元々、長生きするつもりはないし。
30近くまで生きられれば十分だった。
あと1日、あと1日と、時を刻みながら、ここまで何とかなってきたのだった。
ー俺にしかこの感覚は分からない。
自慢ではないのだが、大きな暗闇に飲まれたみたいに、足元から力が失っていくのだった。
「次の曲で売れなかったら、辞めようぜ」
「え…」
3人が呆然とする中、藤木はノートを取り出す。
「もうできているんだ、最後の曲」
静かに差し出すと、皆、集中して見る。
「そんな…。まだやれるよ、俺達?」
直山が言うと、藤木は無言でノートを突きつける。
増田が受け取り、開くと、藤木のくせにある字が綴られている。
「読んでみて。俺の心が詰まっているから」
「分かった」
3人は真剣な顔で、ノートを見つめる。
そこには、こう書かれていた。
やっと、やっと、ここまでやってきた。
皆が自分を認めてくれたから。
皆が俺を受け止めてくれたから。
でもいつも心のどこかで思っていた。
本当にこのままでいいのか?
俺は生きていていいのか?
呼吸していていいのか?
静かに1人になりたい。
輝く自分じゃなくて、地味な自分にふと戻りたい時がある。
俺は生まれてよかったのか。
頭が狂っているのかと思うかもしれないが、毎日、死ぬような思いで歌ってきた。
曲はサイコー。
もう死んでもいい。
いつも思ってきた。
俺は消えてもいいと思ってきたのだが、メンバーのことを考えると、弱音が吐けなかった。
自分がしっかりしなければと、いつも思ってきた。
でも、もう無理。
俺の歌が流れる度に、これでいいのかと疑問を抱くようになった。
他と比べるわけではないが、時代に合っているのか、嫌われていないのか、いつも気になっていた。
嫌われるのが、1番、怖い。
メンバーはすごいと言ってくれるけれど、疑うわけではないが、本当にこのままでいいのかと悩むようになった。
数字を出せば、皆、喜んでくれて、ほっとするが、毎回、数字を叩き出すのも、しんどくなってきた。
歌で戦ってきたが、諸刃の剣だった。
新しい人達は次々と出てくる。
その危機感は常にある。
でも自分を鼓舞してやってきたが、本当に幸せなのだろうか?
ファンは裏切らないでいてくれるだろうか?
そう考えると、マイクに触れられなくなる。
さよならしようか、ステージと。
さよなら、ありがとう。
3人の視線が止まり、最後まで読んだと確認する。
「…どうだ?」
「どうって…」
直山が暗い雰囲気を変えようとして、やめる。
そういう状況ではなかった。
「本気の言葉だね、藤木くん」
熱い言葉をかけてきたのは、増田だった。
藤木の真剣さをよく分かっているようだった。
藤木は子どものように純粋にうなずくと、他のメンバーの言葉を待つ。
「駄目だよ、諦めちゃ!! その、色々とあるけれど」
升川の言葉に、藤木は天井を見上げる。
スポットライトのように明るく輝く光。
俺を照らすなと手を振ると、増田がノートを抱きしめ、泣き始める。
「お、おい。急にどうした…?」
慌てたのは藤木で、ティッシュを差し出す。
増田は首を振って拒否すると、口を開く。
「藤木くん、辛くてごめんね。1人にしてごめんね。俺、全然、気づかなくてごめんね。もういいんだよ、藤木くん。皆に甘えていいんだよ」
「…甘え?」
棒読みで返すと、直山が増田の背中を撫でる。
それから遠慮がちに言ってくる。
「藤木くんの気持ちは分かった。でも、まだ早すぎる。まだやれる。まだやれるんだよ!! ファンもそう望んでいるし」
「ファンか…」
「そう!! ファンのためにも、やらなきゃ駄目だよ!! 分かった?」
「…」
藤木は重しく口を閉じる。
俺は正しいのか、それとも、メンバーの意見を取ったほうがいいのか、迷っていた。
「…俺、大丈夫か?」
真剣な口調に3人は顔を見合わせ、藤木を真っ直ぐに見つめてくる。
「まだ続けよう。俺達が、その微力かもしれないけれど、助けるから。藤木くんを受け止めるから。やろう? な、皆?」
升川の言葉に、他の2人が口々に言う。
「暗い話は駄目。藤木くんは天才なの。ギターを持った姿は、神様から与えられたものなの。分かる?」
「そうだよ。藤木くんが諦めたら、がっかりするよ、ファンの皆。ライブだって待ってくれている人が大勢いるんだから」
「…そうか」
藤木はぽつりと呟くと、部屋に静かな時が流れる。
チチチと時計の音だけが響くような、何とも言えない雰囲気だった。
「まだやれるかな、俺?」
藤木の言葉に、3人は反応し、同時にうなずく。
藤木は1人1人の顔を覗くと、真剣に受け取ったようで、うなずく。
「分かった。考え直してみる」
「本当!! 本当に!?」
「皆がまだやれると言うなら、信じる。俺、1人じゃないよな?」
「違う。俺らがいる。藤木くんを見ているから。だからお願いだから、もう辞めるって言わないで」
「それは…」
藤木は黙ったかと思うと、いきなり立ち上がる。
「ギターを持ってくる。何か弾きたくなってきた」
「それなら俺が用意するから」
増田がノートを返してきて、藤木の顔をまじまじと観察してくる。
「藤木くん、約束だからね? 俺達とファンを裏切らないで」
「…分かった。早くギター」
「はい!!」
増田が素早く動き、ギターを渡す。
藤木は愛おしいように触れると、
「よし、弾くか」
口元を緩め、弾き始めたのだった。




