↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

F級だからとクビになったオッサン。全滅まで残り十一分のS級パーティーを助けに行きます

作者: yurihina
掲載日:2026/09/05

《死亡予報 残り十一分四十二秒》


 配信画面の向こう、五人全員の頭上に同じ赤い数字が浮かんでいる。手にしていた段ボール箱を床に置いた。


「攻略を中止させてください」


 巨大ダンジョン中層入口のモニター室。壁一面の画面には、国内最大手クラン《ヘリオス》の主力パーティー《明星》が映っている。S級探索者が二人いる五人組だ。今日は中層奥で見つかった新しい通路を、生配信しながら調査している。同時視聴者数は、すでに八万人を超えている。


『うわ、見てください! 壁が全部、青く光ってます!』


 浮遊カメラへ笑いかけたのは、人気探索者のミオだ。その頭上でも、赤い数字は減り続けている。


《死亡予報 残り十一分三十七秒》


「聞こえなかったのか、黒田」


 背後から責任者の声が飛んできた。振り返ると、薄い書類を片手に立っている。つい五分前、俺に契約終了を告げたばかりの男だ。


「君は今日付けで救難班を外れた。もう指示を出す権限はない」

「権限の話はあとでいいです。あの通路は危険です」

「危険かどうかはAIが判断している。現在の予測は三・二パーセント。攻略を止める数字じゃない」


 職員たちも動かない。画面では、《明星》のリーダーが淡く光る壁へ手を触れていた。青い光。風はない。薄い霧が床を滑っている。ここまでなら、攻略を止める根拠にはならない。


 天井から砂粒が落ちた。床へ触れる寸前で止まり、そのまま上へ戻っていく。


「反転層だ」

「なんだ、それは」

「通路じゃありません。眠っている転移器官です。青い光も魔力結晶じゃない。内側が目を覚まし始めてる」


 責任者が眉をひそめた。


 反転層。十四年前、別のダンジョンの生還者が一度だけ話した現象だ。一定以上の魔力を吸うと、通路そのものが裏返る。中の人間を、別の場所へ吐き出す。吐き出された先が安全かどうかは分からない。


「そんな報告はデータベースにない」

「正式な記録には残ってません。おかしな証言として処理されています」

「なら、君の妄想と同じだ」

「映像を拡大してください。砂が落ちていません。床の直前で止まり、上へ戻っています」


 職員の一人が操作盤へ手を伸ばした。


「必要ない。予定どおり続行させろ」


 伸びた手が止まった。


「契約を切られた直後に、主力パーティーの危機を主張する。分かりやすすぎるんだよ、黒田」


 責任者が床の段ボール箱を見た。中には、十四年分の仕事道具が入っている。


「君はよく働いた。だが探索者としてはF級。魔物を倒せず、素材も持ち帰らない救助専門の職員を置く時代は終わったんだ。これからはAIと各パーティーのヒーラーで対応する」

「その判断に文句はありません」


 画面から目は離さない。答えている間にも、五人の数字は減っていく。


「なら、黙って荷物をまとめろ」

「今から十一分以内に、五人が死にます。契約を切られたことは、それを見過ごす理由になりません」


 職員たちの視線が、画面からこちらへ移った。


「脅しか?」

「予報です」


 俺にだけ見える、死の予報だ。十八歳で判明したスキルは《危険感知》。等級は最低のF。魔物の接近すらまともに分からず、戦闘では何の役にも立たない。ただ、このままでは命を落とす人の頭上に、赤い残り時間が出る。誰が、いつ死ぬか。分かるのはそこまでだ。死因も、助ける方法も出ない。


 だから、数字に出ないものを覚えた。崩落前の石の匂い。毒胞子が開く前の湿り気。魔物が縄張りを捨てた跡。ダンジョンが形を変える直前に起きる、わずかな重力のずれ。十四年間、現場で赤い数字の理由を探し続けた。原因を見つけて手を打ち、何度も数字を消してきた。


 救助記録に残るのは、《ヘリオス》の対応と、前線で戦った探索者たちの名前だけだ。


 それでいい。


 生きて帰れるなら、誰の手柄かなんてどうでもいい。


『この先、広い空間になってるみたいです!』


 ミオの明るい声に、画面へ意識を戻した。《明星》の五人は青い通路の奥へ進み、リーダーが照明代わりの魔力球を高く掲げた。掲げた直後、壁の光が一度だけ強く脈打つ。


《死亡予報 残り九分五十九秒》


 五人の数字が、一気に九分台まで落ちた。


「魔力を吸わせるな! 今すぐ照明を消させてください!」


 モニターへ駆け寄り、通信を入れる。赤いランプだけが点き、音声はつながらない。


《権限がありません》


 契約と一緒に、通信権限まで切られていた。


「回線を開けてください!」

「許可できない」

「このままなら九分で全滅します!」

「根拠のない話で、八万人が見ている配信を止められるか!」


 流れるコメントの中で、異常を疑う声は一つだけだった。


『神秘的すぎる』

『新エリア一番乗りきた!』

『ミオちゃん、奥まで見せて!』

『壁が動いてない?』


 最後のコメントが流れた直後、青い壁が人間の喉のように一度だけ縮んだ。五人は奥へ進み続けている。まだ誰も気づいていない。


 床の段ボール箱を蹴り開け、救助用ベルトを腰へ巻く。折り畳み杭、ワイヤー射出器、酸素缶二本、予備ロープ、発煙筒。それに、魔力を使わない古いライト。


「何をしている」

「迎えに行きます」

「中層の奥まで一人で? F級の君が?」

「ここからなら七分で着きます」

「止まれ、黒田。もう君は《ヘリオス》の人間じゃない」


 出口の扉に職員証を当てると、赤い拒否表示が出た。横の保護板を肘で割り、非常レバーを下ろす。警報とともに、分厚い扉が開き始めた。


「損害は俺に請求してください」

「命令違反だぞ!」

「さっき、命令を聞く権利もなくなりました」


 開いた隙間へ身体を滑り込ませ、古いライトを点ける。冷たい風が吹き上がる暗い階段を、そのまま駆け下りた。胸元の端末には《明星》の配信が映り続け、五人の頭上では赤い数字が減っていく。


《死亡予報 残り八分四十一秒》


 間に合わせる。


 いつもどおり、全員を地上へ連れて帰る。


 たとえ今日から、それが仕事でなくなったとしても。


《死亡予報 残り八分三十八秒》


 中層奥へ続く非常階段を、三段飛ばしで駆け下りる。普通の道なら七分。装備を持った探索者が、安全を確かめながら進んだ場合の時間だ。踊り場の壁に、古びた鉄扉がある。


《古い救難路 封鎖中》


 腰から折り畳み杭を抜き、錆びた留め金へ差し込む。体重をかけると金属が鈍く鳴り、留め金が外れた。三年前の浸水事故以来、使われていない救難路だ。狭く、明かりもない。途中で二度ほど、這って進む必要がある。それでも、普通の道より早く着ける。その差が、五人の生死を分ける。


 古いライトを口にくわえ、暗い横穴へ身体を滑り込ませた。胸元の端末では、《明星》の配信が続いている。こちらから声は送れない。見られるのは、公開されている映像だけだ。


『来た道が……なくなってる』


 ミオの声から、さっきまでの明るさが消えた。五人が入ってきた場所は、青く光る壁で完全に塞がれている。リーダーが剣の柄で壁を叩いた。


『ダンジョンの変化だ。慌てるな。玲奈、調べられるか』

『やってる。でも変なの。探査魔法が全部、壁の奥へ吸われてる』


 玲奈が杖を掲げ、先端へ白い光を集めた。直後、周囲の青が一斉に明るくなる。


《死亡予報 残り七分五十一秒》


 五人の時間が、一気に五十秒近く削れた。


「消せ」


 声が漏れた。向こうには届かない。玲奈がさらに魔力を注ぐ。それに合わせ、青い壁が脈を打つように膨らんだ。コメントにも、異常を疑う言葉が増え始めた。


『これ演出?』

『壁、呼吸してない?』

『ミオちゃん戻って』

『やばくない?』


 視聴者には、五人の頭上の数字が見えていない。俺に見える残り時間は、確実に減っている。


 救難路の最後にある格子へ肩からぶつかる。一度では開かない。二度目で留め具が曲がり、三度目で格子が青い通路側へ倒れた。冷たい霧が足元から流れ込む。外へ転がり出ると、すぐに壁際の黒い筋へ靴を乗せた。


 床も壁も淡い青に染まり、その中を炭のような黒い筋だけが縦横に走っている。青い部分は柔らかく脈打つ。黒い筋は硬い。元の岩が残っている。足場にできるのは、黒い筋だけだ。


 四十メートルほど先で、《明星》の五人が振り返った。


「全員、そこから動くな!」


 声が青い通路に響く。ミオが目を見開き、少し遅れて浮遊カメラもこちらを向いた。


「黒田さん……?」

『誰?』

『救助員きた』

『どこから出てきたんだよ』

『ヘリオスの人?』


 リーダーは剣を下ろさないまま、こちらを見た。


「救難班の黒田か。なぜここにいる」

「迎えに来ました。まず魔力を止めてください。照明、探査、防御、身体強化。全部です」

「この暗闇で、無防備になれと?」

「その魔力を餌にして、通路が起きています」


 玲奈は杖を握ったまま首を振る。


「通路が魔力を吸うなんて聞いたことがないわ」

「俺も一度しか聞いたことがありません」

「一度?」

「十四年前、別のダンジョンから生還した人に聞きました」

「記録にもない話を信じろっていうの?」

「信じなくてもいい。死にたくなければ消してください」


 リーダーはすぐには答えなかった。


「モニター室から撤退の指示は出ていない」

「向こうは、ここを普通の新通路だと思っています」

「なら、お前の判断か」

「はい」

「俺たちは《ヘリオス》の主力だ。危険への対処は――」

「玲奈、杖を捨てろ!」


 リーダーの言葉を切った。玲奈の数字が、突然書き換わった。


《死亡予報 残り十二秒》


「え?」

「早く!」


 捨てるどころか、玲奈は杖を握り直した。その足元で、青い床が水面のように沈む。次の瞬間、身体が天井へ弾き上げられた。


「玲奈!」


 リーダーが手を伸ばす。


 届かない。


 天井に縦長の裂け目が開き、玲奈の身体を吸い込んでいく。


《死亡予報 残り八秒》


 ワイヤー射出器を構える。玲奈には撃てない。鉤を直接打ち込めば、助ける前に骨を壊す。狙えるのは、天井近くの浮遊カメラ。その金属の輪だけだ。


 撃つ。


 掛かった。


 ワイヤーを巻き取り、その勢いで前へ飛ぶ。青い床へ触れる寸前、黒い筋へ右足を置いた。左手を伸ばす。玲奈の足首まで、あと少し届かない。


《死亡予報 残り五秒》


「リーダー、俺の腰を持て!」


 言い終える前に、救助用ベルトをつかまれた。その支えで身体を限界まで伸ばし、玲奈の足首へ予備ロープを巻く。


《死亡予報 残り三秒》


 強く引けば足首が壊れる。裂け目の縁が細かく震えたのを見て、ロープをほんの少し緩める。玲奈の身体が裂け目へ寄り、短い悲鳴と一緒に髪が数本ちぎれて青い奥へ消えた。その直後、裂け目が収縮を始め、吸い込む力がわずかに落ちる。


《死亡予報 残り一秒》


「今だ!」


 ロープを引く。同時に腰を強く引かれ、玲奈の身体が裂け目から抜けた。三人まとめて、黒い筋の上へ倒れ込む。赤い数字が消えた。玲奈は肩で息をしながら、自分の手足を確かめている。


 生きている。


「わ、私……」

「動かないで。その黒い筋から出ないでください」


 玲奈が黒い筋の上にいることを確かめ、身体を起こす。消えたのは、玲奈の数字だけだ。閉じた天井には、まだ細かな波が走っている。配信のコメントだけが、ものすごい速さで流れていた。


『今の何!?』

『玲奈が飛ばされる前に杖捨てろって言ってたよな』

『マジで助けた』

『玲奈さん大丈夫?』

『まだ危ないだろこれ』


 ミオが玲奈のそばへ行こうとした。


「動くな!」


 ミオの足が止まった。


「でも、玲奈さんが」

「今助けに行けば、あなたが死にます」


 ミオは玲奈を見たまま、足を動かさなかった。リーダーも、もうこちらの指示を遮らない。


「黒田。何が起きている」

「ここは通路じゃありません。皆さんが使った魔力で目を覚ました、生きた転移器官です」

「どうすれば出られる」

「全員の魔力を止めます。そのあと黒い筋だけを通って、俺が入ってきた古い救難路まで戻ります」


 玲奈が震える手で杖を床へ置いた。先端が黒い筋から外れ、青い床へ触れる。床が口のように開き、杖を丸ごと飲み込んだ。誰も何も言わなくなった。


「身体強化も切ってください。魔導具は外して黒い筋の上へ。慌てず、一人ずつ――」


 消えたはずの玲奈の頭上に、赤い数字が戻った。言葉を切る。


《死亡予報 残り三分十九秒》


 リーダーの数字も変わっていた。


《死亡予報 残り三分十二秒》


 盾役は二分五十四秒。


 ヒーラーは二分四十一秒。


 ミオだけが、さらに短い。


《死亡予報 残り一分五十八秒》


 さっきの全滅は避けた。だが、今度は時間が揃っていない。死因が一つじゃない。


 先にミオだ。


 腰に下がった小さな銀色の機械へ目を移す。浮遊カメラへ魔力を送る中継器だ。中継器が点滅するたび、青い壁も同じ間隔で脈を打っている。


「中継器を外してください」


 ミオが固定具を押す。外れない。


「ロックが……配信中はモニター室からしか解除できません」


《死亡予報 残り一分四十九秒》


 解除できないと分かるまでに、九秒減った。モニター室では、俺を止めた責任者が見ているはずだ。視聴者も、すでに十万人を超えている。浮遊カメラへ顔を向ける。


「モニター室。聞こえているなら、今すぐミオの中継器を解除してください」


 返事はない。


 青い床の下で、巨大な何かが動いた。


「一分以内に解除されなければ、ミオは死にます」


《死亡予報 残り一分四十六秒》


 返事はない。中継器の青白い点滅は止まらない。配信を続けるための魔力を、反転層が吸い続けている。


『解除できないの?』

『モニター室、見てるんだろ』

『さっき一分以内に死ぬって言ったぞ』

『早く外せよ!』


 ミオの目が、流れるコメントへ向いた。


「黒田さん。本当に、私……」

「大丈夫です。まだ間に合います」


 助かると決まったわけじゃない。それでも、外す手段はまだ残っている。救助現場で、根拠のない言葉は使わない。


 リーダーが中継器へ手を伸ばした。


「留め具ごと斬る」

「待ってください」

「時間がない」

「力任せに外せば、安全装置が働きます。溜まった魔力がミオへ戻る」


 伸びた手が止まった。中継器は、ミオの魔力を受けて浮遊カメラへ送る。壊れた時には、使用者を守る仕組みが働く。普段ならそれでいい。今は、その仕組みが魔力の逃げ道を塞ぐ。


「じゃあ、どうする」

「先に魔力を逃がしてから切ります」


 救助用ベルトから、昔の感電事故で使われていた細い銅線を抜く。片端を中継器へ差し込み、もう片端を黒い筋へ触れさせた。青白い火花が散り、壁の脈が一度止まった。銅線は使える。


「リーダー。身体強化は使わず、剣先だけで固定帯を切ってください。中継器には触れないで」

「分かった」

「ミオは動かないで。息は止めないでください」

「……はい」


《死亡予報 残り一分十二秒》


 リーダーの剣先が固定帯へ入る。刃がわずかに触れただけで青白い火花が走り、ミオの身体が跳ねた。


「動かないで!」

「っ……!」

「目を閉じていい。息だけは続けて」


 銅線を押さえ、中継器の光を数える。短く三回。長く一回。光が消えた。


「今です」


 リーダーが剣を引き、固定帯を切った。銀色の中継器がミオの腰から外れる。


《死亡予報 残り四十八秒》


 赤い数字は残っている。外すだけじゃ駄目だった。外れた中継器から、細い青い糸がミオの身体へ伸びたままだ。


 銅線を引き、中継器の外側を剥がす。中から青く光る結晶が現れた。通路全体が低く鳴り、青い床から細い触手が何本も伸びてくる。


「黒い筋から出ないで!」


 触手は中継器へ集まり、そのうち一本がミオの右足へ巻きついた。


《死亡予報 残り三十一秒》


「ミオ!」


 リーダーが剣を構える。


「斬るな! 刺激すると締まります!」


 触手が縮み、ミオの右足が黒い筋から外れた。青い床がその下だけ開き、暗い裂け目が現れる。床へ伏せて肩をつかみ、引く。触手がさらに硬く締まった。引くほど締まる。このまま両側から力をかければ、先に脚が壊れる。


《死亡予報 残り十九秒》


 腰のナイフを抜く。触手は切らない。切るのはブーツだ。ブーツの紐へ刃を入れ、足首側から一気に切る。そのまま側面の革を裂いた。


「靴を捨てます。足を抜いて!」

「抜けな――」

「踵を浮かせて! つま先は下!」


 ミオが歯を食いしばり、足を動かす。触手がブーツごと締め上げた。


《死亡予報 残り十秒》


 踵が引っかかった。裂いた革へ指を入れ、左右へ強く広げる。爪が剥がれ、指先に痛みが走った。まだ広げられる。


《死亡予報 残り五秒》


「もう一度!」


 ミオが足を蹴り出す。素足がブーツから抜けた。そのまま身体を黒い筋の上へ引き戻す。青い床が閉じ、空のブーツと、触手に包まれた中継器が沈んでいく。ミオへ伸びていた青い糸も、そこでちぎれた。


 ミオはすぐそばで、荒い呼吸を続けている。赤い数字は消えた。呼吸は続いている。首筋へ指を当てる。脈もある。足首に大きな変形はない。


 助かった。


 ミオが自分の胸へ手を当てた。


「……生きてる」


 黒い筋の中央へ座らせる。


「はい。死亡予報は消えました」

「死亡……予報?」


 しまった。浮遊カメラが、すぐそばでこちらを映している。コメントが一気に流れ始めた。


『ミオちゃん助かった!』

『よかったあああ』

『足大丈夫か!?』

『まだ終わってないだろこれ』


 視聴者数は、二十万人を超えている。幸い、コメント欄に「死亡予報」を拾う声はない。説明している時間はない。救助はまだ終わっていない。


「黒田」


 リーダーに呼ばれた。


「次は何をすればいい」


 リーダー、玲奈、盾役、ヒーラー。残る四人の頭上に、ほぼ同じ時間が並んでいる。


《死亡予報 残り一分二十六秒》


 助かったばかりのミオにも、赤い数字が戻った。


《死亡予報 残り一分二十二秒》


 今度は、五人の時間が揃っている。同じ死因と見ていい。


 飲み込まれた中継器が、青い壁の奥でまだ光っている。外装を剥がしたため、中の結晶から魔力が直接流れ込んでいた。壁の脈が速くなる。足元の黒い筋も、端から青く染まり始めた。黒い筋が消えれば、立っていられる場所がなくなる。


「飲み込まれた中継器が、反転層を暴走させています」


 玲奈が床の奥へ目を向けた。


「取り出せるの?」

「無理です。もう中に入ってる」

「なら、どうすれば」


 壁の脈は、さらに速くなっている。中継器は取り出せない。黒い筋も消え始めた。歩いて救難路へ戻る時間もない。


 残るのは一つ。


 反転層が食いきれないほどの魔力を、一気に流し込む。うまくいけば、俺たちを異物として外へ吐き出す。失敗すれば、ここで全員潰れる。


「リーダー。全員の魔導具を一か所へ集めてください」

「魔力を止めるんじゃなかったのか」

「止める段階は終わりました」


 青く染まり始めた黒い筋へ目を落とす。


「これから全員で、この通路を殺します」


《死亡予報 残り一分十九秒》


「全員の魔導具を、二本の黒い筋が交わる場所へ置いてください」


 足元で、黒い筋が十字に交わっている。十四年前の生還者は、反転層から吐き出される直前、身体が岩の方へ引かれたと言っていた。黒い筋は、元の岩が残っている場所だ。ここなら、出口にできるかもしれない。


「ここへ魔力を集中させます。反転層が食いきれなくなれば、俺たちを外へ吐き出すはずです」


 玲奈がこちらを見た。


「失敗したら?」

「押し潰されます」

「成功しても、どこへ出るか分からないんでしょう」

「はい」


 確証はない。十四年前の証言と、今見えている反応。それだけだ。


「ただし、何もしなければ全員ここで死にます」


 迷っている時間はない。リーダーが最初に剣を置いた。


「何をすればいい」

「最後に剣から魔力を流してください。全力で、一秒だけ。それ以上は流さないでください」

「一秒だな」

「盾役は、全員を一本のワイヤーでつないでください。一人でも離れれば、別の場所へ飛ばされるかもしれません」

「了解!」


 盾役が自分の腰へワイヤーを巻き始める。


「ヒーラーは玲奈を支える準備を。回復魔法は、俺が合図するまで使わないでください」

「分かりました」

「ミオはその場で伏せて。何が起きても、頭を上げないでください」


 ミオがうなずいた。


「黒田さんは?」

「出口を開けます」


 折り畳み杭を二本抜く。一本を黒い筋の交点へ立て、もう一本を青い床との境目へ斜めに打ち込む。二本の間へ銅線を巻き、発煙筒を結びつける。どちらの杭も、魔力を使わない古い道具だ。


 玲奈が手元を見た。


「それで何をするの?」

「魔力を、この交点だけに集めます」


 通路全体へ流せば、反転層に食わせるだけだ。この交点へ大量の魔力と熱をぶつけ、ここから俺たちを吐き出させる。ここが出口になる保証はない。ほかに試せる場所もない。


《死亡予報 残り四十六秒》


「ワイヤー、つなぎ終わった!」


 盾役の声が飛んだ。五人をつないだワイヤーの最後を、自分の救助用ベルトへ留める。胸元の金具に赤い光が映った。


《死亡予報 残り三十八秒》


 俺にも死亡予報が出た。自分の数字を見るのは初めてじゃない。十四年間で三度あった。崩落現場。毒霧の中。水没した場所。どれも、助ける順番を間違えなければ消えた。


 今回も、やることは同じだ。


「玲奈。床の中にある中継器を探してください。あれを魔力の受け皿にします」

「杖もないのに、そんな細かいこと……」

「できます」

「どうして言い切れるの?」

「さっき、壁全体へ探査魔法を届かせた。今は、中継器の方が近い」


 励ますために言ったわけじゃない。玲奈が実際にやったことを、そのまま返しただけだ。


 玲奈は目を閉じた。


「……見つけた」


 青い床の奥で、銀色の光が瞬いた。飲み込まれた中継器だ。


「リーダー、まだです」


 リーダーは剣の柄を握ったまま、魔力を流す寸前で止めている。足元では、黒い筋が端から青く染まっていた。立っていられる場所が狭くなる。盾役の右足が青い床へ触れ、足首まで沈んだ。


「動くな!」

「でも、足が!」

「抜けば食われます。そのままで!」


 発煙筒へ手をかける。


「ヒーラー、今です。玲奈を支えてください」


 ヒーラーの手から淡い光が伸び、玲奈の震える身体を支えた。


「玲奈。中継器へ全部流してください」

「やるわ!」


 玲奈の両手から白い魔力が流れ、青い床に吸われる。通路が大きく膨らみ、壁と天井がこちらへ迫った。


「リーダー!」

「おおっ!」


 リーダーの剣から白い魔力が流れ、黒い筋の交点へ叩き込まれる。


 一秒。


「止めて!」


 剣からの魔力が止まった。発煙筒を起動した。火花と赤い煙が噴き出し、熱を受けた青い床が交点から丸く退いていく。退いた床の下に、白く光る縦長の穴が現れた。


「全員、息を吸って!」


 反転層が大きく震えた。音じゃない。骨の奥を直接揺さぶられる。青い壁が一気に縮み、ワイヤーが一斉に張った。仲間の身体が、こちらへ寄せられる。


 二本の杭を蹴り倒す。白い穴が、破裂するように大きく開いた。


 足元が消える。


 落ちたんじゃない。


 反転層が、俺たちをひとかたまりのまま吐き出した。


 上下の感覚が消え、青、黒、白が何度も入れ替わる。身体が回り、腰のワイヤーが強く張った。急に、別の方向へ引かれる。その先へ手を伸ばし、腕をつかんだ。


 ミオだ。


 胸元へ引き寄せる。暗闇の先に、灰色の岩床が見えた。ミオを抱え込み、背中を岩床へ向ける。背中から叩きつけられた。衝撃でミオの身体が腕から離れ、肺の空気が全部押し出された。遅れてワイヤーが何度も張り、周囲で人の落ちる音が続いた。


 目を開く。灰色の岩床。青い壁はない。胸元の金具に映っていた赤い光も消えている。


「みんな、大丈夫ですか!」

「こっちは大丈夫だ!」

「私も……!」


 少し離れた場所から、返事が続く。身体を起こして確認する。リーダーと盾役は自力で起き、玲奈はヒーラーに支えられていた。


 四人とも生きている。残る一人はミオだ。腰から伸びたワイヤーを目で追う。少し離れた岩壁のそばに、人影が倒れている。


「ミオ!」


 痛む身体を引きずって近づき、首筋へ指を当てる。脈はある。


「ミオ、聞こえますか」

「……はい」


 ミオの目がゆっくり開いた。


「すみません……ちょっと、世界が五つくらいに見えてて」

「それだけ喋れるなら、ひとまず大丈夫です」

「それ、大丈夫なんですか?」

「そこは診てもらいます。ヒーラー、お願いします」


 声は弱い。意識はあり、返事もできる。リーダー、玲奈、盾役、ヒーラー。四人の頭上に赤い数字はない。ミオにもない。


 全員、生きて戻った。


 見覚えのある灰色の岩壁。転がった古いライト。ここは、さっき通った古い救難路だ。


「戻ってきた……」


 玲奈が小さく声を漏らした。リーダーは仲間を一人ずつ確かめてから、こちらを向いた。


「助かりました」


 深く頭を下げた。玲奈たちも続こうとする。


「まだ中層です。礼は外へ戻ってからにしてください」

「……そうだな」


 まずは全員を、中層入口まで連れて帰る。床に転がっていた浮遊カメラが動いた。ふらつきながら浮かび上がり、こちらへレンズを向ける。予備電源が残っていたらしい。通信圏へ戻ったことで配信もつながり、胸元の端末には四十万人を超える視聴者数が表示されていた。


『全員いる!』

『生還した!』

『マジで五人全員助けた』

『途中からこの人の指示しか正解なかったぞ』

『この救助員、何者なんだ』

『自分も血だらけじゃないか』


 浮遊カメラを拾い、レンズを床へ向ける。


「配信を切ってください。負傷者の顔を映さないで」


 返事は待たず、電源を切った。立ち上がろうとすると背中が痛み、膝に手をついた。横から差し出された腕につかまると、リーダーがそのまま肩を貸してくれた。


「歩けるか」

「これなら。助かります」


 ミオも盾役に支えられて立っていた。靴のない足をかばい、ゆっくり一歩踏み出す。ヒーラーが隣についているのを確かめ、ライトを来た道へ向けた。帰りは走らなかった。狭いところでは先に抜けた者が手を貸し、後ろの声を待ってから進む。途中で何度か足を止めたが、急かす者はいなかった。


 中層入口の扉を抜けると、待っていた職員たちが駆け寄ってきた。ミオと玲奈が手当てのために案内されるのを見送り、借りていた肩から手を離す。その向こうに、責任者が立っていた。


「全員、無事か」

「なんとかな」


 リーダーはそう答え、こちらを見た。


「俺たちを助けたのは黒田さんだ」


 責任者はしばらく黙っていた。


「……そうか」


 こちらへ向き直り、頭を下げる。


「俺の判断が間違っていた。助けてくれて、ありがとう」

「全員戻れてよかったです」


 救助用のベルトを外し、床に置いたままの段ボール箱へ戻す。ライトも消して収め、開いていた蓋を折り重ねた。


「それじゃ、お世話になりました」


 箱を持ち上げて軽く頭を下げ、出口へ向かう。


「黒田」


 足を止めて振り返った。責任者は、手にした契約終了の書類へ目を落とした。


「契約を延長してもいいか」


 少しだけ笑った。


「考えさせてください」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!




面白かったと思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価していただけると嬉しいです。


感想などもいただけると、今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この無能上司飛ばされたらええねん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。