勇者は混乱している
過去作リメイク。
ここで終わり?と思われる可能性があるかもしれませんが、短編です。続きません。
「お前が魔王か!」
「ふはははっ、勇者よ、よく来たな」
大きな柱がいくつも立つ、白くてまるで教会のような空間。その二段ほど高くなっている場所にある仰々しい椅子に、小さな儚げな少女が腰掛けている。いや、幼女といってもいい。肌は白く、瞳は赤い。着ている黒い服だけが周りの空間に合っていない。
ここが魔王城で彼女が魔王、というよりは大聖堂にいる天使に見えるが、どうやらここは魔王城で間違いなく、小さくか弱そうな見た目とは似つかない口調の少女は魔王であっているらしい。
どちらかというと少女の後ろに控えている側近だろう三人の魔族のほうが、よほど強そうに見える。
王から魔王討伐を依頼され、半年ほどかけて仲間二人と共にはるばる魔王城までやってきた勇者は、この対決に緊張を高めていた。人間を脅かす魔族、そのトップである魔王を倒し、人族に平和をもたらすのが勇者の務めなのだ。
勇者は仲間二人と共に、構えを取る。
「いざ、勝負!!」
大きな椅子からぴょんと飛び降りた魔王を、可愛らしい、なんて思ってはいけない。ましてや庇護欲がそそられそうな見た目に惑わされてはいけない。たとえ天使に見えたとしても、あれは討伐すべき魔王なのだ。
若干抱いてしまった罪悪感を振り払うように、勇者は技を繰り出した。
それは魔王に軽く弾かれた。
ように見えたが……。
「ぐああぁぁ、やられたぁぁ」
魔王は胸を押さえて倒れ込んだ。
それを見た勇者はたじろぐ。
「……え?」
なにせ技といっても一発で決められるような高威力のものではない。言ってみれば戦い始めの挨拶程度のものであり、相手の反応を伺ったり力量を測ったりするための一発だ。当然それで魔王が倒せるなど思っていない。
が、しかし。実際パタリと倒れているのだ。背中を敵に向け、完全に無防備な状態で動かない。そのまましばらく静寂が流れる。
そして不思議と、そんな状態にも関わらず後ろの側近が動く気配がない。
「や、やったのか?」
どのくらいの時が流れただろうか。自分に問うたのか、後ろの仲間二人に聞いたのか、しばらくの後に勇者がそう呟いた時、何事もなかったかのようにひょこりと魔王が立ち上がった。
「はい、やられました。完敗だ。さすが勇者、敵ながらあっぱれな強さだ」
は? と目を丸くしている勇者たちは気に留めず、魔王はくるりと背を向け、よいしょと玉座に上った。魔王の身長に対して玉座が高いので、よじ登ってようやく座ったという感じだ。それを側近らしい三人が魔王の後ろで温かく見守っている。
「こうして勇者一行は魔王を倒したのであったー」
まるでナレーションのように言うのは魔王だ。
「おめでとう、勇者たちよ。これで君たちの目的は果たされた。ミッションコンプリートだ」
わー、という気の抜けたような歓声とまばらな拍手が魔王の側近によってもたらされる。勇者たちは困惑を隠せない。
「お仕事お疲れさん。それでこれからの話なんだけど、このまま魔族領に留まるのと、一年か二年くらいまって人族領に戻るの、どっちがいい?」
「……は?」
◇
勇者が育った村には、銅像が立っていた。先代勇者の像だ。
彼は以前人族が危機に陥った際に勇者に選ばれ、魔王を討伐したのだという。会ったことはないけれどこの村の出身らしく、現勇者は子どもの頃から彼がいかに素晴らしい人だったのかを聞かされて育った。そして彼の功績、すなわち魔王を倒して村を救ってくれたのだ、ということも何度も聞かされた。
村の子どもたちの多くがそうであったように、自然と先代勇者に憧れた。自分もいずれ魔王を倒すのだと、そう夢見るようになっていった。
剣に見立てた木の棒を振り回しては怒られ、近い年代のやはり勇者を目指す子たちと戦闘ごっこで腕を磨いた。食べることに困るほどではないが、だからといって裕福な村ではなかったから、専門の先生はいない。たまに里帰りしてくる村出身の傭兵や、村を通る冒険者から教わり、少しずつ力をつけていった。
村にはたまに魔獣が出た。
魔獣は畑を荒らし、村の大切な資源である家畜を襲う。時には人を襲うこともあった。村人が一致団結して倒すこともあったし、強大な魔物の場合は応援を頼むこともあった。
もちろん当時は村の子どもの一人だった勇者も、それなりに戦えるようになってからは参戦していた。
村に魔獣が出るたびに、子ども時代の勇者は思ったものだった。
いつか自分も先代勇者のように、魔王を倒しにいくのだ、と。
このような被害が出るのは魔族のせいなのだ。そしてそのトップである魔王は人族にとって絶対的な悪であり、倒すべき存在なのだと信じていた。
魔王を倒して、村に、そして人族に平和をもたらすのだ。
成長した勇者は村を出て、冒険者として働くようになっていた。主な仕事は魔獣討伐。魔獣と一口に言っても、ネズミサイズからゾウのように大きな種類までいるし、攻撃性も様々だ。場所によっては温厚で小さな魔獣が可愛がられていたりする。
害のある魔獣を討伐すること数年。
ある噂を耳にした。
「国王が勇者候補を集めている」
すぐさま馬車に乗り王都を目指した勇者は、なぜか丁重に王宮に迎え入れられた。そして数人の候補者と共に簡単な実技試験を受け、あっさりと通過し、最終面接に進んだ。
最終面接はなんと、国王との直接の面談であった。
まさか国王陛下本人が登場するとは全く思っていなかった勇者が思ったのは、マジで? である。
「ここで辞退しても罪に問うことはない。正直に述べてほしい」
国王との面会というには小さな部屋で、玉座というには普通すぎる椅子に腰掛けた国王は、まずそう言った。
「そなたは先代勇者がどうなったか、知っているか?」
「はい」
銅像の勇者のことだ、何度も聞かされて育っている。彼が魔王と相討ちになり命を落としていることも。
「先代勇者と同じ道をたどる可能性の高い旅だ。国のために犠牲になる、その覚悟があるか?」
「はい」
「一度勇者だと認定されれば、決して元の生活には戻れない。それでもよいか?」
勇者はもちろん、あらゆる覚悟をした上でここにいた。そりゃ報酬とか名声とか、ちょっと浮かれるようなところもないとはいえない。でも先代勇者の末路も知った上で、それでもここにいるのだ。若干のダメ元受験感はあるけれど、それでもやっぱやめたと言わないだけの覚悟はある。
「はい。この命に代えても、絶対に魔王を倒してみせます!」
顔を上げて堂々と答えた。自分でもなかなかカッコよく言えたと思うのだ。
にもかかわらず、国王は顔をのぞき込んで、探るように言う。
「本当によいのか?」
なんか雰囲気壊しにくるな? と少し思ったが、なにせ国王である。言えるわけがない。再びキリッと「はい」と答えるが、国王の顔色は変わらない。
「後戻りはできないぞ」
「はい」
「いいんだな?」
「え、はい」
「本当に大丈夫か?」
「えっと、はい」
それからも何度かしつこいくらいに確認され、例えば勇者になってから知り得た国家機密を漏らさないなどの注意事項を聞き、最終的に「本当によいか?」と聞かれて「はい」と答えると、国王は一度溜息を吐いてから、ちょっとやるせなさそうに言った。
「では、そなたを勇者とする」
しょうがないから勇者にしてやるよ、というよりは、なんだか哀れみの目を向けられている感じがした。死地に赴く騎士に向ける目と言ったらいいのだろうか。騎士になったことがないので知らないが。ただ、それだけ危険なのだろうと、勇者は気持ちを引き締めた。
ちなみに勇者とすると聞いてまず思ったのは、マジか、だった。もちろん覚悟はあった。それは嘘じゃない。だけどもっと強そうな人もいたので、自分は難しいのではないかと思っていたのだ。なぜ自分が、とも思った。でも選ばれたのだ。きっと自分にはそれだけの力があるのだろう。そのはずだ。
新しい勇者の誕生は、それはもう大々的に発表され、広められた。
そして一か月の準備期間を経て出発の時。勇者は同じように戦士と聖女として選ばれた二人と共に、式典に参加していた。
「勇者、戦士、聖女よ。我が人族のため、魔王を倒してまいれ」
王宮らしい広く豪奢なホールで、これぞ玉座という大きな椅子から立ち上がった国王は、朗々と響く声で勇者たちに命じた。面接の際に「本当に大丈夫?」と聞いてきた人と本当に同一人物? なんて思ってはいけない。なにせ国王だ。ときには威厳に満ちた姿を見せることも必要なのだ。
勇者たち三人は跪いて恭順を示したのち、意気揚々と王宮を出た。
王宮前の広場にはたくさんの民衆が押し寄せ、勇者たちの門出に歓声を上げている。勇者たちは軽く手を上げてその歓声に応えながら、期待のこもった眼差しに後押しされるように魔王討伐の旅に出発したのだった。
それからおよそ半年。
いよいよ魔王城に到達し、そしてついに魔王との勝負の場になったはずだったのだが……。
◇
「まぁ気楽にしてよ。取って喰うつもりなんてないんだからさ」
玉座に戻った魔王は、呑気に側近からジュースとクッキーらしきものを受け取った。魔王がちゅーとストローでジュースを飲む姿を別の側近はにこやかに見守っている。見た目だけならば少女のおやつタイム。なんとものどかな雰囲気だ。
おかしい、と勇者は思った。
今は魔王と勇者の対決という緊張感あふれる時であるはずではなかったか。
「君たちも食べる? 魔王の専属シェフ特製のお菓子だよ」
「くっ、いらぬ!」
「そう、美味しいのに」
魔王は見せつけるようにクッキーらしきものをパクリと口にいれた。表情が本当に美味しそうで、勇者はお腹がなりそうな気がして腹筋に力を入れた。そういえばしばらくまともな食事にありつけていない。
魔王がもぐもぐしている姿がどうにも可愛らしくて、側近たちはとろけるような表情をしている。勇者は本当にこれが魔王なのか、不安になってきた。
「そなたが魔王で間違いないのだよな?」
「間違いないぞ。なんだ、私が魔王では不満か?」
「いや、その……」
まずこの空間だ。光あふれる大聖堂というほうがしっくりくる明るい広間は、全くもって魔王城っぽくない。魔王城というのは、もっとこう、おどろおどろしい雰囲気ではないのか。
それに加えて、この天使のように可愛らしい少女。
どちらかというと、天国に来てしまったのではないかと錯覚するほどだ。思わず、自分は今生きているよな? と確認してしまう。大丈夫、生きているはずだ。
見回す勇者に、魔王の隣に控えている側近がふふっと笑った。
「わかりますよ。魔王様、お可愛らしいですから。人族の思い描く魔王のイメージとは違うかもしれませんね」
「可愛いと言うな、かっこいいと言え!」
「こう見えて、魔王様は御歳百二十……」
「レディの歳をバラすな!!」
この見た目幼女がはるかに年上だったことに、勇者は衝撃を受けた。ただ魔族の寿命は人とは違うというのは聞いたことがあるので、少女は少女なのかもしれない。少なくとも老婆ではなさそうだ、などと思考が飛んだ。
「人族にとっての魔王のイメージは、もっと厳つくて角とか牙とか羽根が生えてたりしているらしいですからね」
「それは知っているが、姿はしょうがないからなぁ。せめてもと思って黒い服を着てみた」
どうだ、似合うか? とでも言うように黒い服をつまみながらえっへんと胸を張る魔王に、側近たちは口を押さえてプルプルと震え悶えている。魔王様可愛い、という声が聞こえるようだ。
「角とか羽根もつけてみるべきだったか?」
「っ、用意します! 次は、必ずっ!」
側近は魔王を着飾らせたいのだ。絶対にそうだ。間違いない。
勇者も似合いそうだと思ってしまい、いかんいかんと首を振る。完全に魔王のペースに飲まれている。
魔王のお菓子がなくなったタイミングを見て、勇者は剣を構え直し、緊張しながら問いかけた。
「そろそろどういうことか教えてもらおうか。我々は魔王を倒すために来たのだが」
「知っている。だから倒されたであろう」
「元気そうにしゃべっているではないか!」
「でも実際に倒れたんだから、倒した、で間違いないよ。大丈夫」
なにが大丈夫なのだ。なにが間違いない、なのだ。
「とりあえず、争うつもりはないから武器をしまおうか。そしたら説明するからさ」
勇者はその手には乗らないぞと、反対に武器を構え直す。武器を手放した隙にあちらから攻撃されることもあり得るのだ。
魔王はそんな勇者を見て「まぁしょうがないか」と苦笑した。
「君たちはさ、魔王を倒すように人族の王に依頼されてきたんだろう。魔族が悪さをするから人族は窮地に陥っている、魔王を倒して人族を救うのだ! こんな感じか?」
まぁ、間違っていない、そんな感じだった。勇者は戸惑いながらもコクリと頷く。
「久しぶりに人族の王から連絡があってさ、勇者たちが行くからよろしくーって言われたんだよね」
「……王から?」
「そう」
討伐すべき魔王に、倒せと命じた王が連絡を入れているとは、一体どういうことだ。よろしくとはなんだ。勇者は困惑しすぎて武器を持つ手が緩まったことに気づき、ぐっと力を込める。
「王と魔王はどのような関係なのだ?」
「友達」
「と、友達!?」
「何て言ったらいいのかなー? 同じ玉座に座る者同士、協力者という感じ?」
疑問形で返されてしまったが、もちろん勇者はその答えを持ち合わせていない。
魔王は一度ジュースを飲んだ。そのオレンジ色の液体がなんなのかわからないけれど、とりあえずジュースということにしておく。
「人族は今ピンチなんだろう? 不作から来る飢饉で暴動が起こる寸前。内部からの反発が高まっていて、情勢は不安定」
どうして知っているのか、と聞きそうになって、勇者はかろうじて「なぜそう思う?」と言い換えた。こちらから情報を与えてはいけない、という気持ちだけはある。
「だから人族の王から聞いたんだよ。それだけじゃなくて、お互いの大まかな情勢は把握している。いきなりそう言われても信じられないかもしれないけど、連絡手段があるの」
たしかに信じられない話ではあるけれど、情勢が不安定なのはその通りだった。二年ほど続いた不作。そうなれば当然食料が不足し、貧しい民から飢えていく。出発前の時点で、ぎりぎり餓死者が出るのを阻止できているくらいの危うい状態だった。
「食べることができなくなると、民の不満は高まる。お腹がいっぱいなら余裕で許せることも、お腹がすいていればイライラするだろう?」
「それはそうだな」
思わず同意した。なにせ勇者たちはここにくるまで、優雅な旅を楽しんできたわけではない。三人しかいない仲間であるにも関わらず、食料が不足すると喧嘩をしがちだった。
そして現在進行形で、魔王のクッキーを羨ましいと思ってしまうくらいにはお腹が満たされていない。
「さらに、それがいつまで続くかわからないという状況だとしたらどうだ? 例えば一か月後に食料がたくさん届く、とわかっているならば、苦しくともそれまでの辛抱だからなんとかしのごうと思えるだろう。だけどいつになるかわからなかったなら?」
勇者に問題を出しているのか、それとも答えなど期待していないのか。魔王はわずかに微笑みながら、勇者をじっと見てくる。
「暴動に発展する、か……」
「正解」
よくできましたとでもいうように、魔王は手を叩く。
「我慢の限界を迎えた民は暴動を起こすだろう。例えば食糧庫を襲撃するとかだな。歴史上、普段は平穏に生活している民が武器をとったケースも少なくない」
「それはまぁ」
「為政者から見るとさ、これは自然の流れなのよね。起こりがちなことっていうか」
勇者は学があるというほどの頭脳ではないが、それでも飢饉と暴動がつきものであることくらいは知っている。そして実際に肌で感じたこともある。
「そうなった場合、不満は全て王と国の上層部に向かう。政策が悪いんだ、大臣を替えろ、王を替えろ、ってね。不作なのは天災であって王のせいではないのにね」
それもその通りだった。不作が続いてから、民の怒りが国の政治に向かいつつあることは、勇者にも感じられた。そういえば、ある時からそれはなくなった、と思い返して疑問が浮かぶ。そのある時というのは、魔族による被害が聞かれるようになった頃なのだ。
「待て、不作なのは魔族が関与しているのではないのか?」
「そう言われてたんだろうけど、実際はなにもしてないよ。不作の原因のほとんどは天災」
「そうなのか?」
「そうだよ。長雨、干ばつ、猛暑とか。今回は雨が少なかったって聞いた。実感ない?」
思い返してみる。実感は非常にあった。多くの村で雨乞いをしていたのを覚えている。
「魔族が奪ったのだとかなんだとか言われてるだろうけど、そもそも魔族と人族じゃ、食べるものが違う。魔族としてはそちらの食料に手をつける意味がないんだ。そうだな、例えば……」
魔王はまだコップに半分弱残っているオレンジ色の液体を掲げた。
「これは魔族領で採れる果実から作られている。我々にとっては美味しいジュースだけど、君たちが飲んだら毒になる」
「え」
勇者が目を丸くする前で、魔王は「だから飲んじゃダメだよ」なんて言いながら美味しそうに飲んでみせる。
「やはり毒を飲ませて、俺たちを倒そうとしたのか」
「違うよ。さっき勧めたクッキーは人族も使う素材で作られているから、毒にはならないし普通に美味しい。こっちのジュースは勧めてないだろう?」
「……そうだったかもしれない」
「君たち人族にとって毒になるが、我々魔族には適した食材というのがある。もちろんその逆もある。どちらが口にしても問題のない食材もあるが、だからといって危険を侵してまで人族の食材を奪うメリットはこっちにはないの」
「そ、そうなのか」
「人族だって、魔族領の食料を奪ってやろうとか思わないでしょ」
たしかに思わなかった。魔族領に入るのも、そちらの食べ物を口にするのも怖いからだ。なにせ人族領と魔族領では環境が違う。生物だけでなく植物も違う。
そう考えると、魔族領での食料が毒になりうるということは本能に刻み込まれているようにさえ感じた。討伐した魔獣でさえ、毛皮などは素材になるが肉は食べるなと言われていたのだ。実際に焼いてみたことはあるが、匂いの時点でもうダメだった。
「それとも魔族が意地悪して農地を荒らしたとでも? そんな労力をかけるなら、魔族領を耕すでしょう。馬鹿馬鹿しい。まぁ魔獣の被害だけは、ないとは言い切れないが」
少しだけ気まずそうにちゅーとジュースを飲んだ魔王に、反撃材料ができた勇者は黙っていない。なにせ勇者はもともと魔獣討伐をしていた冒険者だ。魔獣に傷を負わされたことも少なくない。
「そう、魔獣だ。おかげで農地や家畜が荒らされているではないか」
「言っておくがな、魔獣というのは人族でいう野生動物のような存在だぞ。こっちにだって熊とかヌーとか、そちらからよくわかんない奴が来るんだよ。それを人族で管理できるのか? こちらに来ないようにできるのか?」
「ぐっ」
「そちらの魔獣被害について申し訳ないという思いはあるけど、それなりの被害はこちらも受けている。お互い様なんだよ」
魔王が少し息を整えつつジュースを手に取ったが、中身はもうない。魔王はそれをあえて側近に見せつけている。おかわりを持ってこい、ということだろうか。
首を横に振った側近に「ジュースは一杯までです」と言われた魔王が不貞腐れた顔をする。
なんだ、可愛い……なんて思ってないぞ。魔王に対してそんなこと、思うはずがないではないか。
「話が逸れたな。なんの話をしていたんだったか、ジュースが毒で、ええと、暴動だ、そうだ不作で暴動の話だ。ジュースのおかわりがないから忘れちゃったなー」
ちら、と側近を見る魔王。無言で首を横に振る側近。なんなのだこれは。
魔王は諦めたのか溜息を吐いて、勇者を見た。
「王としては餓死者が出ようとしているときに、内部で争ってる余裕なんてないわけだ。理由はわかるよな?」
「いきなり真面目な話に戻るんだな」
「なにか言ったか?」
「いえ。わかります」
争いが起きれば流通が滞り、貧しい者はより食料を手にいれられなくなる。農地は放棄されて荒れ、翌年の生産が見込めなくなる。つまり食料の絶対数がさらに減るということだ。そして国は内戦を制圧するために余剰に力を使うことになる。
「せっかく餓死者をなくそうと頑張っているのに、代わりに戦死者が出たら意味がない。王としてはどちらも守るべき民だからね」
守るべき民、なんていう言葉が魔王から出ると思わなくて、勇者は驚いた。勇者に限らず人族であれば、魔族というものは残虐で人に害を与え、心など持たないようなイメージなのだ。それがガラガラと崩れていく。
そもそもこの少女が魔王という時点でだいぶ崩れているが。
「内部で争わないために必要なのが共通の敵の存在、すなわちそれが魔族ね。さっき不作なのは魔族のせいだと勇者は言っただろう。魔族が食料を奪っているとか、農地を荒らしているとか、魔獣が家畜を襲っているとか、そんなことを聞いたか?」
「……あぁ。今話を聞いて違うことはわかったが、たしかにそう聞いていた」
「それから、魔族が人族に害を及ぼしている、魔族のせいで人族は窮地に立たされている、魔族が悪い、今大変な思いをしているのはすべて魔族のせいだ! ……とまぁ、こんな感じか」
魔王は演技がかった様子で楽し気に言う。
勇者はその通りだったと思い出して黙らざるを得ない。
「ときには魔族が攻めてくるかもしれないと、恐怖心を煽ることもあったかもしれない。どうだ?」
「たしかにそれもなくはなかった」
「そうだろう。そんな状況であれば人族内で争っている場合ではなくなる。そうやって民の怒りの矛先を王や大臣などではなく魔族に向けさせるわけだ。魔族という共通の敵がいれば、人族の中で争うことなく民は一致団結するからね」
たしかに魔族に対する怒りが高まっていたのは、不作続きになってからだったと思い出す。考えてみれば、魔族と人族の小さな争いは昔からずっと変わらないし、特別に魔族と人族間の状況が悪化するようなことがあったわけではなかった。
魔獣討伐をしていた身として思い返しても、いきなり魔獣が増えたという感覚もない。
「そこで誕生するのが、君たち勇者ご一行さ。勇者が魔王を倒しに行くとなれば、民はそれで平和が戻ると期待をかけ送り出す。当然すぐに倒せるわけじゃないから、その間の時間稼ぎができるわけ」
「時間稼ぎ」
「そう。多くの民が、勇者様たちが戦ってくれているのだから自分たちも頑張らなきゃ、なんて健気に思っている間に、王は食料確保や政策を施す。暴動や内戦も起こらず、死者も最低限で抑えられる。めでたしめでたしー」
魔王はパチパチと拍手する。
「要するに、王と魔王は最初から協力体制にあったのか? 内乱を起こさないために魔族を悪として祀り上げ、俺たちを送り込むことで民の気を逸らしたということか? 俺たちは最初から、はめられていたと」
「お、一回の説明で理解できちゃうなんて、勇者、頭良いね」
褒められたのか貶されたのかわからない魔王の言葉に、勇者は唇を噛む。
「もしそれが真実なら、魔王はなぜ協力する? 悪として人族の憎悪の対象になるなど、利点がないではないか」
「んー、それはお互い様だから。今回は人族のピンチだけど、逆に魔族がピンチになることもある。その時は『すべて人族のせいだ!』って煽って、選ばれた魔族が人族の王を倒しに行く。もちろんそう見せるだけだけど」
勇者と仲間二人は愕然とした。
◇
勇者たちの気も知らず、魔王は呑気にジュースのグラスをストローでつついている。もう一度側近に顔を向け、首を横に振られ、さすがに諦めたらしい。魔王は大きく肩を下げてから勇者たちを見た。
「君たちが理解してくれて嬉しいよ。さて、質問に戻ろう」
「質問?」
「やだなぁ、忘れた? めでたく魔王を倒し、職務を全うした君たちのこれからについてだよ。君たちには二つの選択肢がある。このまま魔族領に留まるか、一年、もしくは二年くらい後に人族領に戻るか。好きな方を選んでいいよ」
もはや困惑でいっぱいすぎて働きの鈍くなった頭で、なんとか思い出す。たしかにそんなことを言っていた。
「一年か二年?」
「そう。明確な時期はわからないけど、食糧難がある程度解消し、民のお腹が満たされたころ、って言えばいいかな。もしかしたら時期はちょっとずれるかもしれないけど、多くの場合は一年か二年程度ってこと」
天災だけの理由であれば不作がずっと続くことは少なく、長くても二年から三年程度のことが多いという。また不作の後には豊作になるという傾向さえある。農作物が収穫される時期を一度か二度越えれば、また食糧庫には穀物が戻っていく。勇者たちが帰るころには民のお腹も膨れ、政治に対する怒りも薄れている、ということらしい。
ちなみに魔族領に留まることを選択した場合、魔王と相討ちになり命を落としたことにするそうだ。
「戻ったとしたら、魔王を倒して平和をもたらした英雄になれるぞ。魔族領に留まっても、命を落としてまで魔王を倒した英雄だ。君たちはどちらにしても尊敬の眼差しを手に入れた。おめでとう」
また、まばらな拍手が起きる。
どちらにせよ、嬉しくない。
「戻ったとして、俺たちが民に真実を話す、とは思わないのか?」
「できるの?」
「え?」
「君たちさ、来るときはどうやって送り出された?」
盛大に送り出された日を思い出す。民の期待の籠った眼差し、貧しい中から食料を分けてくれたこと、小さな子どもから「がんばって」と、たどたどしくも純粋な瞳で見上げられたこと、街の様子が思い浮かぶ。勇者たちはそんな中で胸を張って出発したのである。
「魔王を倒して戻ってきた英雄の帰還といったら、送り出された時の比ではないだろうなぁ。どこもかしこもお祭り騒ぎ。花びらが舞って、みんなに『よくやってくれた』と褒められ、感謝され、もてはやされる」
「うっ」
「民はこれで平和が戻ったと幸せモードで感謝の涙まで流す。それを、実は違いましたー、って白けさせるのか? 民も王も望んでないのに? そのまま黙っているほうがお互い幸せなのに?」
「うぐっ」
「言っちゃったら王に反感を持つ者が出てくるかもしれないし、せっかく回避した暴動が起きる可能性だってあるんだよ。それでも言うの?」
たしかに暴露して良いことなど、きっとひとつもない。それは理解できる。
そして現実的なことを考えると、もし言って回るようなことがあれば、勇者は錯乱状態だとか理由をつけて幽閉されたりするだろう。国王たちはこうなることを知っていたために、知り得たことについて他言無用と注意していたのだ。
そこまで思って、真実を話すという選択肢はないことに気づく。
だが……。
「それでは嘘をついているという罪悪感が……」
「うん、だから、それに耐えられないなら魔族領に残ればいいんじゃない? きっと命を掛けて平和を守ったヒーローとして銅像でも建てられて崇められるよ」
と、ここで、先代勇者を思い出した。先代勇者は魔王を倒したと同時にその命を失っていたはずだ。命を掛けて平和を守った英雄として立派な銅像が建てられ、どれほどすばらしい人であったか語り継がれている。もちろん勇者も、自分もそうなりたいと憧れ、崇めてきた人物だ。
「もしや……」
「あぁ、君たちの前にここに来た勇者なら魔族領にいるよ。魔王城勤務だから近くにいるはず。呼ぶ?」
「魔王様がお命じになった仕事で、本日は外出しておられますよ」
側近がそっと教えると、魔王はわかりやすく、そうだった、と苦い顔をする。
「……あとで紹介するよ。彼から直接聞いたほうが、いろいろと信じられるでしょ。ちなみに彼は魔族と人族の架け橋として生き生きと働いてくれてる。あ、言っとくけど魔王城はホワイトだよ。勤務条件いいからね。先代勇者も元気いっぱいだからね」
たしかにこの空間も物理的にだいぶホワイトだ。魔王城というからにはなんとなく黒とか暗色のイメージだったけれど、実際は白っぽく光があふれている。
きっと実際にブラックじゃないんだろうな、なんて、だいぶ現実逃避方向に思考が働いた。
「こちらにとっても人族にいてもらえるのはありがたいから、残るなら優遇するよ。まぁ、詳しくは先人に聞いてみるといい」
勇者たちは、もう言葉も出ない。
「どちらにしてもしばらくは魔族領にいてもらうことになるから、今すぐに決める必要はないよ。ゆっくり考えるといい」
魔王はニコリと微笑む。久しぶりの人族だと、お茶会をしよう、などとワクワクしている。
民の期待を背負ってここまで来た結末がこうなると、誰が想像しただろうか。
混乱した勇者は武器を落とした。
カラーンという音が、白い空間に響いて消えていった。




