「良い感じにやっといてよ」と国難を何度も押しつけられたので、今宵の婚約破棄をもって国外逃亡いたします!
「今度はベルニア帝国が怒っちゃってさ。多分協定を無視して国境の鉱山に軍を派遣したのがばれたんだよねぇ。結構密かに送ったつもりだったんだけど。――まあばれたものはしょうがないし、いつものように良い感じに対処しといて。頼んだよケイリー」
私の周りに積み重ねられた書類の山がさらに高くなる。問題を持ってきた張本人であるウォルト王子は、「書類の方がケイリーよりでかいじゃん」といって一人で笑っていた。
まったく笑い事ではない。ウォルトはいつも笑いながら厄介な問題事を押しつけてくる。この前なんて深刻な食糧問題を私一人に丸投げしてきた。我がレスラルド王国はリーンという一つの作物を主に育てている。リーンしか育てていないと言っても過言ではない。そんなリーンが未知の病気にかかってしまい国中の作物がダメになったのだ。私は隣国に頭を下げ、我が国と隣国との協定にこぎ着け、様々な施策を経て何とか一年持ち越すことに成功したのだ。今回ウォルトが破ったベルニア帝国との協定も、その際に結ばれた物である。
「前回の件でも思ったのですが、それは私の仕事なのでしょうか?――もちろん私がウォルト様に雇われの身なら特に異議はないのですが……私、ただの婚約者ですよ?」
「ただの従者よりも優秀だし、公爵家の出身だからある程度顔が広いじゃん?だから、大きな仕事も任せられるし」
「それ、ウォルト様でも良くないですか?私には、今後の食料自給率を上げる仕事も残っているのですよ――というかこの前のも今回のも、全部ウォルト様の案件なのでは?私の知らないところで、ウォルト様が食糧問題を解決したと表彰を受けられたみたいですし」
「そ、それは便宜上だよ。君が活躍したことを俺はしっかり言いふらしてるしさ。もしかして表彰されなかった事、すねてるの?今度俺が手作りの賞でお祝いしてあげるから。ほら頑張って!今回は君が適任なんだ。前回の協定の時もベルニア帝国とは散々交渉したのだろう?」
「それはしましたけど――」
前回私が交渉している時、ウォルトはどこで何をしてたんでしょうね?――風の噂によれば毎日夜会で色んな令嬢に手を出していたとか。ずいぶんと楽しそうなことで。
「何?面倒だなぁ。どうせやるんでしょ?君に断る権利なんてないから。俺と婚約者である限り、もう逃げられないの!わかったら、手を動かす!はい、頑張ってね~」
ウォルトはそう言って一方的に話を終わらせると、手を振って書斎から出て行った。
この書斎も本来ならウォルトが作業する為の場所なのに、今ではもう私の空間だ。彼は今日も夜会で遊びまくるのだろう。一人解決策を練って指示を出している私の事など、踊っている最中に頭によぎることはないのだろう。
……あぁ、なんだかイライラしてきたわ!だっておかしいじゃない!婚約者だからって、こんなに働かされて、給料もあるわけじゃなくて、扱いも雑で。――決めたわ。私今夜ウォルトとの婚約を破棄してやるわ!
そうと決まれば話は早い。私は一通の手紙をしたため始めた。
******
ほんと便利な女だ。適当に任せておけば、全ての問題を完璧以上にこなしてくれる。しかも年中無休で賃金もなしだ。万能薬なんかよりも、ドラゴンの死骸なんかよりも、よっぽどケイリーの方が価値がある。俺はケイリーのお陰で国王になる道が確約しているのだ。
だからこそ、婚約破棄なんて愚かな真似は絶対にしない。あの女は、俺の元で永遠に問題を解決する運命にあるのだ。
「ウォルトさまぁ~踊りましょぉ~」
「私の方が先よ!ねえ、そうでしょう?ウォルト様?」
「まあ君たち、どっちとも踊ってあげるから。ほら順番順番」
そんな、両手に花状態を堪能している時だった。夜会会場の扉が勢いよく開いた。先にいるのはケイリーだ。
「ウォルト様!お話がございます!」
「ど、どうした」
ケイリーにしては珍しい大きな声。何か予期せぬ事が発生したのだろうか?それともベルニア帝国が不当な条件を取り付けてきたのだろうか?
「ウォルト様――私、ケイリー・ファミリアルはウォルト・レスランド様との婚約破棄をここに宣言いたします!」
会場が爆発的なざわめきに支配される。ダンスの曲も、いつの間にか止まっていた。
「ま、まて!勝手な事をいうんじゃない!」
「勝手ではございません」
「いーや勝手だ!そんなの許されるはずがない。婚約破棄は家同士の取り決めだ。そんなの私の父が許すはずがないだろう!」
そうなのだ。父もケイリーの重要性はよく分かっている。お前は一生この国で、俺を名君にするために働く義務があるのだ。勝手に婚約破棄なんてできるわけないだろう!
「それが――先ほど国王からは、婚約破棄の許可をいただいて参りました」
「な、なんだと!そんなことありえん!父だって君の素晴らしさは理解しているはずだ!嘘をつくんじゃない!」
「嘘ではございません。証拠にこちらがございます」
そう言うとケイリーは懐から一枚の用紙を取り出した。少し遠くて見にくいが、紛れもなく王の印がそこには刻まれていた。
「先ほどいただいた国璽の印です。ここにはウォルト様との婚約破棄を認めると」
「ありえんありえん!一体どんな手を使ったのだ!」
「どんな手?ウォルト様の命令通りに動いただけですよ?」
「は?」
婚約破棄をする命令なんて、指示した覚えなどないのだが……
「昼に言われたではありませんか。ベルニア帝国との問題を良い感じに対処しろと」
「そ、それとこれは話が違うだろ!」
「いえ、おお有りなのです。ベルニア帝国は優秀な官職を募集してまして、前回の食糧問題の際、私の働きを見てお声がけをいただいていたのです。――そこで、今回の協定を破ったことを許していただく代わりに、私がベルニア帝国に仕官するというお話で合意いただいたのです」
「なっ!」
ケイリーが開きっぱなしの扉を振り返る。すると、後ろの方からスラッと背の高い青髪の男が現れた。
「おや、ちょうど終わった所のようですね。――お初にお目にかかります。ベルニア帝国の使者でございます。ケイリー様を迎えに参りました」
「あら、ご丁寧にありがとうございます。それでは行きましょうか」
「ま、まて!まだ俺は何も言ってないぞ!」
後ろに振り返り、青髪の男について行こうとしたケイリーを、俺は大声で呼び止める。
ケイリーは面倒くさそうな顔をして振り返った。
「ほら、わざわざ君がこの国を離れる必要はないじゃないか!ここに残って」
「ウォルト様。単刀直入に申し上げます。本件は、すでに国王もベルニア帝国も合意済みで、もうあなたが断れるお話ではないのです。誰も傷つかない最善なのです――ご命令通り『良い感じに』やっておきましたから」
そう言って、再び俺に背を向けると、今度は一度もこちらを振り返ることはなかった。
ケイリーは馬車に乗ってベルニア帝国へと旅だっていった。
あれから数日経ち、俺は一つの結論に至った。
まぁ大丈夫だ、と。だって、今までの大きな問題は全部ケイリーに対処してもらってたし、これから注意すれば良いだけだし、俺が悪くて婚約破棄したわけじゃないし。よし、問題はないな。あんな女の事なんて、すっきり忘れて遊び倒してやろう!
そうして俺は色んな事をした。毎日美味な料理を食べ、夜な夜な女性との接触を繰り返し、趣味の騎乗にも明け暮れた。
たまにケイリーのことを思い出すこともあったが、すぐに頭を振って追い出した。とても楽しい日々だった。
――でもあの婚約破棄から一年が過ぎたある日だった。
「ウォルト様!大変です!」
「なんだよ。今は精神統一の時間だから後にしてくれよ」
俺の部屋に従者の一人が飛び込んでくる。
毎日昼食後はボーッとしたいから邪魔するなと言っているのに。こいつは首だな。
「で、ですが、火急の用で!今王宮は平民によって取り囲まれています!」
「な、何だって!何が起こったのだ!」
「彼らによると食料がまた足りなくなったのだと」
「前回それは解決したはずだろう!」
「いえ、それが、前回のはあくまでも一時しのぎでして、結局リーンの病気問題は解決しておらず……」
「なっ!それが分かっていたなら動かんか!なぜもっと早く報告しなかったのだ!」
「いえ、報告したのですが、ウォルト様が大丈夫大丈夫とおっしゃられてましたので……」
「俺のせいにする奴があるか!」
俺の怒鳴り声に、従者は首をすくめるばかりだった。
なんて無能な奴なのだ。ケイリーなら、自分で重要か調べて、勝手に対処してくれていたのに。ケイリーさえいれば。
――どうしてこうなったのだ。俺はどこで間違えたのだ!もっと強くケイリーを縛っておくべきだったのだ。クソ!クソ!クソ!!!
******
「ケイリー様。予想通り、レスラルド王国は食料不足での内乱が勃発しているようです」
「そう、始まったのね」
私は侍女の報告を聞いて、飲んでいた紅茶を机に置く。
帝国にきて、小さな事からコツコツと実績を積み重ね、今では一つの家と侍女を雇えるほどになっていた。――本当に婚約破棄して良かったわ。
「では予定通りに動きましょう。――皆に伝えて。今がレスラルド王国を取り込む好機だと。この一年の間に溜めていた食料を全て使って、国境付近の国民と貴族に楔を打ち込みに行きましょう」
「ハッ!仰せのままに!」
これから予定通り行けば、レスラルド王国は帝国に次々と飲み込まれて行くことになるだろう。
ごめんなさいねウォルト王子。今は帝国を良い感じにやるのがお仕事ですので。
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