神々の到着
「神々の到来」というタイトルにしようかと思いましたが、半村良の作品にありましたので「到着」にしました。
「ニュートンズ・ウェイク」は Ken MacLeod の作品のタイトルより。
● fMRI
「さてと、ここからは小話をしよう。ここで、人間が家畜化した動物を見てみよう」
教授が話題を変えた。
「とくに、馬、牛、羊、豚、犬、猫、フェレットだ」
人間の脳科学の講義でそれらが挙げられるとは思っていなかった。
「これらは実は2種類に分けられる。誰か思いつく人はいるかな?」
教室の後ろから声が響いた。
「犬、猫、フェレットと、それ以外」
教授は頷いた。
「では、具体的にどのような違いがあるかな?」
しばらくの沈黙の後、また教室の後ろから声が響いた。
「人間に懐く… どう言えばいいのかな。前者と後者とでは懐き方が違うように思います」
教授はまた頷いた。
「簡単に言えば、家畜かペットかに分けていいだろう。もちろん前者も人間に懐かないわけではない。だが、後者の懐き方は異常だ。この点について何か意見はあるかな?」
教室の後ろから声が響いた。
「家畜化のタイミングと歴史?」
「それも無視はできない。だがフェレットは3,000年前から家畜化されてきた。だがそうだな… 馬は5,000年ほど前から家畜化されてきた。片や3,000年、片や5,000年。その割には懐き方に大きな違いがあるとは思わないか?」
「脳容積… いや違うか」
教室の後ろからの声は小さく消えた。
「まずそこに着目するのいい。だが明らかに違う。豚であっても脳容積は親指の先ほどあるが、フェレットの脳容積がそれほど大きいわけじゃない」
教授が犬、猫、フェレットの fMRI の画像を映した。
「この反応が出ているのはどこかな?」
「辺縁系ですか?」
「そう。これは犬、猫、フェレットが飼い主の姿を見ている状態での反応だ。ここまではいいかな?」
教室中からガサガサと音が響いた。
「次に、人間のある状態での fMRI 画像を見てみよう」
教授が新しい画像に切り替えた。
「ここでも、言うまでもないだろうが、辺縁系が反応している。そこで質問だが、これはどのような状態での画像だろうか?」
「感情的な状態ですか?」
別の声が答えた。
「ハズレではない。だがよく見てほしい。活動している部位はかなり限定されている。通常の感情的な状態であればこうはならない」
教授はしばらく教室を見渡した。
「多くの者に馴染みがある行為ではあると思うが、これだけ明確に見えるような状態となったことがある者は少ないかもしれない。これは深く祈りを捧げている、あるいは瞑想している場合の画像だ。さて、ここで疑問が浮かぶ。犬、猫、フェレットが飼い主を見たときと同じような反応が、なぜ人間が祈りを捧げているときにも出るのだろうか?」
「安心… ですか?」
教室の後ろから声が響いた。
教授は頷き、腕時計を見た。
「それも間違いではない。次回はその原因について話をしよう」
教授はPCを閉じ、教室から出ていった。
● 摂動
地球衛星軌道上のアインシュタイン重力天文台-1、アインシュタイン重力天文台-2、アインシュタイン重力天文台-3 が重力波パルスを検知した。
ある天文台でミーティングが行なわれていた。
「アインシュタイン群が検知したパルスの時刻から考えると、昨夜の火星方向からと考えられます」助教の一人が報告した。「昨夜火星方向の探査をしていたと聞いたので、光学チームにも来ていただきました」
テーブルを挟んだ光学チームの一人がこめかみに指を当てた。
「そう言われたからデータを持ってきたんだが。ちょっっとフォボスの様子を見てくれ」
スクリーンに映像が映された。
「これでは確認しにくいか… 倍率を上げよう」
もう一度映像が映された。
「わかるかな? フォボスが一旦外側に引っ張られたあとに軌道にもどっている。これは摂動だとは思うんだが、原因がわからない。その重力パルスの影響ということもありえるだろうが、それならその重力パルスの原因はなんだ?」
「光学的にも見えていませんか?」
重力波チームの一人が尋ねた。
「見えていない。発生源はかなり離れたところか? いや、それなら君たちが火星を指定するはずがないな」
「あの…」重力波チームの大学院生が話し始めた。「ニュートンズ・ウェイクの可能性はありませんか?」
「と言うと?」
重力波チームの助教が尋ねた。
「つまり、アルクビエレ・ドライブなのかサブバブルドライブなのかはわかりませんが、そのバブルを消した瞬間にパルスが発生し、その後急激に減速したというような… 減速しながらバブルを消したのかもしれませんが」
「それは… 話が飛躍してはいないか? 重力パルスを捉えた、摂動を捉えたという話ではなく、何者かが来たという話になってしまう。それは天文学ではなくなる。君はその説を押したいか?」
大学院生は頷いた。
「光学チームとしてはどうです?」
「見えていないんだ。光学でも電波でも。だがなにか原因があることは確かだ。つまり君はこう言わせたいんだろう? 『プロトコルの発動に同意する』と」
重力波チームの助教は頷いた。
「ありがとうございます。ではただいまよりプロトコルを発動いたします」
助教はそう言い残して退室した。だが部屋の中には沈黙が残った。
● ヒューマン・アクセラレーテッド・リージョン
「さて、ここからは先週の続きをしよう。ペットが飼い主を見たときに安心するのは、まぁ間違いなだろう。問題は、なぜ人間が祈るときにも辺縁系が活動するのかだ。ペットは飼い主に懐いており、飼い主の姿も知っている。ならば飼い主を見て安心するということもわかる。では人間は?」
「神…ですか?」
教室の後ろから声が聞こえた。
教授は頷いた。
「歴史上、神に会ったと主張する人はたしかにいた。だが、他者にもその姿を見せることができた人はいない。あるいは… 誰か神の e-mail アドレスをしっている人はいるかな?」
「サンタクロースなら知っています」
教室の右手寄りから声が聞こえた。
「いい答えだ」教授は微笑んだ。「ヒューマン・アクセラレーテッド・リージョンという言葉を知っている人はいるかな?」
多くの手が挙がる音がした。
「もしもだ。ヒューマン・アクセラレーテッド・リージョンの構成は副作用だとしたらどうだろう? いや、副作用というよりも第一の目的と言ったほうがいいかもしれない。その上で、信仰に安心するという機能を構築する。こちらが本命の目的と言える。ペットについて言えば、第一の目標が実行されないまま、あるいは実行されているか、それとも第二の目標が実行されているのかもしれないが。その段階で本命の機能が構築されたとしたらどうだろう?」
「人間は何者かに遺伝子編集をされて人間になったということですか?」
また教室の右手寄りから声が聞こえた。
「『何者か』というのは正しくもあり正しくなくもあるかもしれない。フォン・ノイマン・マシンという名前を知っている人はいるかな?」
再度多くの手が挙がる音がした。
「フォン・ノイマンはおそらく機械的なものを想定していたのだとは思うが。もし、ウィルスや細菌サイズのものだったらどうだろう? それらはテラフォーミング…と言っていいのかは疑問が残るが、それには向かないだろう。しかし分子化学の領域下では機能する。実際、人間のDNAの8%はウィルス由来、あるいはウィルスによる改変を受けたと考えられている」
「それは、神はいるということですか?」
教室の後ろから声が聞こえた。
「正確には違うだろうな。自分たちを神だと思わせたい者がいるのかもしれないというところだろう」
「それは宇宙人…」
教室の左手から声が聞こえた。
「そうなってしまう点が、この議論の問題点ではあるね。では、今日はここまでにしよう」
● ある日
ある日、一隻の宇宙船が地球極衛星軌道に乗った。誰にも知られることなく。
そうして何日が経ったのだろう。宇宙船は地上に巨大な投影映像を映し出した。それは巨人であるかのように見えた。それが始まりだった。宇宙船は極軌道から地上に映像を映し出し続けた。あらゆるメディアは、それを放送することができなかった。スマートフォンで撮影することもできなかった。映像を目にした瞬間、誰もが泣き崩れていた。
それは威厳でも畏怖でも恐怖でもなかった。




