どうやら乙女ゲーの隠しキャラに傷つけられるモブに転生してしまったみたいです
ほのぼのです!
◆ジュディの場合
げ、これ「花咲く乙女と魔法の学園」じゃん。
ということを突然私は思い出した。目の前には直視したらたちまち目が焼かれてしまいそうなほど見目麗しい男性が立っていて、鋭い視線で私を見ている。一方で私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
さっきまでの私は自分がなにか問題でも起こして怒られてしまうのではないかとびくびくしていた。だって突然、生徒会長に呼び出されたのだから。でも怒られはしなかった。それよりもっと最悪な事態が起きたのだ。
なんと私は、目の前のこの男に告白されてしまった。
学園は授業の合間の昼休憩中。昼食をとろうとしていたところ、別の生徒に呼ばれたのだ。生徒会長が空き教室に来てほしいって言ってるぞって。それで言われた。
――ずっと好きでした。俺と付き合ってください。
ありきたりな文句ではあるけど、告白されるなんて前世と今世合わせても人生初の経験だった。
「で、どうなんだ? 返事は」
やや緊張した面持ちに見えなくもないその態度は一見誠実そうに思われる。彼の名は、レオナルド・オルディアス。私の一つ上の学年で、十七歳だ。金色の長髪に、長身に、切れ長の青い瞳という出で立ちに加え学年首席というステータスはこの学園の多くの生徒の憧れの的であり、女生徒からの人気も凄まじい。おまけに性格良しなので嫉妬もされず皆に尊敬されている。
ついさっきまでは私も彼をそのような人物だと思っていた。
がしかし。
私は思い出してしまった。
今世でもオタクではあるが前世でも重度のオタクであった私はあらゆるゲームをやりこんでいた。だからこそ気づく。
容姿端麗完璧超人のこの人は、前世で興じていた乙女ゲーム「花咲く乙女と魔法の王国」における隠しキャラ、もといラスボスであるということを。
彼の正体は王の隠し子であり、メインキャラである王子の腹違いの兄に当たる。幼い頃から不自由を強いられてきた彼は歪んだ憎悪を王子に向け、ほぼ全てのバッドエンドの黒幕になっていた。
彼を救う道はただ一つ。ヒロインの真の愛情だけ。
そうして当然私はヒロインではない。ヒロインのデフォルトの名前は確かシャーリー。思い返せば同学年に同じ名前の美少女シャーリーがいるからきっと彼女のことだろう。
ジュディ・スミスなんてキャラクターは出てこない。故に私は本ゲームのモブに転生してしまったみたいだ。
「あの、確認なんですけどこれ、なんかのゲームとかですか?」
と確かめずにはいられなかったのは、レオナルドという男は表は器量良し性格良しのキャラを作っているけれど裏ではあくどい真似をしているからだ。気に入らない人間を学園から追い出したり、女性をゲームと称して弄びゴミのように捨てたり。
なるほど地味でガリ勉で質素な私が恋愛にハマっていく様子は彼のゲーム的には大変おもしろいのでしょう。
しかしますます不可解なのは、彼があっさりそれを認めたことだった。
「……そうだが?」
どうして認めるのよ! とツッコミをこらえたのは私が彼よりはるかに身分の低い平民であるということを思い出したからだ。学園での勉強は非常に楽しいので、彼の機嫌を損ねて追い出されるという目には遭いたくなかった。
とはいえここまで舐められるとは思わなかったけど。
不愉快そうに眉を寄せ苛立つように腕を組み、指を忙しなく動かしている様は、ゲームの中で自分を偽りまくっていた男とは少し異なるように見えたけど、まあこれは現実なのだから少しの違いはあるのだろう。
というわけで私がこの男の告白に「はい喜んで」と答える確率はゼロであり、さてどう断れば角が立たないだろうかと考え始めた時に、しびれを切らしたらしい彼は言った。
「おいスミス君、どうなんだ!? 黙っていないで答えてくれないか!」
まずい――! 機嫌を損ねたら学園追放!? のみならず城で働いているお父さんにも迷惑がかかるなんてことがあるだろうか。
私は父に思いを馳せる。平民の立場にもかかわらず魔法の才能を買われ宮廷魔術師として毎日朝から晩までせっせと働いているお父さんは、娘が自分と同じ学園に入学してくれたことを大変喜んでくれていた。我が家の家訓は「一に真面目、二に真面目。真面目こそ幸福へと続く道」であり、お父さんも真面目一本で成功してきた。レオナルドの気分一つでお父さんのクビと私の学園追放が決定したら、どんなに悲しむだろう。
いやいやまさかそんなことにはならないはず。だけど彼はラスボス男。裏の顔が恐ろしすぎる。
「返事を聞かせてほしいんだが――」
やばい早く答えないとラスボスの機嫌が悪くなってしまう、と思って反射的に返事をする。
「ハイ! えっと……」
といった瞬間抱きしめられた。つ、強い、きつい! は、離せえ!
「そうか! 本当か! 『ハイ』か!」
え、いやいや待って。今のは枕詞のハイで、告白への肯定の意味ではない。
「うわ! すまない、つい嬉しくて」
という言葉の後に私は解放される。
レオナルドは満面の笑みになると、「では今日の放課後迎えに行くから待っていてくれ」と言葉を残すと一人颯爽とこの場を後にして去っていってしまった。
私は言葉も紡げずに、孤独に口をぱくぱくさせる。
ちょ、ちょっと待って。今、何が起きたの。
ええっと、急に前世の記憶が蘇ってきて、ここは乙女ゲームの世界だと気がついた。そうしてヒロインの愛のみで更生するラスボスの気まぐれな恋愛ゲームに巻き込まれてしまった。彼の機嫌を損ねたら最悪の場合我が家は破産。
え、どうしよう。
いや、どうしようもない、とすぐに私は悟った。
これこそがシナリオなのだ。彼の性格を示すためには陰で傷つけられる乙女がいないといけない。哀れ、その乙女こそわたしであったというだけだ。
ここは彼のゲームに付き合って、飽きられるのを待つのが最善かもしれない。真面目ガリ勉地味オタク女なんてきっとすぐに飽きるでしょう。
そして密かにヒロインと彼をくっつけたら良いんだわ。さすが勉強しか取り柄のない私、なんて完璧な作戦なのかしら?
◇
その日の授業が終わった時、予言どおり彼は私を迎えに来た。本当に来るなんて。
下級生を意にも介さず周囲の注目を浴びながらズカズカと私に歩み寄る彼はさながらモーゼの海割だ。
「寮に戻るんですか」
なるべく自分の存在を消したくて目も合わせずにレオナルドに言うと、彼は眉をひそめ、金髪をかきあげながら言った。
「いや、街へ出ようと思うんだが」
ぎょっとして彼を見上げた。
「え、なぜ……。なぜ街へ?」
「デートだろう、恋人なのだから」
驚いたように目を見開いてレオナルドは言うけれど、驚いたのはこっちの方だ。
周囲がざわつく。
――え、生徒会長とあの子が? 釣り合わなすぎる……! さしずめ皆はそう思っていることだろう。
「はっ!」
とレオナルドはなにかに気づいた顔になり、次には私を凝視した。射抜くような視線はまるで苛立つ肉食獣のようで、恋をする相手に向けるものとは到底思えない。やはり彼にとってこれは本気の恋ではないのだ。
そうして彼は大真面目な顔で早口に頓珍漢なことを言う。
「まさか寮の俺の部屋に来たいのか? そ、それはまずいぞスミス君。積極的なのは嬉しいが、段階というものがあると思うんだ……いや君が望むなら。いや、きょ、今日は俺もまだ心の準備ができていないので」
一体なんのつもりなの。頭が痛くなる。
ちょっと待って、本当に勘弁してほしい。
百歩譲って恋人ゲームの犠牲になるのはいたしかたないとしても、周囲に知られたくはない。可哀想な生贄として同情されるのは本意ではなかった。
だけどレオナルドはそんな周囲の状況には目もくれず、
「さあ行こう」
と私の手を掴むと教室の外へと引っ張っていく。
数少ない私の友人が、ひどく同情した視線を向けてくるのが見えた。助けてよ! と顔で訴えたが「無理ごめん」と口パクで返された。友情とはかくも儚きものなのか?
というわけで私たちはカフェに来た。学園の外には街があり、日用品から嗜好品までなんでも揃っているけれど、行きたいところがあるかと聞かれても寮にとじこもりがちな私には思いつかなかった。だから無難なカフェに来た。
前世の私はコーヒー好きだったけど、この世界にもあって良かった。このカフェのコーヒーはなかなか美味しいと思うので、たまには来てみようと思う。
席はテラス席。そういえばどうして外国人はテラス席が好きなんだろう? 異世界人であるレオナルドも迷うことなくテラス席を選んでいた。
レオナルドとの会話のラリーは意外にも続いていた。というのも彼は優秀な魔術師でもあって、私の勉強の疑問点にもスラスラと答えてくれたから。だから会話は勉強のことに終始していて、デートっぽくはあまりない。
話しながら私は彼を観察する。ちょっと恐ろしいほどの美貌だな、と思う。さすがは隠しキャラだ。
「花学」(※ゲームの愛称である)は、魔法が発現した平民出身のヒロインが貴族の多くが通う魔法学園に編入し三年間を過ごすというストーリーだ。攻略対象によってストーリーは分岐する。なぜ学園に貴族が多いかと言うと、魔法が発現する大多数が貴族達だからだ。ごく稀に平民にも魔法を扱う者がおり、そのうち優秀と認められた者が学園に入学を認められる。私? 私も平民出身だけど、才能はお父さん譲りで、優秀なスミス氏の娘ならオッケーというわけで、すんなりと入学できた運が良かっただけの女だった。
まあ、私のことはどうでも良い。重要なのはレオナルドについてだ。
彼のゲームでの立ち回りはこうだ。
確かヒロインは両親を早くに亡くし、親の友人である男爵家に幼い頃から居候している。レオナルドはその家の長男であり、ゲームの途中まではヒロインの兄的存在で、攻略対象の好みや親密度を教えてくれるお助けキャラ的存在だった。だけどまさかそれが伏線で、学園を裏で牛耳っているから生徒の情報に詳しくて、友好的な態度の裏でメインヒーローの王子を憎んで殺そうとしていたなんてね。ヒロインの両親の事故も、王子の誕生日パーティーでレオナルドが魔法を暴走させたという因縁があるほどの人だった。
――あれ? だけどシャーリーの両親が先日の参観日に来てたのを見たな……。まあ、ゲームと現実は違うのでしょう。
そんなことを考えていたら、突然レオナルドが「失礼、少々席を外す」と言って去ってしまった。私とのデートのあまりのつまらなさに休憩がしたくなったのだろうか。無理はない。
だけどそれほどつまらないデートに興じている場合なのかしら。現実世界では彼も貴族の一人だし、多くの同年代の貴族達には既に婚約者がいる。仮にも王様の子供なのに、なぜこんな遊びをしているんだろう。などと単純な興味が湧き、彼が席に戻った時に尋ねてみた。
「生徒会長は婚約者を作らないのですか」
瞬間、彼は飲みかけのコーヒーを噴き出した。
「ごほっごほっ。――――え?」
「大丈夫ですか? 良かったらどうぞ」
そう言ってハンカチを差し出すと、しばしそれを見つめた後に彼は言う。
「それには及ばな――いや、もらっておこう」
彼は魔法で服を綺麗にすると、ハンカチを受け取り使わずそのまま自らの鞄にしまい込んだ。ん? なんで? 使わないなら返してほしい。けど機嫌を損ねるかもと思い言えなかった。
「婚約は……そのうち……君がその気なら……願ってもないというか……」
ゴニョゴニョと彼は呟いた。
なんて言っているんだろう。小声でよく聞こえなかったけど、大したことではなさそうだったので会話はそれ以上広がらなかった。考えてみたら彼はヒロインに幼い頃から恋をしている(歪んでいるにせよ)ので婚約をする気などないのでしょう。
などと考えていると、レオナルドの視線を感じ顔を上げる。まともに目があってしまい、わあやっぱり二次元のイケメンは三次元になったとしても顔が整っているんだなと思っていると、彼は顔を背けてしまった。
ダサくてもさい私のような存在をこれ以上見ていたくなかったのかも知れない。
「……綺麗だな」
彼は外の大通りを見ながらそう言った。雑踏の中に見えるのは古い建物で、空は曇っていた。どうかな、綺麗なのかな? 変わった感性だ。
「そうですね」
と無難な相槌をすると、なぜだか彼は目を丸くしていた。
カフェを移動した後も街をぶらぶらと歩く。私が店頭に並んだ本を見ているとなんと買ってくれた。高価な本なのでいらないと断ったけど、気にするなと半ば無理やり押し付けられる。ならばお言葉に甘えてもらっておこう。どうせ後で捨てられるのだから、慰謝料の前借りということだ。
それから彼は流行りだとかいうお菓子を買ってくれた。これがなんとも美味しくて、明日友達とも食べたら良いと多めに渡してくれたのだ。
なんだか段々といい人に見えてきた。騙されないけど。
日はだんだんと暮れてきて、暗くなる前に帰ろうということになった。まるで小学生みたいだけど、疲れすぎないので丁度いい。彼の方も私という退屈な女といるのに飽きたのかもしれない。
私の寮の前まで送り届けてくれた彼に頭を下げて礼を言う。
「生徒会長、今日はありがとうございました」
というと、彼は微かに眉をひそめた。機嫌を損ねてしまうことがあっただろうかと焦っていると、頭をかきながら彼は言う。
「生徒会長は止してほしいかな」
だけど他に彼を呼びようがない。
「……監督生さん、とかですか?」
彼は別の寮の監督生でもあった。
いやいや、と彼は苦笑した。良かった、怒ってはいないようだ。
「名前で呼んでくれないかな」
内心ぎょっとしたけど、表情には出さないようにして呼んでみる。
「……オルディアス様」
「む。できればファーストネームで」
「レオナルド様?」
うーん、と彼は口を曲げた。ならば、と私は言ってみる。
「……レオナルドさん?」
男性を名前で呼ぶことなんて兄弟くらいしかなく、かなり勇気を振り絞ったのに当の彼は頭を捻っただけだ。
「なんだかしっくりこないな」
そんなこと言われても困る。そう言えば、と私は思い出した。ゲームのヒロインは彼をこう呼んでいたっけ。
「レオさん」
早く部屋に戻りたくてヤケクソで言ったその愛称に、
「いいな、それ」
と言って、彼はにこりと微笑んだ。どころか調子づく。
「もう一度呼んでくれないか。さんは不要だ」
嘘でしょ! それはレベルが高いって! とはまさか言えるはずもなくなんとか言葉に出してみる。
「……レオ?」
「ああ、なんだいジュディ」
衝撃的な笑顔が返ってきた。
――――ぐう! 騒ぐな心臓!
破顔する彼を不覚にもかわいいと思ってしまった私の脳みそを取り出して水洗いしたい。攻略対象の顔面の破壊力は前世オタクには堪えるものがあるので。
私がそうやって彼の笑顔をやり過ごしていると信じられない言葉が聞こえてきた。
「じゃあ、また明日の朝迎えに来るから一緒に登校しよう」
これには思わず言い返してしまった。
「え! これ、まだ続くんですか!?」
率直すぎる私の疑問に、彼は眉を下げて微笑んだ。
「当たり前だろう恋人なんだから。……明日もまた一緒に帰ろう、ジュディ」
――男性から名前で呼ばれることなんて慣れている。お父さんと兄弟で。
なのになぜ彼が呼ぶとこれほど破壊力のある凶器になるのだろうか。名前を呼ばれてときめいた心臓をあとでしつけ直さなければ。もしかして誰かが私の知らない内に錯乱の魔法でもかけたのかもしれない。それほどまでに思考が混乱していた。
じゃあな、と言ってレオナルドは昼間と同様に颯爽と去っていく。一度だけ彼が振り返ったので、どうしたらいいのか分からず、とりあえず手を振っておいた。
彼は微笑むと手を振り返す。その姿のなんと足の長いことだろう――じゃなくって!
ど、どうしよう明日も!?
もうしばらく彼のゲームは続くのかもしれない。
だけどカフェ代を奢ってくれたし、上の学年の勉強内容を聞くのも楽しかった。乙女ゲームの攻略対象だけあってビジュアルは神がかり的に良いし、もう少し眺めて前世の自分の心を楽しませてあげてもいいかもしれない。
うん。そう。あくまでもそれだけ。
頬が熱いのは寒さにやられたせい。心臓がいつもより早いのはカフェインの過剰摂取に違いない。心が楽しい気がするのは――これはよくわからないから後でこの現象にまつわる論文を調べてみよう。うん。よし、解決だ。
でも――そうか。
明日も会えるんだ。……ふうん。
少しはおしゃれして行こうかな。
◆レオナルドの場合
契機は昨日の授業終わりのことだ。この学園の生徒会は伝統的に権限が強く、故に毎日のように仕事があった。昨日もいつものように生徒会室にいたときのことだ。
「おっつかれさまー!」
「お疲れ様です」
口々にそう言いながら、シャーリーとアンドリューが入ってきた。シャーリーは平民出身の少女で、アンドリューは俺の弟だ。二人とも一学年下で、生徒会のメンバーだった。
「やあ、お疲れ様」
と俺が言う間にも二人ともソファーに腰掛けて、シャーリーは早速持ち込んだ菓子の袋を開け始める。俺にはよく分からないが、少女の間で流行っている小説のグッズ付きの菓子だそうで、このところ彼女はそればかりを食べていた。
おほんと咳払いをした後で俺は二人に尋ねる。
「君たちの学年に変わった様子はなかったか。成績優秀者からそうでない者までつつがなく過ごしただろうか」
本当はある少女の動向を知りたいのだが、ストレートに聞くのは憚られた。シャーリーとアンドリューは顔を見合わせ、目線で何やら語り合った。
「遠回しすぎます。ストレートに聞いたらいかがですか? ジュディ・スミスはどうだったって」
アンドリューは半ばあきれ顔でそう言った。
彼は俺の腹違いの弟で、この国の正統な後継者でもある王子だ。女性関係が奔放な王によりこういう兄弟になってしまったのだが、幼い頃は思うところがあったものの、今の関係性は悪くなかった。
図星を指された俺は動揺する。
「な、なぜ彼女のことだと思うんだ?」
二人はまたしても口々に答える。
「だって毎日聞いてくるから」
「生徒会の仕事の一番最初は彼女の行動を報告することだから」
ぐう……!
返す言葉を探していると、アンドリューがはあ、とため息をつく。
「そんなに気になるなら自分でジュディに聞いたらどうなんです」
「ほとんど話したことのない俺が突然話しかけたら可哀想だろう!」
アンドリューがぎょっとしたように言った。
「え、一回も話したことないんですか? 毎日遠目に見てるのに?」
「いやあるぞ、一回だけは」
俺達のやりとりを聞いていたらしい現実世界の恋愛に全く興味のないシャーリーが珍しく質問してきた。
「その一回っていつなの?」
よくぞ聞いてくれた。
「彼女との出会いは七年前に遡る――」
「結構な長さの片思いね……」
シャーリーが顔を引き攣らせたが構わず続けた。
十歳の当時、俺は王の庶子という立場で結構荒れていた。自暴自棄に陥り、己の持つ膨大な魔力のコントロールもやらないまま、養子として身を寄せていた男爵家からも度々家出をしては周囲を困らせる問題児であった。思えば周りの愛情を試していたのかもしれないが、当然そんなであるから腫れ物扱いで、俺に構う者はほとんどいなかった。
天使と出会ったのはそんな折である。
それはアンドリューの誕生日に開かれたパーティーでのことだった。盛大に祝われている腹違いの弟への嫉妬で俺は酒を飲みすぎて中庭で酔いつぶれていた。更にまずいことに、ただでさえ苦手だった魔力の制御が効かず暴走しかけていた。
だが暴れるその膨大な魔力を、一人の少女が制御したのだ。
少女は暴れる魔力にも恐れることなく、正確な魔力操作でエネルギーを相殺してしまった。非凡な才能の持ち主であることは確かだった。結果、俺の魔力の暴走はほとんどの参加者に知られることなく収束した。
しかし事態はそれでは終わらない。少女はゲロまみれの俺につかつかと歩み寄ると、平手打ちをし、あろうことか叱りつけたのだ。
――子供がお酒を飲むなんていけません! 周囲の方は誰も注意をしなかったのですか!
――真面目だな。
と俺は言った。誰かに叱られることなど初めてで、驚きのあまり怒りさえ湧かなかった。
――真面目こそ身を助けるんです。
と彼女は言った。だが当時の俺は呆れるほどに卑屈だった。
――誰も俺を助けない。俺は嫌われているんだ。
言いながら俺の両目からとめどなく液体が漏れ出た。自分が情けなく思えたからだ。俺に怒っていた彼女は眉尻を下げ、ぽんと頭を撫でてきた。
――そんなことありません。真面目に生きていたら、皆が味方になってくれますよ。少なくとも私は貴方の味方になります。
そう言って、ほら、と彼女は俺の目から流れる液体をハンカチで拭ってくれた。(そのハンカチは今も俺の部屋の祭壇に飾っている。)
後に知ったが彼女は父親と共にパーティーに参加しており、参加者全てに挨拶をして回ろうと、中庭にいる参加者にも声をかけていた途中に俺の魔力暴走に気づき止めに来たようだ。
最後まで彼女は俺の正体を知らなかっただろうし、恋心を自覚した俺が彼女と対面するのを避けていたから顔を合わせることは二度となかった。
「たったそれだけといえばそれまでだが、それまで俺を真正面から叱ってくれる者もいなかったし、俺の味方だと言ってくれた者もいなかった。俺はたちまち恋に落ちてしまった。そうして俺は彼女に相応しい男になるまで会話をしないと誓ったのだ」
以来彼女を観察し続けたが、誰に対しても別け隔てのない態度にも授業を一度もサボったことのない優秀さにも授業で質問するときの天を目指すような手の美しさにも艶やかな黒髪にもその黒髪を毎日寸分たがわない段数でお下げ髪にしている正確さにも真実を見透かすが如き黒い瞳にも真剣に人の話を聞いている時のきゅっと結ばれた唇にもかと思えば友人と話している時のきっちり結ばれた糸が解けるようなぱっとした笑顔にも尊敬する人は誰? と尋ねられた時にお父さんと即答する可愛らしさにも毎週末家に帰る家族思いな一面もとにかく彼女を司る全てのものが愛おしかった。
「……………………うわあ、思い入れがすごい」
シャーリーが顔をしかめた。
アンドリューが言う。
「まあしかし、考えてみたら子供時代に兄さんが急に穏やかになったのは彼女のおかげなんですね」
「そういえばうちの両親が健在なのも彼女のおかげなのね」
シャーリーの言葉はたまに謎がすぎるので無視をしておくことにする。シャーリーは続ける。
「恋は自由だとはいえ、視線に気をつけて。レオさんが彼女を見る目はまるで獲物を逃すまいとする獣みたいだから。幸いまだあの子は気づいていないみたいだけど」
「っていうかその恋もいい加減ケリをつけた方がいいですよ。父上がそろそろ兄さんも誰かと婚約させようかって言ってましたから、近々そういう話をされるかもしれません。シャーリーって話もありましたけど」
「はあ? 私は二次元にしか興味がないから嫌よ。初めはゲームの世界に転生して最高って思ってたけど、三次元になるとちょっと違うのよね……」
心底嫌そうにシャーリーは言った。彼女の今の恋愛相手は小説の中の登場人物で、このところ同人誌? というものをせっせと作り、同志相手にせっせと布教しているらしい。
どのみち俺も彼女も幼い頃からの知り合いのため、どこまで行っても友人で恋愛関係になるなどありえない話ではあった。
「そうやって兄さんがうかうかしているうちにジュディ・スミスの方に相手ができてしまうかもしれませんよ。彼女、優秀ですからね。優秀な人間は早いうちから皆囲っておきたいものです」
その言葉は流石に聞き流せなかった。
「そうなのか!?」
俺がダァンと机を叩くと、アンドリューは神妙に頷く。
「はい、間違いないです」
それから弟はこうも言った。
「一刻も早く――そうだな、明日、彼女に想いを伝えてください。断られたらきっぱり諦めることです」
途端に俺の心拍数は上がる。
「だ、だが女性と付き合ったことなど俺はないぞ!? どうすればいいんだ!?」
わはは、とシャーリーは笑った。
「ゲームだと思えばいいのよ。頭に浮かんだ選択肢のうち、彼女が一番喜びそうなものを選び続けて親密度を上げるのよ。笑顔にし続けたらオッケーってこと! 緊張しそうになったらゲームってことを思い出して」
「だが恋愛をゲームにするなど不誠実ではないのだろうか」
「レオさん真面目すぎるわ。根底に相手を喜ばせたいっていう誠実さがあればいいでしょう? これはレオさんが緊張しないためってことだから!」
なるほど、これは彼女に一理あるかもしれない。
というわけでシャーリーに告白したら、返事はなんと「ハイ」だった。なぜか俺の心構えとしてのゲームであることがバレていたが、シャーリーかアンドリューが話してしまったのだろうか……? だがそんな疑問もどさくさに紛れて抱きしめてしまった彼女の体の柔らかさで忘却の彼方へと吹き飛んでしまった。うむ、我ながら少し気持ち悪いか――?
授業終わりに迎えに行くと、「部屋に行きたい」旨を言われるが、俺の部屋には彼女のハンカチが祭壇にお供えしてある。それを見られてしまってはちょっとまずいのではないかとわずかに残っている理性が告げたため寸前で踏みとどまった。誰か俺を褒めてほしい。
行く先は決めていた。アンドリューとシャーリーが、ここのカフェが絶対に良いと激しく勧めてきたため、まずはそこに行こうと考えていた。
そうして向かうと、なんとアンドリューとシャーリーがカフェの中で俺たちの方をにやにやしながら見ているではないか! 完全に嵌められていた。失態である。
慌ててテラス席へと向かったため、ジュディは二人に気づいていないようだ。興味本位か親切心かは知らないが、せっかくの二人きりの時間を邪魔されたくないというものだ。
会話の切れ目に断りを入れて席を立ち、二人の元へと向かう。
「おい、一体どういうつもりなんだ」
尋ねると二人は交互に言う。
「楽しそうだから」
「緊張しているレオさんが面白いから」
ち、やはり興味本位か。あらかじめ待ち構えるためこのカフェを指定したのか? 味は悪くないため感謝はしているが、心の底から邪魔だった。「しっし」と手で追い払うと、二人は肩をすくめながらカフェを出ていった。
邪魔者を追い払った後で席に戻ると、彼女が尋ねる。
「生徒会長は婚約者を作らないのですか」
――――――え? ぎょっとしすぎて思わずむせてしまい、いつかのように彼女からハンカチが差し出される。
「大丈夫ですか? 良かったらどうぞ」
「それには及ばな――いや、もらっておこう」
祭壇のハンカチと一緒にしばらく並べておこう。そう思いしまい込むと彼女は不思議そうな表情を浮かべる。それのなんと可愛らしいことだろう。
……いや、待て! 彼女は今、俺と婚約したいと言ったのか!?
「婚約は父もそろそろしてほしいようだ。そのうちに、君がその気なら、君と婚約してもいいというか、むしろ願ってもないというか……」
なんとかそう伝えたが見事に無視された。気が早すぎたかとさすがに反省をする。
ちらりと目をやると、微かに彼女が微笑んだ。長年の片思い相手の笑顔はなんとも良いものだな。
「……綺麗だな」
あまりにまぶしく直視できずに外を見ながらそう言うと、
「そうですね」
などと返事があった。
な、なに!? 彼女は己の美貌を自覚しているのか!?
考えてみたら当たり前か、これほどの美少女なのだから。俺の恋人になってくれたのが奇跡のようだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。世間では叶った恋に価値などないという過激な言論もあるが、叶った恋こそ素晴らしいものはないと俺は思う。この一日で、ますます彼女のことが好きになった。
「レオ」と彼女に名前を呼ばれると天に昇るような気分である。告白すると危うく昇天しかけた。これからも毎日一緒にいられるとは、俺の心臓の心拍数が上がりすぎて持たないかもしれない。
別れ際、名残惜しく感じて振り返ると、彼女が小さく手を振っていた。心が幸福に包まれる。あれが俺の愛する人なのだと世間に向けて叫びたかった。俺はきっと世界で一番の幸せ者に違いない。
◆エピローグ:スミス氏の場合
宮廷魔術師のスミス氏は、その日の仕事を終えて城を出るところで、偶然アンドリュー王子に出くわした。普段はスミス氏の娘のジュディも通う魔法学園の寮で暮らす王子であるが、この日は城に用事があったらしい。
「やあスミスさん」
と、にこやかにアンドリュー王子は言う。
知的好奇心の強い彼は昔から研究所に立ち入っていて、親しい間柄だった。しばらく世間話をした後で、王子は言った。
「そういえば、兄が彼女へ想いを伝えたら生徒会での無駄話がなくなると思ったんですが、目論見が外れて、今度はのろけが始まってしまいましたよ。まあ、二人が幸せそうで俺も嬉しいは嬉しいですけどね……」
彼の兄というのは、腹違いのレオナルドのことだろう。文脈から察するにレオナルドに遂に恋人ができたということだろうが、相手については皆目見当もつかなかった。
「はて、何の話でしょうか?」
疑問に思い尋ねると、アンドリュー王子は眉を上げる。
「おやご存知ありませんでしたか、それは失礼。でもいずれ分かるとは思いますよ」
意味深に微笑み、アンドリュー王子は去っていく。その後ろ姿を見つめながらスミス氏は思う。
彼の腹違いの兄のことを。
レオナルドが産まれた時、既に宮廷魔術師であったスミス氏も含めた数人で未来予知を行った。王族に子供が生まれると未来の繁栄を祈り行う魔術であり、それは妾の子であっても同様だった。
多くの場合、視える未来は多岐にわたり、良いものも悪いものも含まれていて、そのうちの良い方へと導くべく助言を授けるのが常である。だが、レオナルドの場合は様子が違っていた。
視える未来の全てが人死が絡むものなのだ。最悪の場合、国家滅亡などというものまであった。これを危惧した魔術師達は一年に及ぶ熟考の末、起死回生の一手を放つ。総力を注ぎ一つの魔術を完成させた。
すなわち彼の未来を導く者を授けるという魔術だった。
その魔術は間違いなく完成した。なぜならレオナルドの暗黒の未来はすべて消え去り、国の重役としてアンドリュー王子とともに国を繁栄させるという予知が拓けたからだ。
だが謎なのは、未来を導く者が一体誰なのかわからないままに、彼の運命が変わったことだ。まあ結果良ければ全て良しというのが王の言葉であったため、誰も追求はしなかった。
魔術を行使したまさしくその日にスミス氏の妻の懐妊が判明したが、それはきっと全くの偶然であろう。
スミス氏が、娘が恋人として連れてきた男を見てびっくり仰天するのはもう少し先の話である。
〈おしまい〉
最後までお読みいただきありがとうございました!
思いついたので書かずにはいられませんでした。
補足①
レオナルドの未来が全部暗黒だったのは転生ヒロインシャーリーが三次元の男に興味がなく、隠しキャラを救う気が毛頭無かったためです
補足②
レオナルドがジュディを美少女だと思っているのは恋のフィルターがかかっているからで、実際にはごく普通の女の子です
感想、評価などいただけると大変嬉しいです!




