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第3話:世界の裏側、歯車は回り始める

この世界の裏側で、静かに運命は動き始めている。

魔術協会、最深部。

名もなき闘争の前触れを告げる者たちが、今――静かに集う。

これは「戦争」へと至る、小さな、しかし決定的な会議。

魔術協会最深部――三大幹部専用会議室オラクル・チェンバー


天を仰ぐような巨大な逆三角錐の吹き抜け空間。

天井には「万象眼オールシーイング・アイ」の紋章が浮かび、静かに脈動している。

空間全体に満ちるのは、ただ存在しているだけで肉体を押し潰すような異様な重力だった。


中央にそびえるのは、黒曜石のように光る漆黒の円卓。

三脚だけ配された椅子は、それぞれが選ばれし者たちの象徴だった。


まず最初に、ひとりの男がその場に現れる。


身長190センチ近い巨躯。

銀髪をオールバックに撫でつけ、整えられた銀髭をたくわえている。

金色の眼には深い悔恨と責任の影が滲み、額を押さえる仕草にもそれが現れていた。

闇夜のような黒のスーツをまとい、椅子を軋ませながら座るその姿は、まるでこの場の重圧を一身に背負うかのようだった。


男の名は――カドモン。


彼が腰を落とすと、わずかに地鳴りのような低音が空間を震わせた。

纏っていた魔術鎧が、自動的に解除される音だった。


続いて現れたのは、185センチを超える長身の女性。


漆黒のドレスを纏い、銀の絹糸のように美しい長髪を引きずる。

しかしその髪は地を這わず、ふわりと浮かび、また落ちる不思議な動きをしていた。

大きな黒の帽子――豪奢な装飾を施されたそれを戴き、赤い瞳を静かに光らせる。


けだるげな雰囲気を纏いながらも、近づく者を拒絶するような絶対的な威圧感。

椅子に腰掛けた瞬間、銀の蔦細工がふわりと魔術式を展開し、空気を震わせた。


彼女の名は――ミネルヴァ。


最後に現れたのは、180センチほどの細身の人物。


ふわりと肩まで流れる白髪。

中性的な顔立ちで、白いロングTシャツにズボン、そして裸足。

透き通った青の瞳が、ただそこに立つだけで空間を凍らせる。


彼の名は――アイザック。


無背の白金椅子に静かに座ると、空気、音、時間のすべてが一瞬だけ彼に従属した。


こうして、三人が揃った。


天井の万象眼が再び脈動を強める。

空間全体が、嘘も虚飾も許されない絶対誓約の領域へと変貌していく。


張り詰めた沈黙の中、最初に口を開いたのはアイザックだった。


「……それで」


その声は静かだが、芯に鋭利な刃を潜ませている。


「今回の件――どういうことなんだい?カドモン」


続けて、ミネルヴァが椅子にもたれながら、紅の瞳を細めて言った。


「ええ、私も聞きたいわ。きちんと、ね」


カドモンはゆっくりと顔を上げ、重々しく答える。


「……ドクター・ラヴクラフトが、離反した。そして、Named Dragon四体が、我々の掌から離れた」


万象眼がわずかに紫色を帯びる。

空間の重圧が、さらに深く沈んだ。


ミネルヴァは、静かに肩をすくめた。


「やっぱりね。――あれほど警告したでしょう。孤児の血は裏切りを孕むって」


カドモンは苦々しく唇を引き結び、続けた。


「……弁明の余地はない。必要なら、この場で処罰を受けよう」


だが、アイザックは小さく首を振る。


「違うよ、カドモン。今ここで考えるべきは、犯人探しじゃない」


その眼差しが冷たく光る。


「――この状況を、どう打開するかだ」


ミネルヴァは、銀髪を指で弄びながら息を吐いた。


「……それなら、まず現状を整理してもらいましょうか」


カドモンは短く頷く。


「ラヴィに奪われたのは、スター、ネクター、ディーピー。さらに、No.24が日本で行方不明になった」


ミネルヴァの表情が硬くなる。


「スターまで……。主従契約の強制上書き?そんな芸当、前例がないわ」


「……だが、やられた。事実だ。対抗策の研究を急いでいる」


カドモンの声は、静かに重く沈んだ。


空間の中心で、万象眼が脈動を強める。


ミネルヴァは、指先で帽子を軽く押さえながら吐き捨てる。


「日本、ね。――猫たちが動き出すわ。最悪、全面戦争よ」


「ああ」

カドモンが低く答える。


「故に、迅速な対応が求められる。だが、リスクがある以上、無策な戦力投入はできない」


ミネルヴァが冷笑を浮かべる。


「……スターが敵にいるなら、普通にやれば壊滅するわ」


「だから――最新モデルを投入する」


カドモンの声が空気を震わせた。


「ティアだ」


アイザックが、くすりと笑った。


「やっぱりね」


ミネルヴァもゆっくり頷く。


「妥当な判断よ。でも、単独では無理があるわ」


カドモンは続けた。


「ティアに加え、アトラとノーラを同行させる」


ミネルヴァの瞳がわずかに光る。


「いい組み合わせね。破壊力、指揮力、単騎性能。これでようやく、スターと五分に持ち込める」


ミネルヴァがふと尋ねる。


「小隊はうちから出してもいい?」


「構わない。ただし、指揮官は俺の管轄から出す」


カドモンの即答に、ミネルヴァは軽く微笑んだ。


「了解よ」


沈黙が流れた後、カドモンがぽつりと言った。


「……ラヴィへの処罰は、Dragonたちに任せても構わないか?」


ミネルヴァは肩をすくめる。


「ええ、構わないわ。  ああでも、脳は欲しいわね。  彼の知識は捨てるには惜しいもの」


アイザックが興味深げに首を傾げる。


「No.24の方はどうする? さらったやつ、殺す?」


カドモンは静かに首を振った。


「No.24は何としても生け捕りだ。あれの力は世界を変えられる。逃すわけにはいかない。さらったやつは……邪魔をするなら殺す。協力的なら――」


ミネルヴァが、冷たく言葉を継いだ。


「殺す。Dragonのことを、これ以上広めたくないもの」


カドモンは小さく苦笑した。


「あまり他国で好き勝手はしたくないがな。……まあ、知られた以上、仕方ない。そうしよう」


カドモンが椅子を軋ませながら立ち上がる。


「――以上だ。各自、動いてくれ。会議は終わりだ」


「助かるよ」


アイザックも立ち上がり、柔らかく微笑んだ。


三人は、同時に口を開いた。


「――魔術よ、永遠なれ」


万象眼が静かに脈動を続ける中、

《オラクル・チェンバー》は、再び重い沈黙に沈んだ。

静かに、そして冷酷に。

人知れず交わされる決定は、数多の命運を左右する。

ラヴィの裏切り、奪われた存在、忍び寄る世界の変容。

それでも彼らは、動揺も怒りも見せない。

――なぜなら、これが"当たり前"だからだ。

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