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第0話(前編):春風、窓から飛び込む

こんにちは、作者のえるま.e.eです。

本作『Sky Egg』は、ちょっとだけワケありな高校生が、“日常”と“非日常”の狭間でもがく物語です。


まずはAパート、主人公・綾野真優の高校三年生スタートの朝――から始まります。

転校生との出会い、そして「遅刻魔」らしい(?)登場をどうぞお楽しみください!


※テンポ重視で書いてます。気楽に読んでもらえたら嬉しいです。

四月。

春の朝。


桜並木の続く道を、綾野真優という名の一人の男子高校生が静かに歩いていた。

彼の身長は百八十センチほど。体格は筋肉質でしっかり鍛え上げられており、余計な脂肪が一切ない引き締まった体つきをしている。そのため、細身という表現では物足りないほどの逞しさがある。

制服のブレザーは意図的に着崩され、襟元からは白いシャツが無造作に覗いている。その上には鮮やかな赤色のパーカーを羽織り、過剰なほどファスナーが装飾として取り付けられたデザインは個性的で目を引く。袖口は肘の辺りまでまくり上げられており、露出した腕には程よく引き締まった筋肉の筋が浮かんでいる。両手はラフにポケットに入れられており、彼の落ち着いた自信を物語っていた。


明るい茶色の髪が柔らかく風になびき、その下で澄んだ青い瞳がどこか遠くを見つめるように細められている。彫りの深い顔立ちは一見、西洋風の印象を与えるが、実際には彼自身もその出自についてはよく知らないのだった。


――綾野真優あやの・まひろ。十七歳。高校三年生。

そして、人生の節目に立たされている年頃だ。


「……立ってるっていうか、まあ、今は歩いてるけどな」

と、真優は独り言のように呟いた。


緩やかな坂を登る彼の足取りは、どこか気怠げで、それでいて静かな時間を噛み締めるようだった。

春の空気はやわらかく、頬を撫でる風が心地よい。見上げれば、満開の桜が朝陽を透かして輝いていた。


この通学路が好きだ。

風が気持ちよくて、桜がきれいで、何より静かだ。

こんな日が、ずっと続けばいい――そんな淡い願いさえ浮かぶ。


道場で育った真優は、昨年から一人暮らしを始めた。

家事も自分でこなし、日中は学校、放課後は道場で師範代として子どもたちを教え、夜はバイトに出る。スーパーや工事現場、いろいろと掛け持ちしている。

忙しい日々だが、ようやく慣れてきた。最近では、ほんの少しだけ生活に余裕も生まれてきたところだった。


だが、平穏な日々というのは、往々にして、流れる時間を早く感じさせる。


鞄の中を探り、くしゃくしゃになった一枚の紙を取り出す。進路調査票。担任から渡されたものだ。


「……これ、どうすっかな」

と、紙を眺めながら真優は呟く。


大学進学。無理とは言わないが、家庭の事情を考えると厳しい。

かといって、明確にやりたいことがあるわけでもない。


今の生活を続けたいと思っている。

朝は学校へ行き、午後は道場で子どもたちを指導し、夜は働く。地味ではあるが、充実していると思える日々だ。


「ずっとこの生活が続けばいいのにな……」

と、彼はほんの少しだけ力の抜けた声で続けた。


だが、それがこの先もずっと続く保証はない。

ましてや「ずっと続けていたい」と思える生活ほど、そう簡単に続かないものだ。


「……今日中に決めろって言われても、無理だろ。今月中で勘弁してほしいわ」

そう言って、真優は深く息を吐く。


顔を上げると、公園の角に設置された時計が目に入った。


午前八時五十五分。


「…………は?」

と、間抜けな声が漏れる。


視線が数字を捉えた瞬間、時間の感覚が一瞬で現実に引き戻される。


「おい、嘘だろ……?」


まさか、とは思った。だが、何度見ても針は同じ位置を指している。


「マジか……完全に遅刻じゃねえかッ!!」

叫びながら、真優は鞄の紐を掴み直した。


踵を返すと同時に、全力で駆け出す。

風を切って走る。靴底がアスファルトを打つ音が、朝の静けさを破って響き渡る。


家の時計は完全に狂っていた。今さら気づいたところで遅い。


本気でまずい。


なぜなら、彼の担任――井之頭慧音いのがしら・けいねは、ただの教師ではない。

彼の「師匠」であり、彼を拾い、育ててくれた恩人。

そして、道場の師範であり、非常に怖い人だ。


「怒られるとかじゃねぇ。……殺される」

と、冗談めかして笑ったが、その顔も数秒後には真剣なものに戻る。


春の通学路を、真優はただひたすらに、走り抜けた。


教室ではすでに朝のホームルームが始まっていた。


青みがかった艶やかな黒髪を背中まで伸ばした女性が教壇に立っている。紺色のジャージに包まれたその姿は端正であり、鋭い黒の瞳と引き締まった身体が、彼女がただの“先生”ではないことを一目で分からせる――井之頭慧音いのがしら・けいね。このクラスの担任であり、真優の師でもある。


慧音は腕を組んだまま、生徒たちに向かって声を発した。


「おい、てめぇら」

と、その第一声で教室の空気がピリッと引き締まる。


「紹介するやつがいる。まあ、もう噂は回ってるかもしれねぇが……転校生だ」

と言って、慧音はちらりと扉の方を振り返る。


生徒たちは少しざわつきながらも、全員がそちらに意識を向けた。


「仲良くしてやれ。――いじめでもしようもんなら、どうなるか分かってるよな?」


その口調は淡々としていたが、そこに込められた威圧は絶大だった。

教室のざわめきは一瞬で静まり返る。


「じゃあ、入ってこい」


そう慧音が言いかけた、その瞬間だった。


バンッ――!


突如として、教室の窓が大きな音を立てて開かれる。


「まだ、八時五十九分五十六秒だッ!!」

窓から飛び込んできたのは、言うまでもなく――綾野真優。


一拍置いて、生徒たちの視線が一斉に窓の方へ向く。


扉も同時に開かれたが、誰一人としてそちらを見ていない。

教室にいた全員の目が、ただひとり、窓から現れた彼に向けられていた。


そのせいで、本来の主役――転校生の少女は、すっかりタイミングを逃してしまった。


「……あー、タイミング悪かった?すまん」

と、真優は頭をかきながら教室に立ち上がる。


「あっはははは!」「また窓から来やがった!」


「こいつ、三階だって分かってんのかよ!?」「さっすが真優!」


男子たちが口々に叫び、女子たちは呆れ顔でため息をつく。

そんな中、慧音の低い声が教室に響いた。


「真優」

その一言だけで、場の空気が一変する。


怒っている――それが分かる口調だった。クラス全員が一瞬にして口を閉ざす。


「あっ、いや違うんだって姐さ……じゃなくて、井之頭先生!」

と、真優は慌てて弁解を始めた。


「本気で遅刻しないようにって思って早起きしたんだけどさ、家の時計が……!」


「もういい」

慧音は深く息を吐いて、淡々と告げた。


「誰が席に座っていいと言った? そこで立ってろ」


「……はい」


返事をした真優は、しぶしぶ窓際に立つ。

筋骨隆々の男子が小柄な女性教師に縮こまっているその光景は、なんとも妙なバランスだった。


慧音は、転校生の方へと向き直る。


「悪ぃな。もうちょっと、いいタイミングで紹介してやりたかったんだが」


扉の近くに立っていた少女は、驚いたように目を丸くしていたが、小さく手を挙げて答えた。


「い、いえ……だ、大丈夫です」


か細くも澄んだ声だった。少しだけ震えてはいたが、芯のある声でもあった。


少女の名は――東雲澄香しののめ・すみか


教室の一角で静かに佇む少女の名は――東雲澄香しののめ・すみか。腰の位置まで伸びた艶やかな黒髪は太めの三つ編みに整えられ、背中に垂れている。黒縁眼鏡の奥に覗く端正な顔立ちと、静かな優しさをたたえた黒い瞳が、周囲の視線を自然と惹きつけてしまう。百六十五センチほどの細身ながら女性らしい曲線を持ち、その見た目だけならば“眼鏡の文学系美少女”と呼ぶにふさわしい。クラス中が無意識に彼女に視線を向けているのを感じさせるほどだ。


「じゃあ自己紹介、お願いできるか」

慧音が促した。


澄香は一度だけ深呼吸をしてから、小さく頷いた。


「は、初めまして。東雲澄香しののめ・すみかと申します」

彼女は静かに口を開く。


「えっと……こんな時期に転校してくるなんて、おかしいって思われるかもしれませんが……」


そこまで流れるように話していたが、急に言葉が詰まる。

教室が静まり返っているせいで、些細な息遣いすら聞こえてしまうほどだ。


ざわ……という小さな私語が、後方の男子席から漏れた。

それが彼女の緊張を、さらに強くしてしまったのかもしれない。


「……」


次第に小さくなる声、硬直する身体。


その沈黙を破ったのは、またしても真優だった。


「はいはいはい! 彼氏いますかッ!?」

と、大声で手を挙げる。


教室内が、一瞬凍りついたかと思うと、すぐに爆笑が巻き起こる。


「なに言ってんだよバカ!」「抜け駆けかよ!」


「すみちゃんは俺のもんだー!」


「誰が勝手にあだ名つけろって言った!?」


男子たちが騒ぎ、女子たちは呆れ、慧音はこめかみを押さえる。

そんな中、澄香と真優の視線がふと交わった。


真優はニッと笑って見せた。


それが合図だったのか、澄香の表情から緊張の色がわずかに和らいだ。


「えっと……短い時間になるかもしれませんが、みなさんと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


慧音はふっと表情を緩める。


「よし。澄香は……一番奥の窓際の席に座ってくれ。ちょうど空いてる」


「ちょ、ちょっと待て! そこ俺の席じゃねぇ!?」

と、真優がすかさず反応する。


「黙れ。ホームルーム、続行する」

慧音は淡々とそう告げ、クラスに向かって告知を始めた。


「転校生への絡みはほどほどにしておけよ。迷惑かけるな」

「それと、進路調査票。今日が締切だ。未提出のやつは、明日グラウンド百周な。以上」


ばっさりとした口調でそう言い放ち、慧音は教室を出ていった。


真優は自分の席に視線を向け、ぽつりとつぶやく。


「……師匠、俺の机……」


けれどその言葉は、教室の喧騒にあっさりと掻き消されていった。

ここまで読んでくださってありがとうございます!


真優、全力で遅刻しながら飛び込んできましたが(笑)、

次のBパートでは少し落ち着いた放課後と、転校生の澄香との再会が描かれます。

そして、物語の“非日常”部分もちらっと顔を出すかも……?


コメント・評価・ブクマなど頂けると、作者が元気になります!


次回も、よろしくお願いします!

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