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何が何だかよくわからないこんな状況でも、皆と合流すると、混乱は大分収まってきた。
謎の女性がとりあえず入るようにと言って、僕達を中嶋先輩がいた部屋のちゃぶ台の周りに座らせた。部屋の間取りは、僕の居た部屋と同じだったけど、こちらの方が少し広い。そして、こっちにはテレビもあるし、ソファーもある。冷蔵庫も大きかったりと、何かと豪華──というか、何人かで住んでいるような部屋だ。もっとも、そもそもがあまり広くはないので、二人や三人といったところだろう。
「まず、誰か私のペンダントを持ってないかな?ダイヤルが付いてる金属のペンダントなんだけど」
自己紹介や説明よりも先に、彼女は僕らに訊いた。まるでそれが何よりも一番肝要なことであるかのように。言葉には棘々しさも怒りもなかったが、妙な強制力を感じた。
僕の左隣にいた千ヶ崎が、モゾモゾと動いているのが視界の端に映った。
千ヶ崎は一つのペンダントをポケットから取り出した。細い革の紐に、鈍く銀に光る半球状の物体が付いている。
「あの、これですか?」
「そう!それ!」
恐る恐る差し出す千ヶ崎からペンダントを受け取り、彼女は心底安堵したような表情を見せた。
「良かった……!」
ペンダントを胸元に寄せ、強く握りしめる。
その動作を見るだけで、彼女にとってそれがどれほど大切なものであるかが分かるような気がした。
「やっぱり、こうしていないと違和感あるね」
とペンダントを首から提げ、ペンダントの裏側を触っている。ダイヤルがあると言っていたから、それを弄っているのだろう。
「え?」
作業が終わるのを待っていると、謎の女性が声を上げた。
「どうして?」
それから焦ったようにペンダントを眺めたり、軽く叩いたりするが、どうにもならなかったようで、茫然自失といったような表情になる。
「どうしたの?」
中嶋先輩が尋ねると、彼女は力なく答えた。
「ごめんなさい。皆に迷惑をかけてしまうことになるわ。もしかしたら……」
状況が理解できないまま、ただ悲壮感だけが漂っていた。
やがて女性は意を決したように静かに、しかし力強く呟いた。
「……絶対に帰してみせる」
そして、気持ちを切り替えるようにパンと両の手で頬を叩き、彼女は話し始めた。
「さて、自己紹介からしましょうか。私は環。さっきはなぜか小っちゃくなっていたけれど、別に子供ってわけじゃないわ」
さっき?僕が寝ていた間のことだからだろうか。何のことか全く分からない。しかし、何人かには心当たりがあったようだ。
「あんたがさっきの子供!?」
「うん、そう」
「でも、たしかに言われてみると面影あるわ」
「そりゃあ本人だし。面影があるのは当たり前でしょ。あなた達だってそうでしょ?」
と、舞依先輩の方へ視線を向け、笑いかけた。
「私はね、このペンダントを使って世界を旅しているの」
「へー。世界一周ってやつっすか?」
と、千ヶ崎が反応する。大真面目に言っているのか、それとも冗談なのか。千ヶ崎の場合見分けがつかなくて困る。
「そういうことじゃなくて。なんて言ったらいいのかな。平行世界とか、パラレルワールドとか、そういうので伝わるかしら?」
「……じゃあ、俺達は元々居た世界とは違う世界に来てしまったっていうことなのかな?」
中嶋先輩は慌てるでもなく、環さんに聞き返す。
「そう。……ごめんなさい。あなた達まで巻き込んで異るはずじゃなかったんだけど……」
「ちょっと待って。『メグル』って?」
舞依先輩が訊く。
「ああ、別の世界に行くことを『異る』っていうの」
「環……さん。そのペンダントで私達が居た世界に戻れないのかしら?」
「環でいいわ、舞依ちゃん。他の皆も」
「ちゃん付けで呼ぶのはやめてくれないかしら」
「しょうがないでしょ。芽依ちゃんと姉妹なんだから、名字で呼ぶわけにもいかないし、呼び捨てにする間柄でもないでしょう?」
「……わかったわ」
「さっき、ペンダントを使って、君達がいた元の世界に異ろうとしたんだけど、動かないの。うんともすんとも言わない」
「壊れているんだったら、直せないかな?」
中嶋先輩の問いかけに、首を振る環さん。
「ごめんなさい。直し方はわからないの。私はこのペンダントを使ってはいるけれど、原理も構造も何一つ分からない。わかるのは操作方法だけ。むしろ今まで壊れなかったのが幸運だっただけなのかも。壊れるタイミングが最悪だけどね」
「……なあ、洸太」
隣にいた千ヶ崎が呟いた。
「もしかして俺ら、このまま帰れねえんじゃ……?」
声が微かに震えていた。すっかり僕より身長が高くなっている千ヶ崎だが、外見は大人になっても、中身は僕の良く知る、高校生の千ヶ崎のままなのだ。
「隠してもしょうがないだろうから、はっきり言ってしまうと」
声のトーンを落として環さんが言った。
「私は、あなた達を元の世界に帰すために全力を尽くすわ。それがあなた達を巻き込んでしまった私の責任だから。それでも、あなた達を元の世界に帰してあげることはできないかもしれない。この世界で生きていかなくちゃならないかもしれない。受け入れろとは言えないけれど、その可能性は、頭にいれておいてほしい。最初に君達が居た部屋とそこにあった物は、この世界での君達のものだから、しばらくはその部屋で過ごしてもらうことになると思う」
もう二度と家族にも、他の友人にも、先輩にも、会えないかもしれない。そんな状況に追い込まれているのだという恐怖──それをどう表現すればいいだろうか。
長い沈黙、誰も喋らなかった。
「皆、提案があるんだけど、いいかな」
視線が中嶋先輩に集まった。
「図書館に行くのはどうかな?この世界は俺達が暮らしていた世界と同じように感じるけど、ルールや常識とかが違っているかもしれない。期間はどうあれ、この世界でしばらく暮らさなきゃいけないから、そういったことは知っておいた方が良いと思うんだ」
なるほど。その通りだ。ただ、そもそも図書館がなかったらどうするんだろうか。中嶋先輩がそんなミスをするとは思えない。きっと、どこかにこの辺りの地図でもあったのだろう。
中嶋先輩が同意を求めるように全員を見回すと、環さんが反応した。
「なら、二手に分かれたらどうかな?全員この世界での身分があるはずだから、身分証みたいなものを探して、自分がどんな職業に就いているのかとか、そういうのを知っておいた方が良いと思う」
自分自身の身辺調査をすることになるとは、不思議な話だ。
「うん。それでいこう。俺は図書館に行ってくるから、舞依、俺のは任せていいかな」
「ええ、わかったわ」
「中嶋先輩、僕も行きます」
「わかった。洸太君も一緒に行こう」
「じゃあ洸太君の身辺調査は私がやっておくよ」
「ありがとう芽依さん」
「環ちゃんも来てもらっていいかな?」
「え、いや私は……」
「俺達には世界を異った経験がないから、環ちゃんに一緒にきてもらったら安心かなと思ったんだけど……」
「まあ、うん。わかった」
「舞依、環ちゃんの分も頼めるかな」
「わかったわ」
「じゃあ、解散。洸太君は支度が終わったらこの部屋に戻ってきてくれるかな」
「はい」
皆ぞろぞろと部屋を後にしていく。誰も喋らない重苦しい雰囲気が辛かった。そんな中でも、中嶋先輩はテキパキと指示を出していた。僕も暗くなってばかりはいられない。
部屋に戻って、急いでパジャマを着替え、靴下を履いて中嶋先輩の部屋に戻った。




