13
『洸太君。九時に俺の部屋に来てほしい。聞きたいことがある』
夕食を食べ、千ヶ崎と別れて部屋に戻り、1時間程経つと、携帯に中嶋先輩からそんなメールが届いていた。
僕から聞きたいこととは何だろうか。特に変わったことがあったとは思えないし、僕だけが持っている有益な情報があるようにも思えない。ましてや怒られるようなことをした覚えもない。
とりあえず『わかりました』とメールを返して、時間まで待機することにした。
メールで言われた通りに中嶋先輩の部屋に行くと、中嶋先輩の他に芽依さんがいた。環さんの姿はなかった。あえて席を外しているのだろうか。
「遅くにごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだ。今日、俺が務めてる高校の生徒が通り魔事件に巻き込まれたみたいで、その近くで二人の通っている明華高校の制服を着ている生徒が何人か目撃されてる。その場所と明華高校の距離は近くはないし、目撃された場所は住宅街だから、学生がたむろするような所じゃない。暴力事件について、二人は何か知らないかな?」
「通り魔──金目の物が盗られて、被害者は全員犯人の顔を覚えていないっていう事件ですか?」
「そう、それのこと。知ってるのかい?」
「壁新聞で見たくらいですけど」
横に座っている芽依さんを見ると、深刻そうな顔で俯いている。何か声を掛けようと思ったのと同時に、芽依さんが口を開いた。
「新井っていう人が犯人だと思う」
確信している。そんな口調だった。
「新井さん?」
「洸太君、知り合いなの?」
「うん、まあ。同じクラスだから」
「芽依ちゃん。どうして分かったんだい?……もしかして、超能力を使って知ったとか?」
芽依さんは無言で頷いた。
「学校のいろんな場所で超能力を使ってたら、裏門の茂みで……。五人くらいで昨日のアレもバレてなかったとか、盗んだお金をどう使おうかとか話してるのが聞こえて……。その中のリーダーみたいな人が、新井って呼ばれてた。怖くなってすぐにその場から離れちゃったから、他の人は名前も顔も分からない。ごめんなさい。もっとちゃんと聞いてれば……」
「十分だよ。ありがとう、芽依ちゃん」
芽依さんの超能力は、目視した場所で過去に起こった出来事を見ることができる能力だ。その五人も、誰にも聞かれていないのを確認して話してたのだろうけど、まさか未来から遡って聞かれるとは思わなかっただろう。
芽依さんがこんな状況で嘘を吐く人じゃないことを僕達はよく知っている。荒井姓の人が学園に何人いるかはわからないけど、もし、僕が今日会話をした荒井さんが犯人のうちの一人なら……。驚きもあるけど、何かが違っていれば僕も被害に遭っていたのかもしれないと思うとゾッとする。
「洸太君、新井さんの能力は分かる?」
「水を別の液体に変化させる能力です」
「そっか……。二人とも、他人の記憶を操作できたり、自分の姿を消すことができる能力を持っている人に心当たりはないかな?」
「すみません。まだ今日一日しかなかったので……」
「私も……」
「わかった。じゃあ、明日はそれとなくその超能力者を探してほしいんだけど、いいかな?」
「はい」
「うん」
「ありがとう。くれぐれも、危ないことはしないようにね。芽依ちゃんも、無理はしなくていいからね」
「うん」
「ありがとう。もう聞きたいことは終わったから、戻っていいよ」
「中嶋先輩」
一抹の不安が頭をよぎる。
有り得ない話ではない。もし、転校初日の僕にわざわざ話しかけてきたことに裏があるとしたら、それは何のためか──。
「もしかすると、次に狙われるのは僕かもしれません。今日、新井さんに話しかけられたのも、僕を次のターゲットにしようと思って話しかけたのかも……」、
「ああ、それは多分大丈夫だと思うよ」
中嶋先輩は微笑んだ。
「洸太君の能力だと、助けを呼ばれる可能性があるからね。能力か何かで眠らせてから襲うにしても、何か手違いが起こったら、助けを呼ばれてしまうかもしれないし。それを考えると、洸太君は襲われないよ。確かに洸太君に狙いをつけていたのかもしれないけど、洸太君の能力を知ったら諦めると思うよ。犯人は狡猾で慎重だから。実際、被害者は全員、能力が喧嘩向きじゃなく、逃走にも助けを呼ぶのにも使えない超能力を持っている人が、一人でいるときに襲われているんだ。まあ、用心するに越したことはないから、登下校は二人一緒にね。二人以上でいれば、大丈夫だから」
言われて、胸を撫でおろした。それでも狙われる可能性が完全に無くなったわけではないけども、十分に安心できる話だった。