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第2話

 まるで罪人のように、私は強引に部屋に戻された。

バタンと、わざと音を立てて乱暴に閉じられた扉。相変わらず、埃臭くて汚い部屋。とても、公爵家の娘が、ましてや貴族が使うような部屋ではない。

そんな部屋に、どうして住んでいるのか。

だって私は、公爵家のメイドに虐められているから。自分の主人、私のお父様が私を軽蔑しているから、メイド達は私を軽んじている。

さっき泣きすぎたのか、もう涙も出ない。今の私はきっと虚ろな瞳をしている。そんな虚ろな瞳で、私は薄汚い硬いベッドに座り込んだ。そして手をついた時、チクリと何かが刺さったような痛みが指の腹に走る。満足に暖も取れない薄い布切れ…布団をめくると、そこには銀色の針が置いてあった。

けれどこのベッドをわざわざ直してくれるような人はこの御屋敷にはいない。だから、メイドが置き忘れていったものではない。これは、"故意に"置かれた針だ。

私はメイドに虐められている。それは今に始まった事でもないし、こんなことも日常茶飯事だ。むしろ、今日はいい方かもしれない。だって酷い時には、靴に針を入れられることだってあるし、メイドの気分が悪い時はその針で直接私をつつくことだってあるのだから。

 最初の頃は優しかった。他のメイド達も公爵令嬢だからと失礼のないように丁寧に接してくれたし、私の専属になつたメイドだって、初めだけはとても優しく穏やかで、私のことを大切にしてくれた。

長くは続かなかったけれど。

私が5歳になっても1度も顔を出さなかったお父様、そんなお父様に、メイドは私の立場を学習したのか嫌がらせをするようになった。最初は私の言うことを無視したり、ものを隠されたりといった軽いもの。それに誰も気づかないと分かれば、どんどんエスカレートしていった。服で見えないところを抓られ、叩かれ、暴言を吐かれた。

『母親殺し』

『死んでしまえ』

『あんたが死んで奥様(私のお母様)が生きればよかったのに』

って。そう言われる度に、私は何度も何度も謝った。さっきみたいに跪いて、泣きながら、興味が削がれるまで許しを乞うの。


…けれどね、私はメイド達を、この家を、全てを嫌いにはなれなかった。

だって、この家までも嫌いになったら、いよいよ私の存在価値はなくなってしまうと思ったから。こんな私でも、めげずに頑張れば、頑張って頑張ってお父様やお兄様と、メイド達と交流すれば、いつかは私を見てくれるように、愛してくれるようになるって思ってた。だって、頑張るお姫様はいつだって苦労して、諦めずに頑張って幸せを勝ち取るんだって乳母に教えてもらったから。


 乳母は、唯一私を大切にしてくれた。

公爵に愛されず、いない子同然として扱われても、唯一変わらなかった人。その人はどうやらお母様のお友達で、亡くなる前にお母様から私を頼むって言われていたらしい。

その約束の通り、乳母はとても優しかった。私の体調を気遣ってくれて、メイドたちのいじめも追い払ってくれた。寝る前には本だって読んでくれたわ。

継母に虐められていたお姫様が、魔法使いに会って綺麗なドレスを着て、舞踏会で王子様に会うお話。

継母に毒林檎を食べさせられて眠ったお姫様が、王子様とキスして目覚める話。


他にも色んな話を聞かせてくれたけれど、最後にはお姫様が報われて幸せになるの。


なんて素敵な物語。私もそれに憧れて、何をされてもめげずに頑張ってきた。乳母が突然いなくなってからもそれだけを心に決めて生きてきた。

真冬、メイドに水をかけられて酷い風邪を引いた時も、大切にしていた乳母に買ってもらったドレスを破られて捨てられた時も、メイドにお母様の形見の指輪を隠されて、お母様の庭園の中を探していた時も。

めげずに頑張るって、そうすれば皆に愛されるようになるって。


 ふと、ドレスのポケットに入っていた指輪の存在を思い出して、その美しく輝く宝石を見る。お母様の形見の指輪。さっき濡れ衣を着せられた時、うっかり持ってきてしまったみたい。これでは本当に、私が盗んでしまったみたいだわ。

返しに行かなければならないのに、なんだかもう、無気力。

指輪は錆ひとつなく私の手の中で輝いていて、心做しか宝石が自分で光っているようにも見える。その宝石はやけに目を引くもので、私はただそれを見つめた。

なんだかもう、疲れた。

突然、そんな囁きが胸の中に広がる。

もう、無理かもしれない。

私は誰にも愛されない。努力したって何もない。


私の中で何かが次々に崩れ落ちていっている気がする。

プライドも、願いも、何もかも。


私は今、何のために生きているのかしら。もう眠ってしまっても、いいかしら。

誰も答えてくれない心の中で、私は自己催眠でもするかのように囁き続ける。

けれどその時、私ではない私そっくりの誰かが、答えてくれた気がした。


(あぁ、良かった。…おやすみなさい)


それを最後に、私の意識は途切れてしまった。

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