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To be, or Not to be


オブは人斬りだった。彼は森への道を辿っている。心が急き立てられ速足になっては、また到着を遅くする為に歩調を緩めた



彼が最初に人の命を奪ったのは、子供の時だった。あまりにも貧しく、僅かな食料を得る為に誰かを殺さねばならなかった。最初はそんな自分が嫌だったが、それしか方法が無いならば、それで良いと開き直った。それはこんな世界である事が悪いのだ


その頃に手に入れたのはナイフ。投げて正確に的に当たるようになると、それは大活躍した


それから、刃渡りが腕半分位の半月刀。思う所に刃を当てられるよう、その長さも含めて自分の腕であるかのよう、自在に刀を振る練習を何度もした。それで刀を振って操って見せると、相手をころさずとも、金や食べ物を置いて逃げて行ってくれる。その方が遥かに効率が良い


それから手に入れたのは、吊るすと腰から膝までの剣。金持ちの馬車を襲撃して入手した。これは凄い。その閃きはオブの心を捕らえた。吸い付けられるように目が離せなくなる。その斬れ味を試しに誰か斬ってみたくなる。周囲を見渡すが、護衛はとっくに主人を置いて逃げて行った

オブは既に瀕死の馬車の持ち主に留めを刺す。曇った叫び声と共に、彼は絶命した。此奴はどうせ領民に恨まれている領主の息子なのだ。何もせず税を搾り取るだけ。街は泥棒だらけで治安も悪い。そう言う俺も泥棒なのだが


オブはその戦利品を死んだ男の高級な服で血を拭い、鞘に納めて腰に下げた。これはなかなかどうして、格好良いじゃ無いか。馬車の中を漁り、立派な衣類を一揃い見つける。ちょっと腹がダボついて緩いが、帯を締めれば大した問題は無い。それから、有りっ丈の金をポケットに入れ、帽子を被ると、そこを離れた



だがその高価な服装は、同業者の目を引いた

山道を街に向かって降って行く最中に、盗賊の一団と出くわした

「おい、お前。命惜しければ金を置いて行け」

盗賊の(かしら)と思われる態度も体もでかい髭男がオブに脅しをかけて来る

つい先程自分が言ったのと変わらぬ台詞だ

オブはどんな時にも機はあると言う事をいつも信頼した。危機的な状況に思えた時にはいつも考えた。俺がいつか死ぬとしてもそれは今じゃあ無い。相手が多いから必ず負けるとは限らない。倒れてしまわない限りは、戦う相手は一対一なのだ。一斉に掛かると同士討ちになる恐れがある為、大概はそんな事はしない

オブは身構える

「試してみるか。これの斬れ味」

盗賊の頭が刀を抜くと同時に己の剣を抜く

これは礼儀だ。相手が本気なら、こっちも本気出す


髭男は斬りかかって来たが、身体が大きい所為か動きのキレが甘い。俺はすばしこいのが特技なんだ。オブは髭男の周りを回る。何度も斬りかかっては大振りするので、男は息を切らし始めた

「あれ、そんなもんなの」

オブが言うと、頭は周囲の部下に命じる

「お前ら見てないで手伝え!」

茫然と見ていた部下達は、掛かって来ようとするが、結局最初の読み通りに一人一人相対する事となる

オブが一人、二人、三人と斬り捨てると、もう後の者は飛び掛かるのを躊躇い、遠巻きにこちらをみるだけだ。その状況に業を煮やしたのか、頭が刀を振り上げて斬り掛かって来た

それを待っていたのだ

オブは直ぐに体勢を切り替えると、頭の刀の振りを避けて隙が大きく空いた横腹を一文字に斬り裂いた。髭男が倒れると、オブは剣の血をその髭男の衣類で拭い、呟く

「成る程、こんな感じか」


オブはその剣を検めるが、刃はこぼれておらず、相変わらず光を跳ね返した

「良いなあ。奇麗だ。しっくり来る」

まるで自分の腕の延長みたいに馴染む。この相棒とは相性が良い。これから末長く付き合えそうだ

オブが剣の感触に酔っていると、周囲を遠巻きに見ていた盗賊の子分達は、オブに向かってひれ伏す

「すまん!領主に差し出さんでくれ」

「見逃してくれたら礼をする」

彼らは口々に謝罪と助命を乞う

「ああ?俺は別に領主の回し者では無い。お前らの同業者だ。これも盗んだ物よ」

服を摘まむ

「そ、そうなのか…」

彼らは安心したのか、より一層不安になったのか動揺が走る


その内に一人が、恐らくこの一団の中で頭に次いで偉い地位に居たのだろう、口火を切った

「あのう、俺らは見ての通りに盗賊だが、あんたが(かしら)やっつけたんで…」

「うん、だから?俺もう街行って良い?それともまだやる?」

「いえいえ、俺らはあんたに新しい頭になって欲しいんで」

「え、俺が?」

周囲の者達は一様に頷く

「うんうん。一番強いのが頭なるもんだから」

「うーん…面倒くさいな。所帯多いと動き鈍るし…」

「頑張って着いて行くんで、どうか」

皆は精一杯に頭を下げて、其々礼を尽くしているつもりだ

オブは自分が強いとか思った事も無かった。いつも幸運で上手く逃げ延びたと思って、ただその日一日を生きているだけと思っていた

まあ、でもたまにはそう言うのも良いか


「わかった。でも俺の気が変わったらいつでも頭を降りても良いって事でどうだ」

「それで構わん。あんた名は」

「俺はオブだ。宜しく」

「俺はハシリだ。一応、取り纏め役だ。団の皆の事は先ずは俺に聞いてくれ」


ハシリは役に立つ男だった。賢いし、割と面倒見が良い。他の面々にも慕われている。二番目に強いからではなく、好かれてるから二番目だったのだ

次にどこ襲おうか調査する時も、ハシリが二、三人連れて行けば、大体欲しい情報が手に入る。前もって下調べすれば、自分らは安全に事を運べる


そんな風に、三軒ばかり盗みを働いた


教会を襲撃した時だ。神に仕えるという坊さんは、渋々金目の物を差し出したが、それを嬉々として懐に入れる盗賊達を見て恨めしそうに言った

「お前ら、神の家を襲って、必ず罰が(くだ)るからな」

オブは気に触った。ここにある金はこいつらが汗水垂らして稼いだ訳じゃ無いだろ

その汗水は、農夫とか商人とか、ここに通って来た人のものだ

「ふうん。あんたは善で、俺ら悪って事?神様はどうやってそれを判断するの。是非聞いてみたい。もし神様の見解が違ってたら、どうすんの?裁かれるのはあんたの方だよ…」

オブの抜き身の剣先が喉を撫でると坊さんは黙って蒼ざめ大量の冷や汗を垂らした


「まあ、もしそうだとしても、無闇に人をころすのは喜ばれはしないと思うわ」

その時、鈴のような甘美な響きがした

女の声だ。盗賊らは一斉に教会の入り口を振り返った。陽光を背に若い女が立っていた。彼女は恐れずに盗賊達が居る中に踏み込んで来る。手には籠を抱えている

「ご注文の薬草を届けに来たわ。はい、これ」

周囲の荒々しい男達には目もくれず、真っ直ぐ坊さんの前に立った。粉にした薬草の入った壺を坊さんに渡すと、籠から一枚の紙切れを出す

「処方はここに書いてあるわ。1日2回、朝晩煎じて飲んでね。それと言って置くけど」

彼女は坊さんのでっぷり突き出た腹を見る

「本気で治したいならば、食生活を改善した方が良いわね。肉と脂を減らして、お酒を断つと早く良くなると思うわ。お代下さる?」

女は手を開いて出すが、坊さんは震えながら盗賊の持つ袋を指差す

「そ、そそ、そいつらが…」


「いいえ、まだお持ちのようよ。貴方が神聖な場所としているあそこに隠しているわ。出して頂けるかしら」

女は神の像を祀った祭壇を指差した。坊さんは赤くなったり蒼くなったり忙しくしながら、祭壇に震える足取りで歩み寄り、台座についた隠し扉を開いてそこから小さめの箱を重そうに取り出す。箱を開けるとそこには金貨がぎっしり入っていた

坊さんが金貨を一掴み握って渡そうとするが、女は首を振った

「良いの、私は盗賊では無いわ。代金分だけ頂ければ良いのよ」

その中から金貨一枚を取る

「これでもちょっと多い位だけど、命助けるんだから構わないわよね」

それから、振り返って盗賊達を見渡すと言った

「ね、貴方達、折角私が薬草調合して救ったんだから、ころさないでね」


呆気に取られる男達を尻目に、女は入って来た戸口に向かう。盗賊の男の一人が声を荒げる

「おい、待てよ、このまま出られると思うのか」

「自分で入る事出来たんだから、自分で出られるわ。お構い無く。それとそのお金…」

女はオブの夜のような黒い目を真っ直ぐに見、新しく見つけた箱の金貨を指差し、言った

「貴方、汗水流して稼いだ人の物だと思うなら、その人達に返してあげたらどうかしら。または彼らの為に使うとか。気が向いたら、そうして頂戴」


オブはさっき俺口に出して言ったっけ、と記憶を思い返していた。第一なんでそれが俺とわかったんだ。金貨隠してあった場所もだ


全く歩調を緩めずに戸口に向かう女に、オブは駆け寄る

「待て、女。お前は誰だ。どこのもんだ」

「盗賊に名乗る名前は無いわよ。私は薬師なの。森に居るわ」

「どうして俺の考えわかった」

すると女はにっこりと微笑んでオブを見た

「わかるわ、貴方の思考は凄く強いもの。影響するわ…」

見惚れるような笑顔に、オブは動けず、そのまま女が教会から出て行くのを黙って見送ってしまった


はっと気付くと教会の扉が閉まる音だ

オブは坊さんに尋ねる

「誰だあの女」

「言ってた通り薬師で、森に住んでいるそうです。出先の市場で依頼をしたので、正確な場所は知りません。皆はただ薬師と呼んで、病気とか相談に」

「隠し場所はなんで知ってた」

「わかりません。私しか知らない筈です」

「そうか…これは教えてくれた礼だ」

オブは新しく発見した金貨の箱から一握りの金貨を取り出すと、坊さんの手に落とした。受け取り損ねた金貨がばらばらと床に転がった

「残りは、あいつの言う通りにする」


オブはその箱を抱えると、大股で出口に向かった

成り行きを見守っていた子分達も、慌てて後を追った



「本当にその金をあの女が言った通りにするのか」

「うん。あの女が言った事は一理ある。今日は充分に稼いだから構わないだろ」

「うう、まあそうですが…」

考えてみたら、沢山稼いでも、少なく稼いでも、使い切るまでの時間は同じに思えた



村に行ってどうやって持ち主に返すか考えるが、直に会って渡したらかえって怪しまれる。自分らのこの風貌だ。盗んだ金と思われるだろう。第一、誰に返すんだ…


考えた挙句、子分の一人にある家の外壁に立つよう言いつけた。その肩に登り、屋根に手をかけて上がる。そうして煙突に向かって一枚金貨を放り投げた。次の家もそうした。村中回って、各家の煙突の中に金貨を落とした。何もそんな事せずとも、と最初見守っていた子分達も、結局手伝って次々と煙突に金貨を投げた

金貨は暖炉の灰に、鍋のスープの中に、焼いていたパンの上に、或いは転がって傍で丸まっていた犬にぶつかった


村人は精霊がくれた恵みだと思い喜んだ


村中の家に配ったが、オブの手にはまだ金貨が一枚残っている

それでオブは森へ行き、黄色い茅葺きの、それ程大きくも無い家を見つけた。煙突には煙が立ち昇っている。多分これがあの薬師だと言う女の家だろう。凛とした物怖じしない態度と、最後に見た笑顔が、瞼に焼き付いて離れなかった。オブはその屋根に登り、金貨を投げ込んだ


薬師のレオノラは誰かが家の周辺には居るが入って来ない気配を感じていた。そして煮込んでいる鍋の中に金色の物が音を立てて落ちたのを見て、微笑んだ。あの人はなぜ盗賊なんてしているんだろう。本当はもっと大きな事を成せる器の筈なのに。彼の異国の血が混じっているに違いない顔立ちを思い浮かべた

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