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8・旅人の正体

暦上では春となりましたが、まだ寒い日が続きますね。

冬が大変だった分、私も春が楽しみです〜(ꈍᴗꈍ)✿


前回からかな〜り空いてしまいましたが、やっと更新出来ました(´;ω;`)

正直色々苦戦しましたが、最終話に向けて何とか書き進める事が出来て良かったです。

内容は重いですが、少しでも物語を楽しんで頂けたら嬉しいです(.❛ᴗ❛.)

 昨夜、マロウと別れ部屋に戻ると、泣き疲れたローレルはいつの間にか眠っていた。

 問題が解決したわけではないのだが、昨日までとは違い、心の中は随分と軽くなった。

 それもこれも、マロウに胸の内を聞いてもらった事で、ローレル自身の気持ちの整理がついたからだった。

「うわぁ。やっぱりあれだけ泣いたら、さすがに浮腫んでるよね」

 ブラシで髪を整えている間、鏡に映る自分の顔を見てローレルは苦笑いする。

 目の下が若干腫れているが、それくらいで済んだのは、マロウがくれた鎮静効果のある薬草パックのお陰だろう。

 そう言えば、マロウは元々整った顔立ちではあるものの……。羨ましい程の美肌の持ち主でもある。

 ローレルはプルプルの頬を突きながら、パックの作り方を教えてもらえないだろうかと考えた。


 ローレルがいつも通り朝食の準備に取り掛かると、バードックがキッチンにやって来た。いつもなら、バードックはまだ寝ている時間だ。

「姉ちゃん、おはよう」

「バードック、おはよう。眠れなかったの? あなた今日は学校だから、まだ休んでいて良いのに」

 ローレルがそう言うと、バードックは両手を腰に当ててローレルに向き直った。

「ぼくだって、姉ちゃん一人に全部背負わせるつもりは無いからね。自分で言ったんでしょ、皆でここを守るって」

「バードック……」

「姉ちゃんみたいには、まだ色んな事はこなせないけど、ぼくにも出来る事はあるよね? ……それに昨夜、マロウさんがハーブティーを淹れてくれたんだ。それを飲んだら、何だか眠くなってきたんだよ。ぐっすり寝たから大丈夫」

 隣に立つバードックのまだ幼さの残る笑顔を前に、ローレルは目覚めの紅茶を差し出す。

「ふふ、そう。バードック、あなたの事をとっても頼りにしているからね。じゃあ早速、この野菜を切ってもらおうかな」

 ローレルの言葉に、バードックは頷いて作業に取り掛かった。

 バードックなりに、様々な事を感じ取っている様だ。いつの間にか背も越されてしまい、随分頼もしくなったものだと若干の寂しさを感じながら、ローレルも朝食のパン作りを始める。

 ……どうやらマロウは、バードックの事もとても気にかけてくれていた様だ。彼の優しさに、ローレルは胸の奥が温かくなる思いだった。

「姉ちゃん。マロウさんって、ちょっと変な所もあるけど、良い人だよね」

「うん、そうだね」

「ずっと、ここに居てくれたらいいのにね」

 ポツリと零したバードックの言葉に、ローレルはパンを捏ねる手を止めた。

「……そうだね」

 再び手に力を込め、パン作りを再開する。

 ――マロウはいずれ、ここから去っていくだろう。そんなマロウにローレルが出来ることは、心を込めて食事を作ること位だ。

 美味しいと言ってくれるマロウに、もっと喜んでもらいたい。

 出来ればもう一度食べたいと、そう思ってもらえる位には。

 


 ******



 流行病に対する新薬が出来たらしい。

 王都から運ばれた新薬は、先ず症状のある患者から処方されていく。驚いた事に、クローブはこの薬を管理する責任者だった。

 その日朝食を食べ終えたクローブは、新薬の手配の為に慌ただしく出かけていった。

 ローレルは、この薬が流行り病に効果がある様にと、願わずにはいられなかった。


 ――正直言って、ローレルは父の担当薬師が苦手だ。

 母やローレルに対する視線だけでなく、そもそも意欲が無い様に見えるのだ。それでも、往診に来て父を見てもらっている手前、口が裂けてもそんな事は言えない。

 モヤモヤする感情を抑えつつ、ローレルは父の診察の様子を部屋の壁際で見守った。いつもよりも早い診察日だが、いよいよ父にも新薬が支給される番が来たのだ。

「……さて、今日の診察はこれで終了だ。いつもの飲み薬を処方しておくから、それを飲んで安静にしているように」

 診察を初めてから数分も経たぬうちに、薬師は何故か帰り支度を始めたので、ローレルは戸惑いを隠せなかった。

 さっさと廊下に出た薬師を追いかけ、ローレルも廊下に飛び出した。

「あのっ、薬は……、新薬は、処方して頂けないのでしょうか」

 玄関扉に手をかけようとする薬師に、ローレルがやっとの想いで呼び止めると、大きなため息と共にとんでもない答えが返ってきた。

「ああ、君にはとても言いにくい事だけど。お父さんの治療はこれ以上は出来ないんだ」

「えっ? ……それは、どういう事ですか……?」

 理解が追いつかなくて、戸惑いながら聞き返した。

「治療には、お金がかかる。君達には苦しいだろう? 新薬がどこまで効果があるのか分からないし、ここまで症状が進行していると治療は無駄なだけだ」

「そ、そんな」

 恐らくこの薬師は、母にも同じ事を言ったのだ。

 ローレルは何故あの時、母の様子がおかしかったのかを悟った。子供達に心配かけまいと、気丈に振る舞う母の顔が脳裏に焼きついている。

「……あなたからしたら、わたしの父は一患者でしかないのかもしれません。ですがわたしには、たった一人の父なんです。そんなに簡単には割り切れません」

 胸の内で煮えたぎる様な熱を必死に抑えながら、ローレルは考えた。

 ここで引き下がれない。ローレルは覚悟を決めて、頭を下げた。

「どうかお願いします! お金なら何とか工面しますから、父を治療してください!」

 悔しくて、悲しくて。深く頭を下げながら、ローレルは唇がワナワナと震えるのを止められなかった。

 惨めな気持ちになるのは、頭を下げているからではない。けれど、言い返す言葉は見つからなかった。

 薬師の言葉は絶対だ。彼等が助からないと言えば、治療しないと言えば、それまでだ。

 家族が出来る事は、これ以上苦しまぬようにと神に祈るのみ。

 ただローレルは、黙って受け入れるなんてしたくなかった。こんなふうに見捨てられるのは、納得出来ない。

 何もしなければそれまでだ。けれど少しでも可能性があるならば、後悔しない為にも、粘り強く立ち向かうしかない。

 神に委ねるのは、その先だと思った。


「……これ以上は、黙って見ていられないな」

 低く、怒りを孕んだような声に驚き顔を上げると、どこからやり取りを見ていたのだろうか、マロウがローレルを庇うように前に出た。

「治療する前に諦めてしまうのは、職務放棄している事と変わらないのではありませんか? それに薬師の役割は、完治させる事が全てでは無いはずです。……貴方は忘れてしまったのですか?」

 マロウの言葉が気に触ったのか、ムッとした表情で薬師は答えた。

「何だ君、失礼だな。薬師の事を分かったような口振りだが、他にも抱えている患者も居るし、こちらだって暇じゃないんだ」

「だからって、何もせずにいるのですか?」

「もうこれ以上、手の施しようがないと言っているんだ。だったら他の患者を診たほうが有益だろう」

 薬師の言葉に、ローレルは喉を掴まれた様に息が出来なくなる。

「そうですか。……でしたら、私が診ても問題ないですよね」

「は?」

「あなたが手を離すなら、私が引継ぎます」

 マロウがそう言いきると、その場はシンと静まりかえる。

 言葉の意味を把握するのに、ローレルがぼんやりとした頭でマロウの言葉を反すうしていると、宿にベルの音が鳴り響いた。

 開いた扉の方を見れば、息を切らしたジンジャーがそこに立っていた。

「ちょっと失礼するわ! マロウ、あんたのお望みのものが届いたわよ!」

「ああジンジャー、ありがとう。素晴らしいタイミングだよ」

「はあ、ったく、人使い荒いんだから!」

 息を整えながら、ジンジャーは手に持っていた書簡をマロウに突き出す。

 ロイヤルブルーの蝋印が押された、その書簡を受け取り封を解くと、ざっと中を読みマロウはうんと一つ頷いた。

「互いに受け持ちの患者に関して、極力口出ししないと言う暗黙のルールはありますが。これ以上黙認する事は出来ませんね」

 そう言いながら、胸のポケットから金色の懐中時計を取り出すと、書簡と共に薬師に見えるようにかざす。

 それを見た薬師は、眉間にシワを寄せてそれらを凝視した後、ギョッと目を見開いて仰け反る様に後ずさった。

「そ、それっ、それは……!」

 驚きを隠せない薬師を他所に、マロウは声高(こわだか)に宣言する。

「私はマロウ・エインズワース。カリム王国国王陛下より、黄金草を持つことを許された者。王国薬師連盟、最高責任者であるエルダー・ノックスに代わり、通告する」

「黄金草……ゴールデンケミスト……?」


 “ゴールデンケミスト”

 黄金草と言う、限られた薬師しか手にする事が出来ない、幻とも言われる薬草をモチーフとしている、金の懐中時計を持つ薬師。

 黄金草は希少さもさることながら、その薬効も随一で、一株あれば万病すらも治せると言い伝えられている。

 満月の日の夜明けに咲く花から、金色の綿毛が舞う様子はとても幻想的だ。

 奇跡の様な確率で運良く一株見つけられても、来年以降も同じ場所に繁殖する訳では無いので、確実に手に入る保証はない。それ故生態は謎に包まれており、未だに栽培技術は確立されていなかった。

 そんな幻の薬草を紋章に持つゴールデンケミストは、国内でも百人にも満たない、薬師の中でも最高位の称号を持つエリート中のエリートである。

 並の努力では到底体得出来ない程の知識と技術、そして対応力を認められ、五名の薬師からの推薦状をもらって初めて昇進試験へと進む。


「君は……去年確か二十三歳と言う若さで、最年少ゴールデンケミストになったと言う、あの青年か?」

 去年。言われてみれば、才能溢れる若き薬師の偉業は、国中で大々的なニュースとなっていた。

 確かに凄いとは思ったが、ローレルにとっては関わりのない事だと思ってとっくに忘れていた。

 ……そんなにも凄い人が目の前に居て、この宿で宿泊していたのかと思うと、今更になってソワソワと落ち着かない気持ちになる。ローレルは改めて、マロウの後ろ姿をまじまじと見つめた。

 マロウはコクリと頷くと、改めて薬師と向き合う。

「国王陛下は我々薬師に、一人でも多くの国民を救って欲しいと願われています。この薬を造った我々薬師も、少しでも早く患者に届いて欲しいと願って造りました」

 ジンジャーから受け取った書簡を薬師に手渡すと、内容を読むよう(うなが)した。

「この町の薬師達の現状を拝見させて頂きました。その調査報告書は一度王都の薬師連盟に報告した後、先程返信が届いた物です」

「これは……!」

 薬師は書簡に目を通すと、戸惑ったように書簡とマロウを交互に見た。

「判断は私に一任されています。町の現状とこれまでの貴方の行いも考慮して、貴方を免許停止処分、とさせて頂きます」

「は? …………わ、私が免許停止とは、一体どういう事だ!」

「心当たりはありますよね? この町の周辺は自然豊かで、土壌や山から流れる湧き水は素晴らしく、町の宝です。しかし本来なら薬草栽培に適した肥沃(ひよく)な土地であるにも関わらず、薬草畑の状態は良いとは言えません。……薬草の状態で、薬師の仕事に対する姿勢が表れるのだと、私は思います」

 希少な薬草は専門の商人から仕入れるが、旅の薬師でもない限り基本的に自ら管理するか、代わりに人を雇って畑を管理する事が多い。いずれにしても、自分で扱う薬草の状態を把握出来ていないのは問題だ。

 薬師が治療をするのに、薬草は欠かせない。

 最も必要な仕事道具の手入れを怠るなど、薬師としての在り方を問われるのも当然である。

「何より患者やその家族に向き合う姿勢が、私達薬師の真価が問われるのではないでしょうか。……真っ当な薬師なら、こんなに治療費を上乗せする事はないでしょう」

 マロウに父の治療費の明細書を見せてほしいと頼まれていたが、そういう事だったのかと納得した。

 父や他の患者の治療費は、目の前の薬師によって不正に水増しされていたのだ。その影響は、町の薬師全体にも及んでいた。……つまりは、町の薬師達が結託して水増ししていたと言うのだ。

「くっ。……この町の薬師を取りまとめているのは、この私だ。私が居なければ、困るのはここの町民達だぞ!」

 手元にある不正の証拠を前に言い逃れ出来ないと悟ったのか、薬師は苦し紛れにそう言い放った。それに耐えかねたジンジャーが、威嚇する様に食ってかかる。

「はぁ? ろくな治療もしないでふざけた事言ってんじゃないわよ! あんたが他の薬師達に圧力をかけて口封じしていた事も、こっちは知っているんだからね!」

 人命を助けるという崇高な仕事と、その行いに見合った価値が欲しい。

 もっと感謝され、尊敬されて、優越感を感じたい。そんな心の奥底に眠る欲望は、一度表面に出ると留まるところを知らず、次第に感覚を麻痺させる。

 初めは、軽い気持ちだったのかもしれない。

 しかし一度でも加担してしまえば、抜け出せない蟻地獄の様な物で。弱みを握られた薬師達は保身の為に、黙っているしか無かった。


「――薬師と言えど、私達が人の子である以上、間違える事もあります。出来ない事もある。それでも、最善を尽くす事は出来るはずです。そうは思いませんか」

 静まり返った宿のホールに、マロウの声が響く。

「貴方が守りたいものは何ですか? 自分のプライドですか? それとも……患者の未来ですか」  

 静かに、しかし重みのある言葉で問いかけるマロウの気迫に圧され、薬師はゴクリと音を立て唾を飲み込んだ。

「私はこの仕事に誇りを持っているからこそ、手を抜くつもりはないし、学ぶことを止めるつもりもない。それに私達に本当に必要なのは、ただ知識や技術を身につける事では無く、誰かを助けたいという気持ちではないのですか」


「心から誰かを助けたいと思ったから、この仕事を選んで、続けているのではないのですか」


 ローレルには、マロウの背中がとても大きく見えた。その後ろ姿に、言葉にならない感情が込み上げてくる。

 掴み所が無くて、時折少年の様な所はあるけれど。ローレルが感じたマロウの真実は、嘘では無かった。

 飄々としているようで、周りを良く見て気を配れる思いやりのある人。人の気持ちを察して、寄り添ってくれる優しい人。

 様々な感情が入り混じり、何だか胸が一杯で言葉にならない。

 ローレルは溢れてくるこの感情を抱きしめる様に、自然と胸の前で祈るように手を組んだ。


 この人は、今までどれだけ沢山の人の想いを背負って来たのだろうか。それはきっと、優しいものばかりではなかった筈だ。

 いくら薬師が敬われているからと言って、生命(いのち)の期限を変えられる訳では無い。時に心掻き乱される事も、暗い感情を向けられる事だってあるだろう。

 それでも誰かを助けたいという、マロウのその真っ直ぐな信念は、一体どこから来るのだろう。

「何が一番大切か、私達薬師は忘れてはならない。それが薬師の称号を持つ者の、最大の資格ではないでしょうか。――もう一度、一から薬師の心得を学び直してください」


 マロウと対立すると言う事は、王国薬師連盟の、ひいては国王に背くことになる。

 何より、己は何故薬師をしているのか。かつての(こころざし)は、もっと純粋に、誰かを助けたいと思ったからではなかったのか。

 薬師は観念したように、大きな溜め息をついてガクリと(こうべ)を垂れた。

話数を重ねる度に、どんどん増える文字数⋯⋯収まらなかったらどうしようw

そんな若干の心配はありますが、完結まで頑張りますので、お付き合い頂けると嬉しいです(◍•ᴗ•◍)


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