7・妖精の涙
新年、明けましておめでとうございます(◍•ᴗ•◍)
こうして私の作品が皆様の目に留まり、読んで頂ける場がある事を有り難く思います。
それぞれ色んな状況で、想いで生活していると思いますが、皆様にとって今年が明るく素敵な思い出多き一年と成りますよう、お祈り申し上げます。
私も今年はもっと沢山物語を書くぞと燃えています(ㆁωㆁ)
どうぞ今年も、お付き合い頂けると嬉しいです(◍•ᴗ•◍)
薬の支払いの為に、薬師のもとを訪ねていた母が帰った後、ローレルはどこか上の空の母が気になった。
「……ママ、何かあった? 顔色が悪いよ」
ローレルに声をかけられた途端、母はビクリと震えた。
「大丈夫、昨日あまりよく眠れなかっただけよ。……そうだローレル、これを皆に持っていってくれる?」
「うん、わかったわ」
母の様子が気になりつつも、ローレルはグースベリージャムとスコーン、紅茶を三人分トレーに乗せ、マロウ達の下へ運ぶ。お昼前に、ジンジャーは宿にやって来ていた。
「……ありえない! ほんっとに、ありえない!」
相当気が立っているのか、ジンジャーは拳でテーブルを叩いた。その衝撃で、カップから紅茶が零れている。
目が開ききらないクローブとマロウは、時折眠そうにあくびをして、ジンジャーの話しを聞いていた。どうやら二人は昨夜、遅くまで話し込んでいたらしい。
他のお客はすでに、帰り支度をしている時間だったのが幸いだ。ジンジャーの怒りは治まらず、益々ヒートアップしている様だった。
「いくら薬師の権限のが強いって言ってもね、あんた町長でしょうが! 何弱気になってんのよ!」
「まあまあ、そんなにカッカするなって。親父さんの気持ちも、分からなくはないだろ? 混乱の中、薬師と町民の間で板挟みで、町長も大変なんだよ」
「そこを何とかするのが町長の仕事でしょう!」
ジンジャーは、紅茶をグビッと一気に飲み干すと、勢い良く立ち上がった。
「こうなったら、じっとなんてして居られないわ! あたしが話をつけてやる!」
「まてまて! もっとやり方を考えるべきだろう。ほら、こういう時のアイディアを出すのは、マロウが得意だろ? 昨日二人で話したんだよ。書類の手配も済んだし、後は返事を待つだけだ」
今にも、何処かへ乗り込んで行きそうなジンジャーを上手くなだめつつ、クローブはマロウを仰いだ。マロウは紅茶を一口飲むと、両手を組んで考え込んでいるようだった。
「そうだな。こちらも準備を整えておかないといけないね。ジンジャー、君も頼んだよ」
「……わかったわよ。あ~でも、この待っている時間ってもどかしくて嫌よね」
ローレルが再度紅茶を淹れ直していると、キッチンの方から甲高い金属音と、何かが倒れる様な派手な音がした。
「…………何?」
音に驚いたローレルの手から、ティーポットが滑り落ちる。テーブルの上に紅茶を零してしまったが、ローレルは体が固まって動けずにいた。
マロウと目が合うと、彼は頷き立ち上がり、キッチンへ向かう。ローレルも何とか足を動かしてマロウの後に続いた。
今いる食堂は、カウンター越しにキッチンと繋がっている。そこに居たはずの母の姿が見えず、嫌な予感にローレルの胸の内はザワザワと波立った。
足早にキッチンへと向かうマロウと共に、ローレルが様子を見に行くと。
「ママ?」
そこには、驚き立ち尽くすバードック。そしてその傍らに、母が倒れていた。
――ローレルは、そこからの事を、良く覚えていない。
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「……過労だね。こればかりはきちんと体を休めて、回復するのを待つしかない」
倒れた母を、マロウは寝室まで運んでくれた。その際、ローレル達家族の置かれた状況を知ることとなった。
かつてを知っているだけに、変わり果てた父の姿を目の当たりにしたクローブとジンジャーは、息を呑んでいた。
「二人には、あたし達が付いているから心配要らないよ」
「ですが……」
「ま、確かに昨日会ったばっかりだから、頼みづらいと思うけどね。こういう時は人の好意に甘えてみるもんよ」
ジンジャーはそう言って、ローレルの肩を優しく叩いた。クローブも隣で頷いている。
「そうそう、世の中持ちつ持たれつだ。何でも言ってくれよ。出来る限りの事は手伝うからさ」
二人の優しさが、身に染みる。ローレルは、好意に甘える罪悪感を感じながらも、彼らに頼る事にした。
「……はい。両親の事、よろしくお願いします」
ローレルがジンジャーとクローブに頭を下げると、二人は頷いてくれた。ローレルとバードックが宿の仕事をこなしている間、両親についてくれている事となった。
目まぐるしくも一通りの仕事を終え、ローレルとバードック、マロウの三人はようやく一息ついた。夕食の時間はとうに過ぎている。
今日一日、マロウは宿の手伝いの傍ら、父に食事を運んで介抱の手伝いをしてくれたりと、とても手助けをしてくれていた。
「お疲れ様です。エインズワースさん、本当に色々と、ありがとうございます。慌ただしかったから、落ち着いて夕食を召し上がれなかったですよね、ごめんなさい」
「お疲れ様。僕は空いた時間で食事を頂いていたから、全く問題ないよ。それよりお腹空かないのかい? 君達夕食を食べていなかっただろう」
「……わたしは何だか、お腹が空かなくて」
「気を張っていたんだろう。だけど、明日の為にも、少しでも何か口に入れたほうが良いよ」
「そう、ですよね。ねえバードック、あなたも夕食食べなかったでしょう? スープだけでも…………バードック? どうかした?」
ローレルが話しかけると、ずっと黙って俯いていたバードックの目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
そこで初めて、今までずっと気丈に振舞っていた弟が、泣くのを我慢していた事に気がついた。
ローレルはたまらなくなって、バードックをギュッと抱きしめた。
「大丈夫よ、大丈夫だから。ママは休めば良くなるって」
「う……。姉、ちゃん」
「うん、心配いらないわ。びっくりしたよね。お姉ちゃん、バードックの気持ちに気づかなくてごめんね。……あったかいスープを飲んで、今日は早く休もう」
ローレルはバードックを抱きしめながら、まるで自分にも言い聞かせるように、再度大丈夫だと口にした。
二人で温かいスープを頂き、バードックが自室に戻るのを見送ると、ローレルは夜風に当たりに庭に出た。
ベンチに座り、ぼーっと物思いにふける。色々な事を考えてしまい、とても眠れそうにない。
人の気配を感じそちらを見やると、マグカップを二つ持ったマロウが声をかけてきた。
「カモミールティーを淹れたんだ。少しは気持ちも落ち着くと思うよ」
目の前に差し出されたマグカップから、ふんわりと優しく甘い匂いがする。ローレルは、マロウを見上げてお礼を伝えた。
「いい匂い……。ありがとうございます」
「カモミールティーはミルクを入れても美味しいよね。僕も、リラックスしたい時に良く飲むんだ」
ローレルがマグカップを受け取ると、マロウもローレルの隣に腰を降ろす。何となく会話が途切れ、二人の間に静寂が訪れる。
その静寂を先に破ったのは、マロウの方だった。
「ずっと、気になっていたんだ。君は何故そんなにも、気を張っているんだろうって。そうならざるを得ない状況だったんだね。……この町の現状も、思ったよりも深刻だった。そんな中で、本当によくここまで耐えてきたね」
カップを脇に置くと、ローレルは手元を見つめてポツリとつぶやいた。
「……いいえ。わたし、何も出来ていないんです。全然役にたてていないんです」
「そんな事ない。君の両親もバードック君も、とても君を信頼して頼りにしていると思うよ。……実際君は、よくやっているよ」
ローレルはブンブンと頭を振って、マロウの言葉を否定した。
「……バードックは、あの子はしっかり者だけど、本当はもっと甘えたり、わがままも言いたいはずなのに、今までたくさん我慢させてしまったんです。わたしは誰よりも近くであの子を見てきたのに、不安そうにしていた事も知っていたのに。わたしがもっとしっかりしていれば、ママは倒れたりしなかったのに!」
ローレルは、息つく間もなくまくし立てた。知らず握りしめた手が、ブルブルと震えている。
マロウは取り乱したローレルの手を取り、包み込むように両手で握った。
「そんなに自分を責めなくて良いんだよ。両親も、バードック君も……それに君だって、たくさん頑張ってきたんだろう?」
「……わたしは、わたしは……」
繋がれた手が、ローレルの心を少しだけ落ち着かせる。浅い呼吸のまま、ローレルは言葉を吐き出した。
「だって、わたしには、やるべき事があるから……。わたしがもっと、頑張らないと」
「君は自分で思っているより、ずっと頑張りやさんだよ。責任感が強くて優しいのは君の長所だけれど、何でも自分の内に抱え込んでしまっては、いつか君自身も壊れてしまう」
「でも、ここで休む訳にはいかないんです! わたしが皆を、この場所を守らないと!」
父にも母にも、頼ることは出来ない。弟だって、自分が守っていかなければならない。今ここを耐えられるかどうかは、自分にかかっているのだ。
この宿を、家族を守りたい。だけど、一人ではどうしたら良いのかわからない。
ローレルは自分の足元がグラグラと揺れる様に、不安定だと感じた。
繋がれた手が、かろうじてローレルの頭を冷静に保っている。でなければ、きっと今以上に取り乱していただろう。
――誰に、この想いを打ち明けたら良いのだろう。皆、自分の事で精一杯で、一体誰に頼れば良いのだろう。
結局全ては、自分で解決するしかないのだろうか。何が最善かも分からない。
考えるべき事や問題が山積みなのに、この生活がいつまで続くのか、先が視えなくて怖い。
本当は、誰かに聞いてもらいたくて、誰かに寄り添ってもらいたくて。
不安で……心細くてたまらない。
「そんなに独りで、沢山抱え込まなくてもいいんだよ。君だって、我慢しなくていいんだ。辛かったら辛いって言ってもいいし……泣いても、いいんだよ」
ローレルがマロウを見上げると、ブルーグレーの瞳がローレルを見つめていた。
――彼を、信じてもいいのだろうか。受け入れてくれるだろうか。
穏やかなその目に、ローレルは少し迷って……思い切って、気持ちを打ち明けた。
「……もしかしたら、パパが……居なくなってしまうかもしれないなんて、考えてしまうんです」
うつむき呟くローレルの話しを、しっかりと手を握りながら、マロウは静かに聞いていた。一度口にしてしまったら、ローレルにも胸の内から溢れ出る感情を止められなかった。
「そんな事、本当は考えたくないのに、考えてしまうんです。だって、日に日に弱っていくパパを見ていると、本当にそうなってしまいそうで。ママだって、倒れる程無理していたなんて」
こうなる前に、もっと自分に出来ることがあったのではないか。ローレルは、今更そんな事を考えている自分に腹が立った。
「わたし達、これからどうなっちゃうのかな。もう前みたいに、皆でご飯を食べたり、話すことも出来ないのかな。……わたしにはもう出来ることは無いの? だけどわたしには、わたしの力だけじゃ、これ以上何も出来ない。……パパが居なくなっちゃうなんて、やだよ。恐いよ……」
いざ想いを口にすると、ローレル自身、何を言いたいのか考えがまとまらない。
それでも、想いを口にせずにはいられなかった。
「……大丈夫、君は独りじゃない。君が助けを求めれば、手を差し伸べてくれる人は、何処かに必ずいる。……今君の目の前にいる僕も、君の力になるよ」
マロウの言葉に、ローレルの目から、涙がホロリと零れた。
家族にも、誰にも言えなかった想いを、マロウは気付き受け止めてくれた。それはギリギリの所で心を保っていた、ローレルにとって必要な言葉だった。
一度溢れ出た涙は、拭っても拭っても、止めどなく零れ落ちてゆく。
鼻の奥がツーンとして、喉が詰まったように苦しくなる。迫り上がってくる嗚咽を、どうしても止めることはできなかった。
ぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙は地面に跡を残し、次々と吸い込まれて消えてゆく。
「……抱き締めても、良いかな?」
「…………へっ?」
予期せぬマロウの言葉に、ローレルは思わず声が裏返った。
「情けないけどこういう時、どうしたら良いのかわからないんだ。だけど、その、泣いている君を放おっておけない。……あ、ごめん。嫌なら、触れないから」
滲んだ視界のままマロウを見上げると、少し困った様な、心配そうな表情でローレルを見ている。
思わずローレルは、縋るようにマロウに手を延ばした。
すると、マロウに壊れ物を扱うかのように、優しく抱き締められる。大丈夫と言う様に背中を擦られ、ローレルは益々涙が止まらなかった。こんなにも泣いたのは、初めてかもしれない。
本当は、こんなにぐしゃぐしゃな顔は、見られたくなかったのに。
本当は、こんなに心の奥深くまでさらけ出すつもりはなかったのに。
だけど、だけど本当は、マロウがこうして話しを聞いて、寄り添ってくれている事が、何よりも嬉しい。
彼は旅人だ。いずれは在るべき場所へ帰ってしまう。
ローレルの側からから、去って、しまうのに。
それでもマロウが今、ここに居てくれて良かった。
マロウに出会えて本当に良かったと、ローレルは心からそう思った。
ひとしきり泣いたローレルが身じろぎすると、自然と二人の間に隙間が出来る。
それを少し寂しいと感じながら、ローレルは何とか涙を拭うと、浮かんできた疑問をマロウに問うた。
「……あなたは、なぜこんなにも、私達に親切にしてくださるのですか?」
ローレルの問いかけに、マロウはどこか遠く、庭の向こうの暗闇を観ながら、静かに答えた。
「君達家族が、昔の自分と重なって見えたから、かな」
「……それは、どういう……」
過去に想いを馳せるような、マロウの少し淋しげな横顔に、ローレルはそれ以上何も聞けなかった。
普段の姿からは見えないが、もしかしたらマロウも、何かを抱えているのかもしれない。心が締め付けられるような想いを、した事があるのかもしれない。
――いつかは、自分にも打ち明けてくれる時が来るだろうか。……その時は、今度は自分が寄り添って、癒してあげられたら良いのに。
ローレルは、マロウの横顔を見つめながら、そう願わずにはいられなかった。
少しの沈默の後、マロウはローレルの方を見て、穏やかな声で伝えた。
「……お父さんは、ちゃんと良くなるよ。そう、信じよう」
マロウはそう言って励ましてくれるが、確証がないローレルは素直にうなずけない。
そんなローレルに、マロウは少し考えてから天に手をかざすと、夜空を見上げて言った。
「きっと、大丈夫。……そうだな……。あの星々に誓おう」
ローレルもつられて夜空を見上げると、ぼやけた視界の先には――星々が輝いている。
どうしてだろう。なんだかマロウに言われると、本当に父は大丈夫なのだと、不思議とそんな気がしてくる。
彼の言葉を信じてみたいと、ローレルは思った。
「……ふふっ。あなたって、ロマンチストなのね」
ローレルの素直な言葉に、マロウは頬を赤くしながら、照れたように笑った。
「うーん、自分でも知らなかったけど、どうやらそうみたいだ」
「あはは、なにそれ」
そんなマロウを見て、ローレルも赤く泣き腫らした目を細めて笑う。
見つめ合って、微笑んだ互いの表情が、とても自然で。……確かに、二人の心が近付いたと、そう感じた。
気づけば涙は、いつの間にか止まっていた。
この物語を思いついた時、この星空のシーンが一番初めに浮かびました。なのでここまで書けて感無量です(;∀;)
まだまだ未熟で言葉にするのは難しい事もありますが、伝わると嬉しいです(。・ω・。)ノ♡
さて、次回は遂にあの人の正体が明らかに!?
どうぞよろしくお願いします(◍•ᴗ•◍)