6・乙女心と恋心
読んで頂きありがとうございます!
今年中の更新はもしかしたら最後になってしまいそうですが、後残り3話程の予定です。何とかここまで書き進める事が出来ました!
ここまで読んでくれている方どれだけ居るかな(・_・;)
来年に持ち越しですが、引き続きよろしくお願いします(◍•ᴗ•◍)
勢いよく玄関扉が開くと、扉に取り付けてあるベルがガランゴロンと鳴り響く。
ローレルとマロウが揃ってそちらを見ると、スラリとスタイルの良い、長髪の美女が馬車を背に仁王立ちしていた。
「やあっと着いた! あーもう、お尻痛ーい!」
「ジンジャー、ちょっと待てって」
後ろから三十代前後と思われる、短髪で背の高いガッチリとした身体つきの男性が、パンパンに膨らんだ旅行鞄を2つ抱えやって来た。逞しい体格の割に、少し垂れ目で優しげな、どこか見覚えのある顔立ちが父の親友を彷彿させる。
この二人が例の友人なのだろう。マロウは二人に近づきながら声をかけた。
「二人ともお疲れ様。夕飯は用意してもらってあるから、それまで少し休んでいると良いよ。……それにしても、ジンジャー。君は先ず、他に行く所があるんじゃないのかい?」
「何よ、あたしが何処にいたってそんなのあたしの勝手でしょ。そんな事より、お腹空いた!」
ジンジャーと呼ばれた女性は、マロウの問いかけを気怠そうに流すと、サラサラの髪を豪快にかき上げた。
「……すまん、マロウ。俺じゃ止められなかった」
「……大丈夫。想定内だよ」
男性が力及ばずと言った様子で項垂れているのを、マロウは労わるように男性の肩をポンポンと叩き、荷物を一つ受け取った。
「長旅お疲れ様です。本日はこちらの宿にお越し頂き、ありがとうございます。夕食をお二人様と、宿泊がお一人様と伺っておりますが、よろしいでしょうか?」
ローレルが三人の様子を伺いながら話しかけると、ジンジャーが真っ先に反応した。
「はあっ!? 何あんた、あたしの部屋頼んでなかったわけ? まったく、気が利かないわね!」
「君は帰る家があるだろう。いい加減すねてないで、両親と仲直りしたらどうだい。二人とも、とても心配していたよ」
「うっさい! それこそ余計なお世話よ!」
ジンジャーはマロウを睨みつけるが、当のマロウはその視線をサラッと受け流した。
着いて早々に始まった二人のやり取りを前にローレルが困惑していると、横から助け舟が入った。
「こらこら、こちらのお嬢さんが困っているじゃないか。……騒がしくしてすまない。俺はクローブ・ホーソンって言うんだ。君達家族には、いつも兄貴が世話になってるね」
クローブと言ったその人は垂れ目を更に下げて、ローレルに微笑みかけた。親しみの籠もった声と優しげな表情に、人の良さが滲み出ている。
「はじめまして、ローレルです。こちらこそ、いつもホーソンさんに王都のお話を聞かせてもらうのを楽しみにしているんです。今はお忙しい様でお会いできないのは残念ですが、こうして弟さんにもお会い出来て嬉しいです。ホーソンさんはお変わり無いですか?」
「ここに来る前に久々に会ったら、若干やつれてはいたけど元気だったよ。兄貴も、君達家族に会いたがっていたんだけど。例の流行病の件で、色々と仕事に追われているみたいだ」
「そうでしたか。……お元気でしたら良かったです」
ホーソンは王宮の書記官で、日々国王の下で書類作成等の業務に追われている。仕事内容や王の身の回りについては口外出来ないが、それ以外の宮廷の食事や王都の流行等、いつも面白可笑しく教えてくれるのだった。
憧れの王都にローレルもいつかは行ってみたいと思っているが、まだまだ先の話になりそうだ。
「君の両親とは、俺たち家族が王都に越す前からの知り合いなんだ。俺は兄貴と歳が離れていたけど、お父さんはいつも俺のことを気にかけてくれてね。よく皆で一緒に遊んだんだよ。……俺で良ければ、何か力になれれば良いんだが」
母がホーソン宛に書いた手紙には、町と父の現状が記されており、重要な仕事に就くホーソンには当分町に来ないで欲しいと伝えていた。どのみち多忙な為に、来れそうにはないようだ。
恐らく、クローブは兄から大まかな話を聞いているのだろう。後半はローレルを気遣うように声を潜めた。
ローレルが何と言葉を返そうかとためらった所で、目の前からぐうぅ〜と大きな音が鳴った。沈黙と共に、皆の視線がクローブに集中する。
ほんのりと耳の赤いクローブに、マロウはクスリと笑いながらさり気なく助け舟を出した。
「二人とも空腹の様だから、話は夕食が終わってからにしようか」
「そうですね。あの、皆さん食事は直ぐにご用意出来ますから、どうぞ座って下さい」
「……ははは、どうやら昼飯が少なかったみたいだ。そうしてもらえると助かるよ」
ローレルが皆に声をかけると、ジンジャーはローレルの目の前に立ち、じっとこちらを見つめてきた。
ジンジャーから、フワリと花の良い香りがする。華やかで迫力のある美人に間近で見つめられ、ローレルは何だかドキドキした。
「……これはまた、別嬪に育ったわね。マートルにそっくりじゃない!」
「えっと……?」
マートルとは、ローレルの母の名だ。どうやら母の知り合いらしいが、ローレルはこんなに目を引く美人を知らない。
「あの、母のお知り合いの方でしょうか?」
「あー、あたし達が会ったのも、あんたがこーんな小さい頃だもんねぇ。昔一緒に遊んだの、覚えてないか。あたし、ここの町長の娘。町にいた頃はさ、近所の家のお姉さんだったマートルに、良く遊んでもらってたの。んで、あんたの父さんとはマートルを取り合ってた仲だったわけ」
第一印象でジンジャーはきつい性格なのかと思ったが、どうやらそんな事は無いようだ。両親の話しをするジンジャーは、ローレルに向けて爽やかに笑いかけてきた。
自分ともそんな接点があったのかと、驚きからローレルは目を丸くする。
「ジンジャーはな、昔っからこんななんだよ。田舎は嫌だって駄々捏ねて、両親と大喧嘩して家を飛び出したんだ。跳ねっ返り娘って奴だな」
「しょうがないじゃない。古臭い考えばっか押し付けて来て、窮屈なのよ。あたしがどう生きるかは自分で決めるし。ほら、それより夕食食べよ! お腹ペコペコで、もうあたし限界!」
正に、竹を割ったような性格とはこの事だろうか。さっぱりとした性格のジンジャーと、朗らかな性格のクローブは良いコンビの様だ。
皆を食堂に案内し、ジンジャーとクローブは母と数年ぶりの再会を果たした。ジンジャーと母の手を取り合ってはしゃぐ様子に、ローレルも何だか嬉しくなる。こんな姿の母を見るのはとても久しぶりだった。
キッチンに入り、ローレルと母は夕食の準備に取り掛かる。食堂の方からは、ワイワイと賑やかな話し声が聞こえてきた。
内容は分からなくとも、時折聞こえる和やかな笑い声が彼らの仲を物語っている。
友人ならば、きっと深い話もするだろう。自分の立場では筋違いと知りながら、ローレルは胸の内がモヤモヤするのを感じた。
ローレルは手を洗いながら、目の前の鏡に映り込む自分の姿をまじまじと見た。そこには、どこか自信無さげに佇む少女が映っている。母に似ている筈なのに、何だか自分の姿がぼやけて見えた。
ローレルはササッと身なりを整えて精一杯の笑顔を造ったものの……余りにも下手くそで引きつった笑顔に、大きな溜め息をついた。
「はぁ……」
「何か手伝うよ。これを運べば良いのかな?」
突然後ろからマロウに話しかけられ、ローレルは驚きから跳び上がりそうになった。今のを見られてはいなかっただろうか。
「あ、ありがとうございます。後は温めるだけですから、皆さんと一緒に座ってお待ちになって下さい」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
カトラリーを手にしたマロウに微笑みかけられたが、ローレルは慌てて目を反らしてしまった。
火傷の一件から、何だかそわそわして落ち着かない。あんなに家族以外の異性に近付いたのは、初めてだった。
自然体で居なければと思えば思うほど、マロウの事を意識してしまう。思考と感情が上手くコントロール出来ない。
ローレルは器を並べながら、自然とマロウの後ろ姿を目で追っていた。無意識に、すでに何度目かもわからない溜め息が溢れた。
恐らく、マロウは知人として好意的に思ってくれている、と思う。でもそれだけだ。
マロウは……何が好きで、これまで何を見てきたのか。何を思って、どんな風に生きて来たのだろうか。
たったの、二週間。
それでも共に過ごすうちに、もっと知りたい、もっと話したい気持ちと、困らせたくない、傷つきたくないという気持ちがごちゃ混ぜになって、胸の内で渦巻いている。
ローレルは、自分の中でそんな感情が出でてきたことに驚いた。
これが恋愛感情なのか、ただの執着なのか、マロウに対する自分の気持ちが良く分からないのだ。
ローレルは黙っていれば母似なので、どうやら異性はその外見に惹かれるらしい。ただローレルとしては、見た目だけで判断されるのは非常に不本意だった。
本当の自分を見てもらえないのは悲しいし、人から良く見られたくて自分らしくいられないのは、虚しいだけだと思うから。
外見だけじゃなく、良い所も悪い所も受け入れてもらえなければ意味がない。お互いに、欠けた部分を補い合って、心を許しあえなければ意味がない。
だからなおさらに、ローレルは自分がマロウに惹かれる事が信じられなかった。
自分が一目惚れなんて、あり得ないと思っていたのに。
今だって、本当のマロウはどんな人なのか、まして自分の事をどう思っているのか、わからない事ばかりだ。それに父の事や今後の事、もっと他に気にすべき事があるはずなのに。
……なのに、どうしてだろう。どうしてこんなにも、心がザワザワするのだろう。こんなにも、切なくなるのだろう。
自分の事なのに、自分の気持ちがわからない。ローレルは、何だか無性に泣きたい気持ちになった。
空室はまだあるのだが、結局ジンジャーは実家に帰る事にした様だ。マロウとクローブも部屋に入り、それぞれ思い思いの時間になった。
今日の仕事を終えたローレルは、ミルクたっぷりのホットココアの入ったマグカップを三つ、テーブルに置いた。座って自分もココアを飲みながら、何だか色々あった一日だったと一息つく。
「ローレル、バードック。二人に大事な話しがあるの」
ローレルの向かい側に座った母は、そう言って固く手を握った。真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、バードックがゴクリと唾を飲む。
母も緊張したように二人を見据えて話しだした。
「ローレルもバードックも、毎日本当によく頑張ってくれているわ。二人ともパパとママの為に、沢山苦労させちゃっているわね。だけどこのまま無理をしていては、何時までも続かない。宿屋はもう、限界かもしれないわ。……だから、宿を畳もうと思っているの」
静まり返った部屋に、時計の音だけが響く。ローレルもバードックも、言葉が出てこなかった。二人とも、ただ母の次の言葉を待っていた。
「ママは料理ならちょっぴり自信があるから、これからは食堂としてやっていこうと思っているの。食堂ならママでも回せるから、これ以上あなた達に負担がかからない様に出来るわ。……二人とも、どう、かしら」
母は二人の様子を伺うように、問いかけた。
母の意見は正しいと頭ではわかっているのだが、ローレルは直ぐに頷けなかった。……気持ちの整理が必要だ。
少しの沈默の後、先に口を開いたのはバードックだった。
「ねえママ、ぼくパパの分までもっと頑張るから、宿屋は辞めないでよ。……この宿は、パパとの思い出の場所なんでしょ?」
この宿屋は、自分達が生まれ育った町の素晴らしさを、沢山の人に知ってもらいたいと両親が造った場所だ。
きっとバードックも母の想いをわかっては居ても、言わずには居られなかったのだろう。
バードックの切なる願いを聞いて、母の顔が泣き出しそうに歪んだ。
確かに大変な事はあるけれど、ローレルとバードックの生まれ育った場所だ。姉弟にとって、沢山の思い出の詰まった宿なのだ。……そして、それは母にとっても同じ。
きっと、独りで沢山考えたのだろう。そう思うと、それ以上ローレルは反対などできなかった。
ローレルは静かにバードックを見つめた。バードックも、ローレルの視線を感じて見つめ返してくる。言葉を介さなくても、優しく聡い弟ならローレルの意思を解ってくれると思った。
「……わかったわ。ママがそう、決めたのなら。だけどママ、わたしたち苦労だなんて思ってないよ。この宿が好きで、お客さんの笑顔を見るのが好き。……だから例え食堂になっても、ママを手伝うよ。皆で協力してこの場所を守っていこうよ!」
「そ、そうだよね! 宿屋はいつかまた、再開出来る日が来るよね。それまでは皆で食堂を盛り上げよう! ねえ二人とも、ぼくにももっと、料理を教えてね!」
「ローレル、バードック。……ありがとう……」
姉弟のそれぞれの言葉に、ついに母の涙腺が緩んだ。ローレルとバードックは揃って立ち上がり、互いに母を抱きしめる。
家族の絆が硬く結ばれている限り、自分達はきっと困難も乗り越えられるだろう。
ローレルは弟ごと母を抱きしめながら、この大切な居場所を守り抜くと、心に誓った。
一年も、残り僅かとなりました。色々な事があった一年でしたが、皆さんはどんな一年でしたでしょうか?
私も地震にあったり、仕事で突然大きな変化があったり、その他色々ありました。
落ち着かない一年ではありましたが、あっという間に過ぎてしまいびっくりです(・o・;)
ちょっと早いですが、良い年の瀬&新年をお過ごし下さい(^^)