5・料理の腕前
急激に寒くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか?読んで頂きありがとうございます(^^)
紛らわしいわと思う方もいらっしゃると思いますが、私も作中でキャラの名前をハーブからとった事に、今更後悔しています(笑)
実はだいぶ昔に考えていた作品でして、名前は気に入っていたのでそのまま採用したらこんな事に(;∀;)
一話投稿してから気づいて、まあ何とかなるかな?と思ったのですが……「ローレルがローレルを」的な共◯いにならないよう気をつけておりますのでご安心?下さい(;^ω^)
朝一番に仕入れた新鮮な魚を、一尾ずつ丁寧に鱗を削っていく。次に頭を落とし、腹に切れ込みを入れたら内臓を掻き出す。良く水洗いをして血合いを洗い流したら水気を拭き取り、骨に沿って包丁を入れ、身と骨を切り離す。天地をひっくり返して同様に身と骨を切り離せば、3枚おろしの出来上がりだ。
「…………もうっ! そんなにじっと見られると気が散るんですけど!」
「いやぁ、見事な包丁さばきだと思ってね。骨に身が殆ど残っていないじゃないか。素晴らしい!」
「そ、そうですか?」
褒められて嬉しいような、あまり嬉しくないような。気になる人に尊敬の眼差しで、魚の捌き方を絶讃されるとは思わなかった。ここは喜ぶべきなのだろうかと、ローレルはゴロゴロと転がった魚の頭と、積み重なった骨を前に困惑した。
カウンター越しにキッチンの様子を眺めるマロウだが、実は昨夜、衛兵と共に帰宅した事でローレルと母を大いに驚かせた。
何でも、薬師の家の周囲をウロウロしていたとかで通報されたらしい。二人の衛兵に脇に抱えられ、身元確認を要求されたローレル達に、眉を下げ助けを求めてきた。
仕込みの途中だったローレルはおたまを片手に、何事かと表に飛び出したが、そんなマロウの姿に脱力したのだった。
その為本日は外出禁止と言うことで、しばらく部屋で本を読んでいたのだが、それも読み終わり現在は暇を持て余しているようだ。カウンター前のスツールに座り、使い込まれた薬草の本を手にローレル達の作業風景を眺めている。
ローレルは手を洗いながら、マロウに昨夜の出来事について話をふった。
「ところで、昨夜の件はもう大丈夫なのですか?」
「君達のお陰で助かったよ。それにしても、少し畑を見ていただけなのに、この町の薬師は神経質だね」
「あなたの少しは少しじゃないんです!」
なにせマロウには異臭騒ぎという前科がある。やはりあの謎の液体の強烈な臭いに、他のお客から苦情がきたのだった。
「まったく、通報されるだなんて一体何をしたのですか?」
「昨日も言った通り何もしてないさ。ただ、薬草があまり良い状態ではなかったから、近くで見ようと思っただけなんだけどね」
「敷地内には、入ってはいないのですよね?」
「………………、うん」
なんだ今の間は。ローレルは疑いの眼差しでマロウを見た。……目が、泳いでいる。
疑われていると気付いたマロウは、大きく手を振りながら慌てて弁解をした。
「いやあの、本当に入っていないし何もしてないよ? ただ、ペンを落としてしまってね。大事な物だから、少し手を伸ばしただけなんだ。だから、入っては、いない」
そう言う割には、目はそらされ何だかそわそわしている様に見える。ローレルはその様子にむくむくといたずら心が湧き、追求せずにはいられなかった。
「……本当に?」
「…………一瞬だけ、入った、かも」
そう言うマロウは、項垂れてどこか叱られた少年の様だ。ローレルより8つも歳上なのに、まるでローレルが母親の様で何だか可笑しい。
「ふふっ、あはは! エインズワースさん、あなた嘘が下手ですね。バレバレですよ」
「正直者と言ってくれないかな。それに、一瞬なんて入った内にならないじゃないか」
「でも、入ったんですよね?」
「……君も中々言うよね」
不満そうに口を尖らせたマロウの少し拗ねた様な表情に、ローレルは益々笑みがこぼれた。
「うふふ、二人は仲良しねぇ」
母は魚を捌きながら、ローレルの隣でそんな二人のやりとりをにこやかに聞いていた。
母から見れば、自分達は仲が良く見えるのだろうか。ローレルは嬉しいような……寂しいような、複雑な気持ちになった。
捌いた魚は塩コショウをして小麦粉を満遍なくまぶせば、後は焼くだけだ。
キッチンテーブルには、先程庭で摘んできたハーブが籠に盛られている。
「ねえママ、このハーブはどうするの?」
「そうねぇ、ムニエルに添えるハーブペーストにしましょうか」
ハーブといえば、肉や魚の臭みとりだったり、味付け、香り付けにも重宝する。
先ずはそのまま添えて使うも良し。オイルやビネガーに漬けて肉魚に野菜、何にでも使える万能調味料にするも良し。バターに混ぜ込んだりペーストにして、パンや野菜、肉や魚に塗って食べるのも魅力的だ。
あとはブーケガルニとして束ねたいくつかのハーブを、煮込み料理やスープの風味付けとして使う事もある。
また宿屋らしく、部屋にポプリやサシェにして飾り、リラックス出来るよう香りを楽しんでもらう事も忘れてはならない。
キッチンには常にいくつかの吊るして乾燥させたハーブがあり、その光景は昔読んでもらった絵本の中の、魔女の台所にそっくりだ。幼い姉弟が、大鍋をかき混ぜる母の姿にドキドキしたのは、二人だけの秘密だ。
他にもバードックと二人で乾燥ハーブをぷちぷちちぎって遊んでいたら、父に怒られた事もあった。
ローレルは思い出を振り返りながら、薄切りにしたにんにく、松の実、塩、オリーブオイル少々をすり鉢に入れて滑らかになるまですり潰す。そこに削ったチーズと摘んできたバジルの葉をちぎって入れ、更にオリーブオイルを加えて滑らかなペースト状になるまですり混ぜる。そうすると、ムニエルに添えるバジルペーストの出来上がりだ。
「あらいけない、お豆を入れ忘れていたわ! 取ってくるから、火加減をお願いね」
「はーい」
母が地下の貯蔵庫にスープ用の豆を取りに行っている間、ローレルはスープをかき混ぜながら、沸々と湧き上がる気泡をぼんやりと見つめていた。何だか今朝方から、いまいち体調が優れない。
その為、たっぷりとお湯の入った大鍋に手が当たった事に、一瞬気が付かなかった。
「……あっつ!」
火傷を負った場所は赤く熱を持ち、ズキズキとした痛みが出てくる。暑さと疲れからクラクラと目眩がして、うまく頭が回らない。
マロウはキッチンに入り、すかさずローレルの腕を掴んだ。蛇口をひねって、自分が濡れるのも構わずローレルの手を流水に当て冷やす。
後ろから抱きかかえられるように支えられ、背中にマロウの体温を感じたローレルは、恥ずかしさで更に頭がクラクラしてきた。
「あの、えっと、あの」
「よく冷やしたほうがいい。でないと痕が残ってしまうから」
「……はい……」
マロウの真剣な声音に、ローレルは身動きがとれず、しばらくの間大人しくしているしかなかった。
触れた手から、背中から、ドキドキと高まる鼓動がマロウに聞こえていないか、とにかくローレルの頭の中はその事で一杯だった。顔に熱が集まり、ローレル自身顔が赤いのは鏡を見なくてもわかる。
次第に手の痛みが引いて来ると、冷静になったローレルは俯いたまま、弱々しく言葉を紡いだ。
「あ、あの。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「うん、十分冷やしたからもう大丈夫そうだね」
恥ずかしさから顔を上げられないローレルの気持ちを知ってか知らずか、マロウは腕の火傷の具合を確認して、そっとローレルの手を引いた。
「さあ、ここに座って」
マロウに手を引かれるままに椅子まで導かれ、ローレルは椅子に腰を下ろす。そのタイミングで母が地下から戻って来ると、顔を赤くして座るローレルを見て慌てて駆け寄ってきた。
「ローレルどうしたの、顔が真っ赤よ! 熱があるんじゃないの?」
「大丈夫。少し暑かったから、のぼせたみたい」
気まずさを追いやる様に、ローレルはパタパタと手のひらで顔を仰いで誤魔化した。
母は目の前にしゃがみ、ローレルの手を握って顔を覗きこんだ。ひんやり冷たい母の手がおでこに当てられ、気持ちがいい。心配そうなその表情に、ローレルは何だかくすぐったい気持ちになる。
「熱は、ないみたいだけれど……」
「ふふふ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ママ」
笑顔を向けるローレルに、母は一度ギュッと目をつむると、ローレルの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「ローレル、ごめんなさいね。あなたに甘え過ぎていたわ」
思ったよりも深刻に受け止められ、ローレルは言葉に詰まった。家族の置かれた現状をみても無理もない話ではあるが、これ以上心配をかけたい訳ではなかったのに。
「えっ……本当に心配しすぎだよ、大丈夫だって。確かに少し立ち眩みはしたけど、ほら、座っていても芋の皮むき位出来るよ」
ローレルは籠に入った芋に手を伸ばす。すると、横からヒョイっと手が伸びてきて、芋を掴んだ。芋の行方を目で追うと、マロウが近くにあったナイフを片手に芋を掴んでいる。
まさかと思い、ローレルは慌ててマロウを止めに入った。
「ちょ、何をしているんですか!?」
「良いから良いから。せっかくだから、ここの美味しい料理の秘訣をご享受頂きたいんだ。それにこうみえて、芋の皮むきは得意なんだよ」
「だからって、お客様に手伝って頂く訳には……!」
言うが早いか、ローレルが止める間もなくスルスルと芋の皮むきを始める。慣れた手つきで、あっという間に一つむき終えてしまった。その危なげない手つきに、母とローレルはたいそう感心する。
「あら、お上手ね」
「手慣れていますね。普段から料理をなさるのですか?」
「うん、昔から料理当番を任される内に自然とね。おかげで野宿でも困らない程には上達したと思っているよ」
結局、マロウの申し出を受け入れる形で手伝ってもらいながら、ローレルも並んで芋を剥いていく。
「野宿って、一体どういった食事を作るんですか?」
「野ウサギとか、ヘビとか、あとは木の実とキノコのスープがメインだね。手に入りやすい食材で簡単なものばかりだけど」
マロウの話を聞いて、ローレルは露骨に顔をしかめた。
「ええっ。や、やっぱりヘビって食べるんですか」
「ヘビは苦手? 貴重なタンパク源だし、美味しいんだよ。あ、今度山で捕まえて来て作ってあげようか」
「ううっ。本当に本当に、結構ですっ!」
ローレルが幼い頃、噛まれこそしなかったが足に巻きつかれて失神してからというもの、ヘビが大の苦手だ。また、この辺りのヘビは毒を持ち危険だ。
たまに宿の鶏を狙って現れる時もあり、その時は主に父が追い払うか、近所のおじいさんが滋養強壮に良いと、捕まえて強いお酒と共に瓶詰めにして持ち帰る事もある。瓶の中でユラユラと揺れるそれを見たローレルは、再度失神した。
出来ることならば、ヘビにはもう出会いたくないと言うのがローレルの本音だ。
剥いた芋は茹でてマッシュポテトにして、ミルクとバターを加えて滑らかなペースト状にする。ラム肉と刻んだ野菜でミートソースを作り、グラタン皿にミートソースとポテトペーストの順に器に敷き詰め焼けば、シェパーズパイの完成だ。
本日のメニューは、酸味の効いたライ麦パンとバゲットに、サワークリームを添えて
お魚のムニエルハーブペースト添えと、ほくほくのシェパーズパイ
さっぱりとした柑橘とトマトとルッコラのサラダに、魚の骨と頭で出汁をとった豆とキノコと海藻のスープ
デザートにはデーツのしっとりスポンジにクロテッドクリームを添えて温かいトフィーソースをかけた、スティッキー・トフィー・プディング
最後の仕上げに美味しくなりますようにと願いを込めて、出来上がり。
宿で提供するのはなんてことないカリム王国の定番料理ではあるが、心を込めて作った料理ばかりだ。
「……うん、とても美味しい! ラム肉の旨味と野菜の甘味が、滑らかなマッシュポテトに包まれて絶妙だね! 王都で食べるシェパーズパイも美味しいけど、この宿のシェパーズパイは何故こんなに美味しいんだろう?」
「あら本当? そう言って頂けて嬉しいわ〜」
マロウに味見を頼めば、お気に召した様でキラキラと目を輝かせて頬張っている。とても美味しそうに食べるその様子に、母とローレルは目を合わせて微笑んだ。
料理は完成したので、後は客人――マロウの友人を待つのみだ。
「もうそろそろ到着する筈なんだけどな。……ああ、どうやら着いたみたいだ」
しばらくフロントでマロウと共に到着を待っていると、宿の外は馬車の止まる音と、がやがやと人の話し声で賑やかしくなった。
お話も、折り返しに差し掛かりました。
亀の様な歩みではありますが、年内に完結目指して頑張って創作しておりますので、良かったら完結まで読んで頂けると嬉しいです。
誤字脱字等気をつけてはいるのですが、気になるところがありましたら教えて頂けると嬉しいです(◍•ᴗ•◍)
※アイスクリーム➞クロテッドクリームに変更しました。