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2・旅人との出会い

ある日の午後、ローレルは学校帰りに大通りを歩いていた。母に料理で使う香辛料の買い出しを頼まれていたのだ。

 共に歩いていた友人の1人が、はしゃいだ声でローレルに話しかけてくる。

「ねえ、ローレル。ネトルがあなたの事を好きなんですって!」

 他の友人達がキャーキャーと盛り上がる中、ローレルは小さくため息をついた。

「どうするの? 付き合うの?」

「付き合うもなにも、告白されてないし」

「じゃあじゃあ、告白されたらどうする?」

 代わる代わる質問され、目を輝かせて詰め寄る友人達の勢いに、ローレルは後ずさった。

「……付き合うとか、その、好きとか。良くわかんないし、今はそういうつもりはないかな」

『ええー!』

 ネトルは同じクラスで、そこそこ整った顔立ちに、リーダー的存在感で確かに女子から人気はある。だがしかし、ローレルはそもそもまともにネトルと話した事すらないのだ。

ローレル自身も母似の美貌から、異性から好意を持たれることは多い。そして勝手に内面まで美化されては、気の強さゆえに幻滅される事に内心うんざりしていた。 

 なので、相手を知らないのにノリだけで付き合う気にはなれない。色々と面倒な事になりそうだ。

「あ、ここだ。私このお店に用があるんだ」

 目的のお店の前についたので、少々不満げな友人たちと別れて店内に足を踏み入れた。店先から漂うエキゾチックな香りがローレルの心をときめかせる。

 不思議な香りのする葉や、食材を鮮やかな色に染める花、奇妙な模様の実。まだまだ使ったことのない香辛料は山程あるのだ。

 これらを使うとどんな料理になるのだろうか、どんな味なんだろうか、考えただけでローレルはワクワクした。

 友人達は年頃らしく恋愛に興味津々らしい。ローレルだって素敵な恋愛に憧れない訳ではないが、正直今のローレルにとって興味の矛先は料理であり、恋愛は二の次だ。

「こんにちは! いつものくださいな」

「やあローレルちゃん。今日もかわいいね! はいよ、いつものね!」

「はいはい、どうもありがとう。 ……そう言えば今日はおばさんの姿が見えないけど、出かけているの?」

 妖精のとまり木御用達の食品店は、いつもおばさんが店先で接客をしている。話題が豊富で、明るく元気なおばさんと話すと、こちらも自然と笑顔になる人だ。

 今日は息子さんだけのようで、いつもの元気なおばさんの声が聞こえないのがさみしい。そして息子さんの気安い雰囲気は相変わらずだ。

「それがさ、母ちゃん、一昨日から熱が出て寝込んでいるんだ」

「えっ。一昨日からって……大丈夫なの?」

「薬師様に見てもらって、薬も飲んだしもうじき熱も下がるだろうって。じきに元気になるだろ」

「良かったー! それなら安心だね。やっぱり元気なおばさんの姿が見えないと、さみしいもの」

「ははは、母ちゃんは元気なのが取り柄みたいなもんだからさ。静かだと調子狂うよな」

 おばさんとそっくりな笑顔で息子さんが笑う。ローレルも、その笑顔を見て安心して品物を受け取った。


 買い出しを済ませ、宿に帰ると母がキッチンで独り忙しく動いていた。父は部屋掃除だろうか。いつもならフロントかキッチンにいる時間帯なのだが、どこにも見当たらない。

「あら、おかえりローレル」

「ママただいま。パパは部屋掃除中?」

 ローレルから買い出しの品を受け取りながら、母は心配そうにため息をついた。

「パパ、なんだか熱っぽいからって休んでいるのよ。風邪でもひいちゃったかしら」

「えっ、パパが? 風邪なんてほとんどかからないのに、めずらしいね。……そう言えば食品店のおばさんも一昨日から寝込んでいるんだって。薬も飲んだし、そのうち元気になるだろうって言っていたけど」

「あらそうなの? お隣さんの奥さんとお子さんも具合が悪いみたいだし、変な風邪でも流行っているのかしら。……心配ね」

 確かに、ローレルの通う学校でもクラスメイトが欠席していた。なんだか嫌な感じがして、ローレルは自然と両腕をさすっていた。


 *****


  雄鶏の鳴き声と、明るみ始めた東の空。いつもと変わらぬ日常が始まる。

 変わった事と言えば、バードックの屠殺の手際が良くなった事と、母が痩せ細った事だろうか。

 流行り病で父が伏せってから、もうじき1年になる。

 13歳になったバードックはぐんぐんと身長が伸び始め、顔つきも大人びてきた。弱音も吐かず、父の居ない穴を埋めようと頑張っているが、ローレルは弟に年相応の生活をさせてあげたかった。

 弟の成長に比例するかのように母は益々細く小さくなり、不覚にも青白い肌が儚さを増していた。ローレルは心労と過労で、母がいつか倒れるのではないかと心配だった。

 今、この妖精のとまり木を守れるのは自分なのだと、ローレルは心を奮い立たせた。

 

 父が患った流行り病は、原因も、これといった改善策も見当たらず。薬でなんとか症状を和らげる程度で、根本的解決には至らなかった。

 町の大通りもあんなに活気があり、昼も夜も人で賑わっていたのに、今では閑散としている。

 いつも皆暗い顔で下を向いている町民を見るたびに、ローレルは何とも言えない気持ちになる。ローレル自身もきっと、皆と同じ顔をしているだろう。流行り病があってから、皆自分の生活で手一杯なのだ。とても人に頼れる状況では無い。

 ……まして旅人を受け入れる宿屋なんて、白い目で見られるものなのだ。病が流行りだした時、流行の原因として真っ先に疑われたのは他でもない、宿屋だった。

 以来、友人達とも距離ができてしまったし、母一人では到底仕事が回らないので、しばらくローレルは学校を休みがちになっていた。

 それ故ついに休学する事になったのだが、退学しなかったのは、いつでも戻って来れるようにと先生が引き留めてくれたからだった。

 バードックも休学すると言い張ったが、なんとか説得して学校に行かせた。

 ローレルにも誰にも、この生活がいつまで続くのか分からないのだ。人手がいるとはいえ、まだ幼い弟の未来を潰したくは無い。

 ローレル自身はどのみち卒業する歳だし、父に習った技術と母の料理の腕を引き継いでいるので、最悪一人でもやり繰りする術はすでに得ている。これらを活かせれば生活には困らないだろう。

 学校はこのまま退学になるのだろうな、とローレルはぼんやりと考えた。

 優しくて思慮深い、大好きな先生の顔が頭に浮かんだが、これ以上は考えないようにして、明日の料理の仕込みに取り掛かった。


「それじゃあ困りますよ」

 月に一度、町の薬師が父の往診に来る日。ローレルはこの日がたまらなく嫌だった。

 父が倒れてからというもの、部屋数を制限している為必然的にお客の入りは少なくなる。

 収入が減った分、黒字ギリギリの所でなんとかやり繰りしていた。そんな所に、先月から父の薬代が値上がりし、不足分を滞納してしまっていた。

 鶏の世話はバードックがしてくれているが、部屋掃除から食事作りに洗濯、買い出しにフロント業務まで、母と二人で父の世話をしながらこなすのはこれが限界だった。

「申し訳ありません。ですが宿の事もありますし、とてもすぐにはお支払いできないのです」

 ローレルが部屋掃除をしている中。換気の為開け放った窓の外から、中庭の薬師と母の会話が聞こえてきた。

 必死に頭を下げる母を舐め回すように眺める薬師に、ローレルは嫌悪感を覚える。……ローレルが対応する際も、あのねっとりした視線を感じるのだ。

「……まあ、奥さんに免じて待つてやらない事もないですがね」

「ありがとうございます! 出来るだけ早く工面しますから、夫の事を、どうかお願い致します」

 薬師が帰ったのを見届けると、母は膝から崩れ落ちた。ローレルは掃除道具を放り投げると、慌てて母のもとに駆け寄った。

「ママ! 大丈夫!?」

「ああローレル……。大丈夫よ、少し目眩がしただけだから」

「顔色がすごく悪いわ。あとは夕食の支度だけだから、私だけでも大丈夫だよ。ママは休んでいて」

「ローレル、あなたこそ、ここの所ちゃんと休んでいないんじゃないの? 無理してない?」

「無理してないよ、私は平気。ねママ、もうじきバードックも帰って来るから、今日はもう休んで」

「……あなた達に負担をかけてしまってごめんなさいね。パパの分までママがしっかりしなきゃいけないのにね」

「そんな事気にしないでよ。ママは充分頑張っているわ。パパはきっと良くなるから、それまで皆で協力して乗り切りましょ!」

 本当の所、ローレルはまともに休みを取れず毎日働き詰めだった。しかし、心身共に弱りきった母を1人働かせる訳にはいかない。そこに薬代の値上がりで、とても休んでいる余裕など無かった。

 せめて母だけでも休んでもらおうと、ローレルは母の背中にそっと手を当て中へと促した。力を入れると、やせ細って骨ばった小さな背中が壊れてしまいそうで怖かった。


 バードックは帰ってくるなりフロントに入ってお客の対応をしていたのだが、何やら困った様子で厨房のローレルに声をかけてきた。

「姉ちゃん、ちょっと良い?」

「どうしたの?」

「それがさぁ、今のお客さん、滞在期間は未定だって言うんだよね」

「えっ? どういう事?」

 ローレルは鍋をかき混ぜる手を止めずに聞き返した。クツクツとホワイトソースが沸き立つ音と、ミルクの甘い香りが食欲をそそる。今夜のメインは若鶏のシチューだ。

「なんか仕事の都合でどのくらいになるか分からないって。どうしたら良いかな」

「私が変わるわ。だまにならないように良くかき混ぜていてちょうだい」

 ローレルは手早くエプロンを脱ぎフロントに出ると、そこには20代前半とおもわれる青年が本を片手にカウンター前に立っていた。

 スラリとしてバランスの良い体つきに、ブルーのシャツとベージュのスラックスを爽やかに着こなし、どこか知的で都会的な雰囲気のある人だった。

「お待たせしてしまってすみません。お客様の宿泊期間は、長期宿泊ということででよろしかったでしょうか?」

 ローレルが声をかけると、青年は手元から顔を上げ、二人の目があった。

 ……吸い込まれるように目があった瞬間、何故か目が離せなくなってしまった。

 一瞬のような、あるいはもっと長いような時間の後に、玄関ホールの壁掛け時計が5時を告げる。その音でローレルはハッと我にかえった。

 

 

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