最終話・旅人と妖精
最終話となります。
どうぞローレルとマロウの物語を最後まで楽しんで頂けると嬉しいです(◍•ᴗ•◍)
やがては秋から冬へ。更に時は巡り、芽吹きの季節。
父が完全に回復するまでの間、一時的に宿はお休みする事になった。代わりに食堂を運営する傍ら、ローレルも学校に復帰していたのだった。
制服に腕を通すのも、今日で最後。大きく深呼吸をして、清々しい気持ちで校舎を後にした。
「ローレル、こっちこっち!」
友人達が笑顔で手招きしている方へ駆け寄ると、皆笑顔で迎えてくれる。
「ごめんごめん、先生とお話していたら遅くなっちゃった」
花が舞い散る中、皆で並んで校舎を眺める。半年前までは、こんなに穏やかな気持ちで過ごせるとは思っていなかった。
「皆がわたしの休んでいた分の授業内容とか、色々教えてくれたお陰で無事に卒業出来たよ。本当にありがとう!」
ローレルが友人達に心からの笑顔でお礼を伝えると、皆も笑顔で応えてくれる。遅れを取り戻そうと必死になっていたローレルを、励ましサポートてくれた友人や先生には感謝で一杯だ。
「いっぱい頑張ったもんね。ほんと、こうして皆で卒業出来て良かったよ」
「うんうん。そう言えばローレル、ちょっと雰囲気変わったよね。柔らかくなったって言うか……。あ、さては好きな人でも出来た〜?」
「…………うん、実はそうなの」
普段はしっかり者で大人びたローレルが、頬を染めてもじもじと頷く姿に友人達は目を丸くする。
「あ、あのね、わたしその人にまだ好きだと言えなくて…………皆に相談したいんだけど、聞いてもらっても良い?」
幼気な少女のように目を潤ませ懇願するローレルに、友人達は悶えた。キャーキャーと盛り上がる友人達に揉みくちゃにされ、帰る頃には髪はボサボサになっていたが、心は晴れやかだった。
「ローレルちゃん、卒業おめでとう! ほらこれ、俺達からの卒業祝いだよ」
後日ローレルが食品店に立ち寄ると、おばさんと息子さんからリボンで可愛くラッピングされたプレゼントを受けとった。
「わぁ、二人ともどうもありがとう! 開けてみてもいい?」
ローレルは頷く二人の前で包みを開けた。中から出てきたのは蜂蜜の瓶詰めと、レモングラスとレモンピールのブレンドティー。レモングラスの爽やかな香りとスッキリとした味わいが、春の陽気にピッタリだ。
「ローレルちゃん、ここの蜂蜜好きだって言っていたでしょう? 気に入ってくれると良いんだけどね」
「覚えていてくれたの? ありがとう、とっても嬉しい! ……またおばさんの元気な姿を見れて、本当に良かった」
「一時はどうなる事かと思ったけどね。こうして元気に過ごせるようになって、ありがたいねぇ」
しみじみと語るおばさんの言葉に、ローレルと息子さんはうんうんと頷いた。
「わたしもおかげさまで、学校を卒業する事が出来ました。気持ち新たに働くことなりましたので、これからもよろしくお願いしますね!」
眩しすぎる笑顔に、二人はローレルの背後に光を見たような気がした。
元気良く手を振って去っていくローレルの後ろ姿を、並んで見送る。ローレルが道を通り抜けると、魔法にかけられたかのようにすれ違いざまに人々が振り向いていた。
「……あれまぁ。ローレルちゃん、ますます綺麗になったねぇ」
「あの笑顔は破壊力抜群だな。……ありゃあ、周りが放っておかないぞ」
連日盛況な食堂で食事をしながら、クローブはさり気なく周囲に睨みを効かせていた。
目の前にとチキンソテーとフィッシュアンドチップスの皿が置かれ、目線を上げるとローレルの父が苦笑いで声をかける。
「悪いな二人とも。お陰で悪い虫が寄り付かなくて助かってるよ」
「こんなに美味い飯食わせて貰っているんだから、文句なんてねえよ。にしても、親ってのは気苦労が多いもんだな」
本人は自覚が無い様だが、ローレルは想う相手が出来て、益々綺麗になった。言い寄る男性達を牽制してはいるものの、溢れる魅力は隠しきれない。
「ああもう、心配で心配でしょうがないよ」
「ちょっと過保護なんじゃないの? ローレルはしっかりしているから心配無い様にも思うけど」
ジンジャーはそう言いながら受け取ったチキンソテーを手早く切り分けると、手を休めず料理を口に運ぶ。
「二人もその子が産まれたら、もう直に解るようになるぞ。……しっかしジンジャー、良く食べるなぁ」
「悪阻が明けたと思ったら、食欲がとまらなくて困っているのよ」
そう言うジンジャーは確かに、少しふっくらした様に見える。一時は悪阻でげっそりしていたので皆心配していたのだが、ピークは過ぎ食欲が出た様だ。……ここの所二人前をぺろりと平らげるので、少し食べ過ぎな気はするのだが。
ローレルの父がキッチンに戻るのを見届けると、ジンジャーは企んだ様な顔で微笑んだ。
「フフフ……ローレルのパパが“悪い虫”が付かないように見張ってるって、マロウに教えてあげなくっちゃねぇ」
ちょっぴり楽しそうなジンジャーを前に、クローブは二人の恋の行く末を少々気の毒に思いながら、魚のフライをフォークで突く。
「ライバルに、父親の壁……マロウの焦る顔が思い浮かぶな」
柔らかくなるまで練ったバターと、細かく刻んだドライパセリとガーリックを入れて混ぜた、ハーブバター。これはお肉や魚介に塗ってグリルにしたり、キノコのソテーにしたり、ハードパンに塗ってトーストしたりすると美味しい。
次に摘んできたばかりのフレッシュなタイムを良く洗って乾かし、少し揉み込んで香りを出す。ガラスの瓶にタイムとお酢を入れて一週間程寝かせれば、ハーブビネガーの出来上がり。これはマリネ液やドレッシングに活用する。
慣れたもので、てきぱきと仕込みをする子供達を両親は少し離れた所で片付けをしながら見守っていた。
「ローレルもバードックも、気づいたら随分と大人っぽくなったなぁ」
「そうね、子供の成長は早いわね」
並んで成長した子供達を眺めて、しみじみと感じ入った。
「……二人には、随分辛い思いをさせてしまったな」
「そうね……」
過ぎてしまえばあっという間ではあるが、辛い時期というのは長く感じるものだ。
「こうして大切な人達と穏やかに過ごせる時間があるってのは、本当は凄い事なものなのかもしれないな」
目をつむり噛み締める様に言葉を紡ぐ父に、母はそっと父の手を握って微笑んだ。
「平和で当たり前の様に過ごせるこの時間が、素敵な奇跡なのかもしれないわね」
見つめ合う両親を遠目に、キッチンを片付けながらバードックはローレルに声をかけた。
「そう言えば、明日マロウさんこっちに着くんだよね?」
「うん、お昼には着くんじゃないかなって」
「あ、その布巾頂戴。姉ちゃん良かったね。マロウさんからの手紙をすっげーニヤニヤして見てたもんね」
「うん…………えっ!?」
バードックのからかいを含んだ笑みに顔がカアッと熱くなるのを感じ、ローレルは思わず火照る頬に両手を当てる。
嬉しくて、ついゆるゆるになった顔を見られていたようだ。
「あらあら、ラブレターの事かしら?」
「ちょっ、しー! しー!」
いつの間にか近くに居た両親に、今の会話を聞かれていた様だ。ローレルは口元に指を当て、慌てて母に合図を送るがどうやら遅かった。
「えっ……ちょ、何それ。ローレル、ラブレターって何だ? パパは聞いてないよ!?」
「や、やだな~パパったら。ラブレターじゃないよ〜。えっと、何だろ……報告書?」
マロウが町に来ると報告があったので、嘘ではない。
ただマロウとの手紙のやり取りは、父には内緒にしておきたかった。……色々と面倒な事になりそうだ。
「報告書って。あんなに浮かれてたのに? 会えるのが楽しみだって言われて、くるくる踊ったり、鼻歌まで歌ってたじゃん」
「……ちょっと、バードック〜〜!?」
絶対にこの状況を面白がっている。余計な事を言うバードックを捕まえて、脇腹を思いきりこちょこちょする。
「あはははは、姉ちゃん、やめ、やめて!」
「ローレル! い、いくらマロウ先生でも、お、お、お嫁に行くには早すぎるんじゃないかっ!?」
「どうしてそうなるの!」
父の言葉に、マロウとの未来をちょっぴり想像してしまい、更に顔が熱くなる。付き合う以前にまだ想いを伝えてさえいないのに。
「あなた、早とちりし過ぎよ〜。ローレルとマロウ先生はこれからもっと絆を深めていくんじゃないの。ああ、ついに娘の甘酸っぱい恋を見届ける日が来るのね〜。やだもう、ママもわくわくしちゃうわ!」
「いや、マロウ先生は立派な方だが、ローレルにはお付き合いだってまだまだ早いんじゃないかな!? パパは許しません!」
収拾がつかないこの状況に、頭が痛くなりそうだ。ローレルがこめかみを抑えていると、母が父にとどめの言葉を放った。
「あなた、過保護過ぎるのも考えものだわ。そんなんじゃ、ローレルに口をきいてもらえなくなるわよ」
「ぐっ……!」
「…………いてて。笑いすぎて息が苦しいや。姉ちゃんって、実は怪力だよね」
皆好き勝手に言ってくれる。ローレルはついに我慢出来なくなって、大声で叫んだ。
「あーもう、皆うるさーいっ!」
宿の庭は色とりどりの花やハーブが咲き乱れ、花に惹き寄せられた蝶は軽やかに宙を舞う。
温かく心地良い陽射しに照らされる中、しゃがみ込んでラベンダーを摘み取ると、揺れた花から甘く華やかな香りが辺りに漂った。
ローレルはラベンダーの花束に鼻を近づけ、その香りを存分に楽しんでいた。
馬のいななきと蹄の音が鳴り響き、宿の前で馬車が停まる音がする。
ローレルはすっくと立ち上がると玄関前へと足早に回り込む。早く早くと気が急いて足取りは自然と小走りになり、馬車に近付くにつれて期待から胸は高鳴っていた。
馬車から荷物を降ろし宿を見上げるマロウを見つけると、ローレルの足は少し離れた所で止まった。
半年ぶりに会ったマロウは相変わらず洗練された雰囲気で、ローレルは声をかけるのに躊躇ってしまった。
……あんなに会いたいと思っていたのに……今更になって、マロウとの違いの大きさに怖気ついたのだ。
「ええ、荷物はこれで全部です。…………あ、久しぶり」
それでも、マロウがこちらに気付き柔らかく笑いかけてくれた事で、不思議とローレルの不安は水に溶けていく様だった。
「……お久しぶりです」
「うん、元気そうでなによりだよ」
マロウは眩しそうに目を細めて、歩み寄るローレルの方を見ていた。
馬車は去り、マロウの足元に幾つかの荷物が残されている。二、三日滞在するにはかなりの量がある気がするのだが。疑問に思ったローレルは、マロウに問いかけた。
「何ですか? その荷物は」
「ああ、この町に移住する事になったんだ」
「…………へっ!?」
予期せぬマロウの告白に、ローレルは思わず声が裏返った。手紙のやり取りの中でも、この町に住むなんて、聞いていない。
「この町で後進育成をしながら、薬師として働く事になったんだ。ここは王都も近いし、質の良い薬草が手に入る。僕自身も薬師として成長出来ると思ったから、志願してこの町に赴任する事になった。三日間程引っ越し準備が整うまで宿でお世話になるよ。……そういう事で、これからよろしく」
そう言って、マロウはいたずらっぽく笑った。
「……あ……、そうなのですか」
驚くあまりあっさりとした反応のローレルに、マロウはうろたえた。…………二人の間に若干の気まずい空気が流れる。
久しぶりに会った事で、互いに緊張しているのかなんとなくよそよそしい。
それでも、せっかく会えたのだから。ローレルは緊張で汗ばむ手を握り締め、勇気を出してマロウに話しかけた。
「えっと、びっくり、しました。……あの、お手紙ありがとうございます。こうしてまたお会い出来るのを、とても楽しみにしていました」
ローレルが笑いかけると、マロウは長いため息をついて手で顔を覆う。
「……まいったな……」
ふう、と一息つき、マロウは真っ直ぐにローレルを見つめてきた。その真剣な眼差しに、ローレルはドキリとする。
「この町に移住する事、黙っていてごめん。君を驚かせようと思ったんだ」
「はい……」
見つめ合うと出会った時の様に、時が止まったような、不思議な感覚がした。
「……初めて出会った時、なんて儚げで、綺麗な人だろうと思った。君に、一目惚れしたんだ。…………本当は色々と落ち着いてから伝えようと思っていたんだけど。うかうかしていたら、君が手の届かない所に行ってしまいそうな気がしたんだ。君は、とても……美しい人だから」
そんなふうに思っていたのかと、カアッと顔が熱くなる。ローレルは高鳴る胸の鼓動を感じながら、マロウの言葉に聞き入った。
「ゴールデンケミストなんて大層な称号を持つと、色んな人から声をかけられる。それこそ肩書きだけで、本当の自分を見られる事も無く近寄ってくる人も居るし、逆に未熟者だと軽んじられる事もある。僕はまだまだ薬師としての経験は浅いし、仕事に専念したいから恋愛なんてしている余裕は無い。それに、人を簡単に好きになる事は無いと思っていたんだ」
マロウは誠実であり、目を惹く人だ。人として魅力があるのは素敵な事だけど、仕事柄注目される事で、常に気を張っていないといけないのかもしれない。本当に心を許せる人を、マロウも求めていたのだろうか。
「……だけど君と共に過ごす内に、苦悩や弱さを抱えながらも、強くあろうと前を向く君の心に惹かれていた。人に頼る事が苦手な不器用な君を、困難の中でも人を思いやる事の出来る君を、側に居て、支えたいと思った。……気づけば僕のほうが、君と離れがたくなったんだ」
「君の事が、好きだよ」
マロウの告白に、ローレルの目から涙が零れた。
正直恋や愛がどういうものか、まだよくわからない。それでもこんなにも誰かを好きだと想う事は、この先あるのだろうか。そう思えるほどに、ローレルにとってもマロウの存在はとても大きなものになっていた。
「わたしも、好きです。あなたが好き」
頬を伝う涙を手で拭うと、その温かさにこれが夢なんかじゃないと実感した。
マロウが目の前で、優しく微笑んでいる。
ローレルは、マロウの胸に飛び込んだ。
――人生という旅路は、時に険しい坂を登り、流れに身を任せるように、或いは逆らうように川を渡り。
勇気をもって、飛び越えなければならない崖もあるかもしれない。
ここに辿り着くまでは、決して平坦な道ばかりではなかった。
それでも諦めずに歩み続けたから、今ここに居る。
歩む道は交わり分かれ、その中で沢山の出会いと別れがあった。
悠久の時の中で、星の数ほどある縁の中で、巡り会えた奇跡。
愛をもって、手を取り合い。これからは、共に歩もう。
せっかく書くなら誰かに読んでもらいたいな~と思い、始めた執筆活動でしたが、無事完結まで書き進める事が出来ました。
心を込めて書き上げたので、少しでも良かったと思って頂ける作品作りが出来ていたのなら嬉しく思います。
色々と書いていたら長文になってしまいましたが、あとがきも書いてみましたのでご興味があればそちらも覗いてみてください☆
最後に、この作品を見つけてここまで読んで頂き、本当にありがとうございました(◍•ᴗ•◍)




