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1・妖精の住む宿

はじめまして!初投稿ですが、よろしくお願いします(^^)

この作品を楽しんで頂けると嬉しいです!

 ローレルの朝は早い。

 日の登り始めの薄暗闇の中、雄鶏の鳴き声で目を覚ます。顔を洗って身支度を整えたら、まずはキッチンで2つの大鍋にたっぷりの湯を沸かす。

 その間に、未だ寝ている家族を起こさぬよう、外へ出て庭のハーブと野菜を摘み取る。新鮮な食材を使うのは、美味しい料理を作る為には欠かせないのだ。

 キッチンに戻り眠気覚ましに濃い目の紅茶を淹れていると、後ろから声をかけられた。

「おはようローレル。私にも一杯頂けるかしら?」

 女性はローレルの隣に立つと、優しく微笑んだ。

 ……時々ローレルは思うのだが、父は絶対に面食いに違いない。そして、この微笑みにやられたのだ。

 華奢な体に長く柔らかいミルクティー色の髪、ちょっぴりタレ目のぱっちりとしたグリーンの瞳。童顔で愛嬌のある顔立ちと性格、何より母の周りに漂うふわふわとした謎の空気感。

 もうじき40になるというのに、未だお客からローレルの姉と間違われるのだ。我が母ながら、花の妖精という渾名は伊達じゃない。

 近頃は益々母に似てきたとは言われるローレルだが、目つきも性格も父に似たようで、何事もキッチリハッキリしないと気の済まない、勝ち気な性格だという自覚はある。

 母のような可憐な妖精には程遠い。

「おはようママ。昨日は遅くまで起きていたんでしょう。ちゃんと眠れたの?」

 紅茶を手渡すと、母は少し眠そうな顔で頷いた。

「大丈夫よ、ありがとう。……そうなのよ、パパったらホーソンさんとまた飲み比べして潰れちゃったの。だから今日は二人共お昼まで起きて来ないわよ」

「まったく、毎度毎度宿屋の主人が酔いつぶれって、聞いて呆れるわ」

 ローレルは手際よく材料を計り混ぜ、それを作業台に叩きつけた!

 ……朝食のパン作りである。

「年に一回のパパの楽しみなのよ。大目にみてあげてね」

「わかっているけどさ。お父さんてば、その度に私とバードックに抱きつくのよ。お酒臭いし、ヒゲは痛いし、暑苦しいしもう最悪よ。ホーソンさんのお話は楽しくて好きだけどね」

 文句を言うローレルの隣で母は可笑しそうに、「ローレルも大人になったわね。パパにベッタリだったのに、あの人も寂しがるわ」

 ……なんて言うけど、ローレルは今年で15歳になるのだ。流石に親にベッタリ甘えるなんて歳では無いだろうに。


 ここ、カリム王国の都から山を2つ分超えたところにある町ハイブリーは、都から馬車で約2日程の、自然豊かでのんびりした町だ。

 大通りは早朝から夜遅くまでどこも賑やかで活気があり、いつも陽気な音楽や歌、たまに酔っぱらいの怒声で溢れていた。

 農業と林業が盛んで、それにまつわる加工品と工芸品、そして観光業が主な町の収入源である。町民は皆働き者で、陽気で、生き生きとしている。

 観光地としては、町で採れた食材をふんだんに使った美味しい食事、美しい街並みと自然豊かで穏やかな町と言うのが売りである。

 都からも程近く旅人が多く立ち寄る為、いくつかの宿屋が点在する。ローレルの両親が経営する宿【妖精のとまり木】も、その一つだ。

 競争は激しいが、両親の作る料理の評判が口コミで広まり、新規のお客やリピーターでいつも客足は絶えない。ローレルにとってもそれは誇らしく、いずれ自分と弟も共に守立てて行く心づもりでいる。

 いつも忙しい両親が喜んでくれるのが嬉しくて、日々のお手伝いをしている内に、いつの間にかキッチンに入るのはローレルの日課になっていた。


 ローレルは捏ね終えたパン種を発酵させている間に、これまた手際よく鶏肉を解体処理していく。

 生まれてから大切に育てた鶏を絞める事に初めは泣いたし、ためらいもあった。逃げる一羽を後ろから抱え込む様にして捕まえると、ふわふわの羽に包まれた体は温かく、確かに生きている重みを感じた。

 初めてさばいているいる所を見た時は衝撃を受けたが、父に命を頂くからには無駄にするなと諭され、ローレルはついに覚悟を決めたのだった。

 今ではこうして父が厨房に居ない時は、主にローレルの仕事になっている。 

 屠殺(とさつ)するのは未だにためらいがない訳では無いが、生活の為にはそうも言っていられない。

 昨夜の内に、庭の端に逆さに吊るして血抜きをしておいたので、取り込んで熱めの湯につけてから羽をむしっていく。内蔵を取り出し、骨と肉を部位ごとに切り分け、下処理完成だ。

 羽毛は寝具や洋服に、骨は出汁に。肉をいただき、生きる活力に。少しも無駄にはしないよう、感謝して丁寧にさばいていく。

「ローレル、ずいぶん手際が良くなったわね」

「うん、だいぶコツを掴んできたかも」

 たくましくも真剣に作業をするローレルを見守りながら、母もスープやサラダの準備をしていく。空がすっかり明るんだ頃には、食堂中に焼き立てパンの良い香りが漂っていた。


******


「どの食事もとても美味しかったよ。部屋からの景色も素晴らしかったし、良い旅の思い出になったよ」

「そう言って頂けるのが何よりも我々の励みになります。道中、お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」

 宿泊していた行商の旅人の姿が見えなくなると、キリリとしていた父は途端にフニャフニャと玄関扉に寄りかかった。

「ぁ゙あーー、俺も歳かなぁ。年々酒が後を引いてくるようになっちまった」

「まったく、お父さんたらだらしないわよ。いい大人が、シャキッとしなさいよ」

 ローレルはふやけた紙のような父を呆れて見下ろした。二日酔いで今は見る影もないが、普段はまあ、それなりに格好いい父なのだ。

「……最近のローレル、パパに冷たくない? いつの間にかパパって呼んでくれないし」

「ローレルは今、大人の階段を昇っているのよ〜」

「えっ……。ナニソレ、ドユコト?」

 母の言葉に、父は動揺したようだ。

意味深ぽく言わないでほしい。ただのプチ反抗期だ。

 ローレルがそんな事を思っていると、バードックが横から無邪気に一言を放った。

「パパこの間、姉ちゃんのお風呂覗いたんでしょ?」

「えっ、ちょ、……いやいやいや! たまたまお風呂入るのに鉢合わせしちゃっただけだからね? 誤解だからね!?」

「……ふん」

「ローレル〜」

 焦る父を見て、ローレルは少し胸がスカッとした。これは無断で乙女の秘密を見た罰なのだ。

 ローレルから許しをもらえないと悟った父は、ポケットから何かを取り出すと、ローレルに差し出した。

「ローレル、せめてこれを受け取ってくれないか」

「ん? ……どうしたの、これ」

 大きな父の手のひらにちょこんと乗った、可愛い小花柄の包み紙を受け取った。中から出てきたのは先程の行商人が扱っていた商品で、バラとすずらんの装飾が美しいヘアバレッタだった。

 緻密な花の装飾は貝でできているため、乳白色の表面は光の加減で美しい虹彩を放つ。おまけに、鈴なりに垂れ下がったすずらんが可憐に揺れてとても可愛かった。

 ローレルはこのヘアバレッタに一目惚れしたのだ。

 ……しかしローレルのお小遣いでは到底買えない、可愛くないお値段だったので、泣く泣く諦めたのだった。

「これが気に入っていたんだろう? いつも頑張っているローレルに、誕生日プレゼントだ。15歳おめでとう! いつも手伝いありがとうな!」

 決して安くはないのに。なんだかんだ父なりにローレルの事を考えてくれていたと思うと、とても嬉しかった。

「姉ちゃん、誕生日おめでとう!」

「おめでとう、ローレル! 今夜はママも張り切ってご馳走作っちゃうわよ!」

 今日はローレルの誕生日だった。家族からの祝福にローレルは胸が一杯で、素直に父に抱きついた。

「……パパ、ママ、バードック、皆ありがとう! すごく嬉しい!」

「そうかそうか、パパも嬉しいぞ〜」

「良かったわねぇ」

「……姉ちゃんって結構単純だよね」

 ローレルは最近生意気になってきた、可愛い弟のこめかみをグリグリする。

 じゃれ合う姉弟の隣で、寝不足の父は大あくびをした。いくらお客がいないといっても、気を抜きすぎではないだろうか。

 見かねた母が休むよう提案をした。

「ホーソンさんも寝ているでしょうし、今日は他のお客様もあまりいらっしゃらないのだから、夕飯まで横になっていてはどう?」

「そうだなぁ。ああでも、今寝ると夜中に眠れなくなりそうだ」

「あらあら、それならよく眠れるように、隣で子守唄でも歌ってあげましょうか?」

「えっ……。あ、はい。ぜひ、よろしくお願いします!」

「……んんっ、ゴホン、ゴホン!」

 小っ恥ずかしい両親のやり取りに、ローレルはわざとらしく咳をした。

 母に悪気はないのだろうが、たまに天然爆弾を落とすので、ちょっと困る。

「バードック、私達は中に入ろうか」

「賛成〜」

 真っ昼間からイチャイチャする両親を玄関に置いて、弟と二人さっさと中に入った。

 町は今日も平和だ。



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