10歳の王女様、レティシアの日常③
自室にやっとの思いでたどり着くとレティシアは浮かべていた本を全て本棚へと収めていき、フッと魔術の使用を止めるとボフンとベッドへ倒れこんで目を瞑る。何年か前から父や母と会った日はいつも憂鬱になってしまう。
いつからだっただろうか。一番古い記憶の中では5歳か6歳か、もしくはもっと前までは2人に会えることはとても嬉しいことだった。忙しい時間を割いて来てくれる父メティアス、色んな可愛い物を着飾って絵本を読み聞かせてくれた母ディアナ。そんな二人がレティシアは大好きだった。
でも、あの2人の目から漏れる感情を読み解いてしまった日辺りからだろうか。レティシアは父母に会う度にどうしてもその視線が気になり、どことなく怯えるようになった。時を同じくして父も母もあまり別棟に来ないようになっていった。事情は深くは知らないが、内政やら外交やらが忙しいのだろうと勝手に思っていた。実際、会う機会が減ったのはレティシアにとって悪いことではなかった。
目を瞑って眠れないでいると嫌なことばかりがあふれ出てきて本を読む気には全くなれなかった。嫌なことは嫌なこと、切り替えられるほどレティシアは大人ではない。ただただ時間だけが過ぎていくばかり。気が付いた時には昼食の時間はとっくに過ぎていていつ持ち運ばれたのかわからない冷めた料理が食器の上に寂しそうに鎮座していた。そこでようやく軽い空腹を自覚する。
「…お腹すいた。んぁ…《温かな火》」
のろのろと立ち上がると今度は椅子に座り魔術陣を作り出す。《温かな火》は物を温める魔術だ。温度の調整が容易で火傷の心配はなく、冷えた料理を温めたり濡れた髪を乾かしたりと使い道は多岐に渡る。円の中心から無数の赤い燐光が現れ、風に吹かれたように料理へと降りかかっていく。10秒ほどで料理は元の温度を取り戻し、スープからもほのかに湯気が立ち上る。それを視認するとスプーンに手を手を伸ばし口に入れ始めた。
あまり味は覚えていなかった。
いつもより少し時間をかけて昼食を終えると侍女に食器を持って行ってもらう。それを見届けた辺りでようやく多少の元気を取り戻したレティシアは本棚から1冊の本を取り出す。「十王国歴97年最新魔道具図鑑概略」だ。建国からの歴史を綴る書物よりは薄いが、それでも十分な厚さを誇るそれはつい先日出版された最新の魔道具図鑑であった。
多くは書かずとも何に、どう使い、どのようになるのか子供であるレティシアにも分かるように書かれた丁寧な説明文。特徴をよく捉えられた挿絵。そして膨大な量。他にも魔道具の進化の歴史や開発者へのインタビューなどがちらほらと記載されており、読み応え抜群であった。
しかし、レティシアといえどこの量を全て読みきれるわけではない。正確には読みきることはできれど、返却期限が過ぎてしまう。実際去年96年版を借りた時は1から読んだために余裕で期限が過ぎてしまい始めてロッゾからお叱りを食らってしまった。
ならなぜ借りたのかと言うと、一つはここ1年の間で作られた魔道具を知ること。もう一つはある人物のインタビューを見たかったからであった。
「へぇ~、勝手に元の場所に戻るペンか…。なんか楽しそう…!」
ちょうどそのページには「最新の羽ペン!」と称した魔道具が記載されていた。投げようが落とそうが、あげくに誰かが持っていってしまってもスタンドに戻ってくる。なんなら何か書こうという意思を検知してインクまで自分から付けてくれるという優れものらしい。インタビュー記事も記載されており、 なんでもこの魔道具を作ったのはレティシアと同じか、1こ上くらいの年の子が作ったらしかった。
「いいなぁ、私も作ってみたいなぁ…」
作成者の名前の横をするりと指でなぞって離すと《手繰る風》によって次のページが捲られていく。興味のある魔道具はとことん、薄い物は流し読みくらいのペースで読み進めていくとしばらくして目的のページにたどり着く。
「あった!この魔道具だ!名前も載ってる!」
そのページは他のページとは違い一際強調されていた。魔道具の絵はカラーで大きく描かれており、長い説明文からも熱い感情が感じられる。本来説明とインタビュー含めて1ページで収めているのを丸っと2ページ使う辺りそうとう張り切って作ったのが窺えた。
ページ右部分に太字で大きく「試作飛行補助用ペンダント」と魔道具の名前が書かれている。文字通り人を空中に浮かび上がらせる魔道具だ。
使われているのは風の魔術ではない。《手繰る風》と同じような要領で人を宙へと飛ばすには莫大な量の魔力と、それに伴う膨大な風と被害が生じてしまい、使用者にも周りにも優しい魔術にはなりえない。
しかし、この魔道具は別の魔術を組み合わせることでより安全かつ少ない魔力で人を浮かび上がらせることが出来るのだ。
レティシアには「出来る」という確信があった。なにせこの魔道具の開発者が自身の魔術の教師の1人、アンリ・プロシエッタ先生であるからだ。そしてこの魔道具の被験者第2号(1号はもちろん先生)は自分自身であると自負していた。
魔道具名から察するにまだ未完成であり、正式な魔道具というわけではないらしい。そのことに少しの不満はあったがと、凝り性のアンリ先生らしいやと割り切ってた。体験したレティシアとしてはあれですでに完成しているのでは、と思ってしまうがどうやらまだ妥協はできないらしい。先日の授業で彼女が不満顔だった理由はきっとこれであろう。
目的のページを見て満足すると本を閉じて本棚へと戻す。そこで集中が途切れた影響か体が凝り固まっていることに気づき軽く腕を伸ばして全身を伸ばす。次いであくびをすると魔道具の文字盤を見る。流石に寝るには日も出ておりまだ早すぎる。早起きした弊害が出てきたなと思いつつ左手の先に魔術陣を作り、水を生成すると自身の顔へと向けて打つ。
「うっ、ちべたい…。あっ、そういえばまだ今日は練習していないな」
そう考えると行動は早く、早速自室から出ていく。目的地は普段魔術の勉強をする小さな部屋。階段を上って1つ上の階に着いたらすぐそこだ。そこから先の部屋は倉庫やらなんやらでごちゃごちゃしてるので入ることはまずない。
教室の中に入っていくともちろん誰も居ない。普段はここで文字やマナー、魔術なんかを学んでいる。予定がない日や授業時間外になれば誰もいないので実質ここも第2のレティシアの部屋と言って過言ではない、はず。
教室の壁は魔術によって補強されており、ちょっと事故るくらいなら何も問題はない。換気よし、耐久よし、寒暖対策よし、おまけに防音もよしの4拍子だ。魔術を使うにあたってレティシアが知る限り最も快適な部屋はここしかない。
やることはただ1つ、第二の趣味である魔術だ。かといったこの部屋でバンバン打ちまくるわけではない。《前進する火》や《吹き飛ばす風》を壁面に向けたところで燃えることも吹き飛ぶことも、ましてや壊れることもないが、そもそもレティシアに物を壊してストレス発散する趣味はないし、危険な魔術を好んで使おうとも思わない。
では何をするのかと言うと魔術の制御練習である。魔術は使う前後に術者の怒りや悲しみといった負の感情や体調に動かされる複雑な部分がある。ひとえに魔力も筋肉や視力と同じく自分の一部なのだから。その為、術式の理解を深め、自制を保つことが出来なければ魔術師は大成できないと言われている。
そも、魔術の発動にはプロセスがある。第1段階が術式のイメージである。起こす事象、対価、発動場所、時間等々の必要な情報と、それらを組み込んだ円を作り出していく。これが出来なければ話にならない。
次にイメージした魔術陣の発現。体の中の魔力を認識し、外に放出していく。思い通りの場所に魔術陣が出ているなら成功、もし現れていないか、遠すぎたり近すぎたりするならそれは情報の入れ忘れか入れ間違えを考えなければいけない。
最後に魔術陣への魔力の移動。大事なことが2つ。一つに魔力。もし少ない・足りないようであれば失敗。中途半端に光を漏らして空気中へと霧散していくだろう。
二つに放出量。人はそれぞれ魔力を送り出せる量に差異がある。アンリ先生曰く管の大きさが違うということらしい。
この2つは努力と体質で左右される。努力次第で大きく伸ばすことも出来る。しかし体質のせいで最大値が低かったり、そもそもの最低値が大きい人がいる。
さて、レスティアの体質はと言えば、どちらかと言えば前者だろう。最大値が低いわけではない。最低値も悪くはない。だが致命的に魔力量の伸びと管の広がり方が悪い。
しかし、それでも。レスティアは魔術に魅了された。才能がない、体質が悪いで自分の好きを否定したくなかった。故に、続けるのだ。それが無駄になるかもしれない、何の意味もないとしても。
「《手繰る風》!」
その声に呼応するように魔術が完成する。黒板の下に置かれている白いチョークが静かに動き出し、ゆっくりと文字を書きだす。書くのは自分の名前、レティシア・オールローゼ。
レティシアは術名を声に出す。しかしそれに意味はない。術の名前を言葉にして出す必要はない。必要なことは全て魔術陣に入っている。
だが言葉にして出すことでこれが私の魔術なのだと、自分の術式に自信を持てる。負の感情によって魔術が乱れるのであれば魔術を使う喜びや楽しみ、強い自信で魔術の高みに近づける。そうレティシアは考えていた。
実際はまだ机上の卓論でしかない、レティシアだけが空想する証明のない自分ルール。
それでも自信だけは人一倍だった。
読了感謝です。
何かと表現の練習をしていますのでアドバイス(見辛い、わかりにくい等)がありましたら助かります。誤字脱字もあると助かります。
好意のコメントがあると多分モチベが上がります。
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Tips
「10歳までの魔術教本」より抜粋
《前進する火》:前方に火を飛ばす魔術。火の形は指定されておらず不定形のため歪な形のまま直線上に飛んでいく。飛距離の設定を怠った所為で火事が発生するケースが10歳未満の子供だけに限らず、大人でも有り得るため注意。
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今更ですけれど、後書き部分は基本的に小ネタ?というか簡単な設定をつらつら綴っています。多分まとめは後で作られます。