20 出立の前に
クロヴィスと別れ、王子を抱いて部屋まで送り届けたあと、私はギルと一緒に部屋に戻ってきた。
ラグナルの居所もわかったし、クロヴィスとの同盟関係も結んだ。後は明日にでも国王陛下に話がいくだろう。今のシュゼーレ王国の状況を考えると、クロヴィスにつく方が良いとの判断になるに違いない。
「ねえ、ギル。ガルザ・ローゲってどんな神なの?」
ギルは神に直接仕えていた神獣だ。きっと神様たちにも直接会ったりしていただろう。そう思って聞いてみる。
「終焉の神。創世の神が創ったこの世界を終わらせる神です」
「終わらせてどうするの?」
「また新しい世界を創らせるのです」
「世界が終わればどうなるの?」
「何も残りません。神々すら。創世の神が創り出したものは全て消える」
それはとんでもないことね……。
「じゃあ、もし私がガルザ・ローゲの器にされちゃったら、ギルはどうする?」
私が身体を乗っ取られて、終焉の神になったらどうなるんだろう。
そう尋ねると、ギルは少しだけ黙って、そして淡々と答えた。
「神獣は聖物の選んだ主人を守ります。しかし、それは同時に主人が狂わないように監視しているのです。狂えば、殺す。そのためにいます。だから安心してください」
「狂う前に殺してくれるってこと?」
「そうならないように守護します」
魔剣の主人になった時から、色々面倒なことがあった。今でこそ魔剣が逆らわないよう手懐けたけど、意識を奪われそうになることもあったものね。そうならないように彼はいるのだ。
「もしかしたら、ギルが一番私にとって必要なのかもね。ラウリッツに帰ってもこの先ずっとそばにいてくれる?」
笑ってそう言うと、ギルは驚いたように目を見開く。
そして、見たことのないような完璧な笑顔を私に向けた。
「お望みなら貴女が死ぬまで。この関係を壊してしまうのが怖くて私は貴女に触れることはできませんが、それでも——」
それでは、と言い残して、赤毛の神獣の化身は背を向けて出ていく。
えーっと、今のそれは一体どういう意味なの……?
残された私は彼の言葉の意味をぐるぐる考えすぎて、バタンとベッドの上に倒れた。
*****
翌日、ヴィクトール王太子は国王陛下に今回の出来事を報告した。
クリムヒルトの私が騎士団と共に向かうと聞いて驚いたようだったが、ジークフリート王子も行くとなれば、解毒魔法が使える私が必要だと考えたらしい。意外とすんなりと私の同行は認められた。事が決まれば後は早い。
私達はクロヴィスをシュゼーレ王国へ送り届ける護衛団として、数日後に出発する事が決まった。
「王都に来てそう長くもないのに、慌ただしくて悪いな」
日暮れ前、出発の相談をしに王子の部屋を訪ねると、彼は申し訳なさそうに謝った。
「騎士が守るべき女性に頼らないといけないのが情けない」
「チェスで一番使える駒はクイーンでしょ。女を上手く使ってください、総帥」
「ああ、確かに女王は強い」
「一緒にラグナルを捕まえに行きましょうね」
笑いかけると王子もふむと頷く。
「しかし、個性的な面々が集まったものだな」
「そうですね。殿下も竜になりますもんね」
「それは呪いのせい。俺は一番常識があると自負している」
王子が腰に手を当てて自慢げに言うので、私はくすくすと笑った。
「そういえば、さっきから花の香りがするのですが」
部屋の中がなんだかいい匂いがしている。花瓶が置いてあるわけでもないのにどうしてだろう。
きょろきょろしていると、王子が机の上に置いてあった紙で包まれた束を渡してくれた。
「ローザリンデに花束を作ってもらった。クリムヒルトに渡すために」
「花束なんてもらうのは初めてです」
「今までおまえの周りにいた男達は、よほど気が利かなかったんだな」
だって、ねえ。
自慢じゃないけど怖がられてたし。
「ありがとうございます」
お礼を言って花束に顔を寄せると、あの夜の散歩で嗅いだ香りがした。
確か王子はヘリオトロープだといっていたかしら。この紫の小さな花がそうなのね。
うきうきして花を見ていると、王子が少し躊躇うように尋ねてくる。
「ヒルデはまだ俺の妃になるのは嫌なのか?」
「私は『赤眼の悪魔』ですよ。歳ももう二十一ですし、行き遅れです」
「まだ二十一だろ。それにシュゼーレ王国にとって悪魔でも、ロイエン王国にとっては戦乙女だ」
「そんなお世辞はいいです。てか、前に言っていた殿下の恋人は一体どうなっているんです?」
そうなのよ。
ずっと影も見えないから不思議に思っていたのだけど、あの時言っていた身分の低い恋人はどこにいるんだろう。
すると、王子は少し迷うようにうつむいて、それから意を決したように顔を上げた。
「俺の好きな相手というのはヒルデのことだったんだ。一度は諦めようと思った。でも、ローザリンデからクリムヒルトがヒルデだったと聞いて、俺はもう一度おまえを手に入れようと思ったんだ」
身分違いの恋人って、私のこと? まさか本気で言ってるの?
驚いて固まる私を、王子は真剣な目をしてじっと見つめてくる。
うう、近いわ。
それにこの空気はちょっとやばい。なんで顔が近づいてくるの?
「う……、またか!」
口付けされると思った瞬間、王子は片方の手で口を覆い私の腕の中に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか」
花束を放りだして慌てて抱きとめると、王子の肩越しに月が見える。
白い小竜に変化した王子が、私の腕にしがみついてぷるぷるとふるえていた。
『魔法を先にかけてもらっておくべきだった』
悔しそうに唸る竜を両手で抱き上げて、私はくすくすと笑う。
残念なような、ほっとしたような複雑な気分だわ。
「私は王太子を踏みつける暴力女ですよ」
『神獣を従え敵を退け味方を癒す、君以上の女性はいない』
白くて可愛い竜の口から出る私を讃える言葉は、甘さは半減しているけれどどこかくすぐったい。
言い返す言葉を失った私は黙り込む。
『もうひと押しかな』
腕の中で小さく呟く竜に、私は気が付かないふりをする。むぎゅっと抱きしめると、ヘリオトロープの花の香りがした。
その甘い香りに、ふとローザリンデ王女の言葉を思い出す。
ヘリオトロープの花言葉は【熱望】と【崇拝】——。
そして私はしばらくの間、子竜の顔を見ることができなくなった。
どうも長らく……本当に長らくお待たせいたしました。
やっと、第二章完結です!
これを昨年中に書き上げる予定だったのですが、どうにもならず。もうはじめのお話を忘れてしまったよって方もいらっしゃると思います。
怒涛の三連続更新でお赦しくださいませ!
第三章はシュゼーレ王国へ彼等が突撃する予定です。
歯が溶けるような甘さで終わった第二章、誰とどう進展させるかまた決めておりません。(ヒルデが暴走するので)
また忘れた頃に更新し始めるかもしれませんが、どうぞひらにご容赦を!!




