19 同盟を組みました
目の前で縮んでいく王子をどうすることもできずに見守る。
そして、くしゃりと落ちた服の中から、白くて小さな頭がひょこりと顔を出した。可愛い子竜。でも、見たいのは今じゃない。
「ああ……」
子竜はため息を吐く私を見上げて、そして自分の身体を確認するようにうつむいた。
ごめんなさい、王子。
これは私の失態だわ。魔法の調整をミスして持続時間が思ったよりも短かった。
クロヴィスは驚愕の表情で完全に固まっている。
人間が竜になるなんて、普通は見たことないわよね。
「あの時の——、カエル!」
『カエルじゃない! 竜だ』
こぶしを振り上げて抗議する王子に、クロヴィスはびくっと飛び上がった。
んん? なんだか急に怖がってる?
「どうして、ジークフリート殿が竜に? これは魔法の一種か?」
恐る恐る尋ねる彼に、子竜になった王子は服を抱えて首を横に振った。
『魔法ではなく呪いです』
「呪い……?」
ギルが無言で王子から服を受け取る。
王子はありがとうと言って預けると、クロヴィスに向き直った。もう見られたからには事情を説明するしかない。
王子もそう思ったのだろう。まだ驚いている様子のクロヴィスに向けて話し始めた。
『以前、ラグナルがロイエン王国にいたことは説明した通りです。その折に、彼は自分の持つ杖・レーヴァテインの守護獣フレイスベルクに、兄のヴィクトールを襲わせました。私はフレイスベルクと戦った時に竜化の呪いを受けて、いまだに解けていないのです』
「そ、それは気の毒な話だな……」
なんだろう、クロヴィスの声の勢いが小さくなってる。
腰が引けて見えるのは気のせいだろうか。
『この呪いはラグナルに解かせるしか方法がない。唯一、強力な治癒魔法を操ることが出来るクリムヒルトが、一時的とはいえこの呪いを解除することができる。それが貴方に彼女を譲る事ができない理由の一つです』
淡々と説明するけど、クロヴィス、絶対黙ってなさいよ。そう思いながら彼を睨みつける。けれど、その話を聞いた彼はなんだか嬉しそうな顔をした。
「それではラグナルを捕らえて呪いを解けば、ヒルデの役目は終わるということだな!」
心置きなくシュゼーレへ! って、喜んでいるが違う!
「行きません!」
『行かさない!』
——ハモった。
『それは理由の一つであって、全部ではありません。それ以外にもクリムヒルトを渡せない理由があるのです』
そう言いながら、王子は両手をあげて私に抱っこをせがむ。その仕草は幼児のようにたどたどしくて可愛らしい。
いつも竜の時には男扱いしてないって文句を言うのに、一体どうしたのかしら。
甘えてくれるなんて、チビ竜にめろめろになっちゃう♡
「王子、どうしたんですか。可愛い〜♡」
腕の中に抱き上げると、クロヴィスがウッと呻いた。
私が王子に優しいのが気に入らないのかしら。そう思いながら彼の顔を見ると、明らかに青ざめている。
そうか!
クロヴィスは爬虫類系が苦手だった。王子ナイス!
嬉しくなった私は、そのぷにぷにした身体を更にぎゅっと抱え込んだ。
『ご覧のように、クリムヒルトも私のことを愛しています。なので、クロヴィス殿下の申し出は丁重に断るでしょう』
「おのれ姑息な! ヒルデが小さいもの好きと知って……」
誇らしげに言う王子に、近付けないクロヴィスが地団駄を踏む。
それを見ながら王子はふんぞりかえった。
『可愛さにおいては俺は負けぬ』
「王子、自分で言ってて悲しくなりませんか?」
冷静なギルのツッコミに王子はフンと鼻を鳴らす。
『手段を選んでいては、クリムヒルトの愛は得られないと悟ったんだ』
「いや、それはペットへの愛……」
ギルが小さく呟くけど、王子の耳には聞こえてないみたいだ。
「ジークフリート殿の言いたいことはわかった」
ふーっと大きく息を吐き、クロヴィスが前を向く。
「とりあえずはラグナルを捕らえることに全力を尽くそう。それが我々の利益となる事がわかった」
まあ、その点では異論はない。
「ヒルデとは三年以上の付き合いがある。私としてもそう簡単に引くつもりはない」
「どうしてそんなに私にこだわるんですか?」
三年も振られ続けてまだ諦めないって、どれだけよ。
私の呆れた台詞に、クロヴィスはムスッとした顔をして、ちょっと言いにくそうに言い訳した。
「ヒルデ以外に私の妃は務まらないのだ。このままでは私が王位を継いでも後継に困る」
「はあ?」
「ヒルデに踏まれて以来、私より強く暴力的な女にしか反応しなくなった」
「反応……」
どこが? とは聞かない。わかるから!
私は言葉を失った。
うちの王太子より、こっち方が性癖以外の相手に不能だったか……。
『踏まれるのが好き』
それは確かに誰にも言えるまい。
果たしてシュゼーレの貴族令嬢に、王太子を踏んづけるよう教育できるのか。
「それは……結構切実な問題で……」
王子もどう言っていいのかわからないみたいだ。
ギルはもう明後日のほうを向いてしまっている。
秘密の暴露大会みたいになったけど、これはもうどうしようもないな。
「きっと、私みたいな令嬢もたくさんいると思いますよ」
慰めるつもりでそう言うと、三人ともが一斉にこっちを向いてふるふると首を横に振った。




