18 色々とバレました
王女の宮を出た私は、ジークフリート王子とギルと三人で王子の宮へと歩いていた。
蝋燭の灯った長い廊下はシンとして、私達の靴音だけがコツコツと響く。
「クリムヒルト、本当にクロヴィス王子に協力するつもりなのか?」
「はい。ラグナルがあの国に関わっているのは明らかなので」
「うちの騎士団が出る。無理におまえが行かなくてもいいんだぞ」
王子は心配そうだけど、ラグナルにはフレイスベルクがついている。
あの神獣にただの人間が対抗するのは、少々どころかかなり骨が折れるだろう。
「私にはギルがいますのでご心配なさらず」
そう言うと、赤毛がふうと小さくため息を吐く。
……聞こえたわよ。
文句を言うなよ、と視線を送ってやると、彼は黙って半眼の目で見てくる。
「俺の呪いの為にすまない」
ちょっとしゅんとした声で言われて、私は慌てて首を振った。
「違うんですよ。ラグナルを捕まえて呪いを解かせるのもあるんですけど、それがなくても多分彼は私を狙ってきます」
ずっと言えなかったけど、王子にはもう隠さない方がいいだろう。
シュゼーレ王国がクロヴィスの名前を使ってヒルデを要求したのは、きっとラグナルがまだ諦めてないんだ。私をガルザ・ローゲの器にしようと企んでいるに違いないわ。もしかしたら、それが目的でシュゼーレ王国に入り込んだ可能性すらある。
「どういうことだ?」
驚く王子に私は神殿に捕まった時の事を話した。
「ガルザ教団の目的は『世界の終末』を起こす事。ラグナルは私を捕らえ、神の器にするのだと言っていました。ヒルデを手に入れようとしたという事は、彼はまだ終末を起こそうとしているに違いありません」
「教団は崩壊したのにか」
「はい。彼にとって教団は道具に過ぎなかったのでしょう。何故彼がそれを望むのかは分かりませんが、ガルザ・ローゲに似た器である私と赤い災厄の魔物になりうるギルが必要なのだと思います」
そうなのよ。私が意識を乗っ取られたら、ギルは私を守るために言う事を聞くだろう。魔剣の守護者はその主人を守る為に神に遣わされているのだから。
どうして奴が世界を滅ぼそうとしているのかはわからないけど、どのみち狙われるなら、こっちから行って潰してやる。
そして、王子の呪いも解いて辺境領に戻るのよ。
話をしながら王女の宮を出た渡り廊下に差し掛かったとき、ふと前方に人影が見えて立ち止まる。
ジークフリート王子が怪訝そうに首を傾げた。
「クロヴィス殿下?」
花の植わる茂みを背にして、黒衣のクロヴィスが闇に溶けるように柱にもたれている。その様子は私達を待ち構えていたように見えた。
ちょっと、クロヴィス、貴方部屋に戻ってたんじゃないの?
「殿下、護衛役の騎士はどうされました?」
王子の問いかけに、クロヴィスは腕を組んだままニヤリと笑う。
「あんなもの必要ない。私は自分の身は自分で守れるからな」
それはそうだろうけど、あの騎士達、案内役も兼ねてるのにどこに追い払ったのよ。
「部屋の場所、わかってます?」
私が呆れて尋ねると、彼は首を横に振った。
……馬鹿じゃなかろうか。
「話がしたくて待っていた。心配するな。彼等はこの先で待たせてある」
いや、あなたの心配はしないけど。
ジト目で見る私を目指して、クロヴィスはツカツカと近付いてくる。
目の前まで来た彼を見上げると、彼はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「ヴィクトール殿はおまえの正体を知らないのだな」
げっ!
びくりと飛び上がった私に向けて、クロヴィスは鬼の首を取ったかのように誇らしげに胸をそらす。
「ヒルデ・ブランドは王国騎士に叙任されているそうだが、王子の婚約者が騎士に叙任されているとは奇妙だとは思わないか?」
こいつにだけは弱みを掴まれたくなかったのに!
「あんた……、バラしたら許さないわよ」
私は低い声で脅しをかける。
もう他国の王太子だろうがなんだろうが関係ない。
牢に入れられる前に道連れにしてやろう。
睨みつけていると、王子がそっと間に入ってきた。
「クロヴィス殿下、何かをご存知のようですが、クリムヒルトは私の婚約者に違いありません」
「貴殿はヒルデの正体を知っているようだな」
完全に隠しているわけではないのか、と独り言を言っている。
「ヒルデ……、いや、クリムヒルト。何度も言うが、私と来てシュゼーレの王妃になれ」
「このとおり、私はジークフリート王子の婚約者ですので、丁重にお断りいたします」
「婚約など破棄すればよい」
諦めの悪さは流石だわ……。
いずれ婚約は破棄するつもりだけど、クロヴィスの嫁はイヤだ。絶対むり。
彼は生理的に受けつけない。
ベッドの中で夫を痛めつけて喜ぶ女性もいるかもしれないけど、それは私の趣味じゃない。私はいたって正常なの!
王子は目の前で堂々と交わされる茶番に目を丸くしている。
それもそうだろう。でも、突っ立ってないで、この変態どこかへやって欲しい。
後ろを振り返ると、ギルは呆れたような表情で目を閉じていた。
「クロヴィス殿下……、私の婚約者を目の前で口説かないでくれますか」
「貴殿にはすまないが、私の伴侶にはヒルデしかいないのだ。どうか譲ってくれ」
「簡単にホイホイとあげたりできるわけないでしょ!」
手を伸ばすクロヴィスから逃れるために、私は慌てて王子の背中に隠れる。
王子は私をかばいながら、クロヴィスに問いかけた。
「私にとっても彼女は代わりのいない存在です。どうしてそこまで彼女に執着されるのですか」
「それは——」
クロヴィスが何かを言いかけたとき、ウッと呻いた王子が目を見開く。そして、口を手で押さえると苦しげに身体を二つに折った。
え?
まさか、まだ早い。
魔法が切れるまでまだ時間はあるはずなのに。
あの時、急いで魔法を掛けたから?
焦る私の目の前で、王子の姿はゆらりと揺らめいて、そしてみるみる小さく縮んだ。




