17 王の資格
背後から王子に口をふさがれたまま、私は抗議するため上を向いて彼を見た。
私の文句を言いたげな視線に、王子は困ったように目を逸らす。
「クリムヒルト、褒めてくれるのはありがたいんだが、その褒め方はちょっと……」
「殿下、どうぞそのまま離さないでください」
ギルが呆れたようにため息をついた。
だって健全な精神は健康な肉体に宿るって、昔他所の国の人が言ってたわよ? ちゃんと心身を鍛えているって誇れることじゃない。どこかの変態野郎とは大違いだわ。
そう言おうとしたけど、手が邪魔でむごむごとしか言葉が出ない。
唖然としていた王太子は、首を傾げてつぶやいた。
「辺境伯の令嬢は、どうも思っていたのとはだいぶん違うようだな。噂では病弱で美しい聖女のような女性だと聞いていたのだが」
それはお父様が噂を盛りに盛っただけです、王太子殿下。
私はもう自分を偽ることはやめにした。いいかげん猫を被るのも面倒だ。
要はヒルデとバレなきゃいいのよ。
そもそも教会に乗り込んで二人を救出してきた時点で、もう隠しても無駄じゃない?
パシパシと王子の手を叩くとやっと解放されて、私は大きく息を吸った。
「魔力切れで倒れる事はたまにありますが、ラウリッツの騎士団に病弱な者はいません」
「では何故黙っていたのだ」
「皆がそう思い込んでいたので言い出せなかっただけです」
私は唇を尖らせて答える。
本当にもう、噂って怖いわ。おかげで少しの運動もできなくて困っていたんだから。
「そっちの従者はギルと言ったな。それは本当か?」
「……はい。クリムヒルト様は魔物退治が趣味で、ラウリッツ領では騎士達も恐れるお転婆姫で有名です」
「魔物退治は趣味じゃない!」
私は慌てて否定するけど、ギルはそっぽを向いている。
ジークフリート王子は堪えきれなかったようで、後ろを向いて肩を振るわせていた。声を殺して笑う弟に、王太子はますます怪訝な顔をする。
「ジーク、これがお前の最高の婚約者なのか?」
「はい。治癒魔法も度胸も特級レベルです」
「私のヴェロニカとは全く違うな……」
腑に落ちない顔をしているけれど、それには私も激しく同意するわ。王子の女性の趣味はあまり良くない気がする。
私だって王子妃にはヴェロニカ妃みたいに清楚な女性が好ましいと思うわよ?
しかし王太子殿下、今、妃の事『私の』って言ったけど無意識かしら。
「なんで妃殿下に手を出されてないんです?」
ずばりと質問してみたら、また王子とギルとが飛び上がった。
別に聞いてもいいじゃない。不能が原因だったら治療しないと。治癒魔法でなんとかなりそうだったら私頑張るわよ?
すると、王太子はジロリとこっちを見た。
「誰からそれを?」
「隠していらしたのですか? ずっと愛のない政略結婚の相手として扱っているかのように振る舞っていらしたようですが」
弟相手に男色の噂が立つくらいだもの。わざとやってたに違いない。
嫌味のように言ってやると、王太子は渋い顔をする。しかし、あれだけ騒いだ後だ。隠せないと観念したのか、諦めたようにため息をついた。
「ずっと私は何者かに命を狙われる生活を送ってきた。今もそうだ。彼女が私に近づくと、今度は彼女も狙われるだろう。むしろ、私よりも先に。王としての地盤が固まる前に、そういう事態は避けたかった」
ずっと狙われていたから?
自分の弱みであると思われないために、王太子妃を遠ざけていたということ? 彼女も一緒に狙われないように。
「私が死んだら弟のジークが代わりになる。ジークの強さはその辺の刺客など寄せ付けぬから安心だ」
彼は弟が王位を継ぐことを想定しているのね。
その王妃にはヴェロニカ妃が相応しいと思っていたのかしら。仮に夫が死んだとしても、白い結婚ならすぐに再婚できるし。だから手を出さずに二人を見守っていたということかしら。
「シュゼーレのクロヴィス王太子は激しい政争を勝ち抜き、自身で兵を率いる武人でもある。彼は圧倒的な才能の持ち主だ」
うん、それは認めるわ。ちょっと変態だけど。
「残念だが私はその域にはない。むしろジークの方が騎士団をまとめ上げ、国王や民衆の信頼も厚い」
「兄上、それは違います」
「いや、それが現実だ。自分で刺客を退けることはおろか、ジークに守られ本来私が受けるべき呪いを負わせてしまったのだから」
ヴィクトール殿下のコンプレックスはクロヴィス。彼は王太子でありながら軍隊を統率し、政治的に高い手腕も持つカリスマだ。
王太子はそれに対抗できるのはジークフリート王子だと思っている。
でも……。
「あのですね、ジークフリート殿下には申し訳ありませんが、この方は王には向きませんよ」
私がそう言うと、王太子は眉根を寄せた。
「何故だ?」
「性格が良すぎますもん。ヒルデが教団に捕まったくらいで国の軍隊を動かす人ですよ? なんでもかんでも真正面に向いていたら、見えない足元をすくわれます。王になる人はヴィクトール殿下みたいに少し腹黒い方がいいんです」
「お前、面と向かって腹黒などと……」
「だって、みんなを騙していたじゃないですか。てっきり殿下はヴェロニカ妃とは仲が悪いのかと思ってました。でも、そのくらいでないと他国と交渉は難しいのでしょう?」
言っちゃ悪いが、王子は真っ直ぐすぎる。団長達の様子を見る限り、それが彼の人望の元でもあるから欠点ではない。
でも王たるものは、敵も多い。しれっと嘘がつけるくらいの方が良いんじゃないかしら?
「それに、国の仕事は全て一人で出来るわけないし、その必要もないです。クロヴィス王子と違って、殿下には有能な味方がたくさんいます」
クロヴィスは兄弟と争っていて自分一人だ。王になったとしても、きっと苦労は多いだろう。
けれどヴィクトール王太子にはジークフリート王子とローザリンデ王女がいる。大軍をまとめる弟王子と、精霊を味方につけた妹王女、なんて最高の布陣なの。王の周りに人が集まり、各々が考えて国の為に動く。それでいいのだ。
「王太子殿下、私も国を守護するラウリッツ辺境伯の娘として、殿下とヴェロニカ様をお守りいたします」
私の誓いを聞いた王太子はしばらく黙りこむ。
「なるほどな。この度胸の良さはジークが気にいるわけだ」
そう言って、彼はふわりと笑みを浮かべた。




