15 仕方がないので協力します
王宮に戻った私たちを待っていたのは、なぜか騒がしい騎士団の宿舎の様子と深刻な顔をしているヴィクトール王太子だった。ジークフリート王子の姿は見えない。そうか、もう竜になっている時間よね。
ちなみに魔剣は途中の噴水でじゃぶじゃぶ洗ってお仕舞い済みだ。
「なにかあったのですか?」
「クリムヒルト嬢……。隣は本物のクロヴィス王子か?」
本物ってどういうことだろう。
ヴェロニカ妃はギルが先に連れて帰ったはず。クロヴィスも救出済みの事は、ギルから聞いて知っていると思ったんだけど。
怪訝な顔をする私たちに向けて、王太子は気にするな、と薄く笑った。
「クロヴィス王子の名で、ヴェロニカ妃を誘拐したという文書が送られて来たのだ」
「なんですって?」
思わず私はクロヴィスと顔を見合わせる。
「私はここにいるが」
クロヴィスの言葉に、王太子もうなずく。
「わかっている。クリムヒルト嬢、とりあえずジークを連れてきてくれないか」
「ヴェロニカ様は?」
「ギル殿が王女宮へ連れて行った。今はローザリンデがついている。王女の部屋が一番安全に話ができるから、そちらへ来てくれ」
ヴィクトール王太子の依頼にうなずき、私は急いで王子宮へと向かった。
*****
ジークフリート王子の部屋へ行き声をかけてドアを叩くと、すぐに中から白い竜が飛び出てきた。
『クリムヒルト、無事か! ヴェロニカ妃を救出して戻ったギル殿から、魔物と戦ったと聞いたのだが』
ぴょこんと私に飛びついて、きゅるんとした蒼い大きな目で覗き込んでくる。
やだ、これは超可愛い。
思わず抱きすくめると、腕の中で王子がぐえっとうめいた。
あら、いけない。力が入りすぎたわ。
「このとおり無事ですよ、殿下。それより魔法をかけますから早く人間に戻ってください。ヴィクトール殿下が呼んでいますので」
急いで彼に解毒魔法をかけて人間に戻すと、ローザリンデ王女の宮殿へと向かう。私達が到着した時には、すでに王女の居室には皆がそろって待っていた。
中央の椅子にはヴィクトール王太子が座り、右隣にはクロヴィスが腕を組んで立っている。その左隣の二人掛けのソファにはヴェロニカ妃とローザリンデ王女が並んで座っていた。不安げな王太子妃を王女が心配そうに見ている。
ギルはというと、どこにいるのかと思えば扉のそばで影のように控えていた。気配を消しているから驚いたわ。
ジークフリート王子は部屋に入ると、正面に立つクロヴィスを見て、『やはり』とつぶやく。
「ジーク、来たか」
「兄上、クリムヒルトが言ったように、クロヴィス殿下もともにさらわれていたのですね」
「ああ、そうだ。そして、彼の名で犯行声明の文書が送り付けられてきた」
犯行声明……、ラグナルの『準備ができたら』という言葉は、もしかしてコレのことだろうか。
私は王太子に犯人は別にいることを告げた。
「ヴェロニカ様を連れ去ったのは、ラグナルです。彼はガルザ教団の司祭として教団の教義を実現しようと企み、王太子殿下を狙いジークフリート王子に呪いをかけました。昨年、王国騎士団が彼を捕らえようとしましたが、今も逃亡しています。お二人が閉じ込められていた神殿で、彼の姿を見ました。間違いありません」
私の言葉にクロヴィスも眉をひそめる。
「そいつが今、シュゼーレの王宮へ入り込んでいるのだ」
「ではこの書状の送り主はやはり?」
「ああ、ラグナルだ。奴がシュゼーレの王太子の名を騙ったのに間違いない」
ラグナルが全ての黒幕というより、ことの成り行きを見る限りシュゼーレ王国もクロヴィスを陥れるために生誕祭に送り込んだとしか思えないのだけど。
「今回の事件は……」
「ああ、もともとそういうふうに仕組まれていたのだろう」
私の質問に、彼も同意する。やはり同じように考えていたらしい。
王太子はクロヴィスを見ながらため息をつく。
「ベルビュート大臣が急病だというのも嘘だったのだろうな」
クロヴィスは特に動揺した様子もなくうなずいた。
「ロイエン王国から逃亡してすぐ、ラグナルはシュゼーレ王国へ来たようだな。その時期に第一王子の母である王妃に奴は近付いている。王妃は私が王位継承第一位になったことを随分と不服そうにしていたから、私を追い落としてやるとでも言ったのだろう」
それで、この事件を起こしたってことね。ラウリッツにいた時からシュゼーレ王国に王位継承争いがあるとは常々聞いていたけれど、それがこんな形でロイエン王国にまで波及してくるとは思わなかったわ。
ラグナル、そんなのに首を突っ込んで一体何を考えているのかしら。
「それで、私を名乗る者は何を要求していたのだ?」
クロヴィスも同じように思ったらしい。テーブルの上に置かれた書状に目をやり、ヴィクトール王太子に尋ねる。王太子は書状を手に取り、ひらひらと振ってみせた。
「書面には王太子妃を返して欲しくば、ラウリッツ辺境騎士団のヒルデ・ブランドを引き渡せと書いてある」
ええ、私?
皆が一斉にこちらを見るから、一瞬私がヒルデだとバレているのかと思ったけど、王太子夫妻は単にラウリッツの出身だということに反応したのだろう。
ラグナルの奴、王太子の名前を使って私を手に入れ、ついでにクロヴィスを始末するつもりだったのね。
「ヒルデ卿は魔剣の主人だ。そう易々と渡すわけはないと踏んでヴェロニカを狙ったのだな」
ヴェロニカ妃はまだショックのせいか、青ざめた顔色をして黙っている。
すいません、私のせいです。とはもちろん言えない。
そうよね、普通の淑女があんなキモい魔物にさらわれたら、そりゃあ寝込んでしまっても仕方がないくらいよ。
しゅんとなった私を見て、クロヴィスが微笑を浮かべる。
「クリムヒルト嬢のおかげで未然に防ぐことができて良かったというべきか。それとも、そもそもこんな所までのこのこと来てしまった私が間抜けだったというべきなのか」
そして、クロヴィス王子は組んでいた腕をほどいて、右手をヴィクトール王太子に差し出した。
「さて、ヴィクトール殿、我々の共通の敵はラグナルということで良いかな?」
ああ、と言って、王太子は彼の手を握る。それからクロヴィス王子は私を振り返り、更にニヤリと笑った。
「クリムヒルト嬢、ここは同郷の騎士のためにも、ご協力願えるだろうか」
彼の圧に、イヤとは言えない。
「承知しました」
そもそも私達はラグナルを追っていたのだ。これはジークフリート王子のため、ひいては私のためでもある。
「しかし、ラグナルはなぜクロヴィス王子の名でヒルデを?」
ふと気付いたのか、ジークフリート王子が私に尋ねた。
クロヴィスがヒルデに執着していることは、ラウリッツとシュゼーレ軍の一部には有名なことだ。彼が私の身柄を要求したとしても不思議なことではない。
でも、王子達は知らなくて当然だ。いや、知られると面倒だ。
でも、私がそう思って黙っていたのに、クロヴィス王子はさらっと答えてしまった。
「私がずっとヒルデ・ブランド卿に求婚していたからだ」
「なんだって?」
ジークフリート王子が目を見開く。
ああ、面倒だって思ってたのに……、クロヴィスのばか!




