13 救出しようとしたけれど……??
夕闇が広がると私達はそうっと建物の外へ出た。ギルがこちらだと目配せをする。
半分崩れた聖堂の中央ではなく、袖廊の、以前厨房にいたおじさんが教えてくれた入り口だ。
壁に張り付くようにして、私達は中の様子をうかがう。
一人、二人?
確かに誰かいる。人の気配がするわ。
薄く開けた扉の向こうに、小さな蝋燭がゆらめいている。と、思うとフッと消えた。
「聖堂にも地下があるようですね」
なるほど、それで屋根や壁が壊れている聖堂でも監禁できるわけね。
あの明かりは地下へ続く扉の向こうへ消えたみたいだ。
ギルは『まだ』と言って、私に動かないよう指示する。
「ねえ、ギル、夜まで待った理由はなに?」
私はギルの袖を引っ張って尋ねる。
明かりのない夜の方が向こうに姿を発見されにくいけど、同時にこっちからも様子を観察しにくい。
なのに、わざわざ暗闇を選ぶということは、彼は人質たちをこの場所から連れ去るつもりなのだ。
いつも私に慎重に動くようにと説教してくるくせに、戻って王子達に報告しなかったのは、そうする時間はないと判断したのだろうか。
ギルは私の問いかけに、小さくつぶやく。
「妙な気配がしたので」
「妙な気配? ラグナルじゃなくて?」
「人間ではない気配です」
人間じゃない……。
「大丈夫なの?」
「わかりません」
あっちの仲間には得体が知れないものがいるのね。そりゃ大勢で攻め込むより、さっさと救出するのが得策だわ。
しかし、この神獣、本当に有能だ。
ぶっちゃけ魔剣より神獣の加護がくっついてくる方がお得よね。いや、魔剣が怒るかもしれないけれど、聖物のおまけじゃなくて単体でもいいくらいよ。
そう思いながら私はギルを見つめる。
やたら綺麗な横顔はいつものように無表情だ。
私は赤い髪がはらりと目元にかかっているのが鬱陶しかろうと、手を伸ばしてのけてやった。
「……触らないでくれますか」
「邪魔じゃないかと思って」
冷ややかに見てくる黒い目を真正面から見返すと、彼は赤いまつ毛をふせて顔をそらした。
相変わらず主人にもツンな奴。
「出てきました」
小さな声でそう言って、ギルが私に黙るように目で伝える。
慌てて扉から飛び退き影に隠れると、小さくキイと音がして誰かが出てきた。
杖を持った金髪の男。
——ラグナルだ。
「……では、準備ができ次第、迎えに来ます」
ラグナルが扉の中の誰かにそう言って出て行く。
あいつ、どこに行くつもりだろう。捕まえて王子の呪いを解かしたいけど、今はグッと我慢だ。レーヴァテインは侮れない。あいつがいると邪魔なのよ。
迎えにいうことは、人質たちを王都から連れ出すつもりなのね。やっぱりジークフリート王子が王都を封鎖したのは正解だったわ。
彼が神殿の裏門の方に消えるのを確認して、私たちは中へ入った。
中は暗闇に包まれている。散乱している瓦礫をよけながら袖廊を進む。
壊れた天井とステンドグラス越しに月明かりが差し込んでいて、なんとか物の形は見えるかな。うん、だんだん目が慣れてきた。
蝋燭が消えたあたりを探ると、立ち並ぶいくつかの神像の台座の裏に小さな扉がある。
静かにその扉の奥へ入り、曲がりくねった階段を降りた。
カンテラだろう、蝋燭より明るい光が階段までもれてきている。そっとうかがうと、その先は倉庫になっているようだった。
神殿に寄贈されたものを保管していたのかしら。幾つもの木箱や、まだワインなんかも残されている。
そして、その奥にさらに扉が一つ。扉の前で一人の男が暇そうに椅子に座っている。さっきラグナルと話していた男ね。
(あの男、なんか見たことある気がするわ……、あ!)
よくよく思い出してみると、地味な外見で印象は薄いけれど、あいつクロヴィス王子にくっついていた従者じゃない!
どういう事? シュゼーレ王国とラグナルが繋がっているってこと?
ギルが、『クリムヒルト様』と耳元で小さくうながす。
そうね、考えるより行動よ。
私は見張りの男の前に飛び出すと、座っているその横頭を思いっきり蹴り飛ばした。
「グハアッ!」
油断大敵、男は壁の端まですっ飛んでぶつかり倒れる。気を失った様子の男にギルが近づいて、その辺にあったロープで後ろ手に縛り上げた。
ほら、いっちょあがり。
男の服を探っていたギルがこちらへ戻ってくる。
「鍵は?」
「私が開けるので下がっていてください」
カチャリと音がして鍵が開く。
扉を押して開くと、その隙間から男の腕がにゅっと出てきてギルの腕を掴んだ。
引き込んで殴りかかろうとするのを、横から押さえる。
私の顔を見たクロヴィスは、驚いたように手を止めた。
「クリムヒルト殿? 王子妃がなぜここに?」
「クロヴィス殿下、助けにきました。これはどういうことか、ご説明していただけますよね?」
部屋の奥を見ると、女性が一人うつ伏せに倒れている。
床にロープが転がっているところを見ると、クロヴィスは縛られていたのを自力で切ってほどいたようだ。
ヴェロニカ妃のロープも切られているところを見ると、クロヴィスはこっち側であると思っていいようね。
「すまない。これは私を狙ったシュゼーレの者の仕業だ」
「王太子妃様にお怪我は?」
「無い。だが恐ろしい化け物を見て気を失っている」
「化け物?」
ギルがヴェロニカ妃に近づき両手で抱き上げたが、彼女はぐったりしたまま起きない。
「クリムヒルト様、早く出ましょう」
ギルが私たちをせかすようにそう言って、扉の外へ出る。
それもそうだ。ラグナルが帰ってこないうちに逃げなきゃ。
クロヴィス王子をうながして階段へと走りかけた時、気絶させたはずの男がもぞもぞと動いた。ありゃ、結構強く蹴飛ばしたのにタフね。
そう思いながら横目で見ていると、なんといきなり彼を縛っていたロープが弾け飛んだ。
「マズい、起きたぞ」
クロヴィス王子が焦りのにじんだ声で言う。
え? ただのあんたの従者だった奴でしょ。何をそんなに、と思ってもう一度それを見た私はギョッと飛び上がった。
男の身体から奇妙なモノが生えている。人間の手や足が消え、代わりにうにょうにょと蠢く幾本もの青白い触手が彼を覆っていた。
「キモっ! なにアレ?」
「あれが化け物だ」
イカ? タコ? なんか変な吸盤も付いてる!
ギルが言ってた妙な気配って、コイツのこと?
化け物は大きく伸び上がって、そしてこっちに近づいてきた。
いやーっ、ヌメヌメしてる!
「クリムヒルト様、あれは魔物です!」
どうして魔物が人に化けてんのよ!
シュゼーレ王国ったら、いつから魔物を雇いだしたの?
しかも、私の大嫌いな触手系じゃない。全身鳥肌で毛が逆立ってるわ。
周りを見ても、クロヴィス王子は丸腰、ギルはヴェロニカ妃を抱いてる。
ああ、もう、戦えるの私しかいないじゃない。
「グラム!」
私は右手を開いて魔剣を呼んだ。
「ギル、二人を連れて先に行って!」
するりと手に馴染む剣の感触を確かめて、私は伸びてくる触手を断ち切るために走り出した。




