12 再訪
「えーっと、確かこの辺に……」
王女宮から自室に戻った私は、部屋の奥の衣裳部屋へ入る。
こんなフリフリの裾の広がったスカートの服で捜索に行くわけにはいかない。
当然の如く騎士団の制服は持ってきていないけれど、淑女が着る服の中にも馬に乗りやすよう乗馬服というものがあるのだ。
しかし、王都の乗馬服は動きやすいようデザインされているとはいえ、脚のラインが出ると男性の変な想像をかきたてるとかで普通はスカートなのだそう。
なんでだろう。みんな胸は盛ってるのにねえ。王都は脚フェチが多いのか?
それを聞いた時はめんどくさ、と思ったけど、そこはそれ、準備のいい私。
王子宮の侍女達に言って、思い切り馬を走らせることができるよう、男性と同じ乗馬用ズボンとロングブーツの乗馬服を作ってもらっている。
辺境領では男装で馬に乗るのが普通だったから、と言い訳して頼んだのだ。
服を着替えて外へ出ると、ギルが二頭の馬を引いてきてくれていた。
王宮の門の警備兵も、護衛付きの王子妃候補の遠駆けに疑問を持つこともなく通してくれる。
ガルザ教団の神殿は王都の西にあったはず。その場所を思い出しながら馬を軽く走らせて、私は隣を走るギルに尋ねた。
「ねえ、今更だけど、あんたがフレイスベルクの魔力を感じられるように、あっちもあんたがいるってわかるの?」
「そうですね」
「そうですねって、それじゃあ私達がここにいることがバレバレじゃないのよ」
誘拐された行方不明者を捜索するのに、敵に居場所を探知されてどうすんの。旗立てて歩いてるようなものじゃない。
「わかると言っても、放出された魔力を感じるだけです。今の私は気配を消しているので察知される心配はありません。あっちがダダ漏れにしているだけです」
どういうこと?
不思議そうにしていると、ギルはほんの少し眉をひそめた。
「フレイスベルクはレーヴァテインの主人に操られてはいますが、自我は失っていないようです。騎士達と戦った時も本気で殺そうとはしていなかったでしょう?」
「そういえば、遊んでいるのかと思ったわ」
「フレイスベルクも神に直接仕えていた従獣ですから、本来の魔力は相当です。本気で戦えば私でも倒すのは苦労するくらい」
フレイスベルクがギルと同じ最上級の神獣なら、とんでもなく強いだろう。でも、あの時の竜は私にそこまでの恐怖を感じさせなかった。
「つまり、フレイスベルクは本当はラグナルの言うことは聞きたくないって思ってるってこと?」
「さあ。何を考えているのかはわかりませんが、彼女の本意とするところでないのは確かでしょう」
話しているうちに見覚えのある建物が見えてきた。
以前王子と潜入した時は夜だったけれど、今回は昼間だから神殿前の広場にはたくさんの人が行き交っている。その人々に紛れるようにして、私たちは少し離れたところで馬を降りた。
ガルザ教団の神殿は、あの時のまま静かにそびえている。
けれど、人が出入りできないように、大きな扉は鎖で封鎖されていた。
「さて、どうやって入ろうかしらね」
まさか正面から入るわけにもいかない。隣を見ると、ギルもこちらを横目で見てくる。
「どこら辺に目星をつけていますか?」
「うーん、神殿は魔剣が屋根を吹っ飛ばしたし、奥の建物ね。私が寝かされていた部屋のあたりか、地下かしら。ここにいてくれれば楽なんだけど」
裏に通用口もあるだろうけど、同じように封鎖されているだろう。これはまた、壁を越えるか。
少し離れた場所の木に馬を繋いで、私たちは神殿の裏へまわった。
「この向こうが入り口のはずよ」
「人の気配はありません」
塀に手を当ててギルがつぶやく。
私は侵入者を阻むようにそびえ立つ塀を見上げた。
「いける?」
「もちろん」
しゃがんで私を抱え上げたギルが、ポーンと地面を蹴る。一瞬で塀の上に乗った彼は、そのまま中へと飛び降りた。ギルは音もなく着地して私をおろす。
目の前に居住用建物の入り口が見えた。
突入した時に壊れたのか、扉は半分開いたままになっている。
壁に近付き中をうかがうが、人の気配はない。
そっと中へ滑り込む。
警戒しながら一階を見て回ると、おじさんのいた厨房は調理道具が残されたままホコリをかぶっていた。
一年も経っていないはずなのに、建物は廃墟のような暗く湿った匂いがする。
誰もいないのかしら。
広い一階部分にはどこも異常はない。
二階から上か、それとも地下か。
ギルに目配せをして階段を降りる。
地下は部屋の扉が開け放たれた状態だった。
事件の後、騎士団が全て中を調べたのね。薬の棚も全て空になっている。
これは予想が外れたかしら。
「上に行きましょう」
奥まで確認したギルが私をうながす。
私が寝かされていたのは二階だ。この建物は四階まである。
「そうね。まだ上があるわ」
私はうなずいて階段に向かった。
しかし、上の階を隅から隅まで調べても、王太子妃とクロヴィス王子の姿はどこにもなかった。もちろんラグナルも。
四階の最後の部屋を見て、私は自分の認識を改めなければならない現実に直面するしかなかった。
この建物に彼らはいない。
あと、この王都で精霊の目を避けることができる場所は?
東の創世教会……は、アルカ・エルラを祀るこの国の主教だから除外できる。他に神の領域として造られた場所って——。
どこか、どこかにあるはず。
指を噛む私の手をギルがそっと握って止めた。
「クリムヒルト様、夜までここで待機しましょう」
「ここで?」
「はい」
返事をするギルの目は窓の外に向けられている。
その先にあるのは壊れた神殿の尖塔だった。
「あっち?」
あんなだだっ広い聖堂、しかも屋根が吹っ飛んでしまっているのに?
人を閉じ込めておくには不適切だと思うけれど。
しかし、怪訝な顔をする私に振り向くこともなく、ギルはただそちらを見つめるだけだった。




