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辺境伯令嬢は王子の婚約者になりたくない  作者: 藤夜
第二章

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8 狼王子

 辺境伯のお父様は、我が国との国境を接するシュゼーレ側の領地を治めるグイル公爵とは、しばしば文書を交わしている。それは領民や商人達の交易のためであったり、行き来する彼等を魔物から守るためだったりする。同じ領地を守る者同士協力しているのだ。

 それがどうしてしょっちゅう戦争になるかというと、まあシュゼーレ王国側のお家事情が絡んでいる。

 

 シュゼーレ王国には五人の王子がいて、彼等は全て母親が違う。その中でも一番の王のお気に入りが第三王子であるクロヴィス王子。長兄、次兄を押さえて王太子に立つその実力は、近隣三カ国を征服しシュゼーレ王国を大国へと押し上げた。そして、軍を率いるだけでなくその才知は多岐に渡って発揮され、若くして国王を補佐し、占領後の各国の領主達を完全に支配しているという。

 

 グイル公爵は中央貴族達にも顔がきく穏健派。娘が第一王子の母親でもあり、王太子にとって自身の勢力下に入ることを拒む公爵は目の上のたんこぶだ。自身の地位確立の為にロイエン王国をも狙う王太子を公爵はなんとか抑えようとしているのだが、勢いのある彼を止めるほどの力はない。下手に逆らえば身が危うくなる。

 それでラウリッツ辺境騎士団は、おそらくシュゼーレ王国内の勢力争いが活性化するたびに攻めてくる隣国の軍に近年苦労していた。私にとって、クロヴィス王子は嫌なヤツでしかない。


 こちらへ近付いてきたクロヴィス王子は、私達の前までやってくると胸にこぶしをあてて軽く会釈をした。

 

「貴殿がロイエン王国の騎士団総帥のジークフリート王子だな。私はシュゼーレのクロヴィスだ」

「ようこそ、クロヴィス殿下」

 

 クロヴィス王子は完璧な発音のロイエン王国の言葉で挨拶する。二人は差し出した手を軽く握り合った。

 

「先ほどは見事な観兵式を見せてもらった」

「形だけですが歓迎の意を込めました」

「次はぜひ貴殿も我が国へ。同じ軍を率いる者同士、気が合いそうだ」

「機会があれば」

 

 王子はにこやかな笑みを浮かべているけれど、流れる空気はかなりピリついている。

 それもそうよ。ジークフリート王子は他国の訪問をしない。軍部を抱える彼は国王にとって国を守る剣だ。うちでは友好国への訪問は王太子であるヴィクトール王子の仕事。彼を差し置いて招くという行為は、王太子を軽んじているととれる。

 軍人同士で気が合う、というのは表向きの言い訳で、王子にお前も野心を持てと言っているようなものだろう。

 

 あー、やだやだ。だからこいつ嫌いなのよ。こうやって揺さぶりをかけて相手の反応を見ているのよ。性格悪いったらありゃしない。

 ジークフリート王子はさすが、綺麗な顔に人好きのする笑顔をはりつけたままだ。私も感情が顔に出ないように、遠くのテーブルに見えている美味しいお菓子のことを考えるようにする。あとで食べに行こ。ここは無心よ、無心。

 

「ところで、最近婚約されたとか。お相手の令嬢がこちらの女性か?」


 一生懸命頭を無にしていると、クロヴィス王子が私を見下ろして微笑みかけてくる。無視出来ないから仕方ない。私は軽く会釈をして答えた。

  

「クリムヒルトです」

「ラウリッツ辺境伯の令嬢だとか。辺境伯は非常に優れた騎士団をお持ちだ。辺境騎士団のローレンツ卿の妹君に、ここで会えるとは思わなかった」

 

 こっちも貴方に会うとは思っていなかったわよ。ベルビュート大臣って人、なんで体調不良なんて起こすのよ。

 

「ラウリッツの癒しの女神の噂は聞いている。噂どおり、月の女神のような銀の髪が美しい」

「ありがとうございます。私も殿下のお噂はよく聞いております。軍の後方とはいえ、治癒師として騎士団に所属しておりましたので」

 

 貴方の事は知っているのよ、と少し牽制するように答えてやると、クロヴィス王子は意外そうに片眉をあげて笑った。

 

「ほう、勇ましい。それで、どんな噂を聞かれたのだろう」

「この場で申し上げるようなことでは」

 

 敵同士で流れる噂を言えるわけなかろう。灰色の髪をなびかせ配下の兵士を率い、獲物を狩るように容赦のない戦い方をする彼を、私達は『シュゼーレの灰色狼』とか『狼王子』と呼んでいた。しかも、彼は嗜好がおかしい。

 

 さらりと流されて気を悪くする様子もなく、クロヴィス王子は私の顔をまじまじと見つめた。

 

「失礼だがヒルデ・ブランド卿とは血縁が?」

「母方の親類ですわ」

「どおりで似ておられる」

 

 そりゃ当たり前だ、本人だから。尋ねられるだろうとわかっていたので、用意していた答えを返す。

 ヒルデの時とは髪と目の色が違うだけだ。でも、化粧もせず戦場での汚れた姿の私と今の飾りあげた姿の私とでは、到底同じ人物には見えないだろう。

 

「彼女は今も騎士団に?」

「そうです」

「この王都に来ていると聞いたのだが」

 

 んん?

 

「王国騎士の叙任式で王都にしばらく滞在していましたが、ラウリッツ領に帰りました」

「そうなのか」

「……」

 

 クロヴィス王子は残念そうに、けれどどこか納得していないように眉をぴくりと動かして黙った。

 

 この反応、お父様に手紙を書く必要がありそうね。ラウリッツにシュゼーレの間諜(スパイ)が入り込んでいないか気になるわ。

 しばらく隣で私達の会話を黙って聞いていたジークフリート王子が、話を引き継ぐように彼に話しかける。

 

「クロヴィス殿下もしばらくこちらに滞在されますか?」

「そうさせてもらうつもりだ」

 

 生誕祭では王都は一週間ほど祭りの空気に包まれる。宮殿でも招待客は皆、数日間は滞在するのが普通なのだ。もちろん全員に案内役が付き、結構自由に街歩きを楽しむ人も多い。

 

「どうぞゆっくり楽しんでいただけると嬉しく思います」

「ああ、そうさせていただこう」

 

 私はさっさと帰れ、と心の中で呟きながら笑顔で立ち去る彼を見送り、隣の王子を見上げた。

 

「彼には見張りをつけた方がいいですよ」

 

 小声でそう伝えるとジークフリート王子は、にこやかな笑顔はそのままに私にだけ聞こえる声で返す。

 

「黒霧をつけているから心配するな」

 

 紅炎・蒼氷に続く、王国の第三の軍隊の黒霧は諜報に特化した部隊だ。その隊員達は各国へ潜入し情報収集するだけでなく皆暗殺術を身につけ、いざとなれば秘密裏に処分すら行っているという。

 

 それは頼もしいですと答えながら、それでも私は身体の中の魔剣(グラム)がぞわぞわと警戒の声をあげるのをなだめるのに忙しかった。

 

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