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辺境伯令嬢は王子の婚約者になりたくない  作者: 藤夜
第二章

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7 生誕祭の始まり

 ロイエン王国の国王生誕祭は、王都の中心を真っ直ぐ貫く大通りを通るパレードから始まる。遠くから国民達が見守る中を、紅炎・蒼氷二つの騎士団の騎馬達に守られた国王の馬車が宮殿へと向かうのだ。

 

 王都の中はあちらこちらで小さな市がたち、異国からも商人達がつめかけて賑わっている。道には花が飾られ、すっかりお祭りムードだ。露店では珍しい品々が並び、子供達は旅芸人達の曲芸を輪になって見ている。その中をパレードの馬車が華々しく通り、沿道でそれを見送る市民達がにこやかに手を振っていた。

 

 宮殿前の広場には貴族達のための席が設られており、重臣達と各国からの招待客達が国王の到着を待っている。

 紅と蒼の軍旗を先頭にした隊列が広場に入ってくると、騎士達は一糸乱れぬ動きで左右に分かれ、国王陛下の馬車を中央にして並んだ。五百頭の軍馬と千を超える兵士がずらりと居並ぶさまは圧巻だ。

 馬車のすぐ左右には、二つの騎士団を指揮するヴォルフガンク団長とベルンハルト団長が馬に乗って守っている。そして、観客達が見守る馬車の前へ、一騎の馬に乗った黒衣の青年が近付く。


 馬を降り馬車の前で彼が拳を胸に当て礼をとると、カチャリと馬車の扉が開いた。

 

 このパレードの主人公である国王が、白い礼服に赤のサッシュを肩から掛けて堂々と広場に降り立つ。そして招待客達の見守る中を宮殿前広場に広がる軍隊が見渡せる中央へと歩いた。

 その傍らに並ぶ騎士団の総帥である彼の息子は、腰に銀の剣を吊るし父の一歩後ろから守るようにして付き従う。端麗な横顔は今日はいつもの柔らかさを隠し、その青い瞳の視線は冷たい氷のように鋭い。黒のマントがひるがえると、肩にある金の飾緒が陽の光にきらりと輝いた。

  

(なんともまあ華麗な催し物ね)

 

 貴族達の間で見ている私は美々しい彼等の姿にため息をつく。まるで乙女向けの物語の中から出てきたようなジークフリート王子の姿に、あちらこちらからキャーと小さい叫び声が聞こえた。

 神々の中でも神秘的な美貌を誇る夜の神ロズィールに例えられるだけあって、騎士団の正装に身を包んだ王子は正直めちゃくちゃかっこいい。長身のため細身に見えるけれど、実際は鍛えられた筋肉があの服の下には隠れている。


 うーん、バランスのとれた身体って見ていてほれぼれするわ。漆黒の夜の神の呼び名にぴったりよね。星空の下に立たせたらさぞかし絵になるだろう。まあ、実際には夜は子竜になっちゃうんだけど。

 

 国王は王太子の待つ宮殿入り口の段上まで行くと、整然と並ぶ軍隊に向けて手を挙げた。すると兵士たちはそれを合図に一斉に敬礼する。なかなか他国に向けての良いパフォーマンスだ。威圧するでなく統率された軍事力を見せている。

 民衆の祝福の歓声が沸くなかで、生誕祭の開幕を告げるパレードはとどこおりなく終わった。

 

 この後は宮殿内へ案内された招待客をもてなす祝宴が開かれる。そして、私のこの二週間の特訓が試されるのだ。

 宮殿の広間へと続く王族専用の廊下で、私は長い手袋をきゅっとはき直す。さて、戦闘開始だ。

     

「婚約者殿、準備はいいかい?」

 

 パレードから戻ってきたジークフリート王子が私の手をとる。外で見た時とは違ってマントは外しているが、礼装用の黒の軍服は金の縁取りや袖章が目立って華やかだ。


「靴のヒールがやたら高いが大丈夫か?」

「一応私も辺境伯家の娘なので、このくらいは履いたことありますよ」

 

 差し出された腕に手を掛けて、私は王子のからかいにつんとすまして答える。

 

「では足を踏まれる心配はないんだな」

「足?」

「楽しみだったんだ。ファーストダンスをクリムヒルトと踊るのが」

「……貴方のファンに睨み殺されないかが心配です」

「ファン?」

 

 あのキャーキャー言っていた令嬢達も会場にいるのよね。婚約発表の時以来だけど、あの時の女性陣の燃えるような視線にはさしもの私もたじろいだわ。王太子が怖くて近付けないけど、誰かが独占するのは許せないらしい。

 まあ、気持ちは分からんでもない。王子、見た目は一級品だものね。美形はギルで見慣れている私でも、たまにくらくらするもの。

 

「ぽっと出の私に殿下をとられたのが皆さん悔しいんでしょう」

「色々と規格外のおまえに(かな)う令嬢はいないと思うが」

「どういう意味です」

「いや、そのままの意味だよ」

 

 扉を開いてくれた侍従が、会場に第二王子の登場を高らかに宣言する。入場した私達に向けて一斉に皆が目を向けた。

 うう、視線が刺さるわ。

 

 私達の後から王太子夫妻が入ってくる。すましたヴィクトール王子と、その隣には深い赤毛の美女。あれがヴェロニカ妃だ。一回会ったけれどあんまり会話してないから記憶もおぼろだったわ。すらっと背が高くて理知的な緑の瞳が印象的な女性だとは思ったけれど、ローザリンデ王女の話を聞いた後ではなんとも気の毒なひとだ。

 

 それから間もなく三人の妃を引き連れて入場した国王の挨拶がすむと、会場は一気に騒がしくなった。


 国王陛下や王太子殿下に比べると、第二王子のジークフリート王子にところにくる人は少ない。それでも入れ替わり立ち替わりでどこどこの大臣だとか、どっかの国の王子だとかが寄ってくる。そんな彼等を王子は優雅な笑顔で迎えていた。


 私にも話しかけてくるけど、皆さん気をつかってくれているのか踏み込んだ話はしてこないから助かるわ。辺境のど田舎からいきなり王子妃にと呼び出されて、慣れてないのがわかっているのかな。それとも私の発音が聞き取りにくいのか。

 めっちゃ早口で月と銀髪がどうたら話しかけて来たどこかの国の貴族は、隣にいた奥様に足を踏んづけられて引っ張られて行った。

 

「あの人、何言っていたんです?」

「うーん、思ったより辺境伯の娘自慢が広まっていたみたいだ」

 

 あのお父様の妄想が?

 

「それはさぞかしがっかりさせてしまったでしょうね」

「ん? いや、結構ヴォルフの仲間が増えている」

 

 ヴォルフガンク団長の仲間? なんのこっちゃ。

 私が首を傾げていると、ふと遠くで王太子と話している男性と目が合った。

 

 周りから頭ひとつ抜けた長身とがっしりとした肩。普通の貴族男性の正装である細かな刺繍の入れられたウエストコートに黒のコートを羽織っているが、明らかに普段は軍服を着ているであろう武人であることがわかる体格だ。しかし粗野な印象を与えない堂々とした立ち姿は、威厳と気品も兼ね備えており非常に目立っている。

 私はそのアッシュグレーの頭に見覚えがあった。

 

 彼は王太子に軽く会釈すると、こちらへ向かって歩いてくる。

 

「変態王子、来たわね」

 

 私の呟きに王子も気が付いたのか、隣からピリリと緊張した空気を感じた。


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