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辺境伯令嬢は王子の婚約者になりたくない  作者: 藤夜
第二章

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6 シュゼーレからの訪問客

 それから二週間。

 ジークフリート王子が見守る中、私は教育係のワーゲン伯爵夫人による妃教育の仕上げの試験を受けていた。教科書を片手に持った夫人がなげかける問題に、一つずつ丁寧に答えてゆく。

 質問には教えられた八カ国の言葉が使われている。ただ問題を解くのではなく答えを返す話し方や所作までが採点されるとあって、私はできる限り落ち着いた優雅な話し方を心がけていた。難しい問題には考える間に、時折首を傾げて微笑む仕草まで入れておく。

 

「合格です」

 

 異国の言語で投げかけられた最後の質問に答えた私に、キリリと背筋を伸ばした夫人はひと呼吸をおいて満足げにそう言った。

 

「やったわ……」

「よく頑張ったな」

 

 ジークフリート王子が心底感心したように褒めてくれる。

 そう、二週間でなんとかやり切ったわよ。国王陛下の生誕祭を明日に控えて、私はあの机の上の書物たちに打ち勝ったのだ。


「生誕祭までに間に合って良かったですわ」

  

 いつも(いかめ)しい顔をしている夫人もニコニコと微笑む。

 難関の外国語もまあ似たような言語ばっかりだったから、単語さえ覚えたらなんとかなった。本番では王子が常にそばにいる。基本的に私は挨拶さえできたら、あとは王子の隣でにこにこしてたらいいはずなのよ。

 

「それにしてもすごいな。語学がこんなに得意だったとは」

「ええ、短期間でこれだけ話せるようになるとは思いませんでした」


 どんなもんだい。やればできる子なのよ、私は!

 

「発音には少し(つたな)いところもありますが、期間を考えれば十分すぎるほどですわ。辺境伯にこんなに優秀なお嬢様がいらしたなんて、皆驚くことでしょう」


 来た当初はどうなることかと思いましたが、と夫人はハンカチで目元をおさえた。国王陛下に頼まれた以上教育係のお役目を放り出すこともできず、感慨深いものがあるようだ。逃げ回ってて悪いことしたわね。

 私がちょっぴりしゅんとなっていると、王子はそれを見て面白そうににやりと笑う。

 

「自慢の婚約者なんだ。いつも誰かを助けに走って行くんだよ」

「ああ、クリムヒルト様は治癒師でしたわね。そういえば紅炎騎士団のヴォルフガンク団長が、クリムヒルト様のことを癒しの女神だとおっしゃっていましたわ」

「うーん、俺にとっては戦乙女(ヴァルキュリア)の方が近いかな」

 

 戦乙女は戦場で死を退け勝利をもたらす女神のことだ。鎧を身につけ兜を被る彼女は、愛しい者を護り英雄の名を与えその妻となる。恐ろしい死の使いでありながら、美しい愛の女神の側面も持っており、騎士達は守護神として崇めていたりする。

 

 あらあらお熱いことと微笑んで、夫人は部屋を出て行った。

 

「……歯が浮きませんか? 殿下」

 

 夫人が扉を閉めたあと、私は王子に向かって尋ねる。

 

「別に。顔が赤いぞ、クリムヒルト」

「殿下が変なことを言うからです」


 よくまあ照れずにサラッと言えるものだわ。この人、タラシの才能あるのね。子竜の時は可愛いけど、人間の時はイケメンなものだから、あんまりこういうのはやめて欲しい。

 私のドギマギに気付いていないのか、王子は『変?』と不思議そうな顔をする。王子ともなればこの程度の褒め言葉なんて社交辞令でしかないのだろう。気にするだけ私が損だ。

 

「殿下、明日は何かあったら助けてくださいね」

「ああ。そうだ、シュゼーレ王国からの客人が変更になったんだ」

 

 馴染みの深い国だから知っておいた方がいいだろう、と王子が言う。

 シュゼーレ王国はラウリッツ領に隣接する国。これまで幾度も攻め込んできては私達と戦っている。今は停戦協定を結んでいるがいつ破られるかわからないし、今でもあまり友好な間柄ではない。

 

「シュゼーレ王国からはベルビュート大臣が来るはずだったのでは?」

 

 私がもらった名簿には、シュゼーレ王国からの列席者のところにはベルビュートと名前が書いてあった。外務大臣を務める彼は、昨年の停戦協定の際にも使者として王都を訪れている。陛下と面識があるので、国王の代理としては適任だっただろうに。

 

「そうなのだが、彼が急に体調を崩したため代理を立てるそうだ」

「一体誰が来るのですか?」

 

 使者としてくるのはどんな立場の者なのか。あちら側としても危険がないとは言えない国への来訪に、誰を寄越(よこ)してくるのか興味がある。

 私の問いにジークフリート王子は知っているかな、と呟いて訪問客の名を答えた。

 

「国王の代理はクロヴィス王子だ」

「げっ……」

 

 カエルの鳴き声のような淑女らしからぬ声をあげた私に、王子は片眉をぴくりと動かして目を細める。

 

「面識があるのか」

「もちろんです。彼はシュゼーレの軍隊を任されていますから」

 

 シュゼーレ王国の五人の王子のうち王太子であるクロヴィス、彼は国王より軍の指揮を任され何度もラウリッツ辺境騎士団と交戦している。私達にとっては休戦したとはいえ敵と認識している相手。

 

「私を『赤眼の悪魔』と最初に呼んだのが彼です」

 

 彼は王太子でありながら戦場では常に先頭に立ち、シュゼーレ軍の旗として戦う武人だ。個人の技能もさることながらかなりの戦略家で、幾度もラウリッツを苦しめてきた。

 うちのお兄様も優秀な指揮官だけど、森の中でのゲリラ戦で彼の作戦に追い詰められたことがある。魔道具を用いた彼等の攻撃に被害も増え、対抗するのに苦労していたのをそばで見ていた私は、ギルと共に彼等が隠れる森を焼き払った。

 

 それまでの戦争では神獣である彼を使うことはなかった。彼はグラムの守護者として主人の私を守ることはあっても、直接戦いに手を出すことはしないのだ。それは彼等神獣達と神との約束のようなものらしい。

 それを破ることになったギルはブツブツ文句を言いながらも、森に飛び込んだ私を手伝ってシュゼーレの兵士達を撃退してくれたのだ。

 一回破れば同じと思ったのか、その戦い以降ギルはたまに私を手伝ってくれている。

 

 炎の赤鷲を連れたその初めての戦いで、私はクロヴィス王子と対面した。

 肉食獣のような琥珀色の瞳が印象的な彼は、自軍の撤退を指示しながら私を『赤眼の悪魔』と呼んだ。それ以来、シュゼーレ王国軍の間で私は悪魔の通り名で呼ばれるようになったのだ。

 

「彼はお前の顔を知っているのか?」

「ヒルデの姿でしか会ったことはないです。でも、出来る限り会いたくない相手です」

「敵だったからか?」

「いえ、その……」

「なんだ、歯切れが悪いな」


 うーん、これは言うべきか言わざるべきか。私が彼と会いたくないのは彼が敵軍の将だったというのとは別の理由があるのだ。

 じいっと見つめてくる王子の視線に、私はふうっとため息をついた。言わないわけにはいかないようだ。

 

「なぜだかわからないのですが、彼はヒルデ(わたし)のことを気に入ったみたいなのです」

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