5 男女の仲は難しい?
「チェックメイトです」
駒の減ったチェス盤の上で、私のクイーンが王子のキングを追い詰める。
子竜の王子はムムムと唸ったけれど、もうどうにも出来ない。
『兄上の話で気を削がれたからだ』
「言い訳してもダメですよ。私の勝ちです」
『クッ……参った』
ふふふ、計ったわけではないけれど、心理作戦は有効なようね。やっと初めて勝ったわ。
王子は悔しそうにしていたけれど、素直に負けを認める。それから気分直しだろう、ローザリンデ王女のくれた小箱を開いてパクリとマカロンに噛みついた。
『ん、美味い。クリムヒルトも食べろ』
王子はそう言って目をキラキラさせ、私に向かって小箱を差し出す。
マカロンでほっぺたを膨らませた子竜はなんとも可愛い。私は思わず頭を撫でそうになって、自分の手を押さえた。尊厳がどうたら言っていたのでやめておいてあげよう。かわりに私は小箱からマカロンを一つとる。
ピンクのマカロンはベリー味だ。少し甘酸っぱいそれを口に放り込んで、私は気分良くチェスを片付ける。
『さっきの話だが、ヴェロニカ妃が兄上と俺との仲を疑っているというのは本当なのか?』
二人で駒を集めて箱に片付け終わった頃に、王子が深刻そうに聞いてきた。あら、案外気にしていたのね。
「そういうこともあるかもと言っただけですよ。でも、夫が手を出してこないのを悩まない女性がいるとは考えにくいですが」
そう答えると、彼はうーんと言って首をひねった。
『どうすれば良いと思う?』
「王太子殿下が本当に男色家ならどうしようもないです。後継だけはつくってもらいたいところですけど」
『俺が断言するが、兄上はノーマルだ』
「じゃあ、やっぱりシたくてもできない方ですか」
『さっきより言葉を選んだようだが、その言い方も良くはないぞ』
んもう、めんどいな。
どんな言い方したって話題が下品な事には変わりないわよ。
「ノーマルならなおさら王太子妃様は傷つくでしょう。いっそ夫がそういう嗜好の持ち主だということにした方が諦めもつくのでは?」
『それだと俺までヴェロニカ妃にそういう嗜好の持ち主認定されるから勘弁してくれ。お前はどうも思わないのか?」
「男もイケるくちの部下も何人かいましたので、その辺に特に偏見はないですよ。魅力ある人間に惹かれるのは男も女も関係ないでしょう。王太子の立場上、少々不都合ではありますけど、妃殿下を大切にしているならいいんじゃないですか」
別になんてことはない、集団組織ではたまにあることだ。特にうちの騎士団はローレンツ兄様が厳しく律しているので、女性に乱暴をはたらくような人間はいない。代わりにと言ってはなんだが、団員同士で仲良くなることは禁じていない。互いに命を預ける者同士精神的な繋がりも強くなるから、こっそり付き合っているカップルもいたのよね。
それに王太子妃とはそもそも愛だ恋だというのは二の次で決められる地位。至高の座である王妃となるべく教育された令嬢なら、妃が数人いることが多い王を支える者として、皆わきまえているだろう。実際、現国王にも妃は三人もいる。
大体その辺の貴族ですら愛人を作るのは珍しくないのだ。まあ、そのあたりも私が嫁になど行かないと言い続けた理由ではあるのだけれど。
『部下……』
私が軽く言った言葉に、王子はぴたりと固まった。
「どうかしました?」
『よく考えたらお前は辺境騎士団の隊長だったな』
「何を今更。私が王宮で出会うお嬢様方のような淑女でないことは、殿下もご存知でしょう?」
『見た目と中身が違いすぎるんだよ』
王子はそう言って腕を組むと(手が短くて組めてないけど)、マジマジと私を見る。最近はグラムも抜いていないし、ずっとドレス姿だったから王子も忘れていたようね。
でも私からすれば、王子の方が人間でなくなっているぶん変身レベルは上よ?
『で、そのイケるくちの部下はいつお前にそんな話を?』
「野営中ですよ。火の番で眠らないように話していると皆口が軽くなりますから」
『野営……二人で?』
「まあ、二人だけで見張りに立つこともありますね」
『女性が見張りとは珍しくないか』
「ギルがいますから」
私がそう言うと、王子はふーんと鼻で答えて首を傾げた。なんとなく不機嫌そうに見えるのは気のせいかしら?
『辺境騎士団では普通なのか? 王国騎士団では女性は敬い崇める対象だぞ』
「うちもそうですけど、騎士達は皆私を女と思ってませんから」
『隊長だから?』
「というより、怖かったんでしょ。お父様が私が騎士団にいるのを良く思っていなかったので、私の隊はちょっと問題児ばっかり集められていたんです。私がすぐに根をあげるように。なので、みんながちゃんと言うことを聞くように誇りを持った軍人に育てました」
『どうやって?』
「いかにカッコよくモテるかを考えてた連中ですので、訓練がわりに魔物退治に駆り出しまくったんです。おかげで彼等の望みどおり、領民の感謝と尊敬を集めてモテモテです」
『それで魔物退治が趣味だと言われていたのか! 危険だろう』
「私には治癒魔法があるので、怪我も被毒も治しながらひたすら魔物の群れに放り込んでやりました」
『恐ろしい上官だな』
「おかげで領地は平和になりましたよ」
自分でもちょっと可愛げがないとは思うわよ。でも仕方ないじゃない。男性ばかりの命懸けの職場にいると、自然とドライな性格になってしまうのよ。でもそのおかげで今では私が王都に行く時に泣いてくれるくらいにはみんな仲良しだ。
『治癒魔法……、ところで、もし兄上がアレの場合、お前の魔法では治せないか?』
アレってなんだ? ああ、不能の事か。治癒師として怪我や病気を治してきた私でも、さすがにそういう依頼は受けたことがない。
「身体の病気なら治癒魔法でなんとか出来そうですけど、精神的な原因だと効果は期待できないです。こういうのって結構そっちの方が多そうじゃないですか」
男じゃないからわかんないけど。
『やっぱり無理か。変な事を言ってすまない』
「いえ……」
謝られるとなんだか悪いことしている気になるわあ。
王子ったら、恋人と引き裂かれたことを怒っていないのかしら。竜になったのもお兄さんをかばってなのに、この人全く恨んでいないのよね。少し前から思っていたけれど、王子は人が良すぎると思うわ。
王太子のあのクソ腹の立つ態度を考えたら、ほっといてりゃいいじゃんと思うけどねえ。あっちはそれなりに腹黒そうだから、妃に何もしていないのにも訳があるのかもしれない。
そんなことを思いながら私は王子に挨拶すると、外で待っていたギルと一緒に自分の部屋へと戻ることにした。
「ねえ、ギル。男の人が気に入った女性に手を出さない理由ってなんだと思う?」
ジークフリート王子の部屋を出て自分の部屋に戻る道すがら、私は隣を歩く長身の赤毛に話しかける。ギルはいつも無表情の綺麗な顔を少しだけしかめた。
「いきなりなんですか」
「いいから答えてよ。あんたも一応オスでしょう」
「ひとを獣みたいに言わないでくれますか」
鳥なんだから獣じゃん、と思ったけど怒らせたら面倒なので黙っておく。彼は私の顔をじろりと見ると、肩をすくめて仕方なさそうにため息をついた。
「おそらく手を出すことで何かデメリットがあるからでしょう」
「たとえば?」
「自分に自信がなくてその女性に嫌われるかもしれないのが怖いから。または、彼女の周囲にいる人間を近付けたくないとか。もしくは自分と関係することによって彼女が不幸になる可能性がある、なんかもありえますね」
「なるほど」
「あるいは、彼女との今の関係に満足していて壊すのが怖いからかもしれません」
そう言ってギルは少し何かを考えるように黙る。
「で、誰の話です」
「王太子」
「はあ?」
私が簡単に説明し終えると、彼はふるふると首を横に振った。
「恋愛もした事ない人が、他人の色恋ざたに首を突っ込まないように」
「でも私の円満な婚約破棄の為には必要じゃない?」
王太子夫婦が揉めていたら、第二王子のジークフリート王子もなんとなく婚約破棄とか言い出しにくいじゃない? ローザリンデ王女に過度な期待がいっても困るし。アレクシスの恋も姉としてちょっとは応援したいしさ。
「では、どうするつもりなのですか」
「うーん、手っ取り早く王太子に媚薬でも盛って、妃の部屋に放り込もうかしら」
「そんな事をしたら貴女がとっ捕まるだけでしょうがっ!」
「言ってみただけだって。さすがにそれはやらないわよ」
私が否定しても、まだギルはどういう思考回路をしているんだとブツブツ文句を言っている。
もう、冗談が通じないんだから。
「いいですか、クリムヒルト様。男女の問題は難しいんです。貴女は余計な事に手を出さないこと。生誕祭もあるんですから、真面目に勉強に励んでください。わかりましたね?」
「わかったわよう〜〜」
うう、いつまで続くか妃教育……。
本当にわかっているのやら、と呟く彼の声を背中で聞きながら、私はようやく着いた自分の部屋の扉を開いた。




