4 余計なひと言
その日の夜、私はギルをともなって王宮の廊下を歩いていた。
「クリムヒルト様、その手に持っているものは何ですか?」
「ローザリンデ王女からお兄様にって頼まれたのよ。お菓子だって」
「今日は王女のお茶会でしたね。なにか収穫はありましたか?」
「うん。衝撃の内容だったわ」
王太子が不能で、第二王子も竜に呪われているんでは後継ぎが問題よ。思わぬところでこの国のゆゆしき問題を知ってしまったわ。
よもやローザリンデ王女に後継問題のおはちが回ってきてしまったら、ただの辺境伯の次男坊であるアレクシスがお相手になるのは絶望的よ。私の野望が砕かれてしまう。
ギルは唸る私に事情は聞かずに、そうですかとだけ返した。
「知りたくないの?」
「めんどくさそうな予感がするので結構です。変なことに首を突っ込まないようにしてくださいね」
「人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ」
「はいはい。早く行かないと、王子が待っていますよ」
今向かっているのはジークフリート王子の部屋だ。王宮に来て以来、部屋を訪問するのが毎夜の日課になっている。
初めは王子の呪いに解毒魔法がどれだけ効果があるのか試していたのだけれど、その待ち時間を潰すために始めたチェスにハマってしまったのだ。
子供の頃から兄弟達と勝負してきた私だけど、さすが王子は強くってなかなか勝たせてくれない。負けず嫌いな私としては、なんとしても参ったと言わせたいのよね。
「王子もクリムヒルト様も毎晩よく飽きませんね。単純なゲームでしょうに」
「あら、ギル、そんなに単純じゃないのよ。記憶力もいるし、相手の先の手を読む必要もあるし。面白いのよ?」
「興味ないです」
「ああ、あんたは戦場でも一発ドカンで焼きつくすタイプだったわね」
そんな会話をしながら王子の部屋の扉を叩くと、いつものように中から声がする。
ギルを扉の外に立たせて部屋に入った私を、子竜になった王子が出迎えてくれた。
『待っていたぞ。今日も勝負するのだろう?』
王子が執務机の方からチェス盤を抱えてトテトテと歩いてくる。
相変わらず可愛いわぁ。真っ白でずんぐりしたフォルムと、ぷにぷに感が小さな子どもみたいで最高よね。
「殿下、もう竜のままでよくないです?」
思わず私がそう言うと王子は立ち止まり、半眼になって私をジトっと眺めた。
『竜のままだとしても、ずっとこのサイズは勘弁してほしい。せめて聖女が変化した、あの竜みたいなのがいい』
え、ちびっこサイズが気に入らないと? これがいいのに。
私が唇をとがらせたのを見て、王子は頬を膨らませる。
『俺の尊厳がなくなる気がするんだ』
「可愛いですよ?」
『お前、この姿の俺を人間の男だと思っているか?』
「……とても尊いお姿だと」
『絶対愛玩動物かなにかだと思っているだろう』
王子はぷんすこ憤慨しながら、テーブルの前の椅子に腰掛けた。
いかん、怒られる前に話をそらそう。
「殿下、ローザリンデ王女様からこれを殿下にと預かってきました」
『ローザリンデが俺に?』
小さな両手の上にラッピングされた小箱を乗せてあげると、王子は首を傾げて私を見上げる。
「マカロンです。昼間私もいただきましたが、とっても美味しかったですよ」
『そうか、ありがとう』
王子のご機嫌がなおっているうちに、私はささっとチェス盤に駒を並べていった。
『今日はローザリンデとどんな話をしたんだ?』
盤を見つめてポーンを進めながら王子が尋ねる。
「行事ごとの服の色の選び方を教わりました。細かい決まりがあるんですね」
『決まっていた方が悩まなくていいんだ。任せていたら勝手に準備してくれる』
「あとは王女様と温室の花のことを話していて、花言葉を教えてもらいました。あの温室すごく綺麗な花が多くていいですね」
私はビショップの駒を一気に走らせて、王子の出方をみることにした。すると、王子は駒に手をのばしかけたまま驚いたように固まる。
『クリムヒルト……お前、花に興味があったのか?』
「あのですね、一応私も女なので花を愛でることぐらいはしますよ」
『いや、悪い。意外だったもので』
子竜の丸い目が泳いでいるけど、まあいい。可愛いから許してやろう。
「あ、それと王太子殿下に会いました」
『兄上に?』
蒼色の瞳が怪訝そうに揺れた。
「王太子妃様へ贈る花束を受け取りに来られたみたいで。妃教育が進んでないので、王家の恥にならないようにしろと言われました」
『兄上がそんなことを言ったのか』
「はい。私が殿下と婚約したのが気に入らないようですね」
王子はまたか、とため息をつきながらナイトで私のポーンを取った。うん、ビショップは泳がしてくれるのね。それならこっちに、と私もナイトを表に出した。
王子も私も次々と駒を動かしながら布陣を作っていく。
『兄上は昔から女性に対する理想が高すぎて困るんだ。クリムヒルトでも気に入らないなら、俺は呪いが解けても一生独身だぞ』
そうか、身分が低かった王子の想い人は、きっと王太子が遠ざけたのに違いないわ。ひどいことをしてくれるものね。弟の恋路を邪魔するなんて。
「ちゃんと迷惑だったら迷惑ですってお兄様に言わないと。そのうち殿下、王太子妃様に刺されるかもしれませんよ」
『なぜヴェロニカ妃に?』
「え、だって殿下が王太子の愛人だって誤解されるかも。妃殿下、王太子殿下のことを男色家だと思っているらしいですから」
『はあ??』
顔をゆがめる子竜に、私は昼間ローザリンデ王女から聞いた話を教えてあげた。
『嘘だろ、兄上……、ローザリンデも精霊になんてことを聞いて、いや、確かにいまだにまだ出来ないのも変だなとは思っていたが……』
王子は小さなほっぺたを真っ赤にして、チェス盤をよそにぶつぶつと呟いている。
「自分が勃たないからって、弟の恋愛の邪魔しちゃダメですよね」
『こ、こらっ、はしたない!』
こうして私は王女に続いて、彼女の兄にも怒られた。




